DX推進時におけるデータの利活用と契約の枠組み検討のポイント
IT・情報セキュリティ当社では、自社事業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるべく、社内に眠るデータの利活用のみならず、他社との間でデータを授受する枠組みの構築を検討しています。データを利活用する際、その契約の枠組みはどのように考えたらよいでしょうか。
データ利活用の際には、まず、対象データを特定したうえで、このデータが法的にどのような規律を受けるかについての検討が重要です。
知的財産権による保護を受けるデータであれば、いわゆるライセンス契約やライセンス条項の枠内で取り扱えば足りる場合が多いでしょう。他方、知的財産権による保護を受けないデータの取扱いには定型的な契約類型はなく、個別具体的に検討する必要があります。
また、個人情報その他個人に関する情報を含むデータを取り扱う場合には、個人情報保護法やプライバシー保護の観点からの取扱いの検討も重要です。
解説
はじめに
実務上、データ関連ビジネスを立ち上げる際には、「データ」を利活用する、との大きな目的以上の詳細を定めないまま、他社とデータの取扱いを含めた契約条件の交渉を開始する場面に接することは少なくありません。しかし、データのなかには、他社への開示により、その価値が毀損される性質のものもあります。そのため、データの利活用に際しては、まず、予定されているデータの取扱いや、その性質についての十分な検討が重要です。
「データ」とは何か
そもそも、「データ」とは何でしょうか。データについて、我が国では、特に確立した定義はありませんが、たとえば、官民データ活用推進基本法の「官民データ」(同法2条)の定義を参考にすると、「電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録をいう。……)に記録された情報」をいうものと理解すれば足りるでしょう。
「データ」の価値と独占
データを含む情報の価値は、一般的に、その独占排他的な利用、すなわち、自社利用の確保とともに他者利用の禁止により担保されます。誰もが自由に利用可能な情報には、対価を支払って取得する積極的な意義が見出しがたいためです。
そして、契約との関係では、①法的な独占、特に、知的財産権による独占(利用の禁止)と、②事実上の独占(利用の禁止)の視点が有益と思われます。
知的財産権による独占(利用の禁止)
知的財産権による独占(利用の禁止)は、著作権法および特許法等の知的財産法制による情報(無体物)の保護を指します。たとえば、著作権法は、著作権法21条以下において、著作者が著作物の利用を「専有」できると定めており、著作者または著作権者以外の者による著作物の利用は原則として禁止されています。
また、特許法も、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する」(特許法68条)と定めており、特許権者以外の者による特許発明の実施も、原則として禁止されています。これらの知的財産権による保護を受ける著作物や発明等の知的財産を利用するためには、ライセンス契約(利用許諾契約)を締結する、または、ライセンス条項(利用許諾条項)を含めることが一般的です。もっとも、わが国の特許法上、データそのものが保護を受ける場面は限定的であり、たとえば、特許庁の審査基準 1 では「情報の単なる提示」は発明に該当しないと考えられています。
そのため、実務上は、画像、音声、動画、文章(テキスト)等の著作物データが、データの取扱いに関するライセンス(利用許諾)の主たる対象になる場面が少なくないでしょう。
なお、実務上、不正競争防止法上の「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)を権利帰属の対象にしている、あるいは、ライセンス(利用許諾)の対象として定めている契約に接することがあります。しかし、不正競争防止法は、「営業秘密」に関しては、不正取得・不正使用・不正開示等の「不正競争行為」を禁止する行為規制法であり、排他的独占的な権利を付与するものではないため、理論上は、特許法や著作権法等の権利保護法と区別されます。また、現実にも、「営業秘密」に該当する情報は、事実上独占されており、その情報を管理する者からの開示を受けない限り利用できないことが多いと思われます。そのため、権利性を前提としたライセンス(利用許諾)の考え方よりも、むしろ、後述する、②事実上の独占(利用の禁止)の観点から契約条項を検討することが、より実態に即していると思われます。
事実上の独占(利用の禁止)
一般的に、知的財産権による法的な独占(利用の禁止)が必ずしも保障されないデータとして、たとえば、センサーデータ等が考えられます。このようなデータは、往々にして、センサーが計測した事実を示す情報にすぎず、そのため、人の創作性を前提とする著作物や発明には該当しないためです。また、学習済みモデルのパラメータも、多くの場合には、単なる数字の羅列にすぎず、知的財産権による保護を受けることは難しいでしょう。
