セクハラ研修日米比較から考える研修の質

危機管理・内部統制
渡辺 樹一 一般社団法人GBL研究所 市川 佐知子 田辺総合法律事務所

目次

  1. 質の高い研修
  2. セクハラ研修の形骸化を指摘した「2016年報告書」
  3. 互いを尊重する職場づくり
  4. 小手先の施策でなく実効的な研修の重要性

 企業不祥事が発生したとき、多くの人は「従業員の教育が不十分だったのだろう」「コンプライアンス研修を実施していなかったのだろうか」、などと考えるでしょう。しかし、ほとんどの企業では従業員へのコンプライアンス研修を実施しています。それでも不祥事が発生してしまうのは、企業として伝えたいメッセージが従業員に届いていなかったためといえるでしょう。

 本稿では、企業統治・内部統制構築・上場支援などのコンサルティングを手がけてきた一般社団法人GBL研究所理事、合同会社御園総合アドバイザリー顧問の渡辺樹一氏と、田辺総合法律事務所の市川佐知子弁護士の対話を通じて、質の高いコンプライアンス研修の在り方について考えます。

質の高い研修

渡辺氏:
質の⾼いコンプライアンス研修の在り⽅について、法規範、社内規範、倫理規範、社会的要請を満たすかどうかを検討したり、企業価値向上型のコンプライアンス研修へ脱⽪したりする必要があるように思いますが、弁護⼠の視点からはどのような指摘ができますか?

市川弁護士:
企業不祥事があると、第三者委員会が報告書を発表し、報告書の中には研修の必要性があげられることが、一種の既定路線になっています。しかし、当該不祥事に関する研修をまったくしていなかった企業というのはむしろ稀で、何らかの研修はしていた、しかし研修が効かなかった、というのが実態のように思えます。第三者委員会報告書を受けて研修をし直しても、従前と同じような研修では同じ結果になってしまうかもしれません。

この点に関連して、セクシャルハラスメント防止研修について日米比較を行ってみたいと思います。米国では2017年の「#Me Tooムーブメント」によって、職場でセクシャルハラスメントが根強くはびこっていることが指摘され、大きな社会問題となりました。日本でも、ジャーナリズムや広告業界などで、業界慣習の改善を求めセクハラ被害者が声を上げ、やはり社会問題となりました。

これによって、あらためてセクハラ防止研修が重要であることに注目が集まったわけですが、日米の対応には相違点がありますので、ご紹介したいと思います。その比較分析の中に、研修の質を向上させるヒントがあるかもしれません。

セクハラ研修の形骸化を指摘した「2016年報告書」

市川弁護士:
米国では、差別問題を扱う連邦機関である、雇用平等委員会(Equal Employment Opportunity Commission: EEOC)がセクハラ問題を所管しています。EEOCは2016年6月、「職場におけるハラスメントの検討に関する特別タスクフォース共同議長の報告書」1(以下「2016年報告書」)を発表していますが、その中で、セクハラ防止研修が効果を上げているとは言えないことが、明白に指摘されました。

統計好き、実証研究好きの米国ではデータが重要ですが、この報告書では、研修の効果を測るためのデータが足りないことが、まず指摘されています。それ自体、米国では大問題です。そして、わずかなデータからわかるのは、次のようなことだと記載されています。

  1. 研修の目的は、会社のセクハラ禁止方針を知らせること、職場で不適切な行動についての従業員の態度を変えることである
  2. 研修では、どのような行動が職場で不適切と会社が考えているかを伝えることはできる。特に、男性に、どのような行為が女性に嫌がられるかを気付かせることはできる
  3. しかし、このような気付かせる研修では、防止効果は限定的であり、効果がないことも、時には逆効果であることすらある
  4. 研修がただ実施されるだけではなく、他の施策とあいまって、セクハラを許さない会社であると従業員の信頼を得られれば、セクハラ被害を申告させることができる

市川弁護士:
これまで行われてきたセクハラ防止研修の効果に大きな疑問符がついたわけですが、その責任の一端は弁護士や司法界にあるのでは、という見方があります。トーマス・ジェファーソン法科大学院のスーザン・ビゾム・ラップ教授は、従前の研修が、裁判対策を主眼に行われてきたこと、弁護士や人事コンサルタントのようなコンプラ専門家が研修を歪めてきた歴史があることをエッセイ2 の中で指摘しています。

このエッセイによれば、雇用機会法中、セクハラ防止研修を義務付ける文言はなかったものの、性差別禁止を遵守するためには、基本方針の発表、苦情処理手続き、研修が必要だ、とコンプラ専門家が説いて回ったそうです。そして、それらの必要物は、会社の業務をなるべく邪魔しない、小手先の施策だったわけです。

EEOCの1980年ガイドラインも同様に解釈されて、研修は法的義務であるかのように扱われ、1990年代にはほとんどの大企業がセクハラ研修を何らかの形で行うようになります。

1998年最高裁判決は「敵対的環境型」といわれるセクハラのケースで、被害者から訴えられた会社側に、次のように主張立証するという防御方法を認めました。

  1. セクハラを防止するために合理的な注意を払ったこと
  2. セクハラ被害者が被害を避けるための防止・是正手続があるのに、あえてとらなかったこと

市川弁護士:
そして、防止・是生手続きが会社に用意されていることが従業員に知らされていなければいけない、としたのですが、それこそ、研修が得意とするところです。

さらに、1999年の最高裁判決において、オコーナー判事が、コンプライアンスの努力を払った会社は懲罰的賠償責任を問われるべきでない、という意見を出したのも、会社側が研修を防御手段として持ち出す事件を増加させました。

