データ・オーナーシップがビジネスに与えるインパクト
第2回 IoT・ビッグデータ・AIビジネスにおける契約実務はどう変わるのか
IT・情報セキュリティ
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目次
データ保護のフレームワーク
データ保護のあり方については、前回「第1回 IoT・ビッグデータ・AIビジネスに対する法的保護の「今」と「これから」」で解説したとおり、データの創出に寄与した者の間において契約で利用権限や利用範囲を明確化することで解決し、その設定されたルールを逸脱した自由競争の枠外にある者に対してのみ規制を行うという方向で整理がなされています。
第2回では、政府が進めるデータ保護のフレームワークの詳細とデータの利活用に関する契約における法的留意点について解説します。
データの利用権限に関する契約のあり方
データの利活用を妨げる課題への対処
IoT・ビッグデータビジネスが注目される前は、データの創出を伴う取引が行われる場合のサービス提供事業者とそのユーザーとの間において、本来的なサービスから離れて、全く別の目的での当該データの提供や二次利用の可能性が意識されることは少なく、むしろ定型的に秘密保持義務と目的外利用の制限条項等が定められた契約書が締結されることが通例でした。
たとえば、工場向けに工作機械の稼働データを分析して工場運営の最適化を図るサービスにおいて、サービス提供事業者は、当該サービスに関する契約の時点において、分析データをユーザー以外の他社に販売して利用させるようなことは想定しておらず、むしろユーザーの情報漏洩の懸念を払拭し、当該サービスに対する安心感を与えるために、当該稼働データの秘密保持義務と目的外利用の制限を定める契約が締結されることが多かったように思われます。
その結果、事業者間の取引において創出されたデータは、いかに他のビジネスや公益目的において有益なデータであったとしても、契約上は提供事業者とユーザーとの間で当初から想定されていたサービスの範囲内でしか利用できず、契約によって囲い込まれたままになるわけです。
上記のような取引慣行を打破しない限りは、データの流通や利活用が促進されないことから、「データ・オーナーシップ」の考え方、すなわち、事業者間の取引に関連して創出されるデータの利用権限を契約で適正かつ公平に定めるという考え方を広く普及させることが必要となります。
そこで、IoT推進コンソーシアム1と経済産業省の連名で、平成29年5月に、取引に関連して当事者双方が関わって創出等されるデータの利用権限を契約で適正かつ公平に定めるための手法や考え方をまとめた「データの利用権限に関する契約ガイドラインVer1.0」が策定されました。
データの利用権限に関する契約ガイドラインVer1.0
上記ガイドラインは、基本的な考え方として、①取引で創出されるデータについては、特定の事業者において過剰に囲い込まず、広く利活用されてこそ価値が最大限発揮され得るという観点と、②データの利用権限は契約により自由に定めることができるため、当事者で協議して柔軟に利用条件を取り決め、利用権限を公平に定めていくことが必要であるという観点から整理されています。
具体的には、以下のような合意形成プロセスを経て、データの利用権限を巡る契約交渉が行われることが想定されています。
なお、データの利用権限に関する契約は、いずれの当事者もデータに対して法的権利を有しているわけではないため、ライセンス契約のようにデータの保有者が他の当事者にデータの利用権限を許諾するというものではなく、データに対する秘密保持義務と目的外利用の制限等の利用制限を負うことなく、それぞれの当事者が契約で定められた利用権限の範囲内において独立して自由にデータを利用できるという効果に留まります。
その結果、一方当事者が契約で定められた利用権限の範囲内でのデータ利用により経済的利益を上げ、あるいは損失を受けたとしても、他方当事者がその利益の分配を求め、あるいは他方当事者に損失の分担を求めることはできないということになります。
したがって、他の当事者に対し、一定の利用範囲において独占的にデータの利用権限を認める場合には、自社の将来のビジネスとの競合の可能性についても検討しておく必要がある点に留意が必要です。
データ利活用促進に向けた企業における管理・契約等の実態調査
IoTビジネスにおいては、通信機能を備えたIoT機器からデータが送信されて集積するため、データの創出に複数の者が寄与することになります。具体的には、データの被取得者、作成者、保存者、分析者および利用者等が想定され、これらの者のデータの利用権限や利用範囲について、どのような契約当事者間で合意するのが合理的であるかが問題となります。
そこで、経済産業省において、上記の課題を検討するために、平成29年4月に「データ利活用促進に向けた企業における管理・契約等の実態調査」が実施されました。調査結果によれば、データ利活用の類型として、以下のような分類が行われ、それぞれの契約・管理の実態が整理されています。
データ利活用の類型 | 契約・管理の実態 |
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(a)顧客による自社商品の利用を通じて発生したデータを、自社で取得して利活用 | パッケージ化した商品を顧客に提供し、データ利活用に際してはプライバシーポリシーや約款・規約で顧客から同意を得る。 |
