監査役の役割と法的責任
危機管理・内部統制
監査役に求められる役割は非常に広範であるため、重点を置くポイントにメリハリをつける必要があります。一方、ひとたび企業不祥事が発生すれば、監査役は強い批判を浴びることになります。
本稿では、企業統治・内部統制構築・上場支援などのコンサルティングを手がけてきた一般社団法人GBL研究所理事、合同会社御園総合アドバイザリー顧問の渡辺樹一氏と、田辺総合法律事務所の市川佐知子弁護士の対話を通じて、監査役の役割と法的責任について考えます。
裁判所の判断に対する賛否両論
渡辺氏:
監査役の機能不全が指摘された企業不祥事は少なくありません。しかし、機能不全の指摘と法的責任の存在はまた別物であるようにも思えます。第三者委員会報告書では、監査役の言動(またはそれがないこと)が強く批判されても、その後、責任調査委員会報告書が出ると、法的責任が否定されるケースが珍しくないのは、両者が別物だからでしょう。監査役の法的責任を問うのは難しいのでしょうか。
市川氏:
印刷業を営む、会計監査人不在の非公開会社において、会計限定監査役が、従業員の横領を見抜けなかったとして、会社から法的責任を問われ、横領額を損害だとして賠償請求された事件が、世間の耳目を集めています。
2019年2月21日千葉地裁判決では監査役の責任が認められ、2019年8月21日東京高裁判決では責任が否定され、2021年7月19日最高裁第二小法廷判決では高裁の判断が破棄されて差戻しとなりました。差し戻された東京高裁でその後どうなったのかは、刊行物上、不明です。
渡辺氏:
議論を呼んだ有名な事件です。会計限定監査人はベテランの公認会計士で、会計事務所の補助者が監査業務をしていたのですが、預金の実在性の確認として銀行口座の残高証明書の写しを確認するだけで、原本を確認しなかったことが落ち度になるのか、問題になったのです。
市川氏:
1審は、原本を確認しないのは落ち度であるとしました。2審では、会計帳簿の信頼性欠如が監査役に容易に判明可能であったような特段の事情がない限りは、監査役は会計帳簿の記載内容を信頼してよく、会計帳簿の裏付資料を直接確認するなどの積極的調査義務はないとしました。
最高裁では、特段の事情がない場合でも、会計帳簿と計算書類を照らし合わせただけで、常に監査役の任務を尽くしたといえるものではない、としたのです。
渡辺氏:
リスク管理の業界や監査役経験者の間では、地裁判断、高裁判断のそれぞれに、賛否両論が入り混じっていました。高裁の判断が否定された最高裁判決にも、肯定と否定どちらの声も聞かれます。
総括すれば、次のようになるといえます。本件の高裁判決においては、次のように判断されました。
会計限定監査役の監査における主な任務は、会計帳簿の内容が正しく貸借対照表その他の計算書類に反映されているかどうかであって、特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足りる
一方、最高裁判決では、次のように判断されました。
会計限定監査役を含む監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではなく、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合がある
本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして、当該監査役が適切な方法によって監査を行ったといえるか否かについて、個別具体的に検討するよう、高裁に差し戻している、という状況です。
監査役の役割に対する理解・信頼の薄さ
市川氏:
会計監査人設置会社の場合には、銀行へ残高確認書を求める手順が監査法人においてしっかり定まって履践されており、監査役は預金の実在性について心配する必要を感じる場面はそれほどないかもしれません。計算関係書類が当該株式会社の財産および損益の状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見を監査報告書に記載するのは、監査法人です(会社計算規則126条1項2号)。
しかし、会計監査人がいない会社では、当該意見を監査報告書に記載するのは、監査役の役目です(同122条1項2号)。当該意見を記載するためには、前提として必要な監査をしなければなりませんが、監査の必須項目や手順は法令上一義的に定まっているわけではありません。各社において履践されている手順、そもそも何をなすべきかの考え方にはばらつきがあるようです。
