三菱電機の検査不正問題にみるコンプライアンスの機能不全への対応策 - 企業不祥事の2分類と風土改革の必要
危機管理・内部統制
目次
この原稿の初出は以下の通りです。
論座 法と経済のジャーナル Asahi Judiciary(2021年7月26日)
三菱電機の検査不正 - コンプライアンスの機能不全
本年7月に発覚した三菱電機の検査不正は、日本の「コンプライアンスの機能不全」を明るみに出した衝撃的な事件となりました。三菱電機が35年もの間、検査不正を放置してきた本事件は、同社のコンプライアンスが長年にわたり奏功しなかったということを示しています。
財閥系企業のコンプライアンス研修を行うことが多い筆者は、それら財閥系企業のコンプライアンス研修が他企業と比べてかなりレベルが高いことを知っています。それゆえ、三菱電機がコンプライアンス研修を怠っていたとは到底思えません。同社は、長年、中小企業が羨む多くの予算と時間をかけ、丁寧に充実したコンプライアンス教育をしてきたはずです。それにもかかわらず、コンプライアンスは機能せず、検査不正が35年の長きにわたり続けられました。
つまり、同社のコンプライアンスプログラムは、完全な機能不全を起こしていたのです。
機能不全の理由 - コンプライアンス違反の類型化不足
三菱電機のコンプライアンス機能不全は「対岸の火事」ではありません。読者の会社のコンプライアンスプログラムが、予算・時間(頻度)・情報・内容・経験において、「財閥系大手の三菱電機よりも勝っている」と言える保証はどこにもないのです。つまり、日本の会社の多くのコンプライアンスが、三菱電機同様、機能不全に陥るおそれを孕んでいます。
筆者は、主催するグローバル・ガバナンス・コンプライアンス研究会等を通じ、日本の多くの上場会社では「コンプライアンス違反(不正・不祥事)を十分に類型化できていない」というアンケート結果を得ました。コンプライアンス違反は様々な類型化ができますが、その中で最も重要なのは以下の2類型です。
コンプライアンス違反の2類型
ムシ(個人的・盗む・作為)型
個人的な利益のために、会社の利益に反して作為的な不正を行う個人的な不正は「ムシ型」と呼ばれます(郷原信郎弁護士等)。窃盗、横領、情報漏洩等が典型です。端的に「盗む」態様とイメージできます(國廣正『企業不祥事を防ぐ』日本経済新聞出版、2019)。この主原因は反倫理・反道徳です。
カビ(組織的・ごまかす・不作為)型
同調圧力の強い日本では、種々のしがらみや派閥への忖度から、会社の利益のために、集団で組織的に見て見ぬふりをする不作為型の不正が多いことが特徴です。会社として社会を裏切るこの因習的不正は「カビ型」と呼ばれ(郷原信郎弁護士等)、「ごまかす」型と呼ばれることもあります(國廣正弁護士)。贈賄、カルテル、データ偽装、粉飾決算が具体例です。35年にわたり組織的に不正を放置(不作為)してきた三菱電機の検査不正は、まさにこのカビ型に該当します。
第三者委員会報告書格付け委員会が公表する24の第三者委員会報告書を分析したところ、24の不祥事すべてが「ムシ型」ではなく「カビ型」でした。カビ型の方が、ムシ型よりもはるかに被害が大きいのです。
個人のために会社を裏切るムシ型と、会社のために社会を裏切るカビ型は、以下のように図示できます。本来は、「社会―会社―個人」の利益が重なり合う図の真ん中に企業活動があるべきですが、個人が会社を裏切るムシ型は左下に位置し、会社が社会を裏切るカビ型は右下に位置します。「強い絆が会社をつぶす」と言われるように(稲葉陽二『企業不祥事はなぜ起きるのか - ソーシャル・キャピタルから読み解く組織風土』中央公論新社、2017)、組織力(求心力・エンゲージメント)が強ければ強いほど(財閥系企業が典型例です)、会社の利益と社会の利益が乖離するベクトルが強くなります。三菱電機もこの例に漏れません。
ムシ型とカビ型
2類型の重要性 - 類型ごとに対策がまったく異なる
