特許発明を実施している第三者に対するライセンシーの請求手段とは
知的財産権・エンタメ特許発明を、その権利者に無断で実施している第三者に対して、ライセンシーが損害賠償や差止を求めることはできますか。
特許法上、契約により設定されるライセンス(実施権)には、専用実施権と通常実施権があります。専用実施権者には損害賠償請求権および差止請求権が認められています。他方、通常実施権者のうち、独占的に特許を実施できる独占的通常実施権者については、判例上固有の損害賠償請求権が認められているほか、特許権者の差止請求権の代位行使としての差止請求を認めた判決も存在します。これに対して、非独占的通常実施権者は第三者による侵害について、差止請求および損害賠償請求をすることはできません。
解説
特許発明の実施権(ライセンス)とは
特許発明の実施権とは、特許権者から妨げられることなく特許発明を実施する権利をいいます。特許権者は、特許発明を業として実施する権利を専有するため(特許法68条本文)、特許権者以外の第三者は、原則として特許発明を実施することができなくなります。その例外として、第三者が実施権を有する場合には、特許権者は、特許権を行使できなくなるのです。
特許法上の実施権には、大きく分けて許諾による実施権(約定実施権)と、許諾によらない実施権とがあります。一般的に「ライセンス」と呼ばれるのは前者ですが、特許法はその種類として、専用実施権と通常実施権を定めています。また、通常実施権は、ライセンシー(実施権者)が独占的に特許を実施できる「独占的通常実施権」と、ライセンサー(特許権者または専用実施権者)が自らライセンシー(実施権者)以外の者にも実施許諾ができる「非独占的通常実施権」に分かれます(参考:「特許発明の実施権の類型」)。
専用実施権侵害に対する救済
専用実施権が設定されると、専用実施権者は、特許権者と同様に特許発明を業として実施する権利を専有します(特許法77条2項)。他方で、特許権者であっても、専用実施権者の許諾なくして特許発明を業として実施することはできなくなり(同法68条ただし書)、専用実施権の設定範囲内では、第三者に実施権を与えることはできなくなります。
専用実施権者は、専用実施権の侵害に対して、差止請求をすることができ(同法100条1項)、また、損害賠償請求(民法709条)をすることができます。
通常実施権侵害に対する救済
通常実施権は、特許権者(特許法78条1項)または特許権者から承諾を得た専用実施権者(同法77条4項)から得られる実施権で、特許権者や専用実施権者に対して権利行使をしないことを求める債権的権利です。専用実施権は実質的に特許権の移転に近い効力を有するため利用頻度が低く、多くの場合には通常実施権が選択されます。
非独占的通常実施権者の場合
通常実施権は、専用実施権と異なり、法律上排他的・独占的効力を持たない実施権とされています。そのため、原則として、特許権者または専用実施権者は複数の者に通常実施権を許諾することができ、通常実施権者は、特許権者または専用実施権者から特許発明の実施について、損害賠償請求や差止請求等を受けないという地位を有するに留まります(このような通常実施権を、後述する「独占的通常実施権」との対比から、「非独占的通常実施権」と呼ぶこともあります)。
そのため、仮に、第三者が、通常実施権の対象発明を、特許権者の許諾なく実施していたとしても、通常実施権者の実施が妨げられるわけではありませんので、当該第三者に対して、損害賠償請求や差止請求をすることはできないと一般的に考えられています。また、特許権者を代位して侵害者に差止請求をすることも難しいとする見解が有力です。
独占的通常実施権者の場合
もっとも、特許権者との間の契約によって、第三者には通常実施権を与えない、という合意をすることは可能です。このような合意のもとで許諾される通常実施権は、一般に「独占的通常実施権」と呼ばれます。
独占的通常実施権者には、前記3-1の非独占的通常実施権と異なり、特許権者または専用実施権者との間の契約上、特許発明を独占的に実施できるとの地位が認められていること等を考慮して、特許発明を実施する第三者に対する固有の損害賠償請求権が認められると考えることが一般的であり、裁判例上も、このような権利が認められています。独占的通常実施権の侵害については、過失の推定規定(特許法103条)の類推適用を認める見解が有力です。
また、差止請求権については、独占的通常実施権者にこれを認めてしまうと、専用実施権との実質的な差異がなくなることを理由として、否定されることが一般的です。
もっとも、この場合に、独占的通常実施権者は、特許権者の差止請求権を代位行使することは可能でしょうか。
この点については、特許権者の差止請求権の代位行使を認めた裁判例(東京地裁昭和40年8月31日判決・判タ185号209頁・「カム装置」事件)と、差止請求権を否定した裁判例(大阪高裁昭和61年6月20日判決・無体集18巻2号210頁・「ヘアーブラシ」事件)とに分かれており、学説上も定見があるわけではありません。
【特許発明の実施権(ライセンス)侵害に対する救済】
損害賠償請求権 | 差止請求権 | ||
---|---|---|---|
専用実施権者 |
◯ | ◯ | |
通常実施権者 | 独占的通常実施権者 | ◯ | △ (代位行使) |
非独占的通常実施権者 | × | × |

西村あさひ法律事務所
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