日本におけるODR普及に向けた可能性と課題 - 日本ODR協会設立記念シンポジウムレポート
訴訟・争訟
裁判によらないオンラインでの紛争解決手段であるODR(Online Dispute Resolution)。諸外国に比べて社会実装が遅れているものの、コロナ禍による社会全体のオンライン化の進展やテクノロジーの発展に伴い、注目度は高まりつつある。2020年9月には、日本におけるODRの健全かつ公正な発展に寄与する活動を行うことを目的に一般財団法人 日本ODR協会が発足。2022年2月18日に、設立記念シンポジウムがオンライン形式で開催された。当日は、国内外のODRの社会実装事例や課題等に関して、有識者による講演およびパネルディスカッションが行われた。本稿ではその様子をレポートする。
ODRのパイオニアが紹介する米国での先進事例
第1部では、海外ゲストによる基調講演が行われた。はじめに、米国サンフランシスコより、ODRにおけるパイオニアとして知られるコリン・ルール氏がホログラムで登壇。米国EC企業eBayの問題解決センター「Resolution Center」の立ち上げをはじめODRの普及にグローバルで取り組んできた立場から、主に米国でのODRの普及状況を説明した。
シンポジウムの司会を務めた渡邊真由氏(⽴教⼤学特任准教授・一般財団法人 日本ODR協会理事/写真左)
eBayのResolution Centerでは、年間6,000万件以上の紛争が扱われており、そのうち90%はソフトウェア上で人が介入することなく解決に至っているという。ODRの典型ともいえる事例だが、このように合意の履行過程を含めてオンラインで完結するため、少額紛争の簡易かつ迅速、低コストでの解決が見込まれることがODRのメリットの1つといえる。また、ルール氏は、「実際に取引が行われている環境に持ち込んでソフトウェアで自動化できるため、人間が1つひとつの事案にタッチしなくてよい」と、管轄区域の問題を解決する必要がないこともメリットにあげている。
ECでの例が代表的だが、ODRは裁判所などその他の業界での活用も進む。ルール氏は、「診断、交渉、調停、評価といったどれか1つのプロセスにとどまることなく、当事者間によるトラブル認知・検討から、法的拘束力のあるプロセスまで、すべての段階までをカバーしている」と説明する。
さらに、ルール氏は、紛争解決における第四者(4th party)としてテクノロジーを捉える視点についても紹介した。仲介者が第三者であるとすると、AIや機械学習といったテクノロジーが第四者となり、パートナーとして当事者を支援し、人間の判断が必要なところに注力できるようにするといった考え方だ。
米国カリフォルニア州では、法律サービスチャットボット「DoNotPay」が提供されており、たとえば、駐車違反の切符を切られた場合にロボット弁護士が手続きをするという世界観が実現されている。また、陪審員をクラウドソーシングでマッチングする「Kleros」というサービスも出てきている。同サービスでは、ブロックチェーン技術を利用して分散型の紛争解決プロトコルを提供している。
「第四者としてのテクノロジーはまだ十分な議論はなされていないが、受付、診断、文書管理のほか、リサーチやコーチング、代替策の提案、執行、代理人としての振る舞いもできる可能性がある」(ルール氏)
ユーザー視点を重視したカナダのオンライン法廷「Civil Resolution Tribunal」
続いて、カナダのブリティッシュコロンビア(BC)にあるオンライン法廷「Civil Resolution Tribunal(CRT)」のキャンディス・マコール氏が、ユーザー視点でのODRという観点からCRTの設立に至った経緯や取組みについて紹介した。
カナダ最西端に位置するBCは、約520万人が住むカナダで3番目に人口の多い州だが、そのうち25%は地方在住者であり、都市に出向くことが難しい。そこで、システムを通じてオンラインですべてを解決できる裁判所の運営を目的に立ち上がったのがCRTである。
CRTのコンセプトのうちもっとも重要なのが、誰もが容易にアクセスできるという点だ。マコール氏は「皆さんの手元に情報を年中無休かつ無料で届け、毎日活用できるようにしていくことがCRTの使命。原則として、CRTによる情報とサポートにより当事者の力だけで解決することができる」と、CRTの方針について説明する。CRTは当初、コンドミニアムにおける紛争を管轄していたが、年々管轄が拡大し、今では幅広い領域をカバーするようになっている。
紛争を解決したい場合、CRTのサイト上で、どういう分野の問題なのか、自分はどういう立場かといった一連の質問に回答していくと、必要に応じたリソースと最も適した解決方法が表示される。たとえば、相手方に要求書を送るという選択をしてそのまま手続きを進めることも可能となっている。合意ができず裁定が必要な場合は、弁護士のスタッフが仲介。証拠の提出やレビュー等もすべてオンライン上で行うことができる。