多くの不正には、ムシ(盗むという作為)とカビ(その盗みを見逃すという不作為)が重畳的・複合的に作用していますが、主因がいずれであるかを分析することは不可欠です。この2類型は、以下のとおり対策がまったく異なるからです。
ムシ型への対策
ムシ型不正に対しては、従来のコンプライアンス教育によって対処することができます。命令系統やコンプライアンス規程の整備、厳罰強化等で個人の規範意識を高め、「悪いことをするな」という「禁止」を徹底すればいいのです。ムシに殺虫剤をかけるイメージであり、ターゲットは組織ではなく個人となります。
カビ型への対策
一方、カビ型に対しては、ムシ型と異なり、コンプライアンス規程の整備、命令系統整備、権限の明確化や厳罰化などの個人の意識向上に向けたコンプライアンス研修は、実はまったく役に立ちません。組織的に悪い方向に向かっているときに、上司にモノが言えない組織風土があれば、従来のコンプライアンスは機能しません。組織の強い同調圧力に対し、個人の規範意識は無力なのです。
そのため、カビ型不正に対する唯一の解決策は、「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」を重視する度合いを強め、組織の「属人度」(論理ではなく人に依存する度合い)を下げる風土改革しかありません(岡本浩一・鎌田晶子『属人思考の心理学―組織風土改善の社会技術』新曜社、2006)。この「属人風土」に対しては、P.ドラッカーも「ミス隠しの温床となる」と述べて以下のように強く批判しています。
「だれが正しいか」を問題にするならば、部下は、策を弄しないまでも保身に走る。さらには、間違いを犯したとき、対策を講ずるのではなく、隠そうとする。
(ピーター・ドラッカー『現代の経営』)
この「属人風土」の改革をして「No」と言える雰囲気と土壌を整備しなければ、いくら個人をターゲットにコンプライアンス教育をしても、組織的なカビ型不正はまったく防止できないのです。
このように、カビ型不正に対しては、ムシ型不正に対する「~するな」という方向の対策ではなく、それとは180度反対の、「~しよう(発言しよう)」という方向へ対策の舵を切らなければなりません。
このように、不祥事の2類型ごとに対策は180度異なります。そのため、「個人的違反と組織的違反の弁別をせずにコンプライアンス運動に取り組むことは、ナンセンスを通り越して危険」と警鐘が鳴らされてきました(岡本前掲書)。しかし、三菱電機の検査不正が放置されたのも、この2分類と対処方法が明確に区別できていなかったからと思われます。そして、三菱電機のみならず、多くの日本企業も、この2分類を意識せずに「ナンセンスで危険」なコンプライアンス運動に取り組んでいるままなのです(筆者調べ)。風通しを良くしなければカビはなくならないのに、カビに対して懸命に殺虫剤を吹きかけているようなものです。
大企業では「カビ」が生えやすい
三菱電機のような大企業でカビ型不正がはびこりやすいことは、以下のハーシュマンの組織論から導かれます。
不正に対して、従業員には以下の3つの選択肢があります(A.O.ハーシュマン『離脱・発言・忠誠 - 企業・組織・国家における衰退への反応』(ミネルヴァ書房、2005)を参考に筆者整理)。
- 不正を是正しようと発言(Speak up)する
→不正は是正される - 不正を見ても何もせず沈黙(Stay & silent)する
→組織が停滞(stagnant)してカビ型不正が蔓延する - 不正をする会社に嫌気が差して離脱(Exit)する
→退社する
不正に対する3つの選択肢
日本の同質性の高い組織では強い同調圧力が働くため、組織の意向に忖度して、①のSpeak up(不正を是正する発言)をする人は多くありません。組織の「同質性」が企業不祥事の主原因であるため(國廣前掲書)、同質性を低めるために女性、若手や外国人の登用が望まれます。
また、大企業では、会社のブランドや充実した福利厚生に魅力があり、40代以上になれば転職も難しくなるため、会社が不正をしていても③の離脱・退社を選択する人は少ないのが現状です。
