自殺事故があった土地や建物について売主はどこまで説明責任を負うか

不動産

 当社は不動産販売事業を行っている会社です。自宅を新築したいというお客様に土地を販売したのですが、お客様のほうで、「近隣の住人から、9年ほど前にこの土地に建っていた建物で首吊り自殺があり、まもなく建物が取壊されたという話を聞いた。説明義務に違反したのだからこの精神的苦痛に対する慰謝料を支払って欲しい」と請求されました。
 当社は、買主に対して慰謝料を支払う必要があるのでしょうか。

 購入した土地上に存在した従前の建物内での9年前の自殺事故については、「隠れた瑕疵」には該当しないと思われるため、一般には、売主や媒介業者に説明義務違反を認定する事は困難と思われます。しかし、買主から売買契約締結前において、「自殺や殺人等が起こったことはありませんか」等と特段に質問を受けていた場合には、この自殺事故が発生していたことは「隠れた瑕疵」に該当するおそれがあり、媒介業者や売主は説明しておくべきといえ、説明していなければ慰謝料の支払義務が認定される可能性があります。

解説

目次

  1. 環境的要因と心理的要因に関する瑕疵担保責任・説明義務違反
    1. 環境的要因と心理的要因のトラブルについて
    2. 売主の瑕疵担保責任・説明義務違反
  2. 自殺事故、殺人事件について瑕疵担保責任・説明義務違反が認められる要素
    1. 裁判ではどのように判断されたか
    2. 裁判例を分析した要素
    3. 設例の結論
  3. 契約上の留意点

環境的要因と心理的要因に関する瑕疵担保責任・説明義務違反

環境的要因と心理的要因のトラブルについて

 売買の目的物である土地建物について、物理的に本来の性能を備えていたとしても、(i)日照、眺望、騒音などの周辺環境の要因における問題環境的要因)がある場合、または、(ii)たとえば、自殺や殺人事件が発生した物件等、目的物を使用するに際して心理的に使用が妨げられる事情心理的要因)がある場合があります。

 このような環境的要因や心理的要因が「瑕疵」となるか、また、売買契約締結前に説明する必要があるかないかについては、法律に記載されているわけではありません。そのため、売主や不動産取引を仲介する宅地建物取引業者としても、調査の上、買主に説明しなければならないか実務上、問題になる場合があります。

売主の瑕疵担保責任・説明義務違反

 売買の目的物である土地建物について、法的に「隠れた瑕疵」がある場合には、売主は、買主に対して、瑕疵担保責任(民法570条)を負うこととなりますし、また、「隠れた瑕疵」は、買主の意思決定に重要な影響を与える事情になりますので、この事実を買主に伝えないと売主は説明義務違反を問われる可能性があります。

 環境的要因や心理的要因が「瑕疵」に該当するのか、また、買主に対して説明する義務を負うのかについては、社会状況や一般人の認識等を基準として判断され、裁判例の積み重ねによりルールが形成されていきます。そのため、具体的な事案において、「隠れた瑕疵」に該当し、説明義務を負うか否かを判断するには、積み重ねられた裁判例を検討しておかなければなりません。

自殺事故、殺人事件について瑕疵担保責任・説明義務違反が認められる要素

裁判ではどのように判断されたか

 日本は、自殺大国といわれており、2014年の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)は20.9人で、国際的にみても非常に高い水準にあります(経済協力開発機構2014年)。

 裁判所は、取引物件における過去の自殺事故や殺人事件の存在について、「目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等に起因する心理的欠陥も瑕疵にあたる(大阪高裁平成18年12月19日判決・判時1971号130頁、東京地裁平成7年5月31日判決・判時1556号107頁、横浜地裁平成元年9月7日判決・判時1352号126頁ほか)と判示しています。
 したがって、取引物件における自殺事故や殺人事件の存在は、「瑕疵」として買主の契約の判断に重要な影響を及ぼす事項に当たり、その結果、売主は説明義務を負い、また、媒介業者もその事実を知っているときには重要事項として説明しなければならない可能性があります。しかし、すべての過去の自殺や殺人事件が「瑕疵」に該当し、説明義務を負うわけではありません。

 裁判所は、自殺事故が瑕疵といいうるためには、「単に買主において同事由の存する不動産への居住を好まないだけでは足らず、それが通常一般人において、買主の立場に置かれた場合、当該事由があれば、住み心地の良さを欠き、居住の用に適さないと感じることに合理性があると判断される程度に至ったものある……と解すべきである」(大阪高裁平成18年12月19日判決・判時1971号130頁、横浜地裁平成元年9月7日判決・判時1352号126頁ほか)と判示しています。