EEOCもセクハラ問題のある会社に同意命令を出す際には、是正措置として研修を含めるという事例を積み重ね、形だけ整えた研修が蔓延し、裁判所も弁護士も上辺をなぞって研修の中身や実効性には目を向けなかったと、このエッセイは手厳しく批判しています。

互いを尊重する職場づくり

渡辺氏:
EEOCですら、セクハラ蔓延防止に逆効果のことをしてきたというなら、なぜ2016年報告書が発表されたのでしょうか。

市川弁護士:
ある委員のアイデアで始まったらしいのですが、法律上の定義などを超えて、社会科学の文献に当たり、セクハラを防止することに焦点を絞ったのが、それまでとは異なるアプローチだったようです。そして、2016年報告書ではハッキリと「研修を変えなければならない」と記載されました。

渡辺氏:
どのように変えるべきなのでしょうか。

市川弁護士:
「ホリスティック」がキーワードのようです。「ホリスティック」とは、最近色々なところでよく聞く流行語ですが、古臭く言えば「包括的」でしょうか。単発の研修ではなく、継続的になされること、全体的なセクハラ防止プログラムの一角をなすこと、企業のトップを巻き込んで企業文化全体を変えることが必要であるとされています。セクハラにピンポイントで取り組むのではなく、また違法なセクハラ限定で取り組むのではなく、より広く、互いを尊重する職場づくりが必要であること、加害者・被害者だけではなく、同僚も見て見ぬ振りをせず声を上げるという行動が必要であることも、ホリスティックの意味に含まれているようです。

さらに、EEOCは、2016年報告書を踏まえた研修プログラムを、ある人事研修ベンダーと組んで開発・提供しており、その特徴を説明するQ&A文書 3 をご紹介します。

従来の研修は従業員に「とってはいけない行動」を伝えるものでしたが、新しい研修は「とるべき行動」を伝えるものです。オンサイトで、講義形式ではなく双方向コミュニケーションによって、スキル習得を目指します。法的なセクハラ概念ではなく、違法なセクハラにエスカレートするのを防止する積極的な活動のほうに目を向けるものです。

管理職向けは4時間、一般従業員向けでも3時間と長く、一度に受講できる参加者は35人までとされているのも特徴的です。

ここまでするか、という感じもしますが、セクハラ問題が1980年ガイドラインから40年を経ても、なお蔓延しているという問題の深刻さに正面から向き合えば、こうなるのかもしれません。

これと対照的なのが、カリフォルニア州です。カリフォルニア州では、5人以上の従業員を雇用する会社に、ハラスメント研修実施を義務付ける州法が2018年に公布され、2020年1月1日施行となっていましたが、コロナ禍で2021年に延期されました。

カリフォルニア州公正雇用住宅局(Department of Fair Employment and Housing: DFEH)ではFAQ 4 を発表して、研修はオンライン形式でもよいとし、DFEH自身が作成した、英語、スペイン語、韓国語、中国語、ベトナム語、タガログ語のオンラインコース 5 を公開しています。

管理職向け2時間、一般従業員向け1時間の、このオンラインコースを履修させれば、会社は州法の研修実施義務を履行したことになります。この研修の中には、EEOCが必要と考える「ホリスティック」にするためのポイントも含まれていますが、会社が法律上の義務を履行するために形ばかりの研修を提供してきた従前の流れに逆戻りしている、という指摘も出てきそうです。

小手先の施策でなく実効的な研修の重要性

渡辺氏:
日本はどうでしょうか。厚生労働省が「あかるい職場応援団」というサイトを設置し、セクハラだけでなく、パワハラ、マタハラも合わせて、対策マニュアルや、かなり充実したオンライン研修講座を用意しています 6

市川弁護士:
2019年6月5日、「女性の職業生活における活躍の推進等に関する法律等の一部を改正する法律」が公布され、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法および育児・介護休業法が改正されました(2020年6月1日施行)。この改正によって、職場におけるハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となりました。妊娠・出産・育児休業などに関するハラスメント、パワーハラスメントと合わせて、セクシュアルハラスメント対策も含まれています。 そして、事業主が雇用管理上講ずべき措置として、就中、事業主の方針を明確化し、管理者・監督者を含む労働者に対してその方針を周知・啓発すること、相談、苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備することが示されています。

渡辺氏:
基本方針の発表、苦情処理手続き、研修と聞くと、実効性に疑問符がついたアメリカの研修の歴史を思い出してしまいます。

市川弁護士:
そうですね。裁判例の紹介や「これってハラスメント?」と題する動画でのNG行動の情報提供、マニュアルや受講証明書の公表などを見ると、2016年報告書で指摘された従来型研修の問題点が想起されます。しかし、セクハラの目撃者になった場合の動画、仕事の上での叱り方セーフレベル編など、2016年報告書を踏まえた新しい研修が目指している要素も含まれています。

渡辺氏:
確かに、厚生労働省のサイトは情報が豊富ですし、たくさんの動画もあって使い勝手が良いと思います。これだけのものを一企業が揃えようとすれば、手間もコストも大きくなるところ、厚生労働省が揃えてくれたわけですから、企業サイドには、これらを有効活用して、実効的な研修に繋げてほしいと思います。

市川弁護士:
弁護士として企業の社内研修のお手伝いをすることがありますが、人事部と何度も打ち合わせて、その企業の環境や問題に沿ったカスタマイズを頼まれることもあれば、要求・仕様を聞いても明確な答えが返ってこないこともあります。研修ベンダーも双方向研修を提供できるところもあれば、講義形式だけのところもあります。「再発防止策として研修が必要だ」を超えて、実効的な研修を考えることが重要だと思います。

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