従業員の架空経費計上によって横領・着服された会社が、「所得隠し」で重加算税を賦課されるリスク

税務
山下 貴 山下貴税理士事務所

 従業員が、経費の架空・水増しなどの手口により横領・着服を行う事例が発生しました。会社としては、事案を調査し、従業員からの被害回復や、懲戒処分、刑事告訴などの対応をしてきました。しかし、国税庁から、いわゆる「所得隠し」として会社に重加算税を賦課すると言われました。会社は被害者のはずなのに、一体なぜでしょうか。

 重加算税は、たとえ従業員の横領・着服の被害にあった場合でも、このような不正を予防・発見するために内部統制やコンプライアンスの取組みに注力していなければ、会社が自ら隠蔽・仮装行為をしたものと「同視」され、重加算税を賦課されることがあります。

解説

目次

  1. 重加算税の定義とリスク
  2. 従業員による横領・着服と重加算税
  3. 横領されたうえに重加算税を課される「泣きっ面に蜂」とならないために

重加算税の定義とリスク

 皆さんも「◯億円の所得隠し」として企業の重加算税賦課について報道されるケースを目にすることがあると思います。
 重加算税が、単なる“申告漏れ”と異なり、大きく報道されて、企業のレピュテーションにダメージを与えるのは、それが「隠蔽・仮装」行為を伴う悪質な違法行為だからです。

 ここで重加算税について定めた条文を見ておきましょう。

国税通則法68条1項(重加算税)

第65条第1項(過少申告加算税)の規定に該当する場合(修正申告書の提出が、その申告に係る国税についての調査があつたことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでない場合を除く。)において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、当該納税者に対し、政令で定めるところにより、過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額(その税額の計算の基礎となるべき事実で隠蔽し、又は仮装されていないものに基づくことが明らかであるものがあるときは、当該隠蔽し、又は仮装されていない事実に基づく税額として政令で定めるところにより計算した金額を控除した税額)に係る過少申告加算税に代え、当該基礎となるべき税額に100分の35の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税を課する。

 ポイントは、太字・下線部分で示した、納税者が、事実の隠蔽・仮装行為を行うという点です。
 そして、この「納税者が」という点について、重要な最高裁判例があります。納税申告手続を委任された税理士が隠蔽・仮装行為をした場合に、納税者本人に対して重加算税を賦課できるかが争われた事例で、最高裁は、次のように判示しました。

最高裁平成18年4月20日判決・判時1939号12頁

納税者以外の者が隠ぺい仮装行為を行った場合であっても、それが納税者本人の行為と同視することができるときには、形式的にそれが納税者自身の行為でないというだけで重加算税の賦課が許されないとすると重加算税制度の趣旨及び目的を没却することになる。そして納税者が税理士に納税申告の手続を委任した場合についていえば納税者において当該税理士が隠ぺい仮装行為を行うこと若しくは行ったことを認識し、又は容易に認識することができ、法定申告期限までにその是正や過少申告防止の措置を講ずることができたにもかかわらず、納税者においてこれを防止せずに隠ぺい仮装行為が行われそれに基づいて過少申告がされたときには当該隠ぺい仮装行為を納税者本人の行為と同視することができ重加算税を賦課することができると解するのが相当である。他方、当該税理士の選任又は監督につき納税者に何らかの落ち度があるというだけで、当然に当該税理士による隠ぺい仮装行為を納税者本人の行為と同視することができるとはいえない
(下線は筆者)

 このように、最高裁は、税理士の選任・監督に落ち度があるだけで、税理士の行為を納税者本人の行為と同視することはできないとしながらも、たとえ納税者が税理士による隠蔽・仮装行為を認識していなくても、「容易に認識することができ」ていれば重加算税を賦課することができるとしています。また、「是正や過少申告防止の措置を講ずることができたにもかかわらず、納税者においてこれを防止せずに」隠蔽・仮装行為が行われたときには、納税者本人が隠蔽・仮装行為をしたものと同視できると判断している点に注目してください。言わば "同視理論" とでも名付けることができると考えます。

