「賃金」の支払いに関する基本的な留意点

人事労務
大澤 武史弁護士 弁護士法人中央総合法律事務所

 当社では、労働者が任意で組織している従業員互助会があります。従業員互助会の代表者から、「社員旅行や慶弔見舞金の支払いなどのために会員から毎月1,000円の積立金を集めているが、低額であり事務が繁雑なので、今後は会社が会員の給与から差し引いたうえで、互助会に支払って欲しい。」と依頼されました。
 翌月から、会社として会員となっている労働者の給与から当該金銭を差し引いて支給しても問題ないのでしょうか。

 労働基準法上、賃金の支払方法に関しては、いくつかの原則が規定されており、「賃金」は原則として全額を労働者に支給しなければなりません。質問のような金員を賃金から控除して支払うためには、労使協定を締結した上で、就業規則または労働協約に控除の根拠規定を設けるか、個別に対象労働者の同意を得る必要があります。

解説

目次

  1. はじめに
  2. 「賃金」の定義
  3. 賃金支払方法についての原則
    1. 通貨払の原則
    2. 直接払の原則
    3. 全額払の原則
    4. 毎月払の原則・一定期日払の原則
  4. おわりに

はじめに

 会社において、労働者の給与から所得税の源泉徴収や社会保険料を控除することは法律によって許容されています。それ以外にも、財形貯蓄預入金や社宅費の本人負担分、購買代金など様々な控除がなされていることがありますが、このような控除は当然には行えないこととなっています(全額払いの原則、詳細は3-3を参照ください)。
 このほかにも、賃金の支払方法については、労働基準法が特別の定めを規定していますので、思わぬ落とし穴に落ちないように、基本的な留意点をご説明します。

「賃金」の定義

 まず、そもそも、「賃金」とは、労働基準法上、『賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの』(労働基準法11条)とされています。「使用者が労働者に対して支払うもの」ですので、海外ではよく見られるホテルや飲食店で客が労働者に手渡すチップは「賃金」ではないことになります。
 また、例えば結婚祝金や出産祝金といったものは通常、「労働の対償」とは切り離された任意的恩恵的給付として整理され、住宅貸与など労働者の福利厚生のために支給される利益も「労働の対償」とはされず、これらは「賃金」には当たらないことになります。ただし、賃金規程などの就業規則や労働協約において、これらの支給条件が明確にされ、制度化されているような場合には「賃金」に該当することとなります。

賃金支払方法についての原則

労働基準法
(賃金の支払)
第24条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第89条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。

 賃金の支払方法について、労働の対価が完全かつ確実に労働者本人の手に渡るようにとの配慮から、労働基準法24条は次の5つの原則を定めています。

通貨払の原則

  「賃金」は通貨による支払いを要するとする原則です。現物給与は原則として禁止され、労働者に不利益になるおそれが少ない場合として、退職手当について銀行振出小切手等の交付によることのほかは、現在は労働協約で定めのある場合に限って許容されています。
 また、通貨は、日本国において強制通用力を有する貨幣を意味するため、外国通貨は許容されていないこととなります。

 なお、大多数の会社が採用している銀行口座への振込みの方法による支払いは、労働者の同意を得て、労働者が指定する銀行その他金融機関の本人名義の預貯金口座に振り込む場合に可能とされていますが(労働基準法施行規則7条の2第2項)、なお、ここでの振込みは、所定の賃金支払日に賃金全額が払い出しうるように行われることを要するので留意が必要です(昭和63年1月1日基発第1号)。

直接払の原則

  「賃金」は、直接労働者に支払わなければならず、労働者本人以外のものに賃金を支払うことを禁止する原則です。中間搾取などの弊害を除去するため、労働者本人に支払うことを要し、親権者その他の法定代理人に対しても、また、委任を受けた任意代理人に対しても、支払うことは禁じられています。労働者自身が賃金債権を他人に譲渡した場合の他人に支払うことも認められません(最高裁昭和43年5月28日判決・判時519号89頁)。
 ただし、民事執行法または国税徴収法に基づく差押えがなされた場合に、差押債権者に給与の一部を支払うことは法律に従った適法な処理となりますので、当該一部について労働者に対して支払わなくても本原則に違反しないことになります。

 なお、労働者が病気欠勤中に配偶者が賃金の受領を求めるようなケースにおいては、労働者本人の「使者」として取り扱い、これに対して支払うことは本原則に違反しないと解されています(昭和63年3月14日基発150号)。

全額払の原則

  「賃金」は、その全額を労働者に対して支払わなければなりません。賃金の一部を控除して支払うことを禁止するという原則です。
 同原則の趣旨から、仮に、労働者に対する債権(不法行為債権も含みます)を有していたとしても会社の側から一方的に相殺することはできないとされていますので、企業不祥事を起こした労働者に対する債権を有していたとしても、当該労働者の完全な自由意思に基づく合意なくして、当然には賃金から控除ないし相殺することはできません(最高裁昭和36年5月31日判決・民集15巻5号1482号最高裁昭和48年1月19日判決・民集27巻1号27頁等)。

 ただし、例えば所得税の源泉徴収や社会保険料の控除などは、公益上の必要性から法令によって認められた一部控除として適法に控除することが可能です。さらに、財形貯蓄預入金や購買代金、あるいは労働組合費等についてのような事理明白なものについては、例外を認めることが手続の簡素化に資し、実情にも沿うので、例外的に労使協定がある場合に一部控除が認められています。
 会社によっては、就業規則等に定めがあることのみをもって控除している例も散見されますが、あくまで例外的なものに位置づけられるため、必ず労使協定を締結する必要があることには注意しなければならず、さらに、対象労働者と会社との間に個別の根拠規定がなければ、実際に控除することはできないことには留意する必要があります。

毎月払の原則・一定期日払の原則

  「賃金」は、毎月1日から月末までの間に少なくとも1回、周期的に到来する一定の期日を定めて支払わなければならないという原則です。年俸制を採用している会社であっても同様です。
 支払期の間隔が開きすぎることおよび支払日が不定であることによる労働者の計画的生活の困難を防止して、労働者の定期収入の確保を図ることによって労働者の生活上の不安を除くことを目的としています。

 ただし、賞与や退職金など、臨時的・突発的事由に基づいて支払われる臨時の賃金等に対しては本原則の適用はなく、毎月払いでなくとも原則として違反となりません。また、結婚祝金や出産祝金といった任意的恩恵的給付が就業規則などの定めによって支給条件が明確にされ、制度化されることで、「賃金」として取り扱われる場合であっても同様です(労働基準法施行規則9条参照)。

おわりに

 以上のとおり、賃金の支払方法については、賃金が確実に、また、労働者の生活を保障する程度に、労働者の手中に支払われることを確保するために、労働基準法が特別の定めを規定しています。これらに違反すると、30万円以下の罰金に処せられることが規定されていますので(労働基準法120条1号)、賃金の支払方法について安易に考えることは避け、例外的な取扱いをする際には労使協定の有無等、慎重に法適合性を確認して進めることが肝要です。

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