【書評】門口正人『裁判官のつぶやき』 140文字の枠におさまらない「つぶやき」、硬軟織り交ぜたエッセイのベスト盤

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本書のレビューをさせていただくきっかけは、私の「つぶやき」だった。東京地裁の地下の書店で本書を見かけて「門口ファンとして手に取らざるを得ない」と写真付きでツイートしたところ、編集部から声をかけられたのだ。

門口ファンであるところに嘘はないが、私のような浅学菲才の泡沫弁護士が本書について語るというのはあまりにも畏れおおい。しかし前記つぶやきが門口先生の目にも止まったとあれば、もはや観念するしかない。

さて、門口正人元裁判官・弁護士といえば、法律実務家において知らぬ人はいないだろうから、私が敢えて紹介するまでもないが、東京地裁民事8部(商事専門部)の部総括として数多くの会社訴訟に関わられたこと、退官後は弁護士として、民事裁判に関する実務書や論考を著し、世の弁護士たちを導いてこられたことでよく知られている。近いところでは『Business Law Journal』(レクシスネクシス・ジャパン)の連載 “Insight” に触れられた方も多いだろう(残念なことに休刊してしまった)。加えて、私は、ある事件で先生から直々にご指導をいただく機会に恵まれたが、その人柄も相まって、すっかり「ファン」になったのである。

書店では敢えて中を開かずに購入した。民事訴訟、会社訴訟での論考、エッセイは数多く拝読したが、「つぶやき」とはどんな内容なのだろうか。しかし、先生のご経歴やお人柄からすると、さぞかし高尚なもの、アカデミックなものであろうと身構えた。

本書は、先生が過去に各種刊行物(新聞、会員誌、雑誌など)の連載で長年に渡って書かれたエッセイのベスト盤である。予想どおり、文学、歴史など幅広い教養から溢れる高尚なエッセイも多数あった。しかし、印象に残ったのはユーモアや飾らない人柄に触れられた「つぶやき」であり、私はますます門口ファンになった。

一例を紹介しよう。「いびきの教訓」(102頁)の書き出しはこうである。

「他人の犬の話など、ちっとも面白くない。かわいい、かわいいは当の本人だけである。しかも、筆力によってそのかわいさが伝わらないから、なお始末が悪い。」

勘のいい読者は、続きがおわかりだろう。

「と分かりつつ、我が家の犬の話をする。もちろん筆力はない。」

他に、3本ほど印象に残った作品を紹介したい。学生時代に、ゴルフの知識が皆無なのにキャディーのアルバイトをして、「ここは何番や。」と聞かれて「五番アイアンでどうやろ」と答えたことや、ピアノの訪販の営業で1日に数十件回っても成果が出なかったことなどをつづった「ゴルフのキャディーとピアノのセールス」(114頁)。中学時代の学校対抗リレー競技でのほろ苦くも爽やかな思い出をつづった「私のオリンピック」(119頁)。「ある大国の次期大統領とされる人」が、自己に不利な報道をした放送事業者を締めだしたことを巡って、架空の訴訟という場面を設定して皮肉った「不機嫌な判決」(134頁)。ふだん書かれている判決文や論考とは違う柔らかい文章も、小説家やエッセイストなどのその道のプロ並みである。

これらの「つぶやき」は「軟」の部類に入るが、第3部「裁判官 企業を見る」(155頁以下)は「硬」である。冒頭で紹介した “Insight” からのセレクションを中心に構成されているが、裁判のIT化、個人情報漏えい事故、コロナ対応などのタイムリーな話題に対する先生の視点は、今読んでも興味深い。

さて、本書についてこれ以上私が何かを述べるのは不遜なので、このあたりで筆を置くこととしたい。「つぶやき」とは140字以内の揮発性の言葉だという考えに凝り固まっていた私には大変新鮮だった。全国の門口ファンの方はもちろん、すべての法曹、法務関係者の方々に本書をお勧めしたい。

裁判官のつぶやき
  • 書籍情報
  • 裁判官のつぶやき
  • 著者:門口 正人
  • 定価:2200円(税込)
  • 出版社:法曹会
  • 発売年月:2021年5月

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