そこで、②不正を見て見ぬ振りをしつつ、発言もせずに会社にぶら下がって居座る(Stay & silent)社員が増えていきます。「見ざる・言わざる・聞かざる」を装うこの悪しき三猿主義は、不正への不作為の加担にほかなりません。組織が停滞(stagnant)し、「カビ」がはびこる土壌・風土ができた状態といえます。
このように、終身雇用的な体制を持つ大企業では、構造的にカビ型不正が起こりやすいのです。
組織風土改革の方法
カビ型不正の主原因は、同調圧力であり、上司に忖度する組織風土(より具体的には、発言内容よりも発言者を重視する属人風土)です。このような風土の改革は一朝一夕にはできません。以下に、いくつか解決策をあげます。
属人度を測定する
まずは自社組織(各部署)の属人度(発言内容ではなく、発言者に依存する度合い)を測定することが大切です。以下の指標が参考になります(岡本前掲書)。
- 忠誠心を重視する・オーバーワークを期待する
- 「鶴の一声」で方針がひっくり返る
- 過去の上司の偉業が強調される
- 犯人探しをする傾向が強い
- 上下関係において公私のけじめが甘い
これらを用いて属人度を分析して、内容・ロジックではなく発言者との人間関係が重視されてしまう障害を取り除くことが必要です。
Speak upできる態勢
また、風土改革には、以下が必要となります。
- 同質性・同調圧力を打破してNoと言うこと・Speak upすること
- あえて忖度しない勇気
- Noと言える土壌(心理的安全性の確保)
③の心理的安全性の確保においては、発言により出世や給料に悪影響を及ぼされない仕組みを構築する必要があります。これは人事評価制度とも絡むため、法務・コンプライアンス担当者のみの努力ではなく、全社的な取組みが必要です。
最近は、堅いイメージのある「報・連・相」ではなく、「共有」や「シェア」や「Speak up」という用語を用いて、若手の積極的な発言へのハードルを下げる企業も少なくありません。「Speak up」という用語を掲げる企業は年々増えています(次表)。特に医療・医薬品系企業に多いのは、人の生命に直接影響する商品を扱うためコンプライアンスの要請が強いからです。
Speak upを掲げる企業
オアシス運動
卑近な例では、①オアシス運動(「おはよう」「ありがとう」等の挨拶の徹底)や、②Small talk(「週末はどうでした?」等のカジュアルな会話、雑談、壁打ち)を重ねるなども重要です。コミュニケーションは頻度が重要であり、たとえば、上司から月に1回褒められるよりも、毎日声をかけてもらうだけの方が、上司に対する親近感は高まります。このような平時のコミュニケーションができていないと、有事のコミュニケーションもおぼつきません。
上記のように、コンプライアンスは、会社規程に定められたハードなものではなく、日頃からのコミュニケーションで築いていくソフト的な部分が大きいといえます。そのため、コンプライアンス「体制」という言葉ではなく、コンプライアンス「態勢」という用語を用いる企業もあります(三井物産等)。
コロナ+テレワークで「三猿主義」加速
厄介なのは、コロナウィルスの拡大によりテレワークが普及し、組織内コミュニケーションが困難になっていることです。
テレワークでは、「見る(look)、聞く(listen)、会う(meet)」という能動的コミュニケーションを取ることはできますが、「見える(see)、聞こえる(hear)、出会う(encounter)」という受動的コミュニケーションを取ることはできません。そのため、コミュニケーションの総量が圧倒的に減っているのです。
コロナ+テレワークでコミュニケーションは…
たとえば、上司に相談するときに、オフィスで上司と一緒にいれば、上司の機嫌の良し悪しはすぐにわかります(見えるsee)。そのため、相談のタイミングを簡単に測ることができました。しかし、テレワークでは、パソコン画面の向こうの上司の機嫌や都合はまったく察することができません。気軽にできる雑談は相談のハードルを下げるものの(倉貫義人『ザッソウ 結果を出すチームの習慣』日本能率協会マネジメントセンター、2019)、テレワークで雑談の機会も激減しています。そのため、テレワークにおいては、上司に対する相談のハードルはかなり上がっています。
