特許権や実施権の承継に関する留意点

知的財産権・エンタメ
佐藤 安紘弁護士 潮見坂綜合法律事務所

 総合電機メーカーである当社は、この度、X社から光学機器事業部門を承継することになりました。X社はこの事業に関し、自ら特許権を有しており、また、第三者の特許権についてもライセンスを受けています。
 当社は、事業の承継にあたってこれら特許権やライセンスも承継する必要があると考えています。承継の方法や、留意すべき点を教えてください。
 また、事業承継の方法が、事業譲渡の場合と会社分割の場合とで違いはありますか。

 特許法は、特許権や実施権(ライセンス)の承継について様々な規律を設けています。たとえば、特許権および専用実施権の移転の効力を発生させるためには特許庁へ登録する必要がありますが、通常実施権の場合、登録は不要です。また、専用実施権・通常実施権を移転させる場合、法律上、ライセンサーの承諾が必要な場合と不要な場合があります。さらに、事業承継の方法が事業譲渡の場合と会社分割の場合とで、採るべき手続きが異なってくる場合があります。

解説

目次

  1. 事業譲渡と会社分割
  2. X社が単独保有する特許権の承継
    1. 事業譲渡の場合の留意点
    2. 会社分割の場合の留意点
  3. X社がA社と共有する特許権の承継
    1. 事業譲渡の場合の留意点
    2. 会社分割の場合の留意点
  4. 専用実施権の承継
    1. 事業譲渡の場合の留意点
    2. 会社分割の場合の留意点
  5. 通常実施権の承継

 設例は、特許権および実施権の移転について、事業承継の場面と絡めたものです。
 近時、日本では大小様々なM&Aが活発に行われていますが、たとえば対象会社が保有する知的財産がそのM&Aの主たる目的である場合等、知的財産権を確実に移転させることが極めて重要です。そして、知的財産権、特に特許権に関しては、その承継の方法について法律上様々なルールが定められていますので、M&Aの目的を達成するためには、これを正確に理解しておく必要があります。

 本稿では、「当社」がX社から、(1)X社が単独保有する特許権を承継する場合、(2)X社がA社と共有している特許権を承継する場合、(3)専用実施権を承継する場合、(4)通常実施権を承継する場合、について、事業譲渡(特定承継)および会社分割(一般承継)のそれぞれの場合における留意点を解説します。なお、専用実施権および通常実施権の意義については、「特許ライセンス契約の留意点」をご参照ください。

「当社」がX社から、(1)X社が単独保有する特許権を承継する場合、(2)X社がA社と共有している特許権を承継する場合、(3)専用実施権を承継する場合、(4)通常実施権を承継する場合

事業譲渡と会社分割

 事業を承継する方法は様々なものがありますが、ここでは代表的なものとして事業譲渡と会社分割を例にあげて解説します。

 事業譲渡とは、会社が事業を取引行為として他に譲渡する行為をいいます(江頭憲治郎「株式会社法(第7版)」(有斐閣、2017)958頁参照)。事業譲渡は、他人から特定の権利を個々に取得する、いわゆる特定承継に該当します。事業譲渡において何を譲渡の対象とするかは、もっぱら契約により定められます。

 会社分割は、会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割後他の会社または分割により設立する会社に承継させることを目的とする会社の行為をいいます(江頭憲治郎「株式会社法(第7版)」(有斐閣、2017)897頁、会社法2条29号、30号参照)。会社分割は、権利義務を一括的に承継する、いわゆる一般承継(包括承継)に該当します。事業のどの部分を分割の対象とするかは、吸収分割契約や新設分割計画の定めに従って定まります。

X社が単独保有する特許権の承継

事業譲渡の場合の留意点

 事業譲渡では、譲渡の対象物は契約によって定まりますので、X社が単独で保有する特許権を事業譲渡により承継する場合、まず、X社と当社間で締結される事業譲渡契約の中で、承継する特許権を特定する必要があります。一般には、特許番号や発明の名称などにより承継される特許権を特定します。
 そして、特許権の移転は登録をしなければその効力が生じないため(特許法98条1項1号)、当社への特許権の移転を特許庁に登録する必要があります。

