取締役会DXが運営実務と実効性評価に及ぼすインパクト

危機管理・内部統制
市川 佐知子 田辺総合法律事務所 中村 竜典 ミチビク株式会社 代表取締役CEO

目次

  1. ポイントは取締役会と企業業績の「つながり」
  2. 理想と現実を定量的に把握することが大切
  3. 取締役会事務局の果たす役割
  4. 取締役会はDXの最後尾と言っても過言ではない
  5. 取締役会の実効性評価には「データ」が必要
  6. DXによりPDCAサイクルを活性化する
  7. データに基づいた対話や意思決定が変革への第一歩

DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれるようになって久しい中、DXに積極的に取り組む企業でさえ、取締役会に関してはデジタル化や業務効率化が後回しになりがちです。取締役会運営の現状と課題、そして今後のDXの可能性について、複数社の社外取締役を経験してきた田辺総合法律事務所 弁護士の市川佐知子氏と、取締役会DXサービス「michibiku」を提供するミチビク 代表取締役CEOの中村竜典氏に聞きました。

ポイントは取締役会と企業業績の「つながり」

日本の取締役会の現状をどのように認識していますか。

市川氏:
一概にはいえませんが、資料のデジタル化やITツールの利用などの初期段階のDXを含め、DX推進が立ち遅れている取締役会が多いことは間違いありません。でもそれは決して日本企業がDXを疎かにしているというわけではなく、ビジネスや業務効率化には投資が行われています。取締役会の改革が会社の業績向上に「つながっている」ものだというアイデア自体に不信感があるのではないでしょうか。

中村氏:
たしかに、「取締役会で議論したことによって、すぐに業績が回復した」などと説明するのは難しいですからね。

取締役会と業績がリンクしにくい原因はどこにあるのでしょうか。

市川氏:
企業の業績は、一義的にはその担い手である執行部が向上させるものだと思います。ところが長期の経済低迷で執行部のみに任せる形態に疑問が投じられ、執行部とは別に取締役会の役割が注目されました。2015年にコーポレートガバナンス・コード(CGコード)が導入されましたが、この背景には、いわゆる「攻め」のガバナンスを強化することにより日本企業の「稼ぐ力」を取り戻そうという考えがあります。この考えが正しいとすると、CGコードをコンプライ(遵守)すれば、おのずと企業業績は上がっていくはずです。ところが、CGコード導入から約7年が経過した今、コンプライ率の高さの割に、現実は必ずしもそうなっていません。それは、そもそもCGコード導入の意図が間違っていたからなのかもしれませんが、「つながり」に不信感を持ったまま、取締役会が真の意味ではコンプライしていない、という可能性もあるのではないでしょうか。
CGコードには取締役会で中長期戦略を議論するよう明記されているのに、十分な議論が尽くされていない企業があるのも事実です。中長期戦略が議論されていなければ、持続的な企業業績の向上も難しいと考えるのは自然です。

経営戦略・経営計画に関する議論の状況

出典:経済産業省「社外取締役の現状について(アンケート調査の結果概要)」(2020年5月13日)55頁

出典:経済産業省「社外取締役の現状について(アンケート調査の結果概要)」(2020年5月13日)55頁

理想と現実を定量的に把握することが大切

「やりたいことがあるのに変われていない」というのが取締役会に関わる人の現状なのかもしれません。理想とする姿に近づくためには、どのようにすればいいのでしょうか。

中村氏:
取締役会(ボード)の形には、マネジメント型、アドバイザリー型、モニタリング型とさまざまあります。

取締役会の3つの類型

出典:日本取締役協会 独立取締役委員会「独立社外取締役の行動ガイドラインレポート」(2020年3月26日)6頁

出典:日本取締役協会 独立取締役委員会「独立社外取締役の行動ガイドラインレポート」(2020年3月26日)6頁

現状の日本企業では、監督と執行の分離がなされておらず、経営陣が取締役会のメンバーを兼ねるマネジメントボードが主流です。私はこれまで200社近くの企業と話をしてきましたが、その中で「本来ならモニタリングボードとしてどの領域に投資をしていくべきか等の未来に向けた議論・決定をしたいのに、事務的な報告や稟議などに会議の6割程度の時間を割いてしまっている」といった声も多く聞こえてきました。

市川氏:
実は、モニタリングボードを志向すればするほど、報告の件数が増えていくのは自然な流れです。報告件数が多いから問題というものでもないのです。自社における取締役会のあるべき姿を明確にしておかなければ、漠然とした不安感や焦燥感が募るばかりです。そうした状況を改善するためには、現状と目指す姿のギャップを適切に認識する必要があると思います。そのためにはまず、取締役会において何の議論に何時間使っているのか、データをもとに事実を把握しなければなりません。

中村氏:
これまでに私が話を聞いた200社のうち、取締役会での発言内容を書き起こして議題ごとの所要時間を分析していた企業はたった2社でした。しかも、書き起こしや分析はすべて人力で、取締役会事務局には大きな負担がかかっていました。取締役会の現状を正しく把握できている企業はほとんどないと言っても過言ではないでしょう。

取締役会事務局の果たす役割

取締役会の運営面において改善すべきポイントはありますか?

