「無期転換申込機会」「無期転換後の労働条件」の明示が義務化 労働条件明示ルールが2024年4月変更!
人事労務
目次
2024年4月1日以降、労働契約の締結・更新時において使用者に要求される労働条件の明示事項が追加されます。
これは、2023年3月30日に、労働基準法施行規則(以下「労基則」といいます)等の改正を内容とする「労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令」(令和5年厚生労働省令第39号)および「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準の一部を改正する件」(令和5年厚生労働省告示第114号)が公布・告示されたことによるものです(以下「本改正」または「改正省令」といいます)。
本稿では、新たに追加された無期転換申込機会の明示義務と、無期転換ルールに基づく無期転換申込権が発生する契約の更新時の労働条件の明示義務について解説します。対象となる労働者は、無期転換申込権が発生する有期雇用労働者です。
なお、労働条件の明示に関する一般的な説明やすべての労働契約の締結時と有期労働契約の締結時・更新時に必要となる労働条件明示義務の改正点については、下記の関連記事をご覧ください。
無期転換ルールとは
有期雇用労働者は、同一の使用者との間の有期労働契約が更新されて通算契約期間が5年を超える場合、当該使用者に対し、現在の有期労働契約の契約期間満了日までに、その満了日の翌日から開始する無期労働契約の締結を申し込むことができます。これを「無期転換申込権」といいます。この無期転換申込権の行使により、使用者がその申込みを承諾したとものとみなされ、無期労働契約が成立します(労働契約法(以下「労契法」といいます)18条)1。これが、いわゆる「無期転換ルール」といわれる制度です。
有期雇用労働者に対する明示義務に関する改正点
有期雇用労働者に対する無期転換申込機会の明示義務
本改正以前は、労働者が無期転換申込権を有するか否かについて、使用者が周知または告知する義務はなく、無期転換ルールの認知度の低さ 2 ゆえ、労働者が自らの無期転換申込権の存在を把握していないために行使の機会を逸するということも珍しくありませんでした。
本改正では、個々の労働者が自社の無期転換制度を理解したうえで無期転換申込権を行使するか否かを主体的に判断しやすくするとともに、紛争の未然防止等を図るために、使用者に対し、無期転換申込権が発生する更新のタイミング(すなわち、通算契約期間が5年を超えることとなる有期労働契約の更新およびその後の更新のタイミング。以下同じ)ごとに 3、無期転換を申し込むことができる旨を明示すること(無期転換申込機会の明示)が義務付けられました。
無期転換後の労働条件の明示義務
(1)明示義務
現行法において、労働者が無期労働契約に転換した場合の労働条件については、労契法で以下のように定められており、別段の定めがない限り、現に締結している有期労働契約の労働条件と同一の内容となります。
当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
そして、労働者が無期転換申込権を行使した場合には、無期転換ルールによって始期付きの無期労働契約が成立することになり、使用者は、労働基準法(以下「労基法」といいます)15条1項に基づき、当該無期労働契約の成立時点で労働者に対し労働条件を明示しなければなりません。
本改正では、個々の労働者が自社の無期転換制度を理解したうえで無期転換申込権を行使するか否かを主体的に判断しやすくするとともに、紛争の未然防止等を図るために、使用者に対し、無期労働契約の成立時点だけでなく、無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、無期転換後の労働条件の明示が義務付けられることになりました(労基法15条、本改正後の労規則5条5項・6項)。
(2)均衡を考慮した事項の説明
また、労契法4条1項の趣旨を踏まえて、労働契約の内容に対する理解を深め、また労使間の検討の契機とするため、使用者は、無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、無期転換後の賃金等の労働条件を決定するにあたって、労契法3条2項の趣旨を踏まえ、就業の実態に応じて均衡を考慮した事項について、当該有期雇用労働者に説明するよう努めることが求められます(本改正後の有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準5条)。「均衡を考慮した事項」とは、有期雇用以外の労働者(正社員等のいわゆる正規型の労働者や無期雇用フルタイム労働者)の処遇を比較対象とし、たとえば、業務内容や責任の程度、異動の有無・範囲などが挙げられます。