知的財産権による保護を受けないデータは、何ら制限なく外部に開示されると、自由に利用される可能性があるため、データ提供者としては、如何にして、これが自由に入手できない状況または利用できない状況を作り出すか、つまり、どのようにして、事実上の独占(利用の禁止)を確保するかが重要になります。
そのためには、外部に対して如何なるデータを開示するかを適切にコントロールするとともに、データを開示する際には、その利用や第三者への開示をどの範囲で禁止するかについて、契約により明示をすることが一般的です。また、これらのデータは、秘密として管理されていれば、不正競争防止法上の「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)としての保護を受ける可能性があり、これにあたらなくとも、同法の要件を満たせば、「限定提供データ」(不正競争防止法2条7項)としての保護を受ける場合もあります。
加えて、データの自由な利用を防止するための技術的な措置や、違反へのインセンティブが生じにくいようなスキーム構築の検討も重要です。
このうち、知的財産権による保護を受けないデータの利活用に関する契約については、前述したライセンス(利用許諾)と異なり、法令による直接的な規律を受ける場面は限定されているため、契約自由の原則に従い、当事者間の合意により、その取扱いの内容が定まります。
もっとも、他方で、法令による規律が及ばないため、如何なる種類のデータについて、どのような使用態様を禁止するかについて、契約の自由度が高く、それが故に、一体何を定めたらよいのか、わからない、との悩みに実務上直面する場合は少なくありません。
現在の実務は過渡期にあり、データの取扱いに関する確立したプラクティスはないものの、知的財産権の対象にならないデータも含む情報一般を広く取り扱う契約類型としては、秘密保持契約書が参考になるでしょう。そのため、秘密保持契約書のひな形等を出発点としつつ、データをどのように特定するか、データ利用の禁止範囲をどのように考えるか、データの保証は必要か等、個別具体的な取引において問題とされる事項の検討が、効率的な場合も少なくないと思われます。
なお、このような知的財産権による保護を受けないデータの開示または提供を、実務上、「データライセンス」と呼ぶことがあります。もっとも、上述のとおり、「ライセンス」は一般的には、知的財産権による保護、すなわち原則的な利用禁止を前提とする概念のため、これらデータの利活用の実態と整合しないことが少なくありません。その意味内容を理解したうえで、便宜的に用いるのであれば、問題はありませんが、実態に即さないライセンス契約のひな形を安易に流用しないよう注意が必要でしょう。
個人情報・プライバシーの取扱い
個人情報または個人に関する情報(プライバシー情報)を取り扱う場合には、その取扱いに際して、個人情報保護法等の規制法規の適用があり得るため留意が必要です。データの利活用に関する契約では、想定されるビジネスで利用されるデータが、個人に関する情報である場合には、個人情報保護法の各種義務の遵守や、他者のプライバシーや肖像権を侵害していないこと等について、保証条項を設けることがあります。
また、個人情報保護法上の個人データの第三者への「提供」に関して、個人情報保護委員会は、事実として、データがどのように取扱われているかに加えて、契約上、事業者による個人データの取扱いがどのように合意されているかを、第三者への「提供」の有無の判断の際の考慮要素としています(「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』及び 『個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について』に関するQ&A」(2017年2月16日、2019年11月12日更新)Q5−33)。そのため、事案に応じて、データを受領する際に、契約書上、個人データの取扱いをしない旨を明記する等の対応が必要になる場合もあります。
まとめ
以上をまとめると、次のとおりです。
- データの利活用に際しては、まず、如何なる「データ」の取扱いが予定されているのか、また、その性質は何かについて、十分な検討が重要である。
- 「データ」の定義は確立していないが、実務上は、「電磁的記録に記録された情報」を指すものと理解すれば事足りると思われる。
- 「データ」には、大きく分けて、①法的独占により価値を生じるものと、②事実上の独占により価値を生じるものがある。①は、通常、ライセンス契約やライセンス条項により取り扱われる。他方、②は、定型的な契約類型は確立していないが、秘密保持契約書が出発点になり得る。
- 個人情報・プライバシー情報を契約で取り扱う場合には、取得等に関する保証条項の内容の検討が必要になる場合が少なくない。また、個人データを取り扱うか否かの記載が望ましい場合もある。
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特許庁「特許・実用新案審査基準」第III部 特許要件 第1章 発明該当性及び産業上の利用可能性(特許法第29条第1項柱書)(2015年9月) ↩︎

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