(b)顧客による自社商品の利用を通じて発生したデータを、顧客・自社で共有して利活用 | 予防保全・メンテナンス、ソリューションは個別の顧客ごとに実施し、データ利活用に際しては顧客との個別の契約を締結する。 |
(c)サプライチェーンにおいて、顧客による商品の利用を通じて発生したデータを最終商品提供者、部品・素材提供者で利活用 | 最終商品提供者は顧客からデータ利活用に際して、プライバシーポリシーや約款・規約を通じて同意を得る。 |
(d)企業等がデータを持ち寄りビッグデータ化し、各社での利用やオープンデータとして公開 |
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(e)特定のデータを大量に蓄積し、他業種の企業も含めた他社に提供 |
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(1)顧客へ提供するサービスに付随して創出されるデータを利活用する場合
上記(a)ないし(c)の類型のように、顧客へ提供するサービスに付随して創出されるデータを利活用する場合には、そもそもデータの保有者は、顧客等の了解なく管理するデータを自由に利用できるはずですが、実務的には顧客等に対してデータの利用について秘密保持義務や目的外利用の制限を負うことが通例となっているため、データ保有者にとっては、それらの制限の例外について顧客の同意を得るという観点から整理されることになります。
他方、顧客にとっては、データの保有者に対し、自らが保有しないデータについての利用権限の設定を受けるという観点から整理されることになります。このような類型については、「データの利用権限に関する契約ガイドライン」に従って、データ保有者と顧客の双方の利用権限について交渉されることになります。
(2)複数の企業がデータを提供し合う場合
これに対し、上記(d)および(e)の類型のように、複数の企業がデータを提供し合う場合には、①その前提として各企業が顧客等からデータを収集する場面では、前記の類型と同様に「データの利用権限に関する契約ガイドライン」に従って、データの利用権限について交渉されることになり、その後に、②企業間で収集したデータを共有または提供する場面では、後記の「データ取引推進ガイドライン」に従って、データ提供者とデータ受領者との間でデータを提供する際の取引条件等について交渉されることになります。
データの流通に関する契約のあり方
データに関する取引の推進を目的とした契約ガイドライン
前記「データの利用権限に関する契約ガイドライン」の策定に先立ち、経済産業省は、平成27年10月に、データに関する取引の当事者が、契約締結時に留意すべきポイントをチェックリスト形式で整理した「データに関する取引の推進を目的とした契約ガイドライン ‐ データ駆動型イノベーションの創出に向けて - 」を策定しています。
前記の「データの利用権限に関する契約ガイドライン」は、データの利用権限が誰にあるかを取り決めるための考え方を示すものであるのに対し、当該ガイドラインは、その後の段階として、データに係る権利者2が当事者間において明らかであることを前提に、当該権利者がデータを提供するための条件やポイント等を示したものであるとされています。
具体的には、取引対象としてデータを提供する際には、以下のような検討項目について契約時に交渉して条項化しておくことが望ましいとされています。
- データ内容・提供方法・仕様
- 利用範囲・取扱条件
- データに知的財産権が認められる場合の権利帰属先
- 対価
- データ提供者の義務
- データ受領者の義務
- 遵守事項
- 不可抗力免責
- 契約解除、期限の利益喪失
- 秘密保持義務
なお、上記ガイドラインにおいては、「データに知的財産権が認められる場合の権利帰属先」という検討項目がありますが、AIビジネスにおいては、取引の対象となる提供データそのものの価値だけをみればよいのではなく、提供データから生成される新たなデータにも着目しておく必要があります。
すなわち、データをAIに機械学習させた後には「学習済みモデル」が生成され、さらに学習済みモデルに別のデータを読み込ませることで「AI生成物」が生成されますが、これらの新たなデータに知的財産権が認められる可能性もあります。そこで、ライセンス契約におけるライセンシーによる改良発明と同様に捉えて、データ受領者の義務として、アサインバック条項3やグラントバック条項4に相当する条項を検討すべき場合もあると思われます5。
また、知的財産権に該当しなくても経済的には価値がある場合もあるため、それらのデータの利用権限の帰属(当該データの提供義務やデータによって得られる利益の分配等も含む)についても、契約時に合意しておくことが必要と思われます。
データ流通市場の方向性
データ流通市場の拡大に向けては、データ流通・利活用の促進が必要であり、そのためには、データ利用側がデータを利活用しやすい仕組みを整備することが必要となります。
そこで、IoT推進コンソーシアム、総務省および経済産業省の連名で、平成29年4月に、データ流通市場の拡大に向けて、データ流通・利活用促進の観点から、データ流通プラットフォーム6を提供するデータ流通事業者が当該仕組みを実現するために最低限共通化することが必要な事項について整理した「データ流通プラットフォーム間の連携を実現するための基本的事項」が策定されました。