使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。
労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
実務対応のポイント
明示のタイミング、方法、記載例
(1)タイミング
上述のとおり、今回の改正によって、無期転換ルールに基づく無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、「無期転換申込機会」と「無期転換後の労働条件」の明示が義務付けられます。
(2)方法
「無期転換申込機会」と「無期転換後の労働条件」は、書面の交付による明示する必要があります(労基法15条1項後段、労基則5条6項)。ただし、労働者が希望する場合には、電子メール等で明示することも可能です。
(3)記載例
労働者に明示する際の書面の様式は自由ですが、厚生労働省が公表している以下のモデル労働条件通知書が参考になります。
モデル労働条件通知書(一部抜粋)
また、「無期転換申込機会」と「無期転換後の労働条件」の具体的な記載内容については、厚生労働省から以下の記載例が公表されています 4。
- 無期転換申込機会
「本契約期間中に無期労働契約締結の申込みをした時は、本契約期間満了の翌日から無期雇用に転換することができる。」 - 無期転換後の労働条件
「無期転換後の労働条件は本契約と同じ」又は「無期転換後は、労働時間を◯◯、賃金を◯◯に変更する。」
無期転換後の労働条件の「別段の定め」
(1)「別段の定め」がない場合
2-2(1)で述べたとおり、労働者が無期労働契約に転換した場合の労働条件は、「別段の定め」がない限り、契約期間を除く有期労働契約における労働条件と同一の労働条件として取り扱われることになります。
(2)「別段の定め」を新設・変更する場合
一方で、「別段の定め」がある場合には、異なる労働条件を定めることが可能です。この「別段の定め」は、労働協約、就業規則、個別労働契約のいずれによっても可能であり、また、無期転換前の労働条件より有利な労働条件を定めるものに限られず、不利な条件を定めること自体も禁止されていません。たとえば、正社員よりも有利な給与その他の労働条件とする有期労働契約のように、有期雇用であるがゆえに高い労働条件(いわゆる有期プレミアム)が設定されている場合において無期労働契約に移行するときには、労働条件の低下もあり得ると考えられるためです。
もっとも、「別段の定め」を新設または変更することによって無期転換後の労働条件を従前の有期労働契約上の労働条件から引き下げる場合には、下表の点に留意が必要です。
なお、いずれの場合も、当該「別段の定め」が有効と認められない場合には、無期転換前の有期労働契約と同一の労働条件で無期労働契約が成立します。
「別段の定め」の方法 | 新設・変更の時点 | 留意点 |
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労働協約 5 | 時点による違いはない | 原則として有効(労働組合法16条) ただし、特定の一部の組合員を殊更に不利益に扱うことを目的として締結された場合等、労働組合の目的を逸脱したと評価される場合には無効 |
就業規則 | (i) 無期転換申込権の発生前に当該「別段の定め」が新設または変更された場合 |
就業規則の周知とそこに規定された労働条件の合理性 6 が必要(労契法7条) |
(ii) 無期転換申込権が発生したが権利行使していない段階で当該「別段の定め」が新設または変更された場合 |
今回の改正によって、無期転換申込権が発生するタイミングごとに、無期転換後の労働条件の明示が義務付けられた趣旨を踏まえると、下記 (iii) の場合と同様の規律(労契法10条ないし同条の類推適用)を受けることになるものと考えられる | |
(ⅲ) 無期転換申込権の行使後に当該「別段の定め」が新設または変更された場合 |
就業規則の周知と労働条件の合理性が必要(労契法10条ないし同条の類推適用) ※労契法7条の合理性との違いに留意が必要 7 |
|
個別労働契約 | 時点による違いはない | 労働者の合意が必要(労契法8条) ※労働者による労働条件の変更の受入れが、労働者の自由な意思に基づいたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点 8 から慎重に検討が必要 |
明示義務違反の罰則
労働条件の明示義務違反があった場合、当該違法行為をした者および事業主は30万円以下の罰金を科せられます(労基法120条1号、121条)。
施行日までに必要な対応
本改正は、2024年4月1日から施行されます(改正省令附則1条)。
施行までに企業として対応すべきこととしては、上記3-1(3)の記載例を参考に、有期労働者の労働条件通知書に無期転換申込機会及び無期転換後の労働条件を記載する必要があります。また、今回の改正を機に有期労働契約における労働条件と異なる労働条件を定める場合には、上記3-2(2)記載の内容に留意が必要です。
