職務・勤務地の変更範囲明示で配置転換と解雇はどうなる?ジョブ型への影響は?
人事労務 更新
目次
政府の閣議決定において「ジョブ型正社員の更なる普及・促進」1 や「ジョブ型正社員(勤務地限定正社員、職務限定正社員等)の雇用ルールの明確化」2 が要請されたこと等を受け、2024年4月1日以降、労働基準法上の労働条件明示ルールが改正されます。改正後は、採用時(・有期労働契約の更新時)の職務・勤務地だけでなく、雇用期間全体をとおしての職務・勤務地の「変更の範囲」を明示する必要があります。
これを受けて、使用者においては、2024年4月1日以降に採用(および有期労働契約の更新を)する各従業員 3 に対して、職務・勤務地の「変更の範囲」をどのように設定するかを慎重に検討する必要があります。また、その方針に合わせるかたちで、この機会に既存従業員も含めた人事制度全般の考え方の見直しをすることも考えられます。
本稿では、企業が職務・勤務地限定雇用(日本版「ジョブ型雇用」)の導入を検討するにあたって留意すべき職務・勤務地の「変更の範囲」の設定と、当該「変更の範囲」の明示が配置転換・解雇に与える影響について解説します。
- 職務・勤務地の「変更の範囲」の明示は、訴訟や労働審判において、職務・勤務地の限定合意の有無および内容を認定するにあたって重要な要素になります。
- 職務・勤務地の「変更の範囲」を限定的に設定すれば、基本的には、その範囲外の職務・勤務地に変更することはできなくなります。会社としては人員配置の柔軟性が低くなりますが、他方で従業員の側としては将来の予測を立てやすくなる(逆に会社としてはより能力のある従業員を惹きつけられる可能性もある)というメリットがあります。
- 職務・勤務地の「変更の範囲」を限定的に設定すれば、将来的に当該職務・勤務地の範囲に属する業務が減少または消滅した場合や、従業員がその範囲内に属する職務の期待値を満たさない場合等に、解雇を正当化しやすくなる可能性があります。
「ジョブ型雇用」とは何か
「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」の違い
概念的な意味において、「ジョブ型雇用」とは、労働者の職務および勤務地を具体的に特定したうえで雇用契約を締結する雇用形態であり、他方、「メンバーシップ型雇用」とは、労働者の職務や勤務地を具体的に特定せずに雇用契約を締結する雇用形態をいいます。
「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」の相違点は、一般的には概ね以下のとおり整理することができます。
ジョブ型雇用 | メンバーシップ型雇用 | |
---|---|---|
採用に際しての職務・ 勤務地の特定 |
具体的なポスト(職務および勤務地)を特定する | 具体的な職務や勤務地を特定しない |
採用方式 | 具体的なポスト(職務および勤務地)に対して採用 | 新卒一括採用(「総合職」等) |
配置転換 | 会社に一方的な配置転換命令の権限はなく職務・勤務地変更に対する労働者の同意が必要 | 原則として、会社の広範な裁量により一方的な配置転換命令が可能 |
従業員の最終的な目的 | 当該職務の専門家になる | 当該会社の専門家になる |
賃金制度 | 具体的なポスト(職務および勤務地)に基づく職務給 | 職務遂行能力(当該会社の従業員に求められるジェネラルな能力)に基づく職能給 |
労働組合 | 産業別・職業別労働組合 | 企業別労働組合 |
職務・勤務地限定雇用(日本版「ジョブ型雇用」)とは
一般的には、従来の日本型雇用システムは「メンバーシップ型雇用」をベースにしており、他方で欧米では「ジョブ型雇用」をベースにしていることが多いといえます。しかし、会社の一方的命令による転勤を希望しない労働者の増加や、働き方が多様化している状況等を踏まえ、政府において、日本においても「ジョブ型雇用」の普及・促進をすることができないか検討されていました。
ただし、これまで「メンバーシップ型雇用」を採用していた企業において、全労働者との関係で雇用形態を「ジョブ型雇用」に転換することは容易ではない面もあります。そこで、従来の「メンバーシップ型雇用」と矛盾がないように「ジョブ型雇用」を日本版に解釈し直したものといえる、職務・勤務地限定という雇用形態が政府において検討されてきました(本稿では、この職務・勤務地限定の雇用形態を「日本版「ジョブ型雇用」」ということとします)。
日本版「ジョブ型雇用」とは、職務および/または勤務地を限定する特別の合意がある雇用契約に基づく雇用形態をいい、3.ないし4.で後述するとおり、配置転換や解雇との関係で一定の特殊性があります。1-1で先述した概念的な意味における「ジョブ型雇用」とは、職務および勤務地を具体的な1つの職務・勤務地に特定した雇用形態を意味しますが、他方、職務・勤務地限定雇用(日本版「ジョブ型雇用」)は、職務および/または勤務地を一定の範囲内に限定する雇用形態をいいます。