渡辺氏:
会計監査人を置かなくてよいということは、大会社ではないということです。経理部門の人員も十分ではなく、監査役スタッフもいないことが多いでしょう。そのような体制下で、監査役監査として原本確認までなすべきと考えている会社は、そう多くない気がします。
さらにいえば、監査役監査の必要項目・手順以前に、監査役の役割への理解・信頼が薄いことも多いのです。監査をまったく知らない社長の友人に監査役への就任を無報酬で依頼する、友人は監査報告書への押印依頼だけに応じる、といったような実態も厳然としてあるのです。
市川氏:
本件では、ご指摘のように経理部門が手薄であったことのほかに、会計限定監査役が公認会計士であったこと、40年以上も当該企業で監査役であったこと、税務申告報酬のほかに得ていた監査役報酬が40年間の初期には高額といえたかもしれないが、終盤には低額といえる金額だったこと、などがポイントとしてあります。このような会計限定監査役に、監査法人のようなしっかりした監査手順履践を求めるのか、友人対応で良かったのか、といったことが問われた事件と概括することができます。
大まかに描写すれば、残高証明書原本確認という監査法人手順について、地裁判決は標準的なものとして要求し、高裁判決は特段の事情がある場合の例外的なものとして捉え、最高裁判決はどちらも一律的すぎるからもっと個別に分析して義務違反の有無を判断するべきとして差し戻した、となります。
企業不祥事の3つのタイプと監査役が選択すべき対応
渡辺氏:
最高裁判決が出たので、会計限定監査役なら口座残高は原本確認をしなければならない、というルールを導き出している人がいます。そうする必要はないのでしょうか。
市川氏:
預金残高は重要科目ですし、原本確認も基本手順ですから、するに越したことはありません。ただ、そのような条件反射的なルールの導き出しは、監査役の役割への理解・信頼を歪めないか、という心配もあります。
本件の場合「会計限定」監査役でした。非公開会社では、監査役の監査を会計監査に絞り、業務監査を除くことが可能です(会社法389条1項)。しかし、会計監査しかしない場合と業務監査もする場合で、求められる会計監査が狭く深い、広く浅い、のような違いがあるわけでもありません。そうして、監査役がする会計監査というものにはおよそ、口座残高確認書原本確認が必要だ、と射程が広くなっていくのも特に心配です。
監査役の役割は非常に広範で、それを全部こなすことは不可能ともいえます。ビジネス、会社の体制、時代の変化の中で、どこに重点を置くかを真剣に考え、冷徹に割り切る必要があると考えます。あれもこれもできない中で、今、傾注するべきことは口座残高原本確認ではない、ということもあると思うのです。
私は、不祥事のタイプを次の3つに分けています。
- 大海の一滴型
- ブルドーザー型
- オリエント急行殺人事件型
大海の一滴型の典型は「従業員の横領」で、チェックの目を細かくすることで対応するのが適切です。ブルドーザー型の典型は「社長の違法行為」で、皆気づいているのにブルドーザーを止められないのですから、社外役員の独立性確保や活躍促進で対応するのが合っています。オリエント急行殺人事件型は「複数人や部門丸ごとが結託し密室化している」ので、内部通報や社内リーニエンシー制度の導入・活用が良い対応の一例となるでしょう。
監査役は、不祥事のタイプを考えて、今、必要な自分の対応を選んでいく必要があるのです。銀行口座残高は原本確認しなければなりません、という条件反射的ルールがそれを邪魔しないか、心配になるのです。
渡辺氏:
ブルドーザー型の事件を思い出しました。分譲マンションの企画・販売業を営み、最終的には破産してしまったジャスダック上場企業の社長が、ビジネスの過程において、独断で何度も新規事業や別会社に資金を流出させ、それを監査役が阻止できなかったとして、破産管財人から責任を問われた事件です[大阪地裁判決2013年12月26日、大阪高裁判決2015年5月21日、最高裁第一小法廷決定2015年2月25日(上告不受理)]。
この監査役はやはり公認会計士です。社長の独断行為に声を上げ、反対し、自らの辞任にも言及し、監査役会から意見書も出ていたにもかかわらず、創業者社長が突っ込んで行ったという経緯がありました。しかし、監査役が適切な行為をしなかったと評して、責任を肯定した裁判所の判断には多くの疑問の声が上がりました。
