同一労働同一賃金における定年後再雇用職員の基本給・賞与等の待遇差とは? - 名古屋自動車学校事件
人事労務
目次
はじめに 本稿の趣旨
令和2年10月28日、名古屋地方裁判所において、正職員(無期雇用)と定年後再雇用職員(有期雇用)との間における①基本給、②精励手当、③家族手当、④賞与、に関する待遇差について、労働契約法20条違反の有無が争われた裁判の判決が下されました(名古屋地裁令和2年10月28日判決)(以下「本件」といいます)。
本件は、自動車学校で勤務していた原告ら定年退職後再雇用された嘱託職員が、正職員との間の待遇差が不合理であると訴えた事案です。
本件は、原告ら嘱託職員の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度であることは、労働契約法20条にいう不合理と認められるものにあたるという判断を下しました。
本件に先立ち、定年退職後再雇用された労働者と正社員との待遇差が問題となった長澤運輸事件最高裁判決(最高裁平成30年6月1日判決・民集72巻2号202頁 1)では、基本給に関する待遇差は違法とは判断されていないなか、本件が今後の労務管理の実務に与える影響を無視することはできないものと思われます。
本稿では、本件の事実関係の概要を整理するとともに、本件が与える実務上の影響について考察したいと思います。なお、本稿の内容は、あくまでも筆者の一考察に過ぎないことにご留意ください。
本件の概要
事案の概要
本件は、自動車学校の経営等を目的とする株式会社である被告を定年退職した後に、有期労働契約を被告と締結して就労していた原告らが、無期労働契約を被告と締結している正職員との間に、労働契約法20条に違反する労働条件の相違があると主張して、被告に対し、不法行為に基づき、上記相違に係る損害賠償を求めるなどの請求をしたものです。
事案の概要
事実関係等の概要
本件における正職員と原告ら嘱託職員の労働条件等は、以下の一覧表をご参照ください。
労働条件 | 正職員 | 定年退職後再雇用者 (嘱託職員)(原告2名) |
---|---|---|
就業規則 | 正職員に適用される就業規則およ給与規程 | 嘱託規程 |
定年制 | 満60歳が定年であり、定年に達した日の翌日に退職 | 期間1年間の有期労働契約を締結し、これを更新することで原則として65歳まで再雇用する |
基本給 | 一律給+功績給 | 嘱託職員の賃金体系は勤務形態によりその都度決め、賃金額は本人の経歴、年齢その他の実態を考慮して決める 正職員定年退職時に比べ減額して支給 |
役付手当 | 正職員が主任以上の役職に就いている場合、当該役職の区分に応じて支給する | 支給なし |
家族手当 | 〔1〕所得税法上の控除対象配偶者、〔2〕満20歳未満で所得税法上の扶養親族に該当する子女を扶養家族とする場合、その人数に応じて支給する | 支給なし |
皆精勤手当 | 正職員が所定内労働時間を欠落なく勤務した場合に支給する | 正職員定年退職時に比べ減額して支給 |
敢闘賞 | 施設ごとに定めた基準に基づき、正職員が1か月に担当した技能教習等の時間数に応じ、職務精励の趣旨で支給する | 正職員定年退職時に比べ減額して支給 |
賞与 | 夏季およ年末の2回 各季の賞与は、各季で正職員一律に設定される掛け率を各正職員の基本給に乗じ、さらに当該正職員の勤務評定分(10段階)を加算する方法で算定される |
原則として支給しない 例外的に、正職員の賞与とは別に勤務成績を勘案して支給することがある 嘱託職員一時金として支給されていた |
また、正職員と原告ら嘱託職員の職務内容等の異動については、以下のように整理できます。
- 原告2名は、正職員を定年退職し嘱託職員となって以降も、従前と同様に教習指導員として勤務をしていた。
- 再雇用にあたり主任の役職を退任したこと以外、定年退職の前後で、その業務の内容および当該業務に伴う責任の程度(「職務の内容」)に相違はなかった。
- 当該職務の内容および配置の変更の範囲(「職務内容及び変更範囲」)にも相違はなかった。
本件の争点
本件では、正職員と原告ら嘱託職員との間における、①基本給、②精励手当、③家族手当、④賞与の待遇差が、労働契約法20条に違反するかどうかが争点となりました。
本件の判断内容
本件は、①基本給、②精励手当、③家族手当、④賞与の待遇差に関し、以下のように判示しました。
(1)労働契約法20条の判断基準
本件は、労働契約法20条違反の判断基準について、ハマキョウレックス事件最高裁判決を引用し、以下のように判示しました。
本件は、ハマキョウレックス事件最高裁判決を引用したうえで、原告ら嘱託職員が定年退職後再雇用された者であることから、長澤運輸事件最高裁判決も引用し、さらに労働契約法20条の判断基準について、定年退職後再雇用されたことを、労働契約法20条の不合理性の判断要素である「その他の事情」として考慮することを明示しています。