CRTの最大の特徴は、「司法へのアクセスを拡大したい」という思いからエンドユーザーにフォーカスされていることだ。UXの向上に向け、アンケート調査などによってユーザーからのフィードバックを得て日々継続的改善に努めているという。「ユーザーの声がネガティブなものであっても真剣に受け取め、改善につなげている。ぜひ一度ウェブサイトに訪問して、どのように動くか見てみてほしい」(マコール氏)
国内有識者が語る紛争解決の未来
第2部では、「紛争解決の未来」をテーマに国内有識者によるパネルディスカッションが行われた。
最初の話題は、ODRに対する技術活用の可能性について。AIの法律への応用やコンピュータと人間の対話処理に関する研究を行う新田克己氏(東京工業大学名誉教授)は、オンライン上のコミュニケーションがメールからテレビ会議ベースのものに移っているなか、相手の顔を見たくない場合も考えられるODRにおいては、アニメーションでアバターの表情をコントロールする技術応用の可能性に言及。また、紛争当事者同士の合意形成や文書化など、それぞれのプロセスでAIの活用可能性があることを、具体的な技術の例をあげながら説明した。
一方、スタートアップ企業の立場からODRをはじめ次世代型法律サービスを開発する森下将宏氏(キビタス株式会社代表取締役 CEO)は、「国内ODRの議論は海外から輸入してきている点が多分にあり、議論が提供者側のロジックに沿っているケースが多く、顧客起点で議論されていないのが課題」と警鐘を鳴らす。実際にはITリテラシーの低いユーザーも多くいるという現状に触れたうえで、技術活用以前の問題として、UI/ UXの領域について検討することの重要性を語った。
ODRの実用例として、日本ODR協会の理事でもある森大樹氏(長島・大野・常松法律事務所弁護士)は、第一東京弁護士会で取り組んでいるODRの事例について紹介した。スペースシェアサービスを手掛けるスペースマーケットでは、サービスを利用する際に被った被害を請求できる専用保険を損保ジャパンとともに開発。2021年からは、オンラインチャットシステムを介して弁護士に相談できるODRを運用開始した。申立は既存の保険会社のシステム上で行われ、申立人・利用人は直接の対価を必要としないため、気軽に紛争解決手続を申請できるのが特徴だ。森氏は「実績は多くないが、いずれの案件も申立から1週間程度で解決している。従来のADRと比べても短期間で解決可能」と紹介する。
家事紛争の領域にもODRの実装可能性がある。離婚調停や面会交流においては、利用者の葛藤が高く、子どもへの影響も大きい。築城由佳氏(株式会社ハッピーシェアリング代表取締役/ NPO法人ハッピーシェアリング代表理事)は、当事者が簡単にかつ葛藤なくやり取りできるツールとして面会交流の日程調整システムを開発している。同システムの運営経験をもとに築城氏は、夫婦間の紛争が短期で解決するというオンライン調停の利点をあげ、「離婚後もともに子育てしていく時代として、ODRに期待している」と述べた。
ODRの普及に向けては、ビジネスの場面で利用されることも重要となる。佐成実氏(東京ガス株式会社参与/ 弁護士)は、企業でODRを実装するために必要な考え方として2つのポイントをあげる。1つは、実益があるか、あるとしてもそれが明確かどうか。もう1つは、優先度が高いかどうか。「企業が利用する場合、設備や人員配置、利用コスト等を考えなければならず、実益がそれらを上回らなければ実装は難しい。数値をもとに具体的な付加価値が示されれば、ODRも利用しやすいだろう。また、民事訴訟のIT化で既存サービスの利便性が高まるなか、選択肢としてODRの優先順位が高いかどうかは検討する必要がある」(佐成氏)
パネルディスカッションではこのように、さまざまな立場からODRが持つ可能性とそれに伴う課題が示された。日本ODR協会の理事を務める垣内秀介氏(東京大学教授)は、ODRの社会実装コスト、ユーザーやニーズの明確化といった課題をあらためて指摘したうえで、こうした課題はODRに限らず、社会全体における法的サービス供給のあり方におけるものであるとする。
「現在、紛争解決の世界がダイナミックに動き始めているのは事実。ODRに限らず、消費生活相談のデジタル化や裁判手続きのIT化といった動きを後押しする技術の発展も今後加速していくことが予想される。そうした動きと自由な創意工夫により、社会がより良くなるようになっていくことを期待している。日本ODR協会がそのために少しでも貢献していけるよう、これからも尽力していきたい」(垣内氏)
(文:周藤 瞳美、写真提供:一般財団法人 日本ODR協会、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)