不祥事を公表するかどうかの判断基準とレピュテーション管理のポイント

危機管理・内部統制

 当社において、いまだ社会に明るみになっていない不祥事 1 が発見されましたが、これを自ら公表すべきでしょうか。不用意に社会の不安をあおってレピュテーションを低下させたり、法的なリスクを増加させたりする事態を招きたくないのが率直なところです。どのように考えればいいでしょうか。


  1. 証券取引所の適時開示基準に該当しない前提と考えてください。本稿は適時開示の問題は取り上げていません。 ↩︎

 レピュテーションの維持・向上を目指すため、企業は「誠実性=Integrity」と「適切なコミュニケーション」を行動指針とすべきです。これらを実現して社会からの信頼を得るためには、ステークホルダーのために必要な情報は自ら公表し、事実関係、発生原因、再発防止策などを十分に説明して透明性を高めることが重要となります。
 実際に公表を要するかどうかの判断には「ステークホルダーの適正な利益を守るために必要な情報であるか否か」という目線が必要になりますが、不祥事の当事者である経営陣が適切な判断を下せるかは疑問ですので、社外役員、顧問弁護士やPR会社等の専門家など、第三者的な意見を参考に判断を下すことが適切でしょう。

解説

目次

  1. レピュテーションを向上させる局面
  2. 危機発生時の局面
  3. 不祥事を自ら公表するかどうか
  4. 「社会的責任」か、「法的責任」か

レピュテーションを向上させる局面

 レピュテーションとは、「評判・世評」のことです。
 昨今、不祥事に見舞われた企業が、まずい広報対応をしてしまい、「レピュテーションを落とした」と評価されるような事態も生じています。このため、多くの企業では、こういった事例を他山の石として、自社の「レピュテーションリスク」対応体制を整備するべく努力を続けていることでしょう。もっとも、この場合には、万が一の事態が生じた場合に、レピュテーションの低下、企業活動へのマイナスをいかに最小限に食い止めるか、というリアクションの方向性で議論されることが多いと思われます。

 しかし、そもそも、企業のレピュテーションは、社会一般から当該企業に対する評価の集積から成り立っています。レピュテーションが高い企業は、社会からの高い信頼・尊敬を得ることが可能となり、優秀な人材の獲得、商品・サービスのブランド価値向上に結び付きます。次に、これらから生まれた総合的な企業価値の増加が、新たな社会からの評価、信頼を呼び込むことにつながり、再び、レピュテーションの向上に期待が持てるようになります。

好循環

好循環

 このように、企業は、レピュテーションを適切に管理することにより、上記のような好循環による恩恵を受けることが可能となります。この意味で、レピュテーションは、企業に計り知れないプラスの影響を与える重要な無形資産であると捉えるべきです。
 このため、企業としては、緊急時におけるレピュテーションの低下を防ぐ、というリアクションのことばかりを考えるのではなく、平常時から、積極的なアクションによってレピュテーションという資産の維持・向上に向けた努力を続け、適切に管理する必要があります。

危機発生時の局面

 一方、ひとたびレピュテーションを大きく毀損する事態が発生すれば、企業への信頼度は一気に低下します。これに対し、迅速かつ有効な対策を取ることができないまま放置すれば、従業員の士気の低下・人材流出やブランド価値の毀損を招き、次には企業価値の毀損に結び付き、これがさらなるレピュテーションの低下を招くという「負のスパイラル」に落ちることとなり、企業のレピュテーションを長年にわたって毀損し続けることになります。

負のスパイラル

負のスパイラル


レピュテーション・マネジメント(有事対応の場合)

レピュテーション・マネジメント(有事対応の場合)

出典:経済産業省「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」(2019年6月28日策定)97頁

 企業不祥事(不正や製品事故など)は、このようなレピュテーションにおける負のスパイラルの代表的な入り口といえるでしょう。そして、ひとたび負のスパイラルに入ってしまえば、転がり落ちていく状況をコントロールすることはきわめて困難です。もし、そのような事態に直面した場合には、状況を漫然と放置して状況を悪化させたり、自らの失策で落ちていくスピードを加速させたりしないように、迅速・的確な対処が必要となります。

 では、企業として、どのように行動すべきでしょうか。
 その指針となるのは、「誠実性=Integrity」と「適切なコミュニケーション」です
 前述のように、レピュテーションは、社会一般から当該企業に対する評価の集積から成り立っています。社会一般の評価というのは、すなわち、社会に存在する個人の感情の積み重ねです。そして、個人と個人の間の信頼関係は、誠実な人柄と適切なコミュニケーションにより形成されることと同様、個人と企業の間の信頼関係もまた、企業の誠実性と社会とのコミュニケーションの在り方に大きく左右されるのです。

不祥事を自ら公表するかどうか

 たとえば、設例の状況のように、未だ明るみになっていない不祥事を発見した場合にありがちな、最も間違った対応は、「隠ぺい」です。そして、事実が社会に明るみになったときにありがちな間違った対応は「ごまかし」です。隠ぺいや、嘘をつくこと(ごまかしは嘘をつくことと同一視されるでしょう)は、それが故意に基づく行動であると否とにかかわらず、人の信頼を大きく損ねる行動の代表例です。