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なお、有期雇用特別措置法(正式名称「専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法」)に基づく無期転換ルールの特例として、第一種(高度専門的知識等を有する有期雇用労働者)については上限を10年として一定の期間内に完了することが予定されている業務に就く期間、第二種(定年後に有期労働契約で継続して同じ事業主に雇用される高齢者)については定年後引続き雇用されている期間、研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律及び大学の教員等の任期に関する法律の一部を改正する法律に基づく大学等及び研究開発法人の研究者、教員等については原則として10年は、無期転換申込権が発生しません。 ↩︎
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厚生労働省 労働基準局「多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書」(令和4年3月)7頁によれば、有期契約労働者のうち、無期転換ルールに関して内容について知っていることがある者は約4割にとどまり、自らの無期転換申込権が発生しているかどうかがわからない労働者が多くみられることが指摘されています。一方で、企業においては無期転換ルールに関して何らかの形で知っている企業は8割とされているものの、企業規模が小さくなるほど、知らない企業の割合が高くなることが指摘されています。 ↩︎
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無期転換申込権については、無期労働契約に転換するか否かの判断を労働者に委ねているため、労働者が5年を超える時点で無期雇用に転換しなくてもその後の更新のタイミングで無期労働契約への転換を申し込むことも可能です。 ↩︎
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厚生労働省リーフレット「2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?」12頁 ↩︎
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労働協約の効力は、協約当事者である労働組合の組合員のみが対象となります。厚生労働省「令和3年度労働組合活動等に関する実態調査の概況」11頁によれば、事業所に正社員以外の労働者がいる労働組合について、パートタイム労働者の組合加入資格があるとの回答は37.3%、うち実際にパートタイム労働者の組合員がいるとの回答は30.0%であり、有期雇用労働者の組合加入資格があるとの回答は41.5%、うち実際に有期雇用労働者の組合員がいるとの回答は32.9%と低い傾向にあります。そうすると、パートまたは有期の労働者の無期転換後の労働条件を不利益に変更する場合において、パートまたは有期の労働者が加入していない組合との間で労働協約を締結する実質的な意義は低いものと考えられます。 ↩︎
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厚生労働省 労働基準局「多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書」(令和4年3月)17頁において、無期転換後の労働条件をめぐる裁判例の中には、労契法7条を適用しながら、無期労働契約の締結前から有期労働契約が存続していたことなどを踏まえて合理性の有無についてある程度踏み込んで判断したと解されるものもある(ハマキョウレックス(無期契約社員)事件・大阪地裁令和2年11月25日判決・労判1237号5頁)と指摘されています。 ↩︎
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労契法7条の「合理性」は、労契法10条の「合理性」と異なり、従前の労働条件と比較した不利益を観念できないため、一般的には広く認められると考えられています。 ↩︎
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最高裁(二小)平成28年2月19日判決・民集70巻2号123頁参照。労働者が契約書に署名・押印したとしても、十分な説明がなされていない場合には労働者の合意を否定する裁判例(東京地裁令和2年2月4日判決・労判1233号92頁等)も存在します。 ↩︎

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