同一労働同一賃金の原則にみる賞与の扱い方をめぐる実務対応 - 大阪医科薬科大学事件高裁判決

人事労務
長瀨 佑志弁護士 弁護士法人長瀬総合法律事務所

目次

  1. はじめに
  2. 労働契約法20条の規制内容および同一労働同一賃金ガイドラインの考え方
    1. 労働契約法20条の規制内容
    2. 同一労働同一賃金ガイドラインの考え方
  3. 賞与に関する労働契約法20条違反の是非を検討した裁判例の概況
    1. 労働契約法20条に違反しないと判断した裁判例
    2. 労働契約法20条に違反すると判断した裁判例(本件高裁判決)
  4. まとめ

はじめに

 平成31年2月15日、無期雇用である正職員に対して賞与を支給する一方、有期雇用であるアルバイト職員に対して賞与を支給しないことが、不合理な待遇差であり労働契約法20条に違反すると判断した判決が下されました。

 かかる大阪医科薬科大学事件(第2審)(大阪高裁平成31年2月15日判決・裁判所ウェブサイト、以下「本件高裁判決」と記載します)は、「バイト職員に賞与認める 大阪高裁、原告逆転勝訴」等の見出しでメディアでも取り上げられ 1、無期契約労働者だけでなく有期契約労働者によっても構成される企業に対し、同一労働同一賃金がもたらす人事労務への影響を印象付けました。
 無期契約労働者に対しては賞与を支給する一方、有期契約労働者に対しては賞与を支給しない、または僅少の寸志しか支給しないという待遇差を設定する企業も少なくないなか、本件高裁判決が実務に与える影響は無視できないものがあります。

 国は、同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)(以下「無期契約労働者」と記載します)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)(以下「有期契約労働者」と記載します)の間の不合理な待遇差の解消を目指す同一労働同一賃金を導入し、2020年4月1日より大企業を対象に短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「パート有期法」と記載します)を施行しました。
 しかしながら、具体的に同一労働同一賃金の考え方において、どのような待遇差であれば合理性があるといえるのか、いまだ明確になっているとは言い難い状況です。
 本稿では、同一労働同一賃金の導入にあたり、特に影響が大きい賃金項目である「賞与」に焦点を当て、本件高裁判決を含めた裁判所の判断内容について解説します。

労働契約法20条の規制内容および同一労働同一賃金ガイドラインの考え方

労働契約法20条の規制内容

 本件高裁判決を検討する前提として、労働契約法20条の規制内容について説明します。
 労働契約法20条は、「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」と規定しています。

 労働契約法20条は、同一の使用者に雇用されている有期契約労働者と無期契約労働者について、「期間の定めがあること」によって両者の労働条件に相違がある場合、以下の3点を考慮して、その相違が「不合理」なものであることを禁止した規定といえます。

  1. 職務の内容
  2. 当該職務の内容および配置の変更の範囲
  3. その他の事情

 ③その他の事情とは、「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は、労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではない」と判示されているように(長澤運輸事件・最高裁平成30年6月1日判決・民集72巻2号202頁)、広く諸事情が考慮されるものと解されます。
 労働契約法20条は、「均衡待遇規定(不合理な待遇差の禁止)」であるといわれますが、かかる規定内容は、改正後のパート有期法8条 2 においても基本的に変わるものではないと解されます。

同一労働同一賃金ガイドラインの考え方

 かかる労働契約法20条の解釈を明らかにした長澤運輸事件(最高裁平成30年6月1日判決・裁判所ウェブサイト)およびハマキョウレックス事件(最高裁平成30年6月1日判決・裁判所ウェブサイト)を踏まえ、国は、平成30年12月28日、「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(以下「同一労働同一賃金ガイドライン」といいます)を公表し、同一労働同一賃金に関する基本的な考え方および各手当に関する考え方を例示しました。
 もっとも、同一労働同一賃金ガイドラインにおいても、「事業主が、第3から第5までに記載された原則となる考え方等に反した場合、当該待遇の相違が不合理と認められる等の可能性がある」と記載されているように、同一労働同一賃金ガイドラインのみでは、無期契約労働者と有期契約労働者との間の待遇差がただちに違法とまでは断言できるわけではなく、待遇の相違が不合理といえるかどうかは、個別のケースによって判断されることになります。
 したがって、同一労働同一賃金ガイドラインだけでは、無期契約労働者と有期契約労働者との間の賞与に関する待遇差が合理性を有するといえるかどうかは判断できない場合があることに留意する必要があります。

賞与に関する労働契約法20条違反の是非を検討した裁判例の概況

労働契約法20条に違反しないと判断した裁判例

 前記のとおり、同一労働同一賃金ガイドラインに示された各賃金項目に関する考え方はあくまでも例示にすぎず、個別具体的な事例における待遇差の合理性について一律に判断できるわけではありません。
 賞与に関しても一律に判断できるわけではないという点で同様であり、個別の事例における待遇差の合理性を検討するにあたっては、これまでの裁判例を検討することが有益といえます。そこで、無期契約労働者と有期契約労働者との間の待遇差に関し、労働契約法20条違反が争われた裁判例を概観すれば、以下のとおりです。