具体的には、データ利用側が複数のデータ流通プラットフォームに対して、①同一の検索ワード・方法でデータを検索・発見することができるように、各データ流通プラットフォームにおいては、表記・意味等を統一し、互いに意味等が通じるようにしたデータカタログを整備すること、②データ流通プラットフォーム間の連携を可能とするために、提供データのカタログ情報の交換や検索をするためのAPIを整備することが必要とされています。
実務においては、日立製作所、オムロン、NEC、エブリセンスジャパン、インテージおよび日本データ取引所等の12社が、平成29年6月に、IoT等のデータ取引市場創設に向けた準備組織として「データ流通推進協議会」を、平成29年秋期を目処に設立することを合意し、今後、取引市場のルールや技術基準の策定、知的財産の取扱いなどについて議論し、早期の市場創設を目指すことが報じられています7。
データに関する契約における囲い込み規制
以上のように、IoT・ビッグデータ・AIビジネスにおけるデータの利活用に向けたデータの保護については、データに排他的な支配権等の権利を付与するのではなく、データの創出に寄与した当事者間における契約に委ねられることになり、そのためのデータ取引市場の整備も進められています。
しかし、日本においてデータの流通市場が拡大しない原因に関しては、単に企業において契約でデータの利用権限の明確化を図る意識が希薄であることだけに起因するものではないと思われます。すなわち、「データの利用権限に関する契約ガイドライン」においても「事業者のデータの過剰な囲い込み意識」が指摘されていますが、企業にとっては、取引に基づく本来的なサービスの範囲を超えて他の当事者にデータの利用権限を認めると、データを利用した自社の将来のビジネスとの競合のおそれ(その時点で未だ想定できていない有望なビジネスを将来独占できないおそれを含みます)や、データに含まれる自社のノウハウ等の営業秘密の漏えいや不正使用に対する不安や懸念があり、自社のビジネスや営業秘密を保護するという観点から、秘密保持義務や目的外利用の制限等の条項によって意図して契約上制限してきたように思われます。
データに関する契約を実務において普及させるためには、ガイドラインによって企業の意識を高めるだけではなく、営業秘密として合理的に保護されるべきデータ以外は、他の当事者からのデータ利用の申入れを拒否できないような規制を設けることが必要であると思われます。
そのような観点から、平成29年6月に公表された「「データと競争政策に関する検討会」報告書」を受けて、公正取引委員会において検討が進められている独占禁止法に関するガイドラインにおいて、データの不当な囲い込みに対し、今後どのような規制のあり方が示されるかについても注視する必要があります。
第3回では、データの不正利用等に対する法規制や個人情報を含むビッグデータの利活用に対する法規制の詳細と具体的な実務対応について解説します。
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産学官が参画・連携し、IoT推進に関する技術の開発・実証や新たなビジネスモデルの創出推進するための体制を構築することを目的として、企業、有識者、地方公共団体や中央省庁を会員として設立された団体 ↩︎
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「データに係る権利者」という表記に関しては、知的財産権の対象とならないデータには法的権利が生じないことから、媒体等によってデータを事実上支配している「データ保有者」を指しているものと思われます。 ↩︎
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ライセンシーが開発した改良技術の特許権をライセンサーに譲渡することを義務づける条項 ↩︎
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ライセンサーが改良技術の実施をライセンサーに許諾することを義務づける条項 ↩︎
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ライセンシーによる改良技術の譲渡義務・独占的ライセンス義務については、不公正な取引方法(一般指定第12項)に該当するおそれがある点に留意が必要です(知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針)。 ↩︎
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データ提供側とデータ利用側間のデータ取引を可能とする、データ流通事業者によって提供されるサービスプラットフォーム。取引対象となるデータや取引そのものの管理、データを提供する機能等を有する ↩︎
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日本経済新聞電子版「日立・オムロン・NECなど、データ取引市場へ準備組織」(平成29年6月26日) ↩︎
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