すなわち、日本版「ジョブ型雇用」については、職務および勤務地が限定された範囲が具体的な1つの職務・勤務地であれば、「ジョブ型雇用」と同義の概念となりますが、職務や勤務地が一定の幅を持つ範囲内に限定された場合は、「ジョブ型雇用」よりも広義の概念となります。
概念的な意味でのジョブ型雇用 | 職務および勤務地を具体的な1つの職務・勤務地に特定 |
日本版「ジョブ型雇用」 | 職務および/または勤務地を一定の範囲内に限定 |
職務・勤務地に関する労働条件明示ルールの改正が日本版「ジョブ型雇用」に与える影響
上記のとおり、2024年4月1日施行の労働基準法施行規則(以下「労基則」といいます)の改正(以下「本改正」といいます)により、職務・勤務地に関する労働条件明示ルールが改正されます。
使用者が負う労働基準法上の義務である労働条件明示義務は、雇用契約の内容に係る使用者と労働者の合意の認定に直接影響があるわけではありませんが、本改正によって、従来困難であった職務・勤務地限定の合意の認定が容易になると思われます。その結果、日本版「ジョブ型雇用」が更に普及することが予想されます。
職務・勤務地に関する労働条件明示ルールの改正の概要
前提として、使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示する義務(労働条件明示義務)を負っています(労働基準法(以下「労基法」といいます)15条1項)。義務違反に対しては30万円以下の罰金が科される可能性があります(労基法120条1号)。
そして、改正前の労基則5条1項1号の3では、明示すべき労働条件の1つとして「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」と規定されており、その明示の仕方については、1999(平成11)年の通達 4 において、
という解釈が示されていました(下線筆者)。
2024年4月1日施行の本改正によって、労基則5条1項1号の3は、「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」という規定から、「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含む。)」という規定に改正されることになります。そして、本改正に関する2023(令和5)年の通達 5 において、
という解釈が示されています(下線筆者)。
すなわち、2024年4月1日以降は、労働契約を締結(および有期労働契約を更新)する際の労働条件明示として、雇入れ(・更新)直後の職務・勤務地の明示に加えて、労働契約の期間中における職務・勤務地の変更の範囲の明示も義務づけられることになります。
なお、厚生労働省作成の本改正に関するパンフレット 6 によると、職務・勤務地の「変更の範囲」の明示は、職務・勤務地がどの程度限定されているかによって記載が異なるところ、限定の程度に応じた記載例は以下のとおりとされています。
職務・勤務地の「変更の範囲」の明示の記載例
- 就業場所・業務に限定がない場合
就業場所(雇入れ直後)仙台営業所 (変更の範囲)会社の定める営業所
(雇入れ直後)原料の調達に関する業務 (変更の範囲)会社の定める業務
- 就業場所・業務の一部に限定がある場合
就業場所(雇入れ直後)十三出張所 (変更の範囲)淀川区内
(雇入れ直後)施設警備 (変更の範囲)施設・交通警備等の警備業務
- 完全に限定(就業場所や業務の変更が想定されない場合)
就業場所(雇入れ直後)旭川センター (変更の範囲)旭川センター
(雇入れ直後)理美容業務 (変更の範囲)理美容業務
過去の裁判例における職務・勤務地の限定合意の認定
本改正以前、何らかの職務・勤務地の限定を明示して採用した従業員との間で訴訟や労働審判となった場合に、使用者が行った労働条件明示の内容が斟酌されることもあったものの、特に職務の限定について、医師・看護師・大学教員等の特殊な資格や専門性が求められる職務以外に関しては、職務限定合意が認められるケースはかなり限定的でした。
2-1で先述したとおり、改正前の労基則5条1項1号の3および1999(平成11)年の通達では、労働条件明示義務の内容として雇入れ直後の職務・勤務地を明示すれば足りるとされていたところ、職務・勤務地の明示は雇入れ直後の職務・勤務地を明示したものにすぎないこと等を理由として、職務・勤務地の限定合意を認定することを否定した裁判例 7 もあります。
職務・勤務地限定の合意の認定が容易に
2-1で先述したとおり、改正後の労基則5条1項1号の3によって、使用者は、雇入れ直後の職務・勤務地の明示に加えて、労働契約の期間中における職務・勤務地の「変更の範囲」の明示も義務づけられることになります。