裁判例を分析した要素

 それでは、売買する土地建物において自殺や殺人事件があった場合について、具体的には、どのような場合に「瑕疵」に該当し、説明義務を負うことになるのでしょうか。

判例 購入目的 購入物件 事故内容 事故発生場所 事故経過年数 瑕疵
該当性
摘要
大阪高判
(H18.12.19)
建売事業 土地 殺人 土地(目的物件)上にかつて存在した建物内 約8年半前 肯定 新聞にも報道された殺人事件。
東京地判
(H21.6.26)
投資 ビル 自殺未遂 ビル(目的物件内) 約2年前 肯定 ・自殺方法は、首吊りではなく、睡眠薬の服用。病院で死亡。
・自殺未遂は、隣の住民のみしか知らない状況であったから「隠れた」瑕疵に該当する。
浦和地判
(H9.8.19)
居住目的 土地・建物 自殺 建物(目的物件内) 約5ヶ月前 肯定 ・「老朽化等のため建物の隠れた瑕疵につき一切の担保責任を負わないものとする」という特約があった。
・売主は、交渉過程で自殺の事実を知っていたのに、隠していた。
東京地判
(H7.5.31)
居住目的 土地・建物 自殺未遂 附属建物(物置) 6年11ヶ月前 肯定 ・農薬を飲んで、自殺未遂。病院で死亡。
・山間農村地の一戸建て。
横浜地判
(H1.9.7)
居住目的 マンション 自殺 マンション(目的物件)のベランダ 6年前 肯定 ・絞首自殺。
・子供も含めた家族で永続的な居住の用に供する予定であった。
東京地裁
八王子支判
(H12.8.31)
居住目的 土地 殺人 土地(目的物件)上にかつて存在した建物内 約50年前 肯定 ・猟奇性を帯びた殺人
・事故発生場所が農村地帯
→地元住民の記憶に深く残されていた。
東京地判
(H22.3.8)
建物を建築して、分譲する目的 土地 火災事故(死者が出た) 土地(目的物件)上にかつて存在した建物内 約4年前 肯定 ・大火災事故ゆえ、近隣住民の記憶にも残っていた。
・買主が分譲した建物は、買主が予定していた価格よりも大幅に減額しないと売却できず、また、未成約状態の住戸もある。
大阪高判
(S37.6.21)
営業目的 土地・建物 自殺 土地(目的物件)上にかつて存在した蔵 7年前 否定 ・自殺のあった蔵は、約1年前に取壊されていた。
・縊死。
・自殺の事実を知っていた近隣者中にも数名の買受希望者がいた。
・売買金額は、適正価格。
東京地判
(H19.7.5)
建物を建築して、分譲する目的 土地 焼身自殺 土地(目的物件)上にかつて存在した建物内 8年前 否定 ・土地上にかつて存在した4世帯の共同住宅の一室で事故が発生。その半年後に共同住宅は解体され、以後、駐車場として使用されてきた。
・買主が分譲した土地・建物は完売できている。
・焼身自殺が発生してから8年以上が経過している。
大阪地判
(H11.2.18)
建物を取壊して、新築した建物を第三者に売却する目的 土地・建物 自殺 土地(目的物件)上にかつて存在した建物内 2年前 否定 ・既存建物を取壊して、新たな建物を建築している。
・首吊り自殺。

 上の表は、土地建物の取引において自殺や殺人事件があったことが「瑕疵」に該当するか争いとなった裁判例を整理したものですが、これらの裁判例を概観しますと、①自殺や殺人事件が発生してから取引がされるまでの経過年数、②事故後の利用状況、③建物の所在する地域(都市部、郊外、山村など)、④周辺環境、⑤建物の種類・利用形態、⑥近隣住民の関心の度合、⑦取引の経緯、⑧契約の目的等を総合的に考慮して「瑕疵」に該当するかを判断しています。これらの要素が「瑕疵」該当性判断において与える影響は、おおむね以下のように分類できるかと思われます。

瑕疵該当性判断において影響を与える要素

設例の結論

 設例では、①発生した事故は自殺であること、②自殺事故があった建物が取り壊されて存在しないこと、③自殺事故が発生してから9年も経過していることから、「嫌悪すべき心理的欠陥の対象は具体的な建物の中の一部の空間という特定を離れて、もはや特定できない一空間内におけるものに変容している。土地にまつわる歴史的背景に原因する心理的な欠陥は、少ないと想定される」(大阪地裁平成11年2月18日判決・判タ1003号218頁参照)などとして、「瑕疵」の存在が否定される可能性が高いといえます。

 もっとも、たとえば、買主が、売買契約を締結するに際して、特別に本件の土地上での自殺事故の存否について気にしていた事情があり、売主や媒介業者がこのことを知っていた場合には、従前の建物内での自殺事故は、買主の契約の判断にあたって重要な影響を与える事情になり、「瑕疵」に該当し説明義務違反が認定される可能性が十分にあります。
  

契約上の留意点

 上記のとおり、自殺や殺人事件が隠れた瑕疵に該当するか、また、説明義務を尽くす必要があるのかは、諸要素を総合的に考慮する必要があり、判断が困難になることも予想されますから、たとえば、売買する建物において自殺事故があった場合には、重要事項説明書や売買契約書へ、以下の記載・説明をすることが考えられます。

 本件の建物内において、●年前(平成●年●月)に自殺事故がありましたが、事故後(平成●年●月)、本件建物についてリフォーム工事を実施しております。

 このように記載しておけば、自殺や殺人事件の存在が「瑕疵」に該当すると判断されても、「隠れた」瑕疵にはならず、売主は瑕疵担保責任や説明義務違反を問われることはなくなります。

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