これからの弁護士になぜ税務の知識が求められるのか 「タックスロイヤー」という必然
税務
目次
時代の激変と弁護士の二極化
激変する常識
インターネットの劇的な普及や人工知能の開発など、多くの分野において時代は激変し、常識が変わりつつある。それは企業経営や企業法務においても例外ではなく、むしろこれらの業界こそもっとも速いスピードで変化しているといえる。
経営におけるガバナンス概念の変化
法令などを遵守する「守りのガバナンス」に代わって、稼ぐ力を向上させる「攻めのガバナンス」が企業経営における中核概念になった。1,000兆円を超える政府債務による財政危機・デフレ脱却などから、必然的に企業の稼ぐ力を向上させる「攻めのガバナンス」を中核にする他ないからである。
ROE重視のコーポレートガバナンス・コードの採用
上場企業の経営者の意識を変え、従来の経営常識だけでは通用しなくなる時代の到来を告げている。その影響は、企業法務の弁護士の未来におよぶ。その結果、経営の実態を理解しないで法律論の領域の意見しか言えない弁護士は、企業からの淘汰の対象になりかねない。
弁護士にも変化が求められる時代
このように、現状は常識が激変する時代であり、企業法務専門の弁護士も、この激変の時代に専門家として生き残るには、自ら変化し、時代に適応する必要がある。
自ら変化し、激変する時代に適応できる弁護士は、今まで以上に繁栄する。他方で、自ら変われなかった弁護士は、顧客から淘汰されることになる。まさに、企業法務の弁護士業界における二極化の序章が始まっている。
ROE重視と税務の重要化
ROE重視の経営
今後の上場企業の経営に大きな影響を与えるコーポレートガバナンス・コードは、ROE(自己資本利益率)を重視する傾向を持つ。 ROEは、日本の株式市場に大きな影響力を持つ活発な活動をする海外投資家が重視する「企業の稼ぐ力」=「収益力」を示すものだからである。
ROEは、次のような算式になっている。
純利益は、税引後の利益のため、次のように計算される。
この計算過程を見れば明らかなように、税金額はROEに影響を与え、その上、純利益を重視すれば税金はコストになる。そうだとすれば、経営の効率化の観点から、経常的なコストと税金コストとの「コストとしての効率性の違い」が重要になる。
結論をいうと、圧倒的に 税金コストへの対応の方が、効率性が高い。
経費削減と税額軽減の効率を比較する
極めて簡潔な例で説明したい。なお、計算の単純化を図るために、経費は全て変動費であり、かつ税率は40%と仮定することとする。
売上高 | 1,000 |
全経費 | △900 |
税引前利益 | 100 |
税金額 | △40 |
純利益 | 60 |
以上の例を前提として、ここから純利益をたとえば 6 増やすときにかかるコストの効率性を経費中心と税額軽減で比較する。
(1) 売上の増加で対応する場合
純利益から逆算すると、税引き後利益を6増やすために追加投入しなければならない経常的なコスト(経費)は90増えることになる。
売上高の増加 | 100 | ||
全経費の増加 | △90 | ||
税引前利益 | 10 | ↑ | 逆算する |
税金額 | △4 | | | |
純利益 | 6 |
(2) 専門家によって適正な税額軽減を図った場合
専門家に支払う報酬が、軽減される税額の10%であると仮定した場合のコストは0.6となる。
(3) 両者の効率性の比較
(1) の場合に必要な追加的コスト 90
(2) の場合に必要な追加的コスト 0.6
純利益を増やすための対応策として、売上増加と税額の軽減を比較すると、税額軽減での対応を行った方が、圧倒的に効率性が高いといえる。
純利益を分子とするROE重視の経営においては、税務問題は極めて重要な経営問題となることがわかるだろう。
税務を専門とする弁護士がいない