中村氏:
「取締役会事務局のあり方の整理」がポイントだと思います。米国や欧州などでは、取締役会や委員会の運営・記録管理・支援などを行う「Company Secretary」という役割が確立しています。それに比べて日本では、専門の役職や主管部署が定まっておらず、事務局と呼ばれる人たちの所属部署は、総務が5割、経営企画が2割、法務などそれ以外の部署が3割ともいわれます 1。また、日本では事務局の扱いが蔑ろにされているケースも散見されます。
事務局は本来、現場の情報も経営の情報も高い解像度で持ち、役員とディスカッションしながら議案を考案したりアジェンダ設計を担ったりする役割のはずです。しかし、取締役会に関する資料やツールがアナログだったり情報が集約されていなかったりするがゆえに、運営面での調整や手続にリソースを割かれ、会社の未来をつくるクリエイティブな仕事に注力できていないという問題があります。

取締役会のフロー

提供:ミチビク株式会社

提供:ミチビク株式会社

市川氏:
私は日頃から社外取締役として事務局の方々と接しており、彼らの仕事ぶりを賞賛しますが、理解できない点もあります。これは取締役会のあるべき姿と同様に、事務局がどうあるべきなのかが、各社で明確に定まっていないことに原因があるような気がします。日本企業のあらゆるところで、ジョブディスクリプションとパフォーマンスレビューの客観性があやふやになっていますが、事務局も例に漏れないのだと思います。ジョブ型雇用への移行を宣言する企業も多いようですが、そこにジョブディスクリプションの明確化も含まれるのだとすれば、事務局にも適用されるべきだと考えます。

取締役会はDXの最後尾と言っても過言ではない

海外では取締役会DXは進んでいるのでしょうか。

中村氏:
海外と日本では顕著な差があります。特に欧米では、Fortune500などにランクインする名だたる企業の約80%が専用のボードポータルツールを使っているというデータもあるくらい、デジタル化が進んでいます。一方、日本は紙と印鑑の文化が根強く、取締役会議事録などの議事録への電子署名が解禁となったのはコロナ禍以降です。電子署名に切り替える企業も出てきてはいますが、まだまだ紙と印鑑を使っている企業が多い印象です。

市川氏:
私は2018年から2020年の夏まで米国で暮らしていましたが、日本と米国とでは、そもそもデジタルソリューションの社会への浸透度合いに大きな差があると実感しました。米国に比べて日本は社会全体でデジタル化が遅れていて、それは企業も例外ではありません。そして企業の中でも取締役会はDXの最後尾にあるという状況だと思います。

中村氏:
その背景には、文化的な違いもありそうです。これは取締役会運営に限らずですが、欧米は各国・地域間の地理的な距離が大きいため、紙や押印に頼らない形でのデリバリーが発達した側面もあるかもしれません。また、欧米では古くからガバナンスの重要性が認知されており、取締役会などの会議体への投資に意欲的です。さらに、欧米は離職率が高いため、業務の属人化を解消できるシステムやデジタルソリューションが歓迎される向きもあるでしょう。

取締役会の実効性評価には「データ」が必要

2021年のCGコードの改訂によって、取締役会の実効性評価などに変化は見られましたか。

市川氏:
2015年のCGコード導入によって各社が社外取締役を置くようになり、2018年の改訂によって社外取締役が発言するようになりました。ところが企業業績の向上が顕著には見られないと受け止められています。CGコードの意味合い、取締役会の実効性に関して、疑問を呈する見方が出てきたのも事実です。そのような中でなされた2021年改訂ですが、その影響でしょう、スキルマトリクスの導入が一気に進み、取締役会実効性評価の方法にも進化が見られます。ただ、注意も必要で、チェックボックスの「やりました」チェックをするだけ、昨年の自社よりは進化したが同業他社からは劣後、という事態もあり得ます。取締役会の目標・到達点を具体的に開示・説明する段階に入れば、ステークホルダーとの対話を通じて客観視することで、実効性を向上できるフェーズに入っていくと思います。
開示・説明や客観視には、KPIの設計が重要となります。たとえば、取締役会が中長期戦略を議論していると胸を張って開示するには、具体的にどのような指標を定めるべきか、やはりデータに基づく分析・検討が求められるでしょう。ステークホルダーと対話する際にも、データ・指標に基づく具体的な会話をすれば、対話に深度が生まれるはずです。その深度にこそ、実効性を高める鍵が隠されているのではないでしょうか。