隠蔽・仮装行為

従業員による横領・着服と重加算税

 では、従業員による横領・着服の事例について考えてみたいと思います。
 典型的には次のような事例があります。

想定事例

 運送業者A社に2000年に入社したBは、営業、配車手配、集金業務等に従事し、2006年には、同社取締役に就任した。
 Bは、2004年から2007年にかけて、運送を委託された顧客に、運送報酬をB個人の銀行口座に振り込ませ、合計約2500万円を横領していた。
 A社についての税務調査で本件横領が発覚し、A社はBを取締役から解任し、Bは退社した。また、A社はBに対し、損害額約2500万円のうち930万円について賠償させるとともに、残額は分割して支払う旨の公正証書を取得した。
(金沢地裁平成23年1月21日判決・訟月 57巻11号2491頁に基づいて筆者が作成)

 横領・着服の手口は、この想定事例のように、報酬を個人口座に振り込ませるような形での売上の除外や、仕入先や下請業者と通謀しての経費の架空・水増しによるキックバックなどが典型的な事例ということができます。
 このようなケースでは、企業は、従業員の横領・着服の被害に遭っているわけで、上記事例のように、損害の回収の努力をし、金額等によっては従業員に対して懲戒解雇や刑事告訴などの対応までとることも多いでしょう。

 しかしながら、企業にとって気をつけなければならないのは、このような状況であっても、企業に対して重加算税が課される可能性がある、という点です。
 実際、上記想定事例のベースとなっている金沢地裁平成23年1月21日判決・訟月 57巻11号2491頁のケースで、裁判所は、A社に対する重加算税賦課は適法と判断しています。

金沢地裁平成23年1月21日判決・訟月 57巻11号2491頁

 本件のように、納税者である法人の役員や従業員が隠蔽仮装行為を行った場合、通常、役員は法人の機関として行動する者であるし、従業員であっても、法人の事業活動上の利益を挙げるためにその手足として用いられている者であるから、納税者本人が、相当の注意義務を尽くせば、役員や従業員の隠蔽仮装行為を認識することができ、法定申告期限までにその是正や過少申告防止の措置を講ずることができたにもかかわらず、納税者においてこれを防止せずに前記行為が行われ、それに基づいて過少申告がされたときには、前記行為を納税者本人の隠蔽仮装行為と同視して、納税者本人に重加算税を賦課することができるというべきである。
(下線は筆者)

 そして、裁判所は、A社が、Bに所属部門の業務のほぼ全てを任せきりにしていたこと、Bが自己の口座に売上を入金させている旨の内部通報があったにもかかわらず、B本人に確認し否定されるとそれ以上の調査(関連伝票や他の従業員への確認など)をしていないことなどから、A社は、Bの不正を防止するための相当な注意義務を尽くしたとは言えないとして、先ほどの最高裁の“同視理論”に基づき、重加算税賦課を適法とする判断を下したのです。

横領されたうえに重加算税を課される「泣きっ面に蜂」とならないために

 売上除外や架空・水増し経費計上に基づく横領・着服という従業員による犯罪の被害に遭っていながら、重加算税を賦課され、「所得隠し」として報道までされてしまうなどという事態は、企業としては何としても避けたい状況です。

 そのためには、従業員の不正行為を会社が不正行為を行っているのも同然だと「同視」されないように、日頃から内部統制やコンプライアンスの取組みを推進し、横領・着服の予防のために尽力する必要があります。また、横領・着服に関する端緒を把握し、調査して、過少申告がなされないようにする、また、仮に横領・着服が発生しても、自ら修正申告ができるように不正を早期に把握して調査・対応できるようにする必要があります。

 具体的な取組みとしては、内部通報システムの活性化を指摘することができます。不正の早期把握、調査・対応を行うにはホットライン、ヘルプラインなどと呼ばれる内部通報制度を活性化させ、関係者からの通報を受け付けることが極めて重要です。ヒントは、横領・着服が発覚する多くのケースが税務調査だ、という点です。税務署には、従業員や取引先からの告発・情報提供が多数届いているのです。横領・着服に関する情報を社内に通報してもらえるよう、内部通報窓口の利用活性化に向けた検討をぜひ行ってみてください。また、下請・取引先を、通報窓口の利用対象者に含めることも有効です。

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