新株発行無効の訴えはいつまで可能か
コーポレート・M&A私は、株式譲渡制限のある会社(以下「本件会社」といいます)の株主で、議決権の3分の1以上を保有し、特別決議について拒否権を有していました。ところが、本件会社は、私に招集通知を送らず株主総会を開催して第三者割当増資による新株発行(以下「本件新株発行」といいます)を行ったようで、私の議決権比率が3分の1未満になっていたことが最近、発覚しました。登記を見る限り、本件新株発行が行われてから1年以上が経過しているのですが、本件新株発行を無効にすることができるでしょうか。
本件新株発行が行われてから1年以上が経過しているため、新株発行無効の訴えの提訴期間が経過しており、新株発行の無効を主張することはできないのが原則です。
もっとも、本件会社が増資の登記を怠り、提訴期間中に新株発行に気付くことができなかったような場合または提訴期間中に登記がなされた場合でも、
- 本件新株発行が行われた事実をあなたに悟られないように本件会社が隠蔽工作等を行い、あなたが本件新株発行を容易に気付くことができなかったという事情があるような場合 であり、かつ、
- 新株の引受人が1人であるなど、取引の安全を重視する必要性が高くない場合
には、提訴期間を経過していても、なお、新株発行無効の訴えにより、新株発行の無効を主張できる可能性があります。
解説
新株発行無効の訴えの提訴期間
株式譲渡制限のある会社で第三者割当増資による新株発行をするためには株主総会の特別決議が必要であり(会社法199条、309条2項5号)、特別決議を欠く新株発行は無効であるとされています(最高裁平成24年4月24日判決・民集66巻6号2908頁)。
もっとも、新株発行の無効は、新株発行無効の訴えをもってのみ主張することができるとされており、この訴えは、株式発行の効力が生じた日から6か月以内(非公開会社の場合は1年以内)に提訴しなければならないとされています(会社法828条2号)。
そこで、この期間(以下「提訴期間」といいます)が経過した後は、違法な新株発行も無効であると主張することができなくなるのが原則です。
信義則により提訴期間を修正した裁判例
もっとも、非上場の会社の場合、上場会社のようにIRリリース等が行われるわけではないため、株主が、新株発行が行われたこと自体を知る方法が限られています。そのため、株主が、新株発行が行われたことに気付かないまま、提訴期間が経過することもありえます。また、悪質なケースでは、違法な新株発行をしたうえで、意図的に、株主が新株発行に気付かないようにして提訴期間を経過させ、新株発行の無効主張を封じようとすることもあります。
そのため、下級審ではありますが、一定のケースにおいては、信義則によって提訴期間を修正している裁判例があります。
東京地裁平成16年3月31日判決
東京地裁平成16年3月31日判決のケースは、新株発行に際して会社が原告株主に対する通知等を行わなかったうえ、増資の登記も提訴期間が経過した後で行われたという事案です。
これにより、原告株主は、提訴期間内に、新株発行の事実を全く知ることができず、他方で、登記が遅れた原因について会社側に何らかの汲むべき事情があったとは認められず、この会社で支配権争いが生じていたことからすれば、会社が提訴期間を経過させるためにあえて登記を遅らせたとも推認できる事案でした。
このような事案で、判旨は、新株発行の引受人が1人であり、取引安全を重視する必要性も高くないとして、原告株主による新株発行の訴えは、「信義則上、提訴期間を徒過しているとはいえず、その訴えは適法である」としました。
名古屋地裁平成28年9月30日判決・金判1509号38頁
名古屋地裁平成28年9月30日判決・金判1509号38頁のケースは、原告株主が会社の株主であるかに争いがある中で(増資後、株主であることを認める旨の別件判決が確定)、原告株主に招集通知等をすることなく第三者割当増資を行ったという事案です。
この事案では、会社は、新株発行後の7日後に増資の登記を行ったことから、原告株主は、新株発行の事実を知ることができなかったわけではありませんでした。
しかしながら、判旨は、
- 会社が、原告株主を役員の地位から排斥したり、原告株主に対して、営業成績を報告せず、確定申告書の写しを交付しなかったこと等を踏まえて、新株発行を「察知する機会を失わせるための隠蔽工作を繰り返していたものと認められる」
- 会社が別件訴訟においても、新株発行の事実がないことを前提とした書面を原告株主に交付したりしたことから、原告株主が「本件新株発行の事実を予想し、又は想定することは容易でなかった」
- 新株発行の引受人が1人であり、取引の安全を考慮する必要性がさほど高くない
として、原告株主の訴えは「信義則上、…提訴期間を徒過して提起したとすることはできず、当該訴えは、適法である」としました。
設例について
設例のケースでは、本件新株発行が行われてから1年以上が経過しているため、新株発行無効の訴えの提訴期間が経過しており、新株発行の無効を主張することはできないのが原則です。
もっとも、本件会社が増資の登記を怠り、提訴期間中に新株発行に気付くことができなかったような場合または提訴期間中に登記がなされた場合でも、
- 本件新株発行が行われた事実をあなたに悟られないように本件会社が隠蔽工作等を行い、あなたが本件新株発行を容易に気付くことができなかったという事情があるような場合 であり、かつ、
- 新株の引受人が一人であるなど、取引の安全を重視する必要性が高くない場合
には、提訴期間を経過していても、なお、新株発行無効の訴えにより、新株発行の無効を主張できる可能性があります。

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