事件名 裁判所 判決日
ハマキョウレックス事件(第1審) 大津地裁彦根支部 H27.5.29
メトロコマース事件(第1審) 東京地裁 H29.3.23
ヤマト運輸事件 仙台地裁 H29.3.30
日本郵便(佐賀)事件(第1審) 佐賀地裁 H29.6.30
学校法人大阪医科薬科大学事件(第1審) 大阪地裁 H30.1.24
日本郵便(大阪)事件(第1審) 大阪地裁 H30.2.21
医療法人A会事件 新潟地裁 H30.3.15
五島育英会事件 東京地裁 H30.4.11
井関松山製造所事件 松山地裁 H30.4.24
井関松山ファクトリー事件 松山地裁 H30.4.24
日本郵便(佐賀)事件(第2審) 福岡高裁 H30.5.24
長澤運輸(定年後再雇用)事件(第3審) 最高裁 H30.6.1
北日本放送事件 富山地裁 H30.12.19
日本郵便(大阪)事件(第2審) 大阪高裁 H31.1.24
大阪医科薬科大学事件(第2審) 大阪高裁 H31.2.15
メトロコマース事件(第2審) 東京高裁 H31.2.20
学校法人中央学院事件 東京地裁 R1.5.30
井関松山製造所事件(第2審) 高松高裁 R1.7.8

 賞与に関する待遇差は、労働契約法20条に違反しないと判断する裁判例が続いていました。
 たとえば、「ヤマト運輸事件」(仙台地裁・平成29年3月30日判決・労判1158号18頁)では、マネージ社員(無期契約労働者)に対しては賞与を支給する一方、とキャリア社員(有期契約労働者)に対しては賞与を支給しないことに関し、①職務の内容および配置の変更の範囲の異同、②マネージ社員に対しては賞与に将来に向けての動機付けや奨励(インセンティブ)の意味合いを持たせる一方、キャリア社員については絶対査定としてその査定の裁量の幅を40%から120%と広いものとすることによって、その個人の成果に応じてより評価をしやすくすることができるようにした査定の方法の違いから不合理であるともいえない等と判示し、結論として労働契約法20条に違反しないと判断されています。
 このように、ほとんどの裁判例では、賞与に関する無期契約労働者と有期契約労働者との間の待遇差は労働契約法20条には違反しないと結論付けられてきました。

労働契約法20条に違反すると判断した裁判例(本件高裁判決)

 それだけに、賞与に関する正社員と短期・有期社員との間の待遇差が労働契約法20条に違反すると判断した本件高裁判決は、実務にも大きな影響をもたらすものとして注目されました。
 以下では、本件高裁判決の概要および判断理由について解説します。

(1)事案の概要

 本件は、期間の定めのある労働契約を締結して学校法人大阪医科薬科大学においてアルバイト職員として勤務していた控訴人が、期間の定めのない労働契約を締結して正職員として勤務していた労働者との間で、基本給、賞与等に相違があることは労働契約法20条に違反すると主張して差額賃金等相当額の損害賠償を請求したものになります。

労働契約法20条に違反すると判断した裁判例

 なお、同大学法人は、正職員、嘱託職員、契約職員、アルバイト職員という契約形態があるところ、アルバイト職員だけでなく嘱託職員、契約職員も有期契約労働者になります。
 本件で争点となった待遇差は、賞与のほかにも、基本給や年末年始休暇における有給の有無等、多岐にわたりますが、本稿では賞与について解説します。

(2)原審の判断

 原審である大阪地裁平成30年1月24日判決・裁判所ウェブサイトは、無期契約労働者である正職員と有期契約労働者であるアルバイト職員との間における賞与の待遇差に関し、アルバイト職員には賞与は支給されないが、正職員には賞与が支給されることについては、アルバイト職員は、正職員と同様のインセンティブが想定できないうえ、賞与算定期間の設定等が困難であるという事情等から、労働契約法20条に違反する不合理な労働条件の相違があるとまでは認められないと判示しました。
 また、原審は、正職員とアルバイト職員との間における賞与以外の待遇差についても、いずれも労働契約法20条の不合理な労働条件の相違にはあたらないなどとして、アルバイト職員の請求を棄却しました。