会社分割の場合の留意点

 会社分割のような一般承継は、財産等の移転について個別の合意が不要なため、分割対象たる財産等に含まれる特許権は、個々に特定しなくともすべて包括的に承継されます

 また、会社分割は、事業譲渡とは異なり、特許法98条1項1号において、登録が効力発生要件とされている「特許権の移転」からは除かれています。このため、当社は特許庁に登録をしなくても、会社分割に伴って当然にX社の特許権を取得することができます。

 ただし、一般承継の場合は、遅滞なく、その旨を特許庁長官に届け出なければならないとされています(特許法98条2項)。届出をしなかったとしても、特許権が消滅したり罰則を受けたりすることはありませんが、不利益を被るリスクはあります(たとえば、特許庁からの通知が旧権利者になされるなど)。

X社がA社と共有する特許権の承継

 X社が保有する特許権が第三者(A社)との共有である場合、上記2で記載した内容に加えて、さらに以下の点に留意する必要があります。

事業譲渡の場合の留意点

 特許権が共有の場合は、各共有者は、他の共有者の同意を得なければその持分を譲渡することができません(特許法73条1項)。事業譲渡はここでいう「譲渡」に該当しますので、X社がA社と共有している特許権を、当社が事業譲渡により譲り受ける場合は、A社の同意を得る必要があります。

会社分割の場合の留意点

 他方、会社分割のような一般承継は、特許法73条1項にいう「譲渡」には含まれないため(特許庁編「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第20版〕」274頁)、法律上はA社の同意を得る必要はありません。
 ただし、X社とA社との間で、会社分割のような一般承継の場合も含め、相手方の事前の同意なき持分の承継を禁止する合意がなされているような場合は、A社の同意を得る必要がありますので注意が必要です。

専用実施権の承継

 当社がX社から専用実施権の移転を受ける場合は、以下の点に留意する必要があります。

事業譲渡の場合の留意点

 専用実施権は自由に譲渡することができず、①実施の事業とともにする場合、②特許権者の承諾を得た場合、③一般承継の場合、にのみ移転することができます(特許法77条3項)。事業譲渡による専用実施権の移転において、特許権者の承諾を得た場合に移転できるのは当然ですが、同意が無い場合であっても移転できるとされている「実施の事業とともにする場合」がいかなる場合をいうのかが問題となります。

 この点、「実施の事業」がいかなる意義なのか法律上は明らかではありませんが、一般的には、当該発明の実施をするに足りる事業であって、その事業の規模は特許発明に応じてケースバイケースで判断すべきであると解されています(中山信弘編「注解特許法(第三版)上巻」(青林書院、2000)818頁。また、通常実施権に関する判示だが神戸地裁平成9年5月2日判決も同趣旨)。

 設例では、当社は「光学機器事業」の承継にあたり、当該事業に用いている専用実施権の譲渡を受けるということであると解されますので、「実施の事業とともにする場合」に該当する可能性が高いといえます。よって、当社としては、X社が保有する専用実施権に係る特許権者の承諾を得ることなく、事業譲渡により専用実施権の移転を受けることができます。

 ただし、X社とB社との間で、専用実施権設定契約等において譲渡を禁止する旨の合意がなされている場合があります。そのような場合は、前述のような法律の定めにかかわらず、譲渡について事前にB社の承諾を得る必要がありますので、注意が必要です。

 さらに、専用実施権の移転は、登録が効力発生要件とされていますので(特許法98条1項2号)、当社への専用実施権の移転を特許庁に登録する必要があります。

会社分割の場合の留意点

 前述のとおり、会社分割は一般承継ですので、当社は、特許権者であるB社の承諾を得なくとも、特許法77条3項に基づき専用実施権の移転を受けることができます。ただし、X社とB社との間で、専用実施権設定契約等において会社分割等の一般承継によっても専用実施権を移転できない旨の合意がなされている場合があります。そのような場合には、事前にB社の承諾を得る必要があることは、上記4-1と同様です。

 なお、専用実施権の一般承継は特許法98条1項2号にいう「専用実施権の移転」には含まれていないため、移転登録は必要ありません。もっとも、特許庁長官に対して会社分割により承継があった旨を届け出る必要があるのは(特許法98条2項)、上記2-2と同様です。

通常実施権の承継

 通常実施権の承継については、専用実施権で説明した内容がほぼそのまま当てはまります。ただし、通常実施権については特許法平成23年法改正により当然対抗制度が導入されたことに伴い(特許法99条)、平成24年4月2日に通常実施権の登録制度そのものが廃止されました。このため、通常実施権の移転についての登録はありません。

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