吸収分割を行うにはどのような手続が必要か
コーポレート・M&A当社の子会社(株式会社)の事業を別の子会社(株式会社)に吸収分割で承継させることを考えていますが、一般的にどのような手続が必要ですか。実際のスケジュールを作成する観点から教えて下さい。
吸収分割に関する手続の概要は、以下の図のとおりです。
※上の図は、最もシンプルなケース(すなわち、吸収分割の当事会社が、①公開会社、有価証券報告書提出会社、種類株式発行会社のいずれでもないこと、②分割会社は新株予約権を発行しておらず、登録株式質権者が存在しないこと)を前提としています。
解説
目次
「吸収分割」とは、株式会社または合同会社が事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割後、既存の会社に承継させることをいいます(会社法2条29号)。
吸収分割をすると、分割会社および承継会社(以下「当事会社」といいます)の株主や債権者等が重大な影響を受けるため、会社法は、当事会社の株主や債権者等の利益を保護するための一定の手続を定めています。この手続に違反がある場合、後に分割が無効とされるリスクを抱えることになりますので、事前に綿密に計画して実行する必要があります。
分割契約の締結
吸収分割を行うためには、当事会社間で分割契約を締結する必要があります(会社法757条)。分割契約については、効力発生日や、承継会社が分割会社の株主に対して交付する対価等、会社法に定める事項を最低限定めなければなりません(会社法758条)。
吸収分割の承認
業務執行決定機関の承認
分割契約の締結に先立ち、当事会社の業務執行を決定する機関において、分割契約を締結することに関する承認を得る必要があります。当事会社が取締役会設置会社である場合、一般に、取締役会の承認を得ます(会社法362条4項柱書)。
株主総会の承認
株主総会決議
当事会社は、分割の効力発生日の前日までに、それぞれ株主総会の決議により、分割契約の承認を受けなければなりません(会社法783条1項、795条1項)。なお、種類株式発行会社については、一定の場合、種類株主総会の決議による承認も必要です(会社法322条1項8号、323条等)。
株主総会は、法令および定款に基づく招集手続を履践のうえ実際に開催してもよいですが、当事会社が完全子会社であり、その株主が1名であるような場合には、会社法319条1項に基づき、いわゆる「書面決議」の方式で株主総会の承認を得るのが簡便であると思われます。
株主総会の承認を省略できる場合
なお、簡易分割(会社法784条2項、796条2項)、または略式分割(会社法784条1項、796条1項)の要件を充足する場合には、当該要件を充足する当事会社において、株主総会の承認は不要となります。
株主・債権者等の利益を保護するための手続
事前開示書類の備置(会社法782条、794条)
当事会社は、株主や債権者がその権利行使の判断をするのに必要な情報を提供する観点から、分割契約の内容、対価の相当性に関する事項等、法務省令で定める一定の事項を記載した書類を作成し、本店に備え置かなければなりません(会社法782条1項、794条1項)。その備置期間は、次のうちいずれか早い日から、分割の効力発生日後6か月を経過する日までです(会社法782条2項、794条2項)。
なお、株主総会の日の2週間前の日は、備置開始日と会日の間に中14日を置くのがポイントです。
- (株主総会の承認が必要な場合)株主総会の日(いわゆる「書面決議」の場合、株主総会の目的事項に関する提案があった日)の2週間前の日
- 株主に対する通知または公告の日のいずれか早い日
- 債権者に対する催告または公告の日のいずれか早い日
- (分割会社において必要な場合)新株予約権者に対する通知または公告の日のいずれか早い日
- 1 〜 4 の日がない場合には、吸収分割契約締結日から2週間を経過した日(分割会社のみ)
株主および債権者は、備置期間中、営業時間内であればいつでもこれらの閲覧等を請求することができます。
債権者異議手続(会社法789条、799条)
債権者の異議
承継会社の債権者は、分割について異議を述べることができます(会社法799条1項)。会社分割により承継会社の財務状況が悪化し、債権回収が困難となるおそれがあることから、その利益を保護する手段として異議を述べる権利を与えるものです。
他方、分割会社の債権者は、吸収分割後に分割会社に対して債務の履行を請求することができない場合に限り、分割について異議を述べることができます(会社法789条1項)。これは、債務を負担する会社が会社分割によって変更されてしまう場合には、承継会社の債権者について上に述べたところと同様、分割会社の債権者に利益保護の手段を与える必要がある一方、依然として旧債務者(分割会社)に履行を請求できる分割会社の債権者については、そのような利益保護の必要性がないためです。
ただし、いわゆる分割型吸収分割の場合(分割会社が効力発生日において、分割対価である承継会社の株式を分割会社の株主に対して現物配当等する場合)には、分割会社の債権者は一律、分割について異議を述べることができます。
債権者への個別催告・公告
異議を述べることができる債権者が存在する場合、当事会社は、分割の効力発生日の前日の1か月以上前までに、分割をする旨等の一定の事項を官報に公告し、かつ、知れている債権者に対して個別に催告しなければなりません(会社法789条2項、799条2項)。
なお、当事会社の定款に定める公告方法が日刊新聞紙または電子公告である場合、官報のほか、当該公告方法による公告を行うことにより、知れている債権者に対する個別催告は省略することができます(会社法789条3項、799条3項)。ただし、例外的に、不法行為によって生じた分割会社の債務の債権者に対する個別催告は省略できません(会社法789条3項)。
