特許権侵害訴訟の流れ
知的財産権・エンタメ特許権侵害訴訟を提起したいと考えています。特許権侵害訴訟はどのような流れで行われるのでしょうか。
特許権侵害訴訟は、当該事件の土地管轄に応じて、東京地方裁判所または大阪地方裁判所に提訴する必要があり、専門部である知的財産部が審理を担当します。
特許権侵害訴訟は、通常、侵害論と損害論の2段階に分けて審理が行われます。侵害論においては、特許権侵害の有無について審理が行われ、多くの事件では、被告の製品や方法が特許発明に該当するかということに加えて、特許の有効性も争われます。侵害論で特許権侵害が否定された場合には、審理が打ち切られ、請求棄却の判決がなされます。
侵害論で特許権の侵害が認められた場合には、損害論に移行し、原告が被った損害額についての審理がなされます。
一連の審理が終結すると、判決がなされますが、特許権侵害訴訟は、判決のほか、和解によって終了することもあります。また、判決に不服のある当事者は、知的財産高等裁判所に控訴することができます。
解説
全体の流れ
特許権侵害訴訟の訴え提起があると(詳細は「特許権侵害訴訟の提起と訴状記載事項」を参照)、裁判所による訴状審査を経て、被告に対する訴状の送達が行われます(民事訴訟法138条1項)。送達が完了すると、法的に訴訟が係属した状態となり、審理が開始されます。
特許権侵害訴訟の審理の方式は、通常の民事訴訟と若干異なっており、東京地方裁判所および大阪地方裁判所のいずれも「侵害論」と「損害論」の2段階に分けて審理を行う方式を採用しています(このような審理の方式は2段階審理方式と呼ばれています)。
特許権訴訟においては、まず特許権の侵害が生じているかどうかの審理を集中して行います。これが、第1段階の「侵害論」の審理です。審理の結果、侵害が認められると裁判所が判断した場合には、裁判所からその旨の心証開示がなされたうえで、損害の発生および額の審理(「損害論」)に進みます。他方、侵害が認められない場合には、審理を終了し、原告の請求は棄却されます。
なお、訴訟の提起と同時に特許権侵害品の販売の禁止を求める仮処分を申し立てた場合、当該仮処分事件の審理も訴訟と同時に同じ裁判体によって行われるのが一般的であり、裁判所が侵害を認めた場合には、仮処分命令が発令されることになります。
第2段階である「損害論」の審理においては、特許権の侵害を前提として、被告の特許権侵害により原告が被った損害額を認定します。
具体的な審理のスケジュールや期日の回数は事案によって異なりますが、東京地方裁判所は、特許権侵害訴訟の審理モデルを公開しており、1つの目安になります(参照:東京地方裁判所「特許権侵害訴訟の審理要領」)。この審理モデルによれば、判決までの全8回の弁論準備期日のうち、5回を侵害論(心証開示を含みます)にあて、残りの3回を損害論の審理にあてることが想定されています。実務的には、審理モデルは最短のスケジュールを示したもので、実際の審理は、これよりも長い期間を要することが珍しくありません。
侵害論の審理
侵害論の審理では、原告において、①特許権を有すること、②被告による特許発明の実施行為、③権利侵害の存在の3つを主張立証する必要があります。
②の特許発明の実施行為とは、具体的には、特許法2条3項に定める行為を指します。原告においては、被告の具体的な行為を特定のうえ、被告が特許発明の実施行為に当たる行為を行っている(または過去に行っていたこと)を主張立証しなければなりません。実施行為の定義の詳細は「出願を予定している発明の実施品の販売」を参照ください。
③の権利侵害には、文言侵害と均等侵害の2種類があります。
文言侵害は、被疑侵害品が特許発明の構成をすべて備えていると認められるものであり、原告の特許を構成ごとに分けたうえで(これを構成要件の分説といいます)、被疑侵害の構成と対比をし、被疑侵害品が原告の特許発明の構成をすべて備えているかどうかが判断されます。
均等侵害とは、文言侵害が認められない場合においても、被疑侵害品が特許発明と「均等」であると評価される場合には、当該被疑侵害品に特許権の効力が及ぶと認められる場合を指します。最高裁判決(ボールスプライン事件・最高裁平成10年2月24日判決・民集52巻1号113頁)の規範による均等侵害が認められるための要件は、次の5つです。
- 特許請求の範囲に記載された構成中に、相手方が製造等をする製品または用いる方法と異なる部分が存する場合であっても、異なる部分が特許発明の本質的部分ではないこと
- 上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏するものであること
- 上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであること
- 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一または当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではないこと
- 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものにあたるなどの特段の事情がないこと
具体的な仮想事例に基づいて、被告製品が原告の特許権を侵害することを主張立証するプロセスを解説した「【連載】特許権侵害訴訟に企業はどう向き合うか 第5回 特許権侵害の主張・立証」も参照ください。
特許権侵害訴訟では、被告から、原告の行使する特許権が無効であるとの主張(無効の抗弁。詳細は「特許無効の抗弁とは」を参照)が出されることがしばしばありますが、このような被告の抗弁が認められるか否かについても侵害論の審理の中で主張立証がされ、裁判所が判断します。
侵害論の審理の結果、裁判所において、被告の行為が原告の特許発明の構成要件を充足し、特許無効等の抗弁も成立しないと判断した場合には、裁判所はその旨の心証を開示し、その後、損害論の審理に移ります。
逆に、構成要件の充足性が認められないか、特許無効等の抗弁が成立すると裁判所が判断した場合には、請求棄却の判決がなされることになります。
損害論の審理
損害論の審理の流れは、「損害論の審理の進行とは」に記載のとおりです。損害額についての主張立証責任は原告の側にありますが、通常は、被告から売上等の資料の提出を受けたうえで、特許法上の損害額の推定規定(特許法102条、103条)を利用して具体的な損害額の立証をしていくことになります。
被告から任意での資料提出が受けられないときには文書提出命令(特許法105条1項)のほか、計算鑑定(特許法105条の2)、裁判所により相当損害額の認定を行ってもらう方法(特許法105条の3)もありますが(詳細は「損害論の審理における損害額の立証手段」を参照)、必ずしも万能ではないことから、原告においても、可能なかぎり資料収集等の準備をしておく必要があります。
専門家の関与
特許権侵害訴訟の特徴の1つに、裁判所において調査官や専門委員といった当該技術分野の専門家が関与する点があります(裁判所法57条、民事訴訟法92条の2参照)。裁判所が問題となる技術について理解が必要であると考えた等の場合には、調査官および専門委員同席のもと、双方当事者が技術について説明を行う技術説明会が開催されることがあります。この技術説明会は、多くの場合、侵害論の審理の終盤で開催されます。
判決、和解
損害論の審理が終わり、裁判所が心証を形成できる状況に至ると、判決の言渡しに進みます。
もっとも、他の民事訴訟と同様、特許権侵害訴訟においても裁判上の和解で事件が終結するケースも多数あります。特に、損害論の審理は原告における資料の分析作業がしばしば煩雑となり、被告においても売上等の資料を提出することに抵抗を示すことが多いため、侵害論の審理で特許権侵害が認められた場合において、裁判所の和解勧奨に従い当事者間で和解が成立するケースは実務上多々見られます。

弁護士法人イノベンティア 東京事務所
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