企業ブランドを向上させるコンプライアンスの設計術 ESG/ SDGs経営と企業コンプライアンスの合流点

危機管理・内部統制

目次

  1. 企業コンプライアンスとブランディング
  2. 知識や制度の整備だけでは、企業不祥事は防げない
  3. 制度の機能不全の原因は「ヒトゴトの組織風土」にある
  4. ルールベース・アプローチからブランドベース・アプローチへ
  5. ブランディングが「ジブンゴトの組織風土」化に効く3つの理由
    1. ブランドは他社と差別化するための手段である
    2. ブランドには経済的な価値がある
    3. サステナビリティ(ESG/ SDGs経営)との親和性
  6. ブランドベース・アプローチの企業コンプライアンス活動の進め方
    1. ブランド理念と企業コンプライアンスの合流
    2. 既存の企業活動と企業コンプライアンスの活動の合流
  7. おわりに

企業コンプライアンスとブランディング

本稿は、企業コンプライアンス活動の中でも、特に組織風土の醸成の手法についてご紹介するものです。法律中心の企業コンプライアンスの世界にブランディングの手法を持ち込み、企業不祥事が起こりにくい「ジブンゴトの組織風土」を作るとともに、ESG/ SDGs経営を実現させよう、というのが本稿のエッセンスです。

これまで、企業コンプライアンスとブランディングが同時に語られることはほとんどありませんでした。しかし、もともと両者は「企業理念の実現とそのための組織づくり」という基本的な目的を共有しています。また、最近ではESG/ SDGsの潮流によってますますお互いの距離が近づいています。

他方で、両者はそれぞれ法律とマーケティングという異なる分野を土台として発展してきた歴史があり、得意とする企業活動も異なります。そのため、いきなり「ブランディングと企業コンプライアンスの融合」と言われてもイメージが沸かない人も多いかもしれません。

そこで、まずは企業コンプライアンスにとって身近な問題である、組織風土のお話から始めたいと思います。

知識や制度の整備だけでは、企業不祥事は防げない

私はこれまで、国際カルテル事件、品質偽装事件、不適切販売事件から、時には会社の事業そのものが詐欺であった事件など、数多くの企業不祥事事件の処理と再発防止に携わり、企業不祥事事件に関与した人々の声を聴いてきました。

企業コンプライアンス活動と聞くと、多くの人が法律知識の周知を目的とした研修や、制度の整備、個人のモラルの向上といった活動を思い浮かべると思います。しかし、それらの活動だけで企業不祥事が防げるかというと、必ずしもそうではありません。

たとえば、ある企業不祥事事件では、法の番人たる裁判所によって、「当該企業は重要法令に特化した社内研修を実施するなど高いコンプライアンス意識を保持していた」という認定がなされています。法律知識の周知や制度の整備が進んだ企業において、大きな企業不祥事が起こるのは、決して珍しいことではありません。

では、違反行為に関わった人たちのモラルの問題なのかというと、それも違います。企業不祥事の当事者たちの周囲の声を聞いていくと、彼らは普段から法律やルールを守らない「ならず者」などではなく、上司からも部下からも信頼され、人格的に優れたビジネスパーソンであることも少なくないのです。

制度の機能不全の原因は「ヒトゴトの組織風土」にある

他方で、不祥事が起こった多くの組織に共通していたのが、

コンプライアンスは法律という遠い世界の話

といった「ヒトゴト(他人事)の組織風土」です。「ヒトゴトの組織風土」がはびこる組織では、たとえば、

国の定めた基準を守っていては納期に間に合わず取引機会を失ってしまう。結果として品質偽装につながってしまう

という困難な局面に陥ったとき、

コンプライアンス部門に相談しても解決しないから内々に解決しよう

というバイアスが強く働きます。その結果、肝心なときに研修で得た知識や整備した制度が機能せず、企業不祥事が起こるのです。

「ヒトゴトの組織風土」の原因の1つは、今日多くの企業で行われている法令やルールの解説と社内適用を中心とするルールベース・アプローチ 1 の企業コンプライアンス活動にあると私は考えています。法律やルールは国家や法律家によって作られたもの(ヒトゴト)です。企業活動の主役である企業自身やそこで働く人々から内発的に生まれたもの(ジブンゴト)ではありません。ジブンゴトではないものをジブンゴトにしようとすれば必ず無理が出てきます。

ルール・ベースアプローチのイメージ

図1:ルール・ベースアプローチのイメージ。法律やルールは、「社会の期待」とともに外からビジネスに圧力を加える存在として認識される。
企業コンプライアンスはビジネスサイドにとって他律的な取り組みにならざるを得ない。