市川氏:
確かに、その事件はブルドーザー型といえます。監査役監査規程に照らし、監査役の対応として、内部統制システムの構築を助言・勧告する義務があるところ、監査役にはその義務違反があると認定されました。さらには、代表取締役からの解職のために取締役や取締役会に対し助言・勧告すること、取締役からの解任に向けた臨時株主総会招集を勧告する義務も飛び出し、リスク管理関係者の注目を集めました。
監査役協会作成の監査役監査基準は、ベストプラクティスをまとめたものと理解して、監査役監査規程に取り込んでいる企業が多いのですが、その規程が根拠となって、法的責任が問われることが、まず驚きの第1点です。
さらに、ここまでやっていたのに、不足があると認定されたことも波紋を呼びました。会社が破産してしまい、債権者を救済するために財源を確保しようとする破産管財人の主張は支持されやすい、という構造があることを差し引いても、社外監査役経験者の背筋を寒からしめたのです。
この事件の判決評釈は他にある多くの文献に譲るとして、ここで着目したいのは、監査役という仕事の広範さ、深さ、それらの変幻自在ぶりです。ブルドーザー型だとなれば、社長の解職勧告まで求められ得るわけです。大海の一滴型だとなれば、銀行口座残高証明書の原本確認まで義務づけられるのです。
しかし、不祥事の第三者委員会報告書を読むと、創業家の影響力下で不正融資がなされる銀行にあって、監査役が支店の防犯カメラのチェックをしていたことが問題視されるなど、不祥事の類型と、対応策のミスマッチが起こっています。
つまり、この銀行で監査役が目を光らせるべきなのは、創業家の影響力が審査手続を薙ぎ倒していないかというブルドーザー型不祥事であるのに、支店の防犯カメラが作動しないことで犯罪を誘発しないか、金融庁の監督指針等に不適合とならないか、といったような、大海の一滴型不祥事への対処をしていたわけです。監査役には、この状況下で自分が何をすべきか的確に判断し、対処する必要があります。
このような大役・重責を負わせるに相応しい監査役の選任、報酬、体制は十分に社内で、あるいは社会で検討・議論されているでしょうか。
監査役の理想像と実像の乖離
渡辺氏:
会社法が描く監査役の理想像と、現実に置かれた監査役の実像の乖離が著しいです。最近は、子会社の常勤監査役を人財育成の一環として位置づけ、事前研修も行い、将来の本社経営幹部候補者として育てるなどの先進的な企業も出始めています。しかし、多くの企業では、常勤監査役は社内キャリアの最後に、社長が当人のそれまでの功績を称える証として授けているポストです。この場合、常勤監査役は、そのポストをもらえたことが幸運で、授けてくれた人にモノを言うのはお門違いのような立場にあるといえます。
また、社内に限らず、社外監査役も似たような状況で、指名・選任のプロセスを社長が握っていて、その社長に反対意見を述べるのは難しいと感じている社外監査役も実際はいるのではないでしょうか。そのプロセスを見直すことなく、「監査役しっかりしてください」と言って、監査役個人の胆力だけに頼るのはおかしい気がします。
市川氏:
コーポレートガバナンスコードによって、任意の指名委員会を設置する会社が非常に増えました。しかし、誰の指名を行っているのか、各社バラバラです。 代表取締役社長だけ、他の業務執行取締役指名も所掌する、社外取締役の候補を考える、執行役員クラスにも関与するなど、です。ただ、監査役は対象としておらず、監査役指名は社長の権限に残ったままという現象は、各社に共通しているのではないでしょうか。
渡辺氏:
攻めのガバナンスが強調されますし、それが重要なのは否定しません。しかし、内部統制の失敗によって企業価値が大きく毀損するのを嫌になるほど見続けてきた企業不祥事分析の専門家として言わせていただけるなら、守りのガバナンスの軽視、その守りの象徴、要である監査役の劣位を見直すべきだと声を大にして言いたいです。
市川氏:
監査役には違法行為差止請求権という強大な権限がありますが、それが行使された事件を聞いたことがありません。それだけではありませんが、会社法が想定する強い監査役と、現実に置かれた脆弱な監査役のギャップがあまりに激しすぎる気がします。そのギャップを目の当たりにしながら、監査役の法的責任が肯定された事件に接すると、非常に複雑な気持ちになります。

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