M&A契約の表明保証違反のうち、事実認定が問題となった裁判例

コーポレート・M&A

 M&A契約の表明保証違反が問題となった裁判例において、「…のおそれ」・「売主の知る限り…」という文言はどのような事案のもとで認定されているのでしょうか。

 「労働紛争のおそれ」、「訴訟提起のおそれ」という条項に関しては、実際に第三者から対象会社に対する損害賠償の請求がなされていない場合や、第三者の請求が法的に認められない可能性もあり得る場合であっても、関係者の対応状況や裁判例の動向から、紛争や訴訟提起の「おそれ」があると認められた裁判例があります。
 また、「紛争(法的手続)のおそれ」という条項に関しても、対象会社が第三者より損害賠償請求を受けておらず、また対象会社が当該第三者に対し法的責任を負う可能性も低いという場合であっても、第三者が対象会社に内容証明郵便において「対象会社の対応によっては法的手続を取る準備をしていること」を示唆していたなどの事実関係のもとでは「紛争(法的手続)のおそれ」があるとした裁判例もあります。
 なお、「売主の知る限り…」という条項に関しては、売主が対象会社に役員派遣を行っているなど、売主による対象会社の経営関与を示す事情がある場合、かかる事情をもって売主が表明保証違反に該当する事実を「知っていた」と認定される可能性があります。

解説

目次

  1. 「…のおそれ」の事実認定に関する裁判例
  2. 「売主の知る限り」の事実認定に関する裁判例

「…のおそれ」の事実認定に関する裁判例

(1)「労働紛争のおそれ」、「訴訟提起のおそれ」の事実認定に関する事例

 「M&A契約における表明保証条項の意義と裁判例における文言解釈」で解説した裁判例(東京地裁平成25年11月19日判決)の事例では、表明保証時における以下の事情に照らして、表明保証条項の「労働紛争のおそれ」、「訴訟提起のおそれ」があったといえるかという点も問題になりました。

事例の概要
Xが、Yの完全子会社であるa社と株式交換を行った。e社(a社を消滅会社とする吸収合併を行った会社)に対し、旧a社(a社が会社分割により主たる事業を承継した会社)の従業員の自殺について、遺族より不法行為等を理由とする損害賠償請求訴訟が提起。e社が遺族との間で合計2,000万円の解決金を支払うことを内容とする訴訟上の和解を行った。

問題となった点
以下の事情に照らして、表明保証条項に定める「労働紛争のおそれ」、「訴訟提起のおそれ」があったといえるか。
まず、従業員自殺後、遺族は以下の対応を行っていた。
  1. 労働基準監督署に対する遺族補償給付の申請
  2. 旧a社に対する損害賠償請求権を本案とする証拠保全手続
  3. 労働基準監督署による遺族補償給付不支給決定処分に対する審査請求、再審査請求
    一方で、以下の事情も存在した。
  • 労働基準監督署は、業務起因性を否定し、不支給決定処分を行っていた(すなわち労災であることが否定されていた)
  • 遺族から旧a社、a社に対する損害賠償請求もなされていなかった

 裁判所は、(上記①、②の事実から)「従業員遺族が、旧a社に対し、本件自殺が旧a社の業務に起因し、かつ、使用者による安全配慮義務違反があることを理由として、訴訟を提起するおそれがあったことは否定できない」とし、当時過重労働による従業員の自殺事例において使用者が責任を負う裁判例が蓄積していたこと等をあわせて指摘し、「労働紛争のおそれ」、「訴訟提起のおそれ」があったと認定しました。

 本件では、表明保証の時点において、対象会社に対して遺族から損害賠償請求がなされていませんでした。また、行政機関でも労災と認定されず、そもそも労災を原因とする遺族の対象会社に対する請求が認められない可能性もある状況でした。しかし、遺族の対応状況や裁判例の動向からして、対象会社における労働紛争や遺族による訴訟提起の可能性があると判断されたものです。「おそれ」がどのような事情で認められるかの一事例として参考になります。

(2)「紛争のおそれ」の事実認定に関する事例

東京高裁平成29年4月26日判決(株式譲渡の事例)

東京高裁平成29年4月26日判決(株式譲渡の事例)

事例の概要
株式譲渡契約において、Yが、Xに対し、対象会社に紛争(法的手続)が存在せず、Yの知る限りそのおそれもないこと等を表明保証。しかし、株式譲渡後、対象会社が過去に事業譲渡を受けた会社において請け負った温泉掘削工事に瑕疵があるなどとして、当該工事の発注者(工事発注者)が対象会社に対して損害賠償請求訴訟を提起。当該訴訟は和解に至ったものの、Xは、Yに対し、当該訴訟により対象会社が和解金および弁護士報酬等の追加的な負担を余儀なくされたとして、表明保証違反等を理由に損害賠償請求。

問題となった点
表明保証条項に定める「紛争(法的手続)のおそれ」があったといえるか。
    裁判所は、
  • 工事発注者が、対象会社に対し、内容証明郵便により工事の不具合について協力を求め、対象会社に法的責任がないことを認めている
  • 上記内容証明郵便のやり取りが終わった後、株式譲渡契約が締結され、株式譲渡が実行されるまでの間、工事発注者から対象会社に対し、その法的責任を指摘したり、何らかの請求がなされた形跡もない

という株式譲渡前に存在した事実を認定しつつも、「工事発注者は、対象会社に対し、内容証明郵便で、対象会社の対応が責任回避に終始するものであると非難するとともに、今後の対象会社の対応によっては法的手続を取る準備をしていることを示唆し…工事発注者の要望に応じるよう求めているのであり、…対象会社の法的責任が認められる可能性が低かったとはいえ、…対象会社と工事発注者の間で法的紛争が生じる可能性があったというべき」として、「紛争(法的手続)のおそれ」を認定しました(ただ、結論として、Yにその認識がなかったとして、Xの請求は否定されています)。

 本件は、第三者において対象会社に対する損害賠償請求を行う意図が明確ではなく、また、請求がなされたとしても当該請求が法的に認められる可能性が低かったという事情のもとでも、法的手続が提起される可能性があったと判断されたものです。判断が微妙な事例ともいえますが、「…おそれ」の認定に関して参考になります。

「売主の知る限り」の事実認定に関する裁判例

 前掲東京地裁平成25年11月19日判決の事例では、表明保証条項に「Yの知る限り…」との限定が付されていたため、Yが「労働紛争のおそれ」、「訴訟提起のおそれ」にあたる事実を知っていたかも問題になりました。

 裁判所は、旧a社の従業員の自殺の当時およびその後の期間において、Yの3名の取締役が旧a社の代表取締役を兼務していたという事実を前提に、Yが旧a社の経営に深く関与していたとして、Yが従業員自殺の事実関係を知っていたと認定しました。

 本事例では、Yが事実関係を認識した具体的経緯までは認定されていません。つまり、売主と対象会社の役員兼任の状況次第では、当該役員兼任の事実のみをもって、売主が表明保証違反事実を認識していたと認定される可能性があることを示しています。
 M&A契約の交渉時には、最終的な妥協点として、「売主の知る限り…」との限定をしたうえで表明保証条項が合意されるケースもあると思います。ただ、売主としては、対象会社への役員派遣等、売主による経営関与を示す事情がある場合、売主が当該事実を具体的に認識するに至った経緯が明らかにされなくても、「知っていた」と認定される可能性があることに注意が必要です。

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