 企業において、自己に不利益な情報を自ら開示するという選択がきわめて難しいことは理解できます。一般的な企業であれば、上場企業としての開示基準に該当するような事態や、法令等に基づきリコールが要請されるような事態でもない限り、自社に不利な情報は隠しておきたいと考えるのが自然な反応です。
 しかし、インターネット・SNSなどの発展により個人の情報発信力が強化され、これに伴って企業活動に対するメディア・消費者からの監視が強まっている現代においては、すべての不祥事はいずれ世の中に知れ渡るものだと覚悟する必要があります。このようななかで、仮に、不利益な情報を隠ぺいした事実が発覚すれば、後日に受けるダメージは計り知れないものとなります。たとえば、最近の事例でいえば、関西電力の金品受領問題において、会社の公表から1年以上前に、経営陣が、当該問題に関する報告書を受け取っておきながら事実関係を隠ぺいしたことが判明して、大きな批判を浴びています。

 結局、不祥事に直面した企業が社会に誠実性を示すためには、社会に必要な情報については自ら公表し、問題となっている事案の事実関係、発生原因、再発防止策などを併せて説明して透明性を高めることが重要です。
 とはいえ、事案の性質や社会への影響の大小に関わりなくすべてを公表することは非現実的です。実際に公表を要するかどうかは、当該問題にかかる情報が「ステークホルダーの適正な利益を守るために必要な情報であるか否か」という基準に従い、ステークホルダーの目線で判断すべきでしょう。ただし、この点について、当事者である経営陣が適切な判断を下せるかどうかは疑問が残りますので、客観的な立場からの意見が必要となります。社外役員や顧問弁護士(時には顧問でない弁護士も選択肢に入れるべき)や、PR会社等の専門家など、第三者的な立場の関係者に正しい情報をシェアし、その意見を参考にして判断を下すことが好ましいでしょう。

「社会的責任」か、「法的責任」か

 なお、公表するかどうか、公表するとしてどのような内容にするかを検討するにあたっては、法的責任の問題をレピュテーションの対立利益として意識するべきではありません。
 顧問弁護士などに意見を求めると、場合によっては、自社の法的責任の回避・限定を優先し、情報を一部隠ぺいしたり、公表する相手先を限定したりすることを提案されることがあり得ます。
 しかし、このような態度は、「誠実性」や「適切なコミュニケーション」とはかけ離れた態度です。企業が、目の前の法的責任(賠償責任と言い換えることもできる)の回避を優先して情報を隠匿する行動に出れば、将来のレピュテーションに与えるマイナスの影響は格段に大きくなります。これは、たとえば、質問に対して「ノーコメント」と返答するような場合も同様です。「係争中であること」や「事実確認中であること」などを理由とする場合も見られますが、どのような理由をつけたとしても、社会からは、情報の隠ぺい、虚偽事実の発表、責任回避であると捉えられてしまう危険があります

 不祥事発生時に企業が向き合うべきは社会的責任であって、法的責任ではありません。企業は、自らが起こした不祥事に対する社会的責任と誠実に向き合わなければなりません。そのために、一時的には大きな法的責任、経済的ダメージを負う事態になったとしても、適切な社会的責任を果たしてレピュテーションの低下を最低限に食い止めることができれば、その後のV字回復につなげることも十分に可能なのです。

 この点にする実例として、平成17(2005)年から平成18(2006)年ころに問題となった、パロマ湯沸器事故と松下電器(現パナソニック)石油温風器事故における両社の対応が紹介されることがあります。

 いずれも、製品を使用していた消費者に死亡事故が発生した事案ですが、パロマは、問題発覚後に社長が記者会見を行い、一連の事故は、器具の延命などを目的に安全装置を解除した修理業者による不正改造が原因であって、製品には問題がないなどと説明しました。ところが、翌日の新聞には「原因は不正改造 社長謝罪なし」などと報じられ、大きな批判を浴びることとなりました。これは、自社に法的責任がないことを強調した態度が、被害者への誠実な対応に欠けると考えられた結果と評価できるでしょう。

 一方、松下電器は、事故の原因は特定困難といわれていたなかで、企業として社会的責任を全うすることを優先しました。社長自ら「温風機対策を会社の最優先事項とする」ことを宣言し、長期間にわたって、大量のテレビCMや新聞広告を投下して石油温風器の発見と回収に尽くすなどしました。当初こそ、対応の遅れが批判されることもありましたが、愚直とも思える対応が、以前よりいっそうの信頼回復につながったと評価されています。
 当時の松下電器の対応は、現在でも、日本における危機対応の成功例として紹介されることも多く、そのような企業の対応に対する社会の評価や、当該対応を継続することによって社内に醸成された企業文化は、現在でも同社のレピュテーションを支えているといえるでしょう。

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