金融機関を中心とした反社会的勢力への対応
第2回 反社会的勢力との和解
危機管理・内部統制
目次
はじめに
本連載では、金融機関を中心とした反社会的勢力への対応について、「反社会的勢力と個人情報保護法における開示」、「反社会的勢力との和解」、「反社会的勢力との契約解消」という3つの場面を想定してリレー形式でそれぞれ論じていく。前回は、「個人情報保護法における開示」について解説を行った。
第2回にあたる今回は、反社会的勢力と判明している者に対して債権を有する者が、この反社会的勢力の債権の返済を猶予したり、一部を免除したりする和解は可能か否か、可能であるとして、いかなる場合にいかなる条件で可能となるのかについて、検討したい。
すなわち、上記のような和解は、反社会的勢力との合意の下、同人にとっても利益を与える債権回収方針となるため、①いわゆる利益供与に該当するとして条例違反と評価されないか、②監督官庁(例えば金融庁)から検査等で指摘を受けないか、③和解の事実が明らかになった場合にレピュテーションリスクが発生しないか、という点で主に問題となりうる。
警察庁の見解
反社会的勢力との和解の可否については、過去、警察庁の担当官が見解を示すことがあり、この見解を踏まえると、実務を考慮して柔軟な解決が可能な方向に進んでいるように思われる。
平成23年の見解
平成23年11月8日に行われた全国サービサー協会主催の第17回コンプライアンス研修会において、警察庁担当官は、以下の見解を示しており1、和解が可能な場合は当初は限定的に解されていたようである。
「債権放棄でなく、リスケにとどまるのであれば、そのリスケ自体は利益供与に該当しないとするものの、延滞分の利息の減免等があれば、それらはすべて利益供与に該当する」
平成25年の見解
もっとも、その後、平成25年11月28日に開催された参議院財政金融委員会では、要旨
という質問に対し、警察庁の組犯対策部長は、
と回答し、利益供与に該当しない類型を検討するにあたっては、その免除する額や免除する理由等について検討する必要があると述べて、やや柔軟な解釈が示された。
さらに、その後、警察庁刑事局組織犯罪対策部暴力団排除対策官によって、一部免除を行ったとしても、反社会的勢力ではない一般の顧客から申出を受けた場合と同様の基準で対応している限りは、通常の業務の範疇であって、暴排条例における利益供与の禁止規定に反するとして勧告される対象とはならないという意見も示されるに至っている2。
警察庁の見解を踏まえた対応
上記のとおり、近時の警察庁の見解によれば、一般顧客と同様の基準で対応する限りは、条例違反として勧告の対象とはならない。
もっとも、ここで一般顧客と同様の基準であるといっても、その債権者においては一般顧客への対応と同様の基準であったとしても、その業界的には同様の基準とは言い難いというようなケースではなお勧告の対象となりうるのであろう。
また、現在の警察のスタンスが、当不当のレベルに収まっている者については勧告を控えているということである3ため、勧告の対象となるのは、この当不当のレベルすらも超えた場合に限られているが、今後も同様のスタンスとは限らない。
加えて、条例違反として勧告の対象とならないとしても、監督官庁の検査等で指摘を受けるか否かは別の次元の問題4であり、レピュテーションリスクがどの程度生じうるかという問題も別途生じることになるため、反社会的勢力と和解を行うか否かは、やはり慎重に検討する必要がある。
そして、現時点では、いかなる場合の和解であれば、条例違反にもならず、検査等でも指摘されないといえるかについて、公式な見解等が明示されているわけではないため、和解の可否を検討するにあたっては、個別案件ごとに諸般の事情を踏まえて総合考慮を行う他ない。その際の主な考慮要素としては、以下のような要素が考えられる。
考慮要素
通常債務者の場合の処理との差異
前述の警察庁刑事局組織犯罪対策部暴力団排除対策官の見解によると、通常業務の一環として暴力団以外の債務者に対するのと同様の基準で対応した結果として暴力団員を相手に債務免除等をしても、原則として、暴排条例にいう「正当な理由のある場合」に該当するということで勧告の対象とならない。
監督官庁の検査等やレピュテーションリスクを踏まえると、別途の要素の考慮も必要となるとはいえ、この点が重要な考慮要素にはなろう。
なお、通常の債務者と同様の基準といっても、無条件に一定の金額を免除しているというような債権者は少ないと考えられ、通常の債務者との関係でも資力等の諸般の事情を考慮した上で免除の可否を検討していることが多いのではないかと思われる。その場合には、暴排条例違反か否かの検討のみであっても、やはり、その余の要素の考慮も重要となる。