法律やルールは重要です。しかし、企業コンプライアンス活動が法律やルール一辺倒になれば、たちまち「ヒトゴトの組織風土」が蔓延し、結局のところ法律やルールの遵守もままならなくなってしまうのです。

ルールベース・アプローチからブランドベース・アプローチへ

ヒトゴトになりがちな企業コンプライアンス活動を、

積極的に関与してみたい

というジブンゴトにするために有効なのが、ブランドベース・アプローチの企業コンプライアンス活動です。その具体的中身をご説明する前に、ブランディングについても少しご説明したいと思います。

もともと「ブランド(brand)」とは、家畜に対し、自らの所有権を識別するために施す「焼印」を意味する言葉でした。現代では自社の商品・サービスを他社のものと識別するための、名前・ロゴ・デザイン等を意味する言葉として広く使われています。

ブランドを説明する例としてよく用いられるのは、次のような話です。

私はスターバックスコーヒーが好きでよく利用しますが、私が街中でスターバックスコーヒーの看板を見た際に想起するのは、コーヒーの味だけではありません。ソファーの座り心地やフレンドリーで居心地のいい店舗の雰囲気、SNSでしばしば話題になる店員の “神対応” に代表されるような企業の姿勢などが次々と頭に浮かんできます。
そして、スターバックスの店舗に行けば、美味しいコーヒーを中心としたそれら一連のスターバックス的世界観を味わうことができ、そうした世界観の中で「いつもよりちょっとおしゃれでクリエイティブな気分」になりたいと考え、店舗に足を踏み入れるのです。

このように、人の信条や価値観という内面に働きかけて商品やサービスを差別化する手段がブランドであるといえます。

ブランディングが「ジブンゴトの組織風土」化に効く3つの理由

ブランディングには、従来型の企業コンプライアンス活動の課題を解決するためのヒントがいくつもありますが、ここではその中から「ジブンゴトの組織風土」化に効く3つをピックアップしてご紹介します。

ブランドは他社と差別化するための手段である

ブランドベース・アプローチの最大のメリットは、企業コンプライアンス活動に競争戦略上の意味を与えることで、ジブンゴト化させやすい点です。

経済活動や情報・技術の進歩によって、ただ単に高機能な商品やサービスを開発するだけでは差別化が難しくなっている昨今、多くの企業が競争戦略としてのブランディングに注目しています。こうした企業にとってブランディングは生き残りのための競争戦略そのものです。

企業コンプライアンス活動を「法律やルールの大切さを知り、それらを守るための活動」とするルールベース・アプローチよりも、「法律やルールを遵守していることが付加価値・差別化要素の一つとなって、自社の商品・サービスが売れるようにする 2 ための活動」とするブランドベース・アプローチの方が、経営陣や事業部門からも共感が得られやすく、ジブンゴトになりやすいのです。

ブランドには経済的な価値がある

ブランドには経済的な価値があることが実証されているという点も見逃せません。

たとえば、ブランド調査・コンサルティング会社のミルワード・ブラウン・オプティマーが2010年に行った調査では、S&P500構成企業の株式時価総額におけるブランド価値の割合は、30%以上を占めていることが判明しています 3。ブランディングは、企業価値向上のための活動そのものです。

多くの企業にとって「法律やルールを守るための組織づくり」の費用は「コスト」であり、常に節約の対象です。これが持続的成長のための「投資」に変われば予算面でも自由度が増してきます。そのためには、法律やルールの重要性を説明するよりも、企業価値(株価)の30%に影響があると示す方が、経営陣や事業部門の共感を得やすいでしょう。

サステナビリティ(ESG/ SDGs経営)との親和性

3つ目のメリットは、サステナビリティ経営(ESG/ SDGs経営)との親和性です。

2021年に改訂されたコーポレートガバナンス・コード等の影響を受け、いわゆるサステナビリティ経営への方針転換を図る企業が増えています。読者の皆さんの中にも、サステナビリティ経営に基づく、新しい企業コンプライアンス活動の形を模索されている方も多いのではないでしょうか。

ブランディングは、商品やサービスの機能の説明を超えて、人の信条や価値観に訴えかけるような世界観(その企業やブランドが世界にもたらす高次の恩恵=ブランド理念 4)を創り出すことを目的としています。これは、ESG/ SDGsが目指す「持続可能なより良い世界の実現」に通ずるものがあります 5。ブランディングを橋渡し役として、ESG/ SDGsの潮流を味方につけることができるのも、ブランドベース・アプローチの利点です。