すなわち、2024年4月1日施行の本改正以降、訴訟や労働審判においては、使用者が労働条件として明示した職務・勤務地の「変更の範囲」も踏まえたうえで、職務・勤務地の限定合意の認定が行われることになるものと思われます。具体的には、使用者が職務・勤務地の「変更の範囲」の明示を行うことにより、使用者が、当該「変更の範囲」どおりの職務・勤務地の限定合意を締結する意思を有していることが推認され、結果として、明示された「変更の範囲」どおりの職務・勤務地の限定合意が認定される可能性が高くなるものと考えられます。
職務・勤務地の限定を明示していたとしても、訴訟や労働審判において、明示されたとおりの限定合意があったとは認められにくかった
義務づけられているとおりに職務・勤務地の限定を明示すれば、訴訟や労働審判においても、明示されたとおりの限定合意があったことが認められやすくなる
職務・勤務地の限定合意が認められた場合の配置転換への影響
雇用契約の内容として職務・勤務地を限定する特別の合意が認められた場合、配置転換についてはどのような影響があるでしょうか。
職務・勤務地を限定する特別の合意が認定される場合においては、使用者の有する配置転換命令は当該限定合意の範囲内に限定されることになります。すなわち、限定合意の範囲を超える配置転換については、労働者の同意がない限り効力を有しないことになります 8。また、限定合意の範囲を超える職務・勤務地の変更に係る労働者の同意について、裁判例によると、諸般の事情を総合考慮したうえで労働者の自由意思によるものかどうかを慎重に判断すべきとされています 9。
最新の最高裁判例である最高裁(二小)令和6年4月26日判決では、「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される」と判示されました。これは、上記の「限定合意の範囲を超える配置転換については、労働者の同意がない限り効力を有しない」点が最高裁判例でも確認されたことを意味します。
以上からすると、使用者が、職務・勤務地の「変更の範囲」の明示に際して一定の限定を付し、それに基づいて職務・勤務地限定の合意が認定された場合、使用者としては、労働者の自由意思に基づく同意がない限り、限定合意の範囲を超えて一方的な配置転換を行うことができなくなります。
労働者の立場からすると、自身の職務・勤務地が変更される範囲について予測可能性が担保されることとなり、この点が、日本版「ジョブ型雇用」についての労働者側の一番のメリットとなります。
職務・勤務地の限定合意が認められた場合の解雇への影響
また、雇用契約の内容として職務・勤務地を限定する特別の合意が認められた場合、解雇の有効性についても一定の影響があります。以下では、労働者の能力不足に基づく解雇と整理解雇の場面において、職務・勤務地の限定合意が解雇の有効性にどのような影響を与えるのかについて解説します。
能力不足解雇
まず、労働者の能力不足に基づく解雇について、一般的には以下2つの要素に基づいて有効性が判断されることになります。
- 労働者の能力不足の程度
- 能力改善の機会の提供等の措置
なお、能力不足解雇との関係で限定の有無によって差異が生じるのは、基本的には勤務地ではなく職務の限定であるため、以下では職務の限定との関係で能力不足解雇の有効性への影響を記載します。
(1)労働者の能力不足の程度
まず①について、従来の「メンバーシップ型雇用」に基づく労働者は、元々具体的な職務を特定されずに「総合職」等という名称で採用され、会社の一方的な配置転換命令によって数年ごとに様々な部署・役職での職務を経験することが予定されています。すなわち、そのような労働者の能力不足が問題となった場合、その時点で当該労働者が従事している具体的な職務に必要な能力ではなく、ジェネラルな意味での当該会社の従業員に求められる能力との関係で能力不足の程度が判断されることになります。
他方、職務限定雇用の労働者については、あらかじめ職務が一定の範囲に限定されたうえで採用されているため、能力不足の程度を考慮する際にも、基本的には当該限定された範囲の職務との関係で能力不足の程度が判断されることになります 10。
(2)能力改善の機会の提供等の措置
次に②について、従来の「メンバーシップ型雇用」に基づく労働者については、4-1(1)で先述したとおり、ジェネラルな意味での当該会社の従業員に求められる能力が問題となり、また、会社の裁量により一方的な配置転換命令が可能となっています。したがって、通常の能力改善の機会の提供に加えて、その時点で当該労働者が従事している具体的な職務について能力不足が認められたとしても、当該労働者の適性に見合った他の職務への配置転換等の検討が求められる場合もあります。
