海外で会社名や商品名を勝手に商標出願された場合の対応は(冒認商標対策)
知的財産権・エンタメ当社は、海外への商品輸出や代理店展開を検討し、すでにA国において、複数の現地企業と交渉に入っています。ところが、最近になって、当社の商品名や会社名が、全く知らないA国人によって、A国で商標登録されていることが判明しました。このような偽物の商標を取り消してもらいたいのですが、可能でしょうか。
知的財産権は国ごとの権利ですから、原則として、その国ではじめて出願した人に権利が付与されることになります。したがって、残念ながら、A国においては、御社の方が「偽物」となる可能性が高いと考えられます。このようなことを防ぐためには、ある国への展開を考えた時点で、早急にその国での商標出願を検討する必要があります。
もっとも、場合によっては、このような商標を取り消せる可能性もありますので、あきらめずに調べてみましょう。
解説
商標権の重要性
企業の名前や商品名など、「のれん」として需要者からの信頼の対象となる大切な「名前」が、商標です。通常、企業においては、事業活動をするにあたって、自社のこうした名前を商標登録していることが多いと思います。
もし、商標登録していなかった場合は、模倣品等が出てきたとしても、適切に対応することができません。その結果、模倣品等によってシェアを奪われるといった直接的な影響を受けますし、粗悪な模倣品等によって正規品のブランドイメージが貶められたり、粗悪な模倣品の製品事故により正規品の信頼が失われるといった事態も招きかねません。
さらに、こういった模倣品等による影響を受けるだけでなく、第三者が同じ名前を商標登録してしまった結果、こちらの方が先に名前を使っていたにもかかわらず、以後、こちらが名前を使用できなくなってしまうという事態も、しばしば発生しています。
このようなことになれば、取引先からの信頼も失われますし、名前の変更等により、これまでの信頼が失われるなど、多大な損害を被ることになります。
したがって、このように無関係の第三者によって先に商標出願、登録される事態(冒認商標といいます)を防ぐためにも、自社の社名や商品名については、早めに商標登録をすることが重要です。
冒認商標にはどのような対策を取ればよいか
では、自社が以前から使っていた名前を、第三者に商標登録された場合、どうしたらよいでしょうか。
第三者は、何らかの不当な意図をもってあえて同じ商標を出願してきたという場合もありますし、そうではなく、たまたま同じ名前を考え付いて商標出願をしただけという場合もあり得ます。
このような場合の対策ですが、すでにお話ししたとおり、商標は、原則は「早く出願した者」の権利ですので、このような状態に至った時点で、不利なところからのスタートとなることを認識する必要があります。
そのうえで、たとえば、日本の商標法においては、以下のような根拠で、その商標の無効や取消などの請求が考えられます。
- 出願人に商標の使用意思がない場合(商標法3条1項柱書)
- 出願が公序良俗違反である場合(商標法4条1項7号)
- 他人の氏名等や著名な雅号、芸名等を含む商標(商標法4条1項8号)
- 他人の周知商標と同一または類似の商標(商標法4条1項10号)
- 出所の混同のおそれ(商標法4条1項15号)
- 他人の周知商標と同一または類似で不正の目的をもって使用をする商標(商標法4条1項19号)
- 代理人や代表者等による不正登録の取消(商標法53条の2)
ちなみに、日本でも、大量に著名な名前などを商標出願する方が問題となっており、「ピコ太郎」さんや「PPAP」なども商標出願されて話題になりました。このような場合も、上記のような根拠で、そもそも登録を認めないという流れになる可能性が高いと言えます。
参考:特許庁「自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)」
なお、冒認商標について、商標登録から3年間使用されていない状態であれば、冒認か否かに関わらず、不使用取消請求の対象となり得ますので、このような観点からの対応が有効な場合もあります。
しかしながら、それほどよく知られた名前ではないという場合は、これらの条項を根拠に、いったん登録されてしまった商標の効力を争う事は、大変難しいと言わざるを得ません。このような観点からも、やはり、冒認出願を防ぐためには、早期の出願が最も効果的で確実であると言えるでしょう。
知的財産は国ごとの権利