まとめ(ブランディングが「ジブンゴトの組織風土」化に効く3つの理由)

  1. ブランディングは競争戦略そのもの
  2. ブランドには経済的な価値がある
  3. サステナビリティ経営(ESG/ SDGs経営)との親和性

ブランドベース・アプローチの企業コンプライアンスのイメージ

図2:ブランドベース・アプローチの企業コンプライアンスのイメージ。ブランド理念を核として、よりよい社会の実現という共通目標のために、
ビジネス、社会の期待、法律・ルールを取り込んでいく。ビジネスサイドにとっても自律的なプロセスになる。

ブランドベース・アプローチの企業コンプライアンス活動の進め方

ブランドベース・アプローチの企業コンプライアンス活動は、活動の土台作りである「ブランド理念と企業コンプライアンスの合流」と、具体的な施策である「既存の企業活動との合流」の2つのステップで進めていきます。

ブランド理念と企業コンプライアンスの合流

最初のステップは、ブランド理念と企業コンプライアンス活動の合流です。端的に言えば、組織に「企業コンプライアンス活動は、自社のブランド価値を高めるものだ」という気づきを得てもらうプロセスです。

本稿では、その一例として、私が様々な企業からのご依頼を受けて提供している、ブランディングの手法を取り入れたワークショップをご紹介します。

このワークショップの最大の特徴は、難しい法令や裁判例の解説はほとんど行わないことです。その代わりに、ブランドコンサルタントであり、UCLAアンダーソン経営大学院の教授(非常勤)でもあるジム・ステンゲルさんが考案した「ブランド理念の木」のフレームワークを使い、様々な仕掛け 6 を用いて、「企業コンプライアンス=儲からないし、誰からも評価されないし、つまらない」という固定観念に揺さぶりをかけていきます。

ブランド理念の木

「ブランド理念の木」はジム・ステンゲル 『GROW 本当のブランド理念について語ろう 「志の高さ」を成長に変えた世界のトップ企業50』(CCCメディアハウス、2013)の中で紹介されています。ブランディングを樹木に例えて、ビジネスやブランドを支える根っこや、枝や葉を茂らせるためには好ましい環境について解説しています。ブランド理念の木には「発見」「構築」「発信」「提供」「評価」という太い枝が5本あり、この枝はブランド理念を中心にビジネスを成長させるために実践すべき5つの活動に対応しています。

このワークショップを通じて、根っこや環境にあたる「ブランドが奉仕すべき人々」「社内の人々が抱く信念」「顧客や取引先と共有している価値観」を明らかにし、それぞれにコンプライアンスがどのように関係しているのかについて共有します。

これによって、企業や組織の中に企業コンプライアンス活動の位置付けを自分の言葉で語る人が増えてくると、「できればコンプライアンスには関わり合いたくない」「コンプライアンスとは法律という遠い世界の話」という固定観念が次第に薄れていき、少しずつ「積極的に関与してみたい」「ビジネスの目的や、個人の信条とも関係する話」という人が増え、「ジブンゴトの組織風土」のための基本的な環境が整ってきます。

参加者が自分の言葉で語った企業コンプライアンス活動の位置付けの例

企業コンプライアンス活動とは、
  • ◯◯という我が社の理念を法律面から見たもの
  • 自分の家族やお客様に、胸を張って自分の仕事を説明できること
  • 幸せな職場を作り、世界を幸せにすること

既存の企業活動と企業コンプライアンスの活動の合流

続く第2段階では、第1段階で得た気づきをブランド理念の木を構成する「発見」「構築」「発信」「提供」「評価」の5つの視点で、企業コンプライアンス活動を既存の企業活動に合流させていきます。

  • 「発見」
    人間にとって大切な5つの基本的価値のいずれかに関わるブランド理念を発見(もしくは再発見)する
  • 「構築」
    ブランド理念を軸に、企業文化を構築する
  • 「発信」
    ブランド理念を社内外に発信し、社員と顧客の両方と共有する
  • 「提供」
    ブランド理念に沿って、理想に近い顧客体験を提供する
  • 「評価」
    ブランド理念に照らして、ビジネスの進歩の度合いと社員の仕事ぶりを評価する

具体的には、既存の企業活動をこの5つの視点で分類し、それぞれの活動を担当する部門と企業コンプライアンス活動との共通点や協働の可能性を探っていきます。

その中でも、私が特に力を入れることをお勧めしているのが「発信」です。これまで、企業コンプライアンス活動の外部発信は「社内制度を整備しました」「年〇回研修を行いました」というものがほとんどで、お世辞にも顧客(を含むステークホルダー)の心を動かすやり方とはいえませんでした。