(3)控訴審の判断

 一方、本件高裁判決は、原審とは異なり、正職員とアルバイト職員との間における賞与の待遇差に関し、以下のように判示しました(執筆者による抜粋)。

  1. 被控訴人においては、給与規則のなかに定めはないものの、正職員に対しては、年2回の賞与が支払われており、一方、アルバイト職員に対しては、アルバイト職員就業内規で賞与は支給しないと定められている。なお、有期契約労働者のうち契約職員には、正職員に対する賞与の約80%に当たる額の賞与が支払われている。
  2. 被控訴人における賞与は、正職員として被控訴人に在籍していたということ、すなわち、賞与算定期間に就労していたことそれ自体に対する対価としての性質を有するものというほかない。そして、そこには、賞与算定期間における一律の功労の趣旨も含まれるとみるのが相当である。
  3. 賞与の支給額の決定方法からは、支給額は正職員の年齢にも在職年数にも何ら連動していないのであるから、賞与の趣旨が長期雇用への期待、労働者の側からみれば、長期就労への誘因となるかは疑問な点がないではない。
  4. 被控訴人における賞与が、正職員として賞与算定期間に在籍し、就労していたことそれ自体に対する対価としての性質を有する以上、同様に被控訴人に在籍し、就労していたアルバイト職員、とりわけフルタイムのアルバイト職員に対し、額の多寡はあるにせよ、まったく支給しないとすることには、合理的な理由を見出すことが困難であり、不合理というしかない。
  5. 賞与に関していえば、同じ有期契約労働者の契約職員に一定の支給があることは、アルバイト職員にはまったく支給がないことの不合理性を際立たせるものというべきである。
  6. 被控訴人が契約職員に対し正職員の約80%の賞与を支払っていることからすれば、控訴人に対し、賃金同様、正職員全体のうち平成25年4月1日付けで採用された者と比較対照し、その者の賞与の支給基準の60%を下回る支給しかしない場合は不合理な相違に至るものというべきである。

(4)小括

 このように、本件高裁判決は、原審と異なり、正職員とアルバイト職員の間の賞与に関する待遇差は、正職員に対する賞与の支給基準の60%を支給しない限りにおいて労働契約法20条に違反すると判断しました。
 本件では、正職員とアルバイト職員との間での賞与の支給の有無で相違があっただけでなく、アルバイト職員と同様に有期契約労働者である契約社員に対しては正職員の約80%の賞与が支給されていたという点で、有期契約労働者である契約社員とアルバイト職員との間でも賞与の支給の有無で相違があったことになりますが、かかる点からも一層正職員とアルバイト職員との間の待遇差が不合理であることが際立っていると指摘されている点は注目に値します。

まとめ

1 賞与に関する評価基準制度の設計の見直し

 以上にみてきたように、本件高裁判決の一事例とはいえ、賞与に関する待遇差に合理性がないと判断される可能性は否定できません。
 もっとも、各裁判例を概観する限り、賞与の適法性について、現状では明確な基準が確立しているとは言い難い状況にあるといえます。賞与の性質や算定ルールを企業側で明確に決めておかなければ、賞与の性質の解釈次第によっては裁判で敗訴するおそれがあります。
 そして、本件高裁判決のように、仮に裁判で有期契約労働者に対して賞与の不支給が違法であると判断された場合、他の有期契約労働者にも波及し、企業の人事政策に与える影響は甚大といえます。
 無期契約労働者である正社員に対しては賞与を設定する一方、有期契約労働者に対しては賞与を支給しないという企業は少なくないかと思いますが、今後も本件高裁判決に続く司法判断がされる可能性がある以上、このような人事設計をすることは大きなリスクとなります。

 パート有期法の施行を踏まえ、企業としては、改めて自社における賞与の位置付けを整理するとともに、無期契約労働者および有期契約労働者をどのような基準で評価し、褒賞を分配するかという人事評価制度を見直すことが求められるといえます。たとえば、賞与制度を会社の業績等への労働者の貢献に対する褒賞として位置付ける場合、有期契約労働者についても人事評価の対象とするなどして貢献度を定量化するプロセスを導入するとともに、貢献度から大きく逸脱しないように、有期契約労働者に対しても一定の賞与を支給することも検討する必要があるでしょう。

2 本件高裁判決の位置付け

 なお、本件高裁判決は、無期契約労働者と有期契約労働者との間の賞与における待遇差が労働契約法20条に違反する場合があることは示しましたが、あくまでも個別具体的な事情に応じて判断されるものであることには留意する必要があります。そして、この理は、改正後のパート有期法が施行された後であっても妥当するものと考えられます。
 本件高裁判決後に判示された「井関松山製造所事件(第2審)」(高松高裁令和元年7月8日判決・労判1208号25頁)では、賞与の有無に関する待遇差に関し、パート有期法に基づき定められた「同一労働同一賃金ガイドライン」を踏まえても、無期契約労働者と有期契約労働者の職務の範囲等には相応の差違があることや、賞与の支給が必ずしも当該労働者の業績、一審被告への貢献のみに着目したものとはいえないこと、その他寸志の支給や役職者への昇進の可能性など有期契約労働者に対する人事上の施策等が採られていることなどに照らせば、有期契約労働者に対して無期契約労働者と同様の賞与を支給しないとの取扱いにつき、労働契約法20条に反するとはいえないと判示しています。
 このように、今後も賞与の支給の有無等に関する無期契約労働者と有期契約労働者の待遇差に関しては、個別の裁判例の集積をみながら、合理性に関する判断基準を見極める必要があります。

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  1. 日経電子版「バイト職員に賞与認める 大阪高裁、原告逆転勝訴」(2019年2月15日、2020年5月1日最終閲覧) ↩︎

  2. パート有期法8条「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない」 ↩︎

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