また、本件は、賃金項目ごとに労働契約法20条違反の有無を判断するという長澤運輸事件最高裁判決と同様の枠組みを明示しています。
(2)職務内容等の相違について
本件は、前記(1)記載の判断基準を示したうえで、正職員と原告らの職務内容等の相違について、以下のように判断しました。
- 原告らは、再雇用にあたり主任の役職を退任したことを除いて、定年退職の前後で、その職務内容および変更範囲に相違はなかった。
- 仮に、主任退任により職務の内容に相違が生じていたとしても、嘱託職員となって以降は、役付手当が不支給となったことで、当該相違は、既に労働条件に反映されているといえる。
本件は、「もっぱら、「その他の事情」として、原告らが被告を定年退職した後に有期労働契約により再雇用された嘱託職員であるとの点を考慮することになる。」と述べ、定年後再雇用という事情のみで、不合理性を判断することを判示しました。
(3)①基本給について
以上を踏まえ、本件は、①基本給に関する待遇差について、以下のように整理しています。
- 被告の正職員の基本給は、その勤続年数に応じて増加する年功的性格を有する。
- 被告の正職員の基本給との比較として、賃金センサス 2 に言及する。
- 原告らは、定年退職時の基本給と比較して、嘱託職員時の基本給は、45%以下、48.8%以下となっている。
- 原告らが定年退職時に受給していた賃金は、一般に定年退職に近い時期であるといえる55歳ないし59歳の賃金センサス上の平均賃金を下回るものであり、むしろ、定年後再雇用の者の賃金が反映された60歳ないし64歳の賃金センサス上の平均賃金をやや上回るにとどまる。
- 総支給額(役付手当、賞与および嘱託職員一時金を除く)についても、原告P1は、正職員定年退職時の労働条件で就労した場合の56.1%ないし56.4%、原告P2は61.6%、59%、ないし63.2%にとどまる。
- 正職員定年退職時と嘱託職員時の差額は、総支給額に賞与(嘱託職員一時金)も含めると、さらに大きくなる。
項目 | 内訳 | 金額 |
---|---|---|
被告の正職員 の基本給 |
被告全体の正職員の基本給平均額 | 月額14万円前後 |
若年正職員の基本給平均額 | 月額約11万2,000円から約12万5,000円 | |
勤続30年以上の正職員の基本給平均額 | 月額約16万7,000円から約18万円 | |
平成25年 賃金センサス産業計・男女計・学歴計55歳ないし59歳 |
「きまって支給する現金支給額」 | 月額37万3,500円 (男計であれば42万900円) |
「所定内給与額」 | 月額35万1,300円 (男計であれば39万4,800円) |
|
「年間賞与その他特別給与額」 | 年額101万1,900円 (男計であれば118万4,900円) |
|
平成25年 賃金センサス産業計・男女計・学歴計60歳ないし64歳 |
「きまって支給する現金支給額」 | 月額27万5,800円 (男計であれば29万6,300円) |
「所定内給与額」 | 月額26万2,100円 (男計であれば28万1,100円) |
|
「年間賞与その他特別給与額」 | 年額49万7,000円 (男計であれば54万3,300円) |
|
平成26年 賃金センサス産業計・男女計・学歴計55歳ないし59歳 |
「きまって支給する現金支給額」 | 月額38万3,600円 (男計であれば43万2,600円) |
「所定内給与額」 | 月額36万8,000円 (男計であれば40万6,100円) |
|
「年間賞与その他特別給与額」 | 年額108万9,700円 (男計であれば127万7,800円) |
|
平成26年 賃金センサス産業計・男女計・学歴計60歳ないし64歳 |
「きまって支給する現金支給額」 | 月額28万600円 (男計であれば30万500円) |
「所定内給与額」 | 26万6,500円 (男計であれば28万4,700円) |
|
「年間賞与その他特別給与額」 | 年額55万1,600円 (男計であれば60万6,300円) |
|
原告P1 | 定年退職時の基本給 | 月額18万1,640円 |
嘱託職員時の基本給【45%以下】 | 1年目が月額8万1,738円 その後低下し、最終年まで月額7万4,677円 |
|
原告P1 | 定年退職時の基本給 | 月額16万7,250円 |
嘱託職員時の基本給【48.8%以下】 | 1年目が月額8万1,700円 その後低下し、最終年まで月額7万2,700円 |
本件は、基本給に関する待遇差について、詳細な金額の対比をしたうえで、不合理性の評価を基礎づける事実と、妨げる事実を整理しています。
評価根拠事実 | 評価妨害事実 |
---|---|
|
|
以上の事実認定を踏まえたうえで、本件は、基本給に関する待遇差に関し、原告らの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当であると結論付けました。
(4)②皆精勤手当および敢闘賞(精励手当)について
