ベトナムにおける慣習としての贈答と贈賄規制

国際取引・海外進出
長岡 隼平弁護士 西村あさひ法律事務所

 ベトナムの公務員に対して日頃の感謝を込めて季節の贈り物を考えています。金額や渡し方などについて、気を付けるべき点はありますか。また、取引先の民間企業担当者に対して贈り物をする場合はどうですか。

 ベトナムの公務員に対して贈答をする場合、①贈答品の金額を200万ドン未満とすることおよび、②贈答の相手方の権限行使・不行使等の見返りを目的(「不正の目的」と呼ばれます)としていると疑いがかかるような時期、態様、方法を避けることに留意すべきです。
 民間企業の担当者に対して贈り物をするときも、理論上は同様の帰結となりますが、実際の社内ルールの制定時には公務員に対する場合とはやや異なる考慮を行うこともあり得ます。

解説

目次

  1. 規制の枠組み
  2. 公務員に対する贈答の際の留意点
  3. 民間企業の担当者に対する贈答の留意点

 ベトナムでは、テトギフトや中秋節の月餅のように、慣習として取引先等に贈答品を贈る文化が存在しますが、贈賄規制との関係については、整理が難しい場面もあります。以下、解説します。

規制の枠組み

 ベトナム刑法では、職務権限者」に対して、直接または仲介を通じて、不正の目的をもって「賄賂」を提供するまたはしようとした場合に贈賄罪が成立すると解釈されています。

 「賄賂」は、

(a)金銭、財産その他物質的利益のうち200万ドン以上の価値を有する物を指す一方
(b)無形のサービスについては金額を問わず「贈賄」に該当する

 と定められています(「無形のサービス」は、法令上は「非財産的利益」と呼ばれており、たとえば、異性間の情交を伴う接待が典型例です)。贈賄罪に該当した場合の刑事罰の内容は、賄賂金額の多寡などにより異なりますが、最大で20年以下の有期懲役が定められています。

 したがって、①贈答品の金額が200万ドン以上、かつ、②贈答の相手方の権限行使・不行使等の見返りとする目的がある場合には、ベトナム刑法上の贈賄罪に該当してしまいます。

 逆に言えば、①または②のいずれにも該当しなければ、ベトナム刑法上の贈賄罪には該当しないと考えられます。

公務員に対する贈答の際の留意点

 そこで、公務員に対する贈答については、まず、テトギフトや中秋節の月餅などといった、およそ社交儀礼として行うものに限り、かつ、金額を200万ドン未満に抑えることが望ましいと考えられます。「社会儀礼」として行われるものについては、②の「不正の目的」がないと整理することが可能になるからです。

 しかしながら、この種の「社会的儀礼」を名目とする贈答であっても、たとえば、ビザの申請時に窓口担当者に対して特別にテトギフトを渡すなど、時期的に業務上利益を受ける出来事と近接していたり、特定の相手方にだけ特別な贈答を行ったりするなど、贈答の時期や内容から何らかの見返り目的を推認させることがないように注意が必要です。

 さらに、万が一、当該贈答が公安当局の捜査対象となった場合にきちんと説明ができるように、当該贈答が、社交儀礼として行われるものであり、何らかの対価を得る目的がないことを社内的に確認しておくこともポイントになります。

 たとえば、下記のような対応が考えられます。

  • 接待贈答に関する社内規程を作成
  • 贈答にあたってはコンプライアンス担当者による事前承認を得ることとする
  • 贈答に要した費用・支払目的等を会計帳簿その他社内記録に適切に記録する

 なお、2019年7月1日に施行された改正汚職防止法22.2条、および、2019年8月15日より施行された政令59/2019/ND-CP号(以下「政令59号」といいます)25条は、時期・金額にかかわらず、公務員は私企業から一切の贈答品を受け取ってはならないと規定しています。

 もし公務員が私企業から贈答を受けた場合、当該公務員は、政令59/2019/ND-CP号27条に従って当該贈答品を処分する義務を負いますが、その手続は非常に煩雑なものとなっているので、上記の新法下では、200万ドン未満の贈答であっても、公務員はそもそも贈答を受け取らない可能性も高いと言えます。

民間企業の担当者に対する贈答の留意点

 ベトナム刑法は、公務員に対する贈賄行為のみならず、私人間の贈賄についても規制しています。規制の枠組みは、公務員に対するものと同様です。

 したがい、民間企業の担当者に対する贈答についても、その内容やタイミング等の客観的事実から「不正の目的」があったと見られないようにする必要があります。たとえば、前述のとおり、テトギフトや中秋節の月餅のような慣習的な贈答行為であっても、職務権限を有する相手方から何らかの利益を受けるような商談の時期と近接しているといった場合は、当該贈答行為の合理性が通常より厳しく検証されることになりますので、注意が必要です。

 もっとも、実務的な観点からは、民間どうしの取引先とのあらゆる接待・贈答について公安当局が摘発を意図しているとまでは言えないとも思われますし、執筆者らが知る限りにおいて、ベトナムにおいて、私人間贈賄を理由として公安から逮捕・起訴された事例は不見当です。

 そこで、民間企業同士の場合には、職務の性質上特に公正さが要求される者(たとえば、元国営企業の役職員等)への贈答を行う場合に限って、公務員に対する場合と同様、コンプライアンス担当者による事前承認を得ることとしたり、贈答に要した費用・支払目的等を会計帳簿その他社内記録に適切に記録したりする、といった異なる対応を採ることも1つの選択肢としてはあり得ます。

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