他方で、ブランディングはマーケティングの一分野として発展してきた歴史があり、自社の取り組みを様々な手法を用いて社内外に発信し、ステークホルダーの心を動かし共感を得て良い評価を得ることを得意としています。これを活用しない手はありません。

たとえば、P&Gが生理用品のオールウェイズ(日本名はウィスパー)で展開している「#LikeAGirl」キャンペーン 7 は、様々な人に「女の子らしく走る」を実演してもらう約3分間の動画を通じて、「自信と自尊心が低下しやすい時期の少女たちに力を与える」という同ブランドの理念を表現し、世界中で大きな反響を呼びました 8。こうした手法を、企業コンプライアンス活動の発信に応用することはできないでしょうか。

企業コンプライアンスの現場には物語が溢れています。賄賂が蔓延る国で働く従業員が、賄賂に頼らずに正々堂々と胸を張って仕事をする姿や、それを見た家族の反応は消費者の共感を呼ぶかもしれませんし、性別や世代の違いをポジティブに受け止め、ハラスメントとは無縁の職場で笑顔で仕事に取り組む姿は、その企業への就職を考えている若者の共感を呼ぶかもしれません 9。企業コンプライアンスに特化したキャンペーンでなくとも、既存の広報活動の枠組みの中で、このような物語を活用するのはいかがでしょうか。

もちろん、こうした広報活動はコンプライアンス部門や私のような法律家が得意とするところではないので、広報・IR部門との連携が不可欠です。企業コンプライアンス活動を物語として積極的に発信し、顧客や投資家から良い評価を得ることができれば、「頑張っても、誰からも評価されない」という企業コンプライアンス活動の固定観念を打ち砕き、「頑張ればみんなが評価してくる」ものにできると私は確信しています。

おわりに

本稿では、ブランディングの手法を用いた新しい企業コンプライアンス活動について解説しました。ブランディングには、企業コンプライアンスを前向きで楽しく、かっこいいものにする可能性が秘められています。「ヒトゴトの組織風土」を一掃し、サステナビリティ経営の要請にも応えるブランドベース・アプローチに、1人でも多くの方に共感いただければ幸いです。


  1. ルールベース・アプローチとは、たとえば、海外贈賄の防止を目的とするコンプライアンス活動において、不正競争防止法やFCPAといった法令や経済産業省「外国公務員贈賄防止指針」や、日本弁護士連合会「海外贈賄防止ガイダンス(手引)」の紹介と、それに基づく社内ルールの整備を出発点、あるいはゴールとする手法です。 ↩︎

  2. たとえば、以前私が取材したある廃棄物処理会社では「クリーンであること」をブランド理念に掲げ、法的にもクリーンであるために作業員の資格や業務手続についても極めて厳格なコンプライアンス体制を敷いていました。その結果、この企業では法的にもクリーンな方法での廃棄物処理業務を求める大型商業施設や医療機関、公共機関などから多くの依頼を獲得しているとのことです。 ↩︎

  3. ジム・ステンゲル(著), 川名周(解説), 池村千秋(翻訳)「本当のブランド理念について語ろう 『志の高さ』を成長に変えた世界のトップ企業50」(CCCメディアハウス、2013)阪急コミュニケーションズ)21ページ ↩︎

  4. ジム・ステンゲル・前掲注(3)17ページ ↩︎

  5. 参考:企業価値向上のために、SDGsブランディングにどう取り組むか |CCL.|日経BPコンサルティング(nikkeibp.co.jp) ↩︎

  6. ESG・SDGs活動が売上増に繋がり、優秀な人材の確保にも役立つといったデータや、著名な経営学書の「失敗の本質」や最近話題の渋沢栄一さんの「論語と算盤」、映画にもなった有名な心理学実験「ミルグラム・テスト」、議論をイラスト化して共有するグラフィック・レコーディングなどがあります。 ↩︎

  7. Our Epic Battle #LikeAGirl | Always® ↩︎

  8. このようなナラティブ=物語を用いたブランドマネジメントの手法は、デービッド・アーカー(著)阿久津聡(訳)「ストーリーで伝えるブランド シグネチャーストーリーが人々を惹きつける」(ダイヤモンド社、2019)で詳しく述べられています。 ↩︎

  9. 不祥事の再発防止に社長以下役員が取り組む姿を新聞報道してもらい、従業員に記者の目を通じて「本気度」を伝えるという手法がとった企業もあります。外部発信は内外へのメッセージであるとともに、後戻りできない覚悟を醸成するという側面もあります。 ↩︎

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