本件は、②皆精勤手当および敢闘賞(精励手当)について、支給の趣旨は、所定労働時間を欠略なく出勤することおよび多くの指導業務に就くことを奨励することであって、その必要性は、正職員と嘱託職員で相違はないから、両者で待遇を異にするのは不合理であると結論付けました。 なお、②皆精勤手当および敢闘賞(精励手当)については、被告側も、「被告は、これらを清算することについて吝かではない。」と述べて、支払うことを認めていることが判決文からうかがわれます。
(5)③家族手当について
本件は、③家族手当に関し、以下のように判示し、不合理な待遇差にはあたらず、労働契約法20条には違反しないと判断しました。
これらの事情を総合考慮すると、正職員に対して家族手当を支給する一方、嘱託職員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することはできず、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできない。
(6)④賞与について
本件は、賞与に関しても、①基本給と同様、正職員と原告ら嘱託職員との間の待遇差は不合理であると判断し、原告らの基本給を正職員定年退職時の60%の金額(であるとして、各季の正職員の賞与の調整率乗じた結果)を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められると結論づけました。
本件の実務上の影響
本件は、①基本給、②皆精勤手当および敢闘賞(精励手当)、④賞与に関する待遇差について、不合理であり労働契約法20条に違反すると判断しました。
このうち、①基本給と④賞与に関する待遇差が労働契約法20条に違反すると判断したことは、賃金の根幹をなす要素に影響を及ぼしかねません。
本件判決のインパクトを整理すると、以下の3つがあげられます。
基本給の待遇差も違法となりうる
前記のとおり、本件は、正職員と定年退職後再雇用された嘱託職員の間の基本給の待遇差を違法と判断したものですが、基本給の待遇差が労働契約法20条に違反すると判断した裁判例はごく少数に限られているということが現状です。
基本給の待遇差を違法と判断した裁判例としては、長澤運輸事件第1審判決(東京地裁平成28年5月13日判決・判タ1430号217頁)と学校法人産業医科大学事件第2審判決(福岡高裁平成30年11月29日判決・判タ1463号86頁)があります。もっとも、長澤運輸事件第1審判決は、その後の控訴審判決および最高裁判決によって、基本給の待遇差は違法ではないと判断されたため、実務上の影響はあまりないと考えられます。
基本給の待遇差に関しては、現時点では学校法人産業医科大学事件(第2審)(福岡高判平成30年11月29日)のほかには、本件が先例的意義を有することになります。
基本給の待遇差として違法となる程度のメルクマール
次に、本件は、基本給の待遇差に関し、「労働者の生活保障という観点」から、60%を下回る限度で違法であるというメルクマールを示しました。
以前から、正職員と定年退職後再雇用職員との待遇差は、どの程度の開きがあれば違法となるかという議論がありましたが、本件が示した60%という水準は、今後の実務対応を検討するうえで参考となります。
基本給よりも賞与の判断はより慎重?
また、本件は、基本給だけでなく賞与に関する待遇差も違法という判断を下していますが、賞与に関する待遇差の判断にあたっては、以下のように慎重に検討すべきであると述べています。
具体的に、基本給の待遇差と比較して賞与の待遇差の検討にあたってはどのような違いが生じるのかは明確ではありませんが、賞与の待遇差は、基本給の待遇差よりも許容されにくい場合がありうると解することはできます。
まとめ
本件判決を受けて、定年退職後再雇用の従業員の基本給を見直すことを検討する企業が出てくることも予想されます。特に、本件が基本給に関し、「労働者の生活保障という観点」から、60%を下回る限度で違法であるというメルクマールを示したことは、今後の定年退職後再雇用従業員の待遇を検討するうえで考慮すべき事例といえます。
もっとも、既存の定年退職後再雇用従業員について、一斉に見直しを進めるべきかという点については、今後の裁判の蓄積を待ってもよいのではないかと思われます。
前記のとおり、基本給の待遇差が違法と判断した事例として、長澤運輸事件第1審判決があげられますが、同裁判例が言い渡されたときには、実務にも大きな衝撃をもって迎えられました。
しかしながら、長澤運輸事件控訴審判決では、第1審判決の結論が覆り、基本給の待遇差は違法ではないと判断されました。
企業としては、本件判決の影響を検討しつつ、今後の裁判の動向や他の事例の集積を待ったうえで、基本給や賞与等、特に重要な賃金体系の見直しを図ることが望ましいかと思われます。
-
労働者の属性別にみたわが国の賃金の実態を明らかにするために毎年行われる「賃金構造基本統計調査」のこと。 ↩︎

弁護士法人長瀬総合法律事務所