個別催告を行うべき債権者の数が非常に多いような場合、このような「ダブル公告」による方が、催告漏れによる手続違背のリスクがなく、また手続として簡便であるケースも多いと思われます。
個別催告
ダブル公告
※ダブル公告を行うことにより、債権者(不法行為債権者を除く)への個別催告を省略することができる。
債権者が、異議申述期間内に異議を述べなかったときは、その債権者は分割について承認をしたものとみなされます(会社法789条4項、799条4項)。他方、期間内に異議を述べた場合、異議を述べられた当事会社は、分割を行っても当該債権者を害するおそれがない場合を除き、当該債権者に対し、弁済や相当の担保の提供等の手当てをしなければなりません(会社法789条5項、799条5項)。
株主への通知・公告(会社法785条、797条)
反対株主の株式買取請求権
分割に反対する当事会社の株主は、会社に対し、自己の有する株式を「公正な価格」で買い取ることを請求できます(会社法785条1項、797条1項)。これは、分割するかどうかを多数決により決めることができる代わりに、分割に反対する株主を保護するための手続です。ただし、例外的な場合を除いて、簡易分割における分割会社および承継会社の株主に反対株主の買取請求権は認められません(会社法785条1項2号、797条1項ただし書)。
反対株主は、株主総会に先立って分割に反対する旨を会社に通知する等、一定の手続を経たうえで、分割の効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日までの間に、買取請求をすることができます(会社法785条5項、797条5項)。
株主への通知・公告
当事会社は、株主に買取請求の機会を与える観点から、分割の効力発生日の20日前までに、吸収分割をする旨並びに当事会社の商号および住所を、すべての株主に通知しなければなりません(会社法785条3項、797条3項)。
この通知は、当事会社が公開会社である場合や、株主総会で分割契約の承認を受けた場合には、公告をもって代えることができます(会社法785条4項、797条4項)。
その他
登録株式質権者・登録新株予約権質権者への通知・公告(会社法783条5項・6項)
分割会社は、分割の効力発生日の20日前までに、登録株式質権者および登録新株予約権質権者に対し、吸収分割をする旨を通知または公告する必要があります(会社法783条5項・6項)。
新株予約権証券等提出手続(会社法293条1項4号)
分割契約の内容として、分割会社の新株予約権者に対して、その者が有する分割会社の新株予約権に代えて承継会社の新株予約権が交付されることが定められている場合(この定めのある分割会社の新株予約権を吸収分割契約新株予約権といいます(会社法758条5号イ))において、吸収分割契約新株予約権に新株予約権証券が発行されている場合は、分割の効力発生日までに新株予約権証券を提出しなければならない旨を、効力発生日の1か月前までに公告し、かつ、新株予約権者および登録新株予約権質権者に通知する必要があります(会社法293条1項4号)。
新株予約権買取請求の手続(会社法787条)
分割会社が新株予約権を発行している場合、①吸収分割契約新株予約権の新株予約権者のうち、(i)当該新株予約権者に対して交付される承継会社の新株予約権の内容等に係る分割契約の定めが新株予約権を発行するときに定められた条件と合致しないもの、および(ii) 新株予約権を発行する際、吸収分割の際に承継会社の新株予約権を交付する旨の定めがなかったもの、また、②新株予約権を発行する際には吸収分割の際に承継会社の新株予約権を交付する旨の定めがあったのに、分割契約では「吸収分割契約新株予約権」とされなかったものは、新株予約権を公正な価格で買い取ることを請求できます(会社法787条1項)。
分割会社は、新株予約権者に買取請求の機会を与える観点から、分割の効力発生日の20日前までに、吸収分割をする旨並びに承継会社の商号および住所を、すべての新株予約権者に通知または公告しなければなりません(会社法787条3項・4項)。
労働者の利益を保護する手続
労働契約承継法上の手続の概要
会社分割に伴う労働契約の承継に関する法律(以下「労働契約承継法」といいます)は、分割契約により労働契約関係の承継を強制または排除され、不利益が生ずる労働者を保護するために、労働者に異議申立ての機会を与えるなどの一定の手続を定めています。
分割会社は、分割契約の承認に株主総会決議を要する場合は株主総会の日の2週間前の日の前日、株主総会決議を要しない場合は分割契約が締結された日から起算して2週間を経過する日(以下「通知期限日」といいます)までに、①承継される事業に主として従事する労働者、②承継される事業に主として従事する労働者以外の労働者であって、分割契約に労働契約が承継会社に承継される旨の定めがある労働者、および③労働組合(会社との間で労働協約を締結しているもの)に対して、会社分割に関する一定の事項を書面により通知する必要があります(労働契約承継法2条1項・2項、労働契約承継法施行規則3条)。
労働者への通知 まとめ
株主総会決議が必要な場合 | 総会の日の2週間前の日の前日 |
---|---|
株主総会決議が不要な場合 | 分割契約締結から2週間を経過する日 |