今後、経営問題として、税務が大きな存在感を持つことになるのは必定である。しかも、税務実務を規律するのは、租税に関する法令であり、税務自体の本質は法務そのものである。そのために、税務を経営問題として正しく扱うには、税務専門の弁護士が必要となる。
ところが、日本では、税務専門の弁護士は極めて少ない。しかも、その税務専門の弁護士のほとんどが、税務訴訟の専門家である。今後は経営問題として税務が重視されるにもかかわらず、経営段階で活躍する税務専門の弁護士は、厳しく見れば、ほとんどいないに等しい。
その理由は明らかである。これまでは、経営者トップ層が、税務を経営の重要な課題として認識していなかったからである。CFOで、税務に詳しい人が極めて稀であることでも分かるはずである。需要のない所に専門家が育つわけがなく、日本の現状では、経営段階で活躍する税務専門の弁護士はほとんどいないのである。
顧客視点に立つとタックスロイヤーの必要性が見える
日本とアメリカの違い
日本には、税理士制度があるため、現状の税務実務において、税務争訟以前の段階は、ほとんど税理士が担っている。
他方で、米国には、経営段階から税務に関与する税務専門の弁護士である「タックスロイヤー」がいる。
タックスロイヤーは、日本の現状で言えば、税務実務に詳しい税理士と税務専門の弁護士とを一人の弁護士で兼ねているような存在である。
日本の税理士のほとんどは、本来的には法律家とは言い難い。むしろ、会計専門家ないし税務会計の専門家というべき存在である。
そのため、税務争訟以前の段階では、租税に関する法令で規律されているにもかかわらず、法律家特有の法的思考方法が活用されていない。
その結果、税務争訟より前の経営、申告、税務調査の段階では、法的に十分な対応をできていないケースが多く見受けられる。
そのツケは、税理士の顧客である納税者に回されることになり、税理士賠償責任問題として顕在化している。
顧客視点からみるタックスロイヤーの必要性
顧客である納税者の視点から税務実務の実相を見れば、経営の段階や税務調査の段階で、米国のタックスロイヤーに匹敵すべき税務の専門家が必要な時代になっている。
日本ではタックスロイヤーは育成されていないので、現実的には、税務実務に精通している税理士と税務に詳しい弁護士が合体し、協力関係を構築するチームが日本版タックスロイヤーとなる。
納税者の視点に立てば、必然的に、日本版タックスロイヤーの育成が見えてくる。
タックスロイヤーの育成を目指す民間資格「税務調査士」
タックスロイヤーを目指す民間資格として税務調査士の資格認定講座がある。
私事で恐縮であるが、税務調査士という民間資格を私が主唱し、その資格認定講座を始めている。
主たる対象は弁護士、税理士、公認会計士である。すでに、受講者数は400人を超えている。名称からすると、税務調査実務を講座の対象にしているように見えるが、最終目的は、タックスロイヤー人材の育成にある。
なぜ、「税務調査」士としたのか?
その理由は簡単である。税務実務の全体像を掴めば、税務実務の中核に「税務調査」があることがわかる。すなわち、 税務調査の実務が十分に理解できれば、税務調査の前段階と後段階での実務の在り方が理解でき、税務実務の全体を統合的に捉えられるからである。
税務実務の全体を旅順と考えれば、税務調査は二◯三高地だ。税務調査実務の中核を理解すると、税務実務の全体を制圧することができるのである。
そのため、税務調査士の資格認定では、タックスロイヤーになる入口として、税務調査に関する講義を丁寧過ぎるぐらいに時間をかけることにしている。
来たれ、次世代のタックスロイヤー
いずれにしても、今後の時代の変化を考え、顧客である納税者の視点から税務実務の全体を見れば、真に税務実務の専門家として、タックスロイヤーが見えてくるのである。しかも、税務問題は重要な経営問題という常識が確立するのは時間の問題であるから、タックスロイヤーに経営の光が当たる日がくるのも、そう遠くないであろう。
多くの弁護士に、タックスロイヤーになることを志してほしいものである。