債務者の資力
債務者の資力も重要な考慮要素となる。資力があることが明らかな場合には、一部免除する理由が乏しく、反社会的勢力に対して利益を与えている印象が強い。
例えば、残元金の、大部分を支払うので、残余を免除してもらいたいとの申出があった場合、支払原資が、自身には資力がないので他から借入を行うというのであればともかく、自身の手持現金で一括して支払うことができるということであれば、残余も支払うことができることが多いと思われ、金融機関としてもあえて免除を行う積極的な理由がなく、利益供与と評価されるおそれがある。
免除する債務の種類、金額
免除する債務が元金であるのか、未収利息金であるのか、遅延損害金であるのか、その金額はいくらであるのか(どれくらいの割合を免除するのか)、という点は、重要な考慮要素となる。
14%の遅延損害金まで全て回収するという事案は通常の案件でも多くはなく、例えば、金融機関としても元金に加えて約定利率程度回収でき、その上、一括で回収できるというのであれば、十分利益を確保できることが多いことからすると、遅延損害金を一部免除するということは、監督官庁の検査等やレピュテーションリスクの観点からしても、合理性が認められることが多いであろう。
反社会的勢力の属性
債務者がどのような理由で反社会的勢力と認定されているのかについても、考慮要素となるだろう。
例えば構成員も多い暴力団の現役組長であれば、免除する額が遅延損害金の一部であっても、難しいケースが多いと思われる。すなわち、一定の地位にある者は、資力がないということは想定し難く、また、仮に、そういった者に対して一部でも免除したことが明らかになると、レピュテーションの観点からすると、大きなリスクが生じることになる。
融資の形態、資金使途
融資の形態や資金使途も考慮要素となる。
例えば、融資が事業性資金であり、暴力団組織活動を助長している場合や、住宅ローン資金であるが、住宅が暴力団事務所になっている場合などには、一部免除等をすることは、暴力団組織を助長することに繋がりかねず、多大なレピュテーションリスク等が生じる可能性もある。
このような場合には、一部免除の申出があったとしても、担保権等も実行し、徹底的な回収を図ることが望ましい。
関係解消までの期間
関係解消までの期間、すなわち、速やかな一括返済か、長期間の分割返済かといった事情も考慮要素となる。
反社会的勢力との速やかな関係遮断という観点からすれば、一部の免除はしても一括で回収を図って事件を終結し、反社会的勢力との関係を消滅させることが許容される場面もあるだろう。
他方で、免除はしないとしても、長期の分割弁済などは、延々と反社会的勢力との関係が継続することになり、その間、強制執行等ができないのであれば、この分割弁済の合意には合理的な理由を見いだすことが困難な場合が多い。
したがって、長期の分割弁済の申出があるとしても、期限の利益を与えて強制執行不執行の合意を行うのではなく、一括弁済を求めつつも、分割して支払ってくるので受け入れているという形式を採ることが望ましい。
敗訴可能性
例えば、反社会的勢力に対する請求訴訟案件において、敗訴可能性があるような場合については、この点も踏まえ、和解するという判断はありうる。
もっとも、敗訴可能性の判断について不合理な判断をしているのであれば、それを前提に和解することについてはリスクを伴うため、その判断については、一定の客観性が確保されていることが必要である。
例えば、弁護士の意見書を取得することや、裁判所において、主張整理等が尽くされた段階(尋問終了後や弁論終結後が望ましいであろう)での裁判所の心証を確認すべきであろう。
おわりに 和解の検討
反社会的勢力との和解の可否を検討するにあたっては、前述のような要素を総合的に考慮して判断することになるが、 特に監督官庁の検査においては、必要かつ十分な検討を行ったか否かということが重要となろう。
もっとも、和解の可否について、公式な見解、基準等が存在しない以上(そもそも明確な基準を設定することは難しい)、いかなる情報を収集した上で、いかなる要素を考慮して判断した結果であるかについて、合理的な説明を行うことができるかがポイントとなる。
そして、この合理性を担保するためには、弁護士へ相談の上で、弁護士見解も踏まえて判断を行うことや、判断に迷う案件については、弁護士の意見書を取得することが望ましいといえる。
今後の連載予定 ・第3回 反社会的勢力との契約関係の解消