ところで、商標権をはじめとする知的財産権は国ごとの権利です。したがって、日本で商標登録を受けていたとしても、海外に出れば、その保護は及びません。海外展開をするにあたっては、①商品やサービスを展開しようとする国、②製造や流通過程で商品が通過する国、③本社や地域本社等の中心的機能がある国、において、重ねて商標登録を行うことを検討することが重要です。
ついこのような部分が後手に回ってしまい、海外での販促活動や展示会への出展、テスト販売や越境ECによる販売などを経て、ついに本格的にその国での展開を開始しようという段階に至り、商標を出願しようとしたところ、すでに第三者に出願されていたという事例が、残念ながらよく見られるところです。
日本国内での知財出願をしっかりやっていたとしても、あくまで海外は別なのだということを、よく気を付けておかなければなりません。
海外における冒認出願の被害
海外においても、日本の地名やブランド名、企業名、商品名などが、第三者によって商標登録されてしまったという事例は、数多く見受けられます。
「青森」「福岡」「伊万里」「山梨勝沼」などの地名をはじめ、「今治タオル」「東京スカイツリー」「クレヨンしんちゃん」「高島屋」「讃岐うどん」「有田焼」など、海外で勝手に登録されてしまった商標の事例には、事欠きません。
他にも、日本でも人気の高級焼酎である「森伊蔵」「伊佐美」「村尾」などの名称が、中国で第三者に勝手に商標登録されてしまった事案でも、日本の酒造側が敗訴しています。
これまでは、中国や台湾などでこういった事例が多くみられたのですが、最近は中国や台湾に限らず、広く同様の事例が発生しています。
たとえば、「笑笑」「白木屋」といった日本の居酒屋の名前が、インドネシアで第三者に勝手に商標登録されてしまった事例では、日本企業が敗訴しています。
海外で冒認商標が出願されてしまった場合の対策
海外での冒認商標に対しては、その国の商標法上認められている無効や取消請求等の手続をとることになります。その場合の根拠条文は、国によって異なりますが、大枠は日本の商標法と決定的に大きく異なるわけではないとも言えます(詳細は、各国ごとに異なりますので、正確には調査をされる必要があります)。
概ね、無効や取消が認められる場合としては、以下のような根拠が考えられます。
- 他人のよく知られた名称を商標出願する場合
- 不正な目的や意図をもって出願する場合
- 登録後一定期間使用していない場合
もっとも、①や②については、登録後一定期間を経過すると争えなくなる制度を採用している国も多いので、冒認出願を発見した際は、迅速な対応が必要です。
このうち、冒認商標を争う日本企業にとってハードルが高いのは、①の「よく知られた」という部分になることが多いと言えます。仮に日本国内ではよく知られていたとしても、当該国でまだ知られていない状態で第三者が商標出願をした場合、この「よく知られた」という部分が認められず、日本企業が敗訴する事例が多いと言えます。
先程の例の「森伊蔵」も、商標出願時点ではまだ「森伊蔵」の中国国内販売が正式にはなされていなかったという点が考慮されて、日本の酒造会社が敗訴しています。「笑笑」や「白木屋」も、ほぼ同様の理由から、日本企業が敗訴しています。
「ルイヴィトン」や「ベンツ」など、その国で販売されているかに関わらず世界的に有名な名称であれば、この点についてそれほど苦労はないのかもしれませんが、多くの場合、未だ当該国に実際に展開していない段階で出願されてしまうと、なかなか対応が困難だと言わざるを得ません。
助成金等の利用
海外における冒認出願対策の費用についても、企業にとっては負担となるところです。
ただ、この点については、海外での係争費用の3分の2をジェトロが負担する事業などもありますし、その他の助成金などが利用できる場合もありますので、検討されることをお勧めします。
参考:JETRO「中小企業等海外侵害対策支援事業(冒認商標無効・取消係争支援事業)」
まとめ
海外における冒認出願対策を、もっと安価に、確実に行う方法は、早期に自社の商標の当該国での出願をすることに尽きると言えます。
その際に、どのような商標を出願するのがよいのかという点については、「海外取引や投資に必要な商標と知的財産戦略の基本」も参照ください。
なお、海外での商標出願についても、出願費用の一部を助成する助成金制度などがありますので、これらも活用されると良いでしょう。
参考:特許庁「外国出願に要する費用の半額を補助します」
JETRO「外国出願費用の助成(中小企業等外国出願支援事業)」

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