ファッション業界における新型コロナウイルス感染症を巡る契約書対応(不可抗力条項)
取引・契約・債権回収ファッション産業では、新型コロナウイルス感染症の影響で素材がなかなか納入されず、製品を製造・販売することができない状態が続き、損害が拡大しています。対応を検討するにあたり、契約書のどの部分を確認すればよいでしょうか。
まずは不可抗力条項を確認しましょう。新型コロナウイルス感染症の流行がそこに明記された不可抗力事由に該当するかを確認したうえで、それによってどういった効果が生じるのか、その効果を得るためにどういった手続を踏む必要があるのかを確認しましょう。ファッション・サプライチェーンにおける自社の立場によって注意すべき点が異なります。
解説
目次
はじめに
新型コロナウイルス感染症が依然として世界的に猛威を振るうなか、ファッション産業もその影響を強く受けています。契約法務としては、いわゆる「不可抗力条項」の取扱いが注目を集めているところです。
生地などの素材メーカー、縫製工場、アパレル企業、小売店など、ファッション・サプライチェーンのどの立場にあるかによって適切な対応も異なります。そこで、本稿では、そうした立場による見方の違いも意識しながら、どこに着目して既存の契約書の不可抗力条項を確認すればよいかを解説します。
また、万が一、今後同様の事態が発生した場合に備えて、不可抗力条項をどのように充実させていけばよいかを、今後のためのワンポイントアドバイスとして解説します。
何が「不可抗力」か?
概要
「不可抗力」とは、簡単にいうと、契約当事者のコントロールが及ばない事象のことをいいます。多くの契約書では、たとえば、地震、津波などの天災地変、戦争、テロ、ストライキ、輸送機関の事故などが不可抗力事由として定められることがあります。しかし、法令による明確な定義はなく、多義的なものであるとされています。
契約に不可抗力条項がある場合、そこに明記された「不可抗力」事由に該当する事象によって債務不履行の状態(納入遅延など)に陥ったときは、債務者は、その条項に定めるところに従って、解除、損害賠償などの債務不履行責任を免れ、または履行期限が延期されるなど、債務者にとって有益な効果を受けることができます。
ファッション製品や素材の納入遅延を例にとると、一般に、納入業者(売主、製造委託先の工場など)としては、なるべく多くの事象が「不可抗力」にあたるようにした方が有利です。他方、顧客側(買主、製造委託元のアパレル企業など)としては、「不可抗力」の範囲は狭い方が有利となります。
「感染症の流行」などが不可抗力事由として明記されているか?
契約書に不可抗力条項がある場合、そこに「感染症の流行」などが不可抗力事由として明記されているかを確認しましょう。
このとき、その契約の当事者である納入業者がその事業を行っている国・地域に着目することも重要です。たとえば、「世界的な」感染症の流行(パンデミック)と規定されているのか、あるいは「特定の地域における」感染症の流行(エピデミック)と規定されているのかによって、その納入業者が負う債務が不可抗力条項によって免責等されるかどうかが変わってきます。
今後新たに契約を締結する際には、生地の生産地、縫製工場の所在地、使用する輸送ルートなど、リスクが発生する可能性がある国・地域に着目し、自社が納入側と顧客側のどちらであるかに応じて過不足のない不可抗力条項を作成するよう心がけましょう。
新型コロナウイルス感染症の流行に起因する他の事由が不可抗力事由として明記されているか?
次に、直接的に新型コロナウイルス感染症の流行を指し示す事由が規定されていなくとも、たとえば政府の命令その他の処分による都市封鎖、工場操業停止、渡航禁止、輸出入制限など、感染症の影響によって生じ得る具体的な事由が明記されているかを確認しましょう。
注意すべきなのは、不可抗力条項によって免責等を受けるためには、ある不可抗力事由が発生したことを原因として、納入期日までに製品や生地を納入できなかったこと、つまり因果関係が必要とされるケースが多いことです。
たとえば、納入業者側に工場操業停止があったとしても、それが新型コロナウイルス感染症の流行拡大防止を理由とする政府の自粛要請を考慮したものであり、他の工場の中には操業を続けているところもあるといった場合、厳しい見方をすれば「感染症の流行を原因として期日までに納入することができなかったといえるのか?」という疑問の余地があります。そこで、納入業者としては、自粛要請を考慮して工場操業停止などを実行した場合にも不可抗力免責を受けられるように、あらかじめ「政府による自粛要請」などを不可抗力事由として明記しておくことが考えられます。
今後納入側として新たに契約を締結する際には、感染症の流行それ自体だけではなく、そこから直接的・間接的に納入遅延を引き起こす可能性のある事象を、なるべく個別具体的に不可抗力事由として明記しましょう。それによって、「因果関係がないのでは?」といった揉めごとを予防することができます。たとえば、以下のような事象です。
- 製造コストの高騰
〔想定される事例〕
たとえば、他社から素材を仕入れて衣服を製造し、アパレル企業に納入する工場が、感染症の流行によって既存のチャネルから素材を仕入れることができなくなり、代替的なチャネルでその素材を仕入れて衣服を納入することは可能だが既存チャネルから素材を仕入れる場合と比べてコストが上がってしまうケース。この場合、その代替チャネルを使って納入義務を果たすことは可能である以上、不可抗力事由として明記されていなければ免責等を受けることができない可能性があります。 - 素材等の仕入先による債務不履行
〔想定される事例〕
これを明記しておくと、上記と同様の事例で特定の仕入先から素材等が納入されなかったときは、それだけで(コスト高騰等の問題が発生しなくても)免責されやすくなります。たとえば、シーズンやトレンドの移り変わりに応じて納入期日までの期間が短く、その仕入先による債務不履行が発覚してから納入期日までの間に代替チャネルを探すことが可能であるとしても困難であることが想定される取引では、納入側としては明記しておくことを検討した方がよいといえます。
「不可抗力」事由に該当するとどういう効果が得られるか?
