審決等取消訴訟の審理
知的財産権・エンタメ審決等取消訴訟の審理について教えてください。
審決等取消訴訟は、特許異議申立ての取消決定や、特許審判の審決等の違法性一般を審理対象とします。ただし、特許無効審判の審決取消訴訟については、審理範囲が制限され、訴訟段階において新たな無効理由を提出することが禁じられています。審決等取消訴訟の審理は、3名または5名の裁判官からなる合議体で行われ、公益的観点から特許庁長官の意見を聴く制度も用意されています。
解説
審決等取消訴訟の審理対象
特許制度における審決等取消訴訟とは、審決取消訴訟と決定取消訴訟の総称です。その概要については、「特許法上の審決等取消訴訟の概要と法的性質」を参照ください。
審決等取消訴訟の審理対象は、処分の違法性一般、すなわち、審決や決定の内容的または手続的な瑕疵全般です。逆にいうと、特許性があるか、訂正は認められるべきか、といった事項について積極的に判断することは裁判所の一般的責務ではなく、これらの判断は、審決の適法性を判断する中で必要な範囲で行われることになります。
たとえば、進歩性(特許法29条2項)欠如を理由に特許を無効にした審決に対して取消訴訟が提起された場合、裁判所としては、進歩性の有無について完結的な判断をし、有効か否かの結論を示すこともできますが、必ずしもそうしなければならないわけではなく、手続的な瑕疵を理由に審決を取り消すこともできれば、進歩性判断の一過程(たとえば、主引用発明と特許発明の一致点と相違点の認定)の誤りを指摘するだけで取り消すこともできます。
特許無効審判の審決取消訴訟の審理範囲
審理対象についての上記原則に対し、特許無効審判の審決取消訴訟においては、裁判所の審理範囲が特許庁における審理範囲に制限されるか、つまり、審決取消訴訟提起後に、審判段階で提出されていない新たな証拠に基づく無効理由を主張することが許されるか、が大きな論点となっています。
この点、行政法の一般論として、取消訴訟の訴訟物は、前記1のとおり、処分の違法性一般と解されており、審理範囲が限定されることはありません。しかし、 最高裁昭和51年3月10日判決・民集30巻2号79頁・「メリヤス編機」事件は、「審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理判断されなかつた公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない」と述べ、新規の無効理由の主張はできないとの判断を示しました。その理由付けは多岐にわたりますが、現代的に意味があるものとしては、技術的事項について、専門行政庁である特許庁による慎重な審理判断を受ける利益を保護することがあげられます。
上記判決は、大正10年の特許法のもとでの判決であり、今では存在しない抗告審判を前提としている点や、新規性の問題と進歩性の問題が明確に区別されていない点などで、現行法と考え方が異なるところもあります。しかし、判旨は現在でも踏襲されており、審決取消訴訟裁判所(知的財産高等裁判所の専属管轄。管轄については「審決等取消訴訟の提起と訴訟要件」の1を参照)が無効審判で審理判断されなかった公知事実との対比をすることはできないと解されています。
特許無効審判については、特許庁においても審判請求書の要旨を変更する補正が厳しく制限されており、例外的な場合を除いて審判請求後に新たな無効理由を付加することはできません(特許庁「審判便覧(第16版)」30-01)。上記判例とあわせて考えると、特許無効審判をいったん請求すると、訴訟段階も含めて、その手続の中では新たな無効理由を主張することはできなくなるものといえます。
もっとも、新たな無効理由に基づいて別途特許無効審判を請求することは制限されません。そのため、現在の制度のもとでは、一つの手続の中で何もかも審理するよりも、新たな主張は別の手続とし、個々の事件の審理の迅速化を図るものとなっているといえます。
なお、この判決は、特許庁と裁判所の権限分配にかかわるものであり、また、知的財産法における歴史上唯一の大法廷判決であることもあって影響力が大きく、解釈、立法の両面から特許法体系に大きな影響を及ぼしています。
審理体制
審決取消訴訟の審理は原則として3名の裁判官からなる合議体で行われますが、法解釈の速やかな統一が望まれる論点を含む事件については、5名の大合議によって審理がなされることがあります(特許法182条の2)。
審決取消訴訟の進行については計画審理が行われ、知的財産高等裁判所のウェブサイト「審決取消訴訟(特許・実用新案)の進行について」でその内容が公開されています。
進行において特に特徴的なのは、最初の期日から弁論準備手続に付され、原告は、遅くともその10日前までに必要な証拠と主張の提出を求められることです。第2回期日では被告の反論が提出され、原則として、これで実質的な審理が終結します。その後は、口頭弁論期日が開かれますが、形式的に弁論準備手続の結果が上程されるだけで口頭弁論が終結され、判決期日が指定されます。
通常の訴訟と比較すると、審決等取消訴訟は、ごく短期間の審理で結論に至るため、訴え提起後最初の期日までの準備が極めて重要になります。
特許庁長官の意見
審決等取消訴訟も訴訟の一類型のため、主張立証活動は、基本的に当事者の間で行われ、その結果に基づいて裁判所が判断をします。
しかし、審決等取消訴訟の判決は、特許法の解釈指針を示し、特許庁の審査等のあり方を左右することがあり、ひいては、社会一般に影響を与える可能性があります。そこで、裁判所が、判決にあたって、公益の観点から、特許制度を運用する特許庁の考え方を聴くことが好ましい場合があります。
この点、特許異議申立てや、査定系審判である拒絶査定不服審判や訂正審判の審決等取消訴訟では特許庁長官が被告となるため、特許庁の考え方を審理に反映する機会が確保されます。他方、当事者系審判である特許無効審判や延長登録無効審判の審決取消訴訟では、特許庁が当事者として訴訟に関与することができないため、必ずしも特許庁の考え方が訴訟に反映されるとは限りません。
当事者系審判の審決取消訴訟において、特許庁が訴訟に関与する手段として、訴訟参加という方法は存在します。しかし、意見を述べるために訴訟に参加するのは、特許庁にとって負担となります。
そこで、特許法は、当事者系審判において、裁判所が特許庁長官に対して意見を求め、または、特許庁長官が裁判所の許可を得て意見を申し述べる制度を設けています(特許法180条の2)。
- 特許法上の審決等取消訴訟の概要と法的性質
- 審決等取消訴訟の提起と訴訟要件
- 審決等取消訴訟の審理(当記事)
- 審決等を取り消す判決の効力

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