他方、職務限定雇用の労働者については、職務が限定されていることから、限定合意の範囲を超える配置転換等の検討は基本的には求められません。また、限定された職務が高度な専門性や高い職位を伴う場合は、高い能力を期待したうえで雇用していることから、当該限定された職務に必要な能力を習得するための教育訓練の機会は必ずしも求められない傾向にあります 11。
(3)能力不足の場合におけるメンバーシップ型雇用と職務限定雇用の違い
以上のとおり、職務限定雇用の労働者については、①限定された範囲の職務との関係で能力不足の程度が問題となるにすぎず、また、②能力改善の機会の提供等の措置についても求められる措置の内容や程度が異なるのであり、職務無限定の労働者の場合と比べて、能力不足解雇の有効性が認められやすくなる傾向にあるといえます。
整理解雇
整理解雇については、一般的に以下4つの要素に基づいて有効性が判断されることになります。
- 人員削減の必要性
- 解雇回避努力義務
- 人選の合理性
- 手続の妥当性
この中で、職務・勤務地の限定の有無によって具体的な影響が認められるのは、②解雇回避努力義務の要素です。解雇回避努力義務とは、整理解雇という手段をとる前に、解雇以外の手段(他の職務・勤務地への配置転換等)を用いて解雇をできる限り回避するための努力を行う義務を意味します。
裁判例によると、職務・勤務地限定の合意が認められた場合で、当該限定された範囲の職務・勤務地が廃止される場合であっても、勤務地限定や高度な専門性を伴わない職務限定については、解雇回避努力義務として、他の職務・勤務地への配置転換の可能性の有無やこれを踏まえた配置転換の打診の検討が求められる傾向がみられます 12。なお、3.で先述したとおり、職務・勤務地限定の合意が認められる場合、使用者としては、労働者の同意がない限り限定合意の範囲を超えて一方的な配置転換を行うことはできないため、ここで求められるのは、あくまで他の職務・勤務地への配置転換の「打診」の検討となります。
他方、高度な専門性を伴う職務限定や、他の職務とは内容や処遇が明確に区別できる職務限定については、他の職務・勤務地への配置転換は必ずしも求められません。その場合には、退職金の上乗せや再就職支援の提供でも解雇回避努力義務を果たしたと認められる場合があります 13。
以上のとおり、職務・勤務地限定の労働者のうち、特に高度な専門性を伴う職務限定等の労働者については、職務・勤務地無限定の労働者と比べて、求められる解雇回避努力義務の内容が異なる傾向にあり、その意味で整理解雇の有効性が認められやすくなる面があります。
-
「経済財政運営と改革の基本方針2021」(令和3年6月18日閣議決定) ↩︎
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なお、職務・勤務地の「変更の範囲」の明示は、正社員だけではなく、パート・アルバイト等の有期雇用労働者を含むすべての労働者が対象とされています。 ↩︎
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社会福祉法人奉優会事件(東京地裁平成28年3月9日判決・労経速2281号25頁)参照 ↩︎
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新日本通信事件(大阪地裁平成9年3月24日判決・労判715号42頁)参照 ↩︎
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西日本鉄道(B自動車営業所)事件(福岡高裁平成27年1月15日判決・労判1115号23頁)参照 ↩︎
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フォード自動車(日本)解雇事件(東京高裁昭和59年3月30日判決・労民35巻2号140頁)参照 ↩︎
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ドイツ証券事件(東京地裁平成28年6月1日判決・労判ジャーナル54号39頁)参照 ↩︎
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全日本海員組合事件(東京地裁平成11年3月26日判決・労経速1723号3頁)参照 ↩︎
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フェイス事件(東京地裁平成23年8月17日判決・労経速2123号27頁)参照 ↩︎

ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業)

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