不可抗力事由があると認められた場合の効果は、その不可抗力条項で定められている内容に従うことになります。したがって、契約書の内容を確認し、自社にはどういう選択肢があるのか、また、契約相手からどのような要求を受ける可能性があるのかを見極めましょう。
不可抗力条項の効果には、たとえば以下のように、様々な種類とバリエーションが考えられます。
種類 | バリエーション |
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① 契約解除条件の変更 |
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② 損害賠償義務の減免 |
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③ 一定期間の履行延期 |
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④ 契約条件の変更 |
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自社の立場(納入側か顧客側か)、両社の関係性、契約全体の内容、商品の性質などに応じて、たとえば以下のように、取引ごとに契約内容を柔軟にアレンジすることが大切です。
- シーズン性が高く、納入期日を守ることが重要な商品である場合:顧客側にとっては、一定の期日を区切って解除できるようにし、適切なタイミングで代金支払債務を消滅させる重要性が増す。
- シーズン性があまりない商品の場合:履行期日を延期することによって納入側の事業が行き詰まらないように配慮したり、それに加えて最低購入数量条項を免除してもらい、不足分を他の事業者から仕入れることで対処したほうが、サプライチェーン全体のビジネスを守るために有益な場合もある。
不可抗力免責を得るための手続はどうなっているか?
不可抗力事由があり、かつ、それによって債務を履行できなくなっている場合であっても、それだけで免責等の効果を得られるとは限りません。契約書の内容を確認し、新型コロナウイルス感染症の流行が不可抗力事由に該当する場合、不可抗力による免責等を主張するためには何をする必要があるかを、両当事者がそれぞれの立場で確認することが重要です。
以下、代表的なものを2つ説明します。
通知
たとえば、契約によっては、不可抗力事由の発生後速やかに契約相手にその旨を通知することを免責等の条件とするものがあります。通知をする期限、方法、様式などが指定されている場合もあります。
新型コロナウイルス感染症のように、刻々と感染範囲を変化させていく事象の場合には、自社または契約相手の具体的な債務が、いつの時点でその影響を受けるに至ったかを特定することは困難な場合があります。したがって、対応を検討しているうちに通知期限を過ぎてしまうことがないように、通知はなるべく早いタイミングで行っておくことが大切です。早く情報共有をすれば、事態が深刻になる前にお互いに対応を開始し、損害を最小限に食い止めることも可能となります。
損害軽減措置
また、不可抗力による免責等を受けるための条件として、不可抗力による契約相手の損害を最小限にするための措置を講じるべきことを規定することがあります。
こうした措置として、たとえば、素材、製品等の代替的な納入業者や製造工場を紹介してもらうことなどが考えられます。新型コロナウイルス感染症による混乱がいつまで続くのか出口が見えない状況のなか、早いサイクルで商品ラインナップが次々と入れ替わるファッション産業では、調達先をいち早く確保することが重要となります。そのため、顧客側にとっても、納入側がこうした措置を積極的にとるよう促すという観点で不可抗力条項を作成することも重要であると考えられます。
納入側としては、損害軽減措置については努力義務にとどめるか、または免責等の条件にするとしても、講じるべき措置を可能な限り具体的に特定することにより、何をすれば免責等を受けられるかを明確にした方がよいでしょう。
不可抗力条項によって得られる権利をどう行使するか
これには慎重な判断が必要になります。実際には不可抗力事由がないのに、あるいは不可抗力条項によって可能な範囲を超えて、納入側が納入を拒否し、または顧客側が契約の解除を主張して納入物の受領の拒否、代金支払いの拒否、減額等の対応をした場合には、契約違反、下請法違反などのリスクを負うことになるからです。
なお、下請取引に関しては、令和2年3月10日、経済産業大臣が、関係事業者団体代表者を通じて親事業者に対し、納期遅れの対応や迅速・柔軟な支払いなど、一層の配慮を講じるよう要請しており、顧客側としても対応に注意を要します 1。
加えて、昨今の社会情勢、アパレル産業の実情に照らし、重要性を増している観点があります。それは、不可抗力条項によって義務を免れ、あるいは契約を解除したり損害賠償を請求したりする権利を持ったとして、サプライチェーン全体の維持・発展のためにそれを行使するべきかどうか、またどのように行使するか、という観点です。
納入側が納入義務の免責を受けたときに、損害軽減措置を講じる義務が契約上規定されていなければ何もしなくてよいのか。顧客側が契約を解除できるとして、直ちに解除して代金支払債務を免れるのが常にベストの選択なのか。ファッション・サプライチェーン全体が難局を乗り越え、持続的に発展する産業とするにはどうするべきかが問われています。
おわりに
不可抗力条項は、将来起こるかもしれない大きなリスクの分担を定める条項ですので、今後は特に、その内容を巡る交渉が厳しさを増すことが予想されます。
「それほど頻繁に起こることではないから時間をかけて交渉する優先度は低い」と判断するか、それとも「万が一の場合に生じる被害は甚大だから今のうちにしっかり手当てしよう」と判断するか。この経営判断が重要な局面となるでしょう。これを機に、危機的事象が発生した際の対処方針を今一度見直されてはいかがでしょうか。
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経済産業省「新型コロナウイルス感染症の拡大により影響を受ける下請等中小企業との取引に関する一層の配慮について(要請文書)」(令和2年3月10日) ↩︎

関真也法律事務所