田辺総合法律事務所 弁護士 市川佐知子氏

田辺総合法律事務所 弁護士 市川佐知子氏

具体的にどういうデータを集め、分析・検討すればいいのでしょうか。

市川氏:
たとえば、取締役会での発言中に「ROE(株主資本利益率)」「株主・投資家」「長期戦略」というワードが何回出てきたかや、その議論にどれだけの時間を割いているかのデータは有用だと思います。参加する取締役・経営幹部が自身の役割・責務を理解し、会社の持続的な成長や中長期的な企業価値の向上について真剣に考えているのであれば、これらのワードが何度も出てくるはずですし、長い時間議論されるはずです。報告者の報告部分と質疑応答部分の切り分けも非常に重要なポイントです。

中村氏:
セールスやマーケティング部門では、予算からブレイクダウンして個別の目標や施策を設定し、それらの施策を実行した後は、各種データに基づき達成度を評価しながらPDCAを回すのが当たり前になっています。私は重要な会議もそうあるべきだと考えます。あるべき姿からブレイクダウンして、取締役会で話すテーマや時間配分をあらかじめ決めておき、それが実際にどうだったかを振り返るという形でPDCAを回していくと、より良いものになっていくのではないでしょうか。

DXによりPDCAサイクルを活性化する

中村様が代表取締役CEOを務めるミチビク株式会社では、取締役会DXサービスの「michibiku」を提供されていますが、これは取締役会運営をどのようにサポートするサービスなのでしょうか。

中村氏:
michibikuは、取締役会DXの流れをトータルでサポートできるようにしたいと考えて作った、役員と事務局のためのサービスです。アナログ運用をデジタルに置き換え、分散していたデータを一元管理するほか、テンプレートを活用したアンケート作成、アンケート結果の自動集計による実効性評価、他企業とのスコア比較なども可能です。取締役会をはじめとする会議体運営は、従来、さまざまなツールを使う必要があったり、多くの調整が発生したりと、業務が煩雑になりがちでした。michibikuでは1つのプラットフォーム上でシームレスに対応することができるため、業務の効率化に役立ちます。
集まったデータを使い、会議の分析を支援する機能も備わっていますので、業務効率化によって事務局のリソースに余裕が生まれたら、現状分析や定量的な評価・改善に力を入れ、より良い会議にしていくためのPDCAサイクルを回しやすくなるはずです。

ミチビク 代表取締役CEO 中村竜典氏

ミチビク 代表取締役CEO 中村竜典氏

michibikuはどのような企業におすすめのツールですか。

中村氏:
まずは上場企業に使っていただきたいですね。上場企業では、取締役会に関与する人数も多いので、DXによりPDCAサイクルがうまく機能するようになれば、関係者の業務効率化や会議の質・実効性評価の向上に大きなインパクトが期待できます。そして、こうした取組みが上場企業でスタンダードになることにより、IPO準備を進めているスタートアップなど、より幅広い企業にも普及・浸透していくと考えています。

市川氏:
取締役会DXを推進するにあたり、「新しいツールを使いこなせるだろうか」と不安に思う方もいるかもしれませんが、変化に対する過剰な警戒感は、かえって現状打破の障害になりかねません。新しいツールが使いやすいインターフェースでありさえすれば、ユーザーの資質や年齢等に関係なく広く受け入れられるはずです。

データに基づいた対話や意思決定が変革への第一歩

最後に取締役会DXを検討する読者に向けてメッセージをお願いします。

中村氏:
データを取得・加工して利用可能にし、ビジネスの判断に役立てることは、まだしばらくは人間がやるべき仕事です。特に取締役会については、データをうまく活用しながら企業の未来をつくるワクワクする会議にしていくべきですし、我々はそのための支援をしていきたいと考えています。当社は「経営を、あるべき姿に導く。」というミッションを掲げています。こうした理念に共感していただける企業とともに、新しい取締役会の実現を目指していきたいですね。

市川氏:
自分自身、データを尊奉すべきだと肝に銘じています。データは動かぬ事実であるとともに、さまざまな物事を円滑に進めるための原動力にもなります。また、訴訟を担当したり企業不祥事を取り扱う弁護士としては、データが持つ重要性の別側面も強調したいところです。仮に、取締役の善管注意義務が問われるような問題が起きた際にも、義務を尽くしたことを立証してくれるのは記録されたデータです。
企業不祥事を防ぐのは内部統制ですが、内部統制には4つの目的と、それを達成するための6つの基本的要素があります 2。多くの不祥事の原因に「情報と伝達」のつまずきが見られます。

内部統制の4つの目的
  1. 業務の有効性および効率性
  2. 財務報告の信頼性
  3. 事業活動に関わる法令等の遵守
  4. 資産の保全
内部統制の6つの基本的要素
  1. 統制環境
  2. リスクの評価と対応
  3. 統制活動
  4. 情報と伝達
  5. モニタリング
  6. ITへの対応

取締役会に関わる皆が、情報と伝達の大切さを理解し、データに基づいた対話や意思決定をしていくことこそが、CGという広範で難しい問に取り組むにあたっての重要なポイントになると考えています。

本日はありがとうございました。

(文:周藤 瞳美、写真:岩田 伸久、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)

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