さらに、分割会社は、①承継される事業に従事している労働者と、労働契約の承継の有無等に関して協議をする必要があるほか(平成12年商法等改正附則5条)、②すべての事業場において、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合(このような労働組合が存在しない場合は労働者の過半数を代表する者)との協議その他これに準ずる方法によって、雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされています(労働契約承継法7条、労働契約承継法施行規則4条)。
なお、労働協約中に労働組合法16条の基準以外の部分が定められている場合において、当該部分の全部または一部について分割会社と労働組合との間で分割契約の定めに従い承継会社に承継させる旨の合意を行う場合にあっては、当該合意は、分割契約締結前に予め労使間で協議を経ることが望ましいとされています(分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針(平成12年労働省告示第127号)第2の3(1)イ)。
労働者の異議申出
分割会社が、(ア)承継される事業に主として従事する労働者を承継会社に承継させない場合、または(イ)承継される事業に主として従事する労働者以外の労働者を承継会社に承継させる場合、労働者は、書面により異議を申し出ることができます(労働契約承継法4条1項、5条1項)。異議申出期間は、4-1の通知がされた日から労働契約承継法4条3項の定める異議申出期限日(株主総会決議を要する場合は通知期限日の翌日から分割承認株主総会の日の前日までの期間内で会社の定める日、株主総会決議を要しない場合は分割効力発生日の前日までの日で会社の定める日)までであり、かつ、通知がされた日と異議申出期限日との間に少なくとも13日間を置かなければなりません(労働契約承継法4条2項)。
労働者が異議を申し出た場合、当該労働者の意向どおり、前記(ア)に該当する労働者に係る労働契約は承継会社に承継され(労働契約承継法4条4項)、前記(イ)に該当する労働者に係る労働契約は、承継会社に承継されないことになります(労働契約承継法5条3項)。
分割効力発生後の手続
分割契約で定めた効力発生日に、承継会社は、分割契約の定めに従い、分割会社の権利義務を承継し(会社法759条1項)、分割会社は、承継会社から割り当てられた対価に応じて、株主、社債権者または新株予約権者になります(会社法759条8項・9項)。
当事会社は、共同して、分割の効力発生日後遅滞なく、分割に関する一定の事項を記載した書類を作成し、効力発生日から6か月間それぞれの本店に備え置かなければなりません(会社法791条1項1号・2項、801条3項2号)。
また、当事会社は、効力発生日から2週間以内に、変更の登記を、それぞれの本店の所在地においてする必要があります(会社法923条)。
承継会社 | 分割会社 | |
---|---|---|
事前書類開示 | 794条1項 | 782条1項 |
株主総会決議による承認 | 795条1項 | 783条1項 |
簡易分割 | 796条2項 | 784条2項 |
略式分割 | 796条1項 | 784条1項 |
反対株主の株式買取請求 | 797条1項 | 783条5項、6項 |
新株予約権買取請求 | - | 783条5項、6項 |
登録株式質権者・登録新株予約権質権者への通知・公告 | - | 791条 |
新株予約権証券提出手続(新株予約権証券を発行している場合) | - | 293条1項4号 |
事後書類備置 | 801条 | 791条 |
変更の登記 | 923条 | 923条 |
会社法以外の手続
吸収分割などの組織再編を実施する場合、主に手続を定めているのは会社法ですが、例えば以下のように、会社法以外の法令等に基づく対応が必要となる場合があります。
適示開示
親会社が上場会社である場合、その子会社の吸収分割に関して適時開示が必要となる場合があります(東京証券取引所有価証券上場規程403条1号d、施行規則403条4号)。 また、親会社が有価証券報告書提出会社である場合、その子会社の吸収分割に関して臨時報告書の提出が必要となる場合があります(金融商品取引法24条の5第4項、企業内容等の開示に関する内閣府令19条2項15号)。
独占禁止法上の届出
当事会社の国内売上高合計額が一定額を超える場合、当該分割に関する計画を公正取引委員会に対して事前に届け出ることが必要です(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律15条の2第3項、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令19条5項ないし8項)。ただし、設問にある同一の親会社を有する子会社間の分割のように、すべての当事会社が同一の企業結合集団に属する場合、事前届出は不要です。
許認可等
分割会社が事業上有する許認可等について、分割により承継会社に承継することができるか否かを検討する必要があります。分割により承継ができないものについては承継会社において同種許認可等を新規に取得することの要否を検討し、また、承継できるものについては承継に必要な手続や想定される期間を踏まえ、必要に応じて行政当局に相談しつつ、分割のスケジューリングをすることになります。
その他
以上、吸収分割を行うにあたっての会社法等に定める手続を中心に論じましたが、実際には、取引先・金融機関等への通知、その他各種ビジネス・制度面での検討も必要となります。要対応事項は多岐にわたるので、人事、総務、IT、財務、事業部などの関連部署を横断するプロジェクトチームを立ち上げて要対応事項を洗い出し、それらを考慮したスケジュールを作成することも考えられます。


アンダーソン・毛利・友常法律事務所