雑談は相談のハードルを下げる
このように、カビ型不正を是正するための風土改革のハードルも一段と上がってしまっているため、風土改革の仕組みを構築することが急務です。上司には、組織内コミュニケーションのハードルを下げる「仕組み」の構築責任を強く自覚していただきたいと思います。テレワーク時代の風土改革の仕組みの一例として、NTTコミュニケーションズが「NeWork」というツールを開発して「オンライン雑談室」を設けているのが好例です。
コンプライアンスよりもインテグリティを
悪しき属人的組織風土では、個人としての誠実さ・社会のための貢献よりも、会社への忠誠と貢献が重視されます。
「遵守」「守る」という本義を持つコンプライアンスという用語からは、得てして会社利益(現状)を消極的に墨守(ぼくしゅ)して部分最適に逃げることがイメージされがちです。積極的に勇気ある発言を促す語感はありません。そのため、従来の意味のコンプライアンスは、会社利益(組織の悪弊)に抗って全体最適を志向し、社会性のある方向へ積極的に勇気を出して発言すべきというカビ型の是正には役に立ちにくいのです。
また、強い同調圧力が働く年功序列社会では、組織のために誤った上司の指示にやむなく従う(お世話になった先輩に楯突かない)ことも、ある意味「道徳的」な振る舞いであると誤解されがちです。そのため、個人的な倫理や道徳観を強調するだけでは、カビ型不正の是正には不十分といえます。
そこで、カビ型不正の是正を目指して積極的なコミュニケーションを促すためには、「コンプライアンス」ではなく、「インテグリティ」(誠実さ・一体感)という別の用語を用いることを提唱します。不正防止や企業倫理維持のためには「違反をするな」という方向のコンプライアンスではなく「会社理念や企業価値を共有して実現しよう」という方向のインテグリティを用いる方がより効果的とされているためです 1。
また、従来型のコンプライアンス(ムシ型不正に向けたコンプライアンス)の限界・機能不全を明らかにするために、新語を用いることが刺激にもなります。
さらに、インテグリティは「現実を直視する勇気(Courage to meet the demands of reality)」を意味します(ヘンリー・クラウド著、中嶋秀隆(訳)『リーダーの人間力(原題は”Integrity”)』日本能率協会マネジメントセンター、2010)。現実を直視する勇気がないため、不誠実に嘘をついた経験はないでしょうか。カビ型不正の現実を直視する勇気があれば、不正を是正するためのSpeak upもできるのです。
加えて、テレワーク下で各自がセキュリティー管理等を自律的に責任をもって判断する必要がある昨今、(コンプライアンスという他律的なイメージではなく)個人の内面・良心に訴えかけるインテグリティという用語は時代に合っているともいえます。
実際、最近は多くの日本企業が企業理念にインテグリティを掲げています(主な企業は以下のとおりですが、ホームページでインテグリティ(integrity)に触れる企業は、時価総額ランキング20位以内の企業のうち、6割の12社もあります)。
インテグリティを掲げる企業
インテグリティ概念を導入するなどして、まずは、コンプライアンス違反を2分類し、分類ごとの対策の方向性をきちんと見極め、カビ型不正の予防・対策として、発言者との属人的関係に依存しない風土(積極的に発言できる風土)へ組織改革をしていただきたいです。
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Lynn S. Paine, 1994, “Managing for Organizational Integrity”, Harvard Business Review ↩︎

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