緊急措置的に導入したテレワークを恒常施策とする際の留意点 – テレワークの実施範囲・ICT環境の精査方法
IT・情報セキュリティ 公開 更新当社では、コロナ禍を契機として緊急措置的にテレワークを導入しましたが、昨今のテレワーク定着の流れを踏まえ、今後、テレワークを恒常施策として整備したいと考えています。恒常施策としてテレワークを整備する場合の具体的なプロセスや留意点等について教えてください。
恒常施策としてテレワークを整備するにあたっては、ルールの制定、ICT環境の整備、セキュリティ対策といった本来のテレワーク導入プロセスを踏まえることが検討できます。また、各プロセスにおけるポイントを踏まえ、自社の状況に合わせて整備することが重要となります。本稿では、特にテレワークを恒常的に導入する際の対象者・対象業務の範囲やシステムの精査方法等について、次稿ではセキュリティ対策や教育・研修等について解説します。
解説
目次
テレワークの導入プロセス
別稿 1 では、コロナ禍を機に緊急措置として導入したテレワークの運用見直しや恒常施策への切り替えに際する準備作業として検討すべき調査項目について、主にセキュリティ対策の面から解説しました。
もっとも、本来、テレワークの導入に際しては、情報漏えい等のリスクに対処するためのセキュリティ対策だけでなく、職務遂行の効率化や合理化の観点から、必要なルールを策定し、ICT環境を整備するなどの準備検討を行うのが適切です。この点、テレワーク導入プロセスの一例として、厚生労働省作成のガイドブックには、下図のような導入プロセスが紹介されています。
これからのWithコロナ、Afterコロナ時代における新しい働き方にも対応しながら安定した業務運営により事業を継続していくために、上記例などを参考に、緊急措置としてではなく、本来の導入プロセスを前提としたテレワークの導入を目指すことが検討できます。本稿では、上記の厚生労働省によるガイドブックの内容も念頭に、テレワークを恒常的に導入するうえでの検討事項について解説します。
テレワーク実施範囲の検討
テレワーク導入に際してまず行うべきこととの1つに、テレワークに関するルールの策定があげられます。このルールにおいては、主にテレワーク対象者やテレワーク対象業務を定めることになります。
テレワーク対象者の選定
テレワーク対象者について、コロナ禍に対応するうえでは、通勤による移動や職場の密を避けることなどを目的として一定数の対象者にテレワークの利用を認める必要がある反面、職務遂行の効率化および合理化の観点も加味して選定する必要もあります。また、導入を円滑に進めるには従業員の理解も必要になるため、各従業員の意向やニーズを確認することも有益と考えられます。
具体的には、テレワーク対象者の選定にあたり、各従業員のテレワークの希望の有無とその理由、テレワークを希望する場合の頻度、などの調査を行うことが検討できます。
テレワーク対象業務の選定
コロナ禍対策として緊急措置的に導入したテレワークでは、対象業務をできる限り広範に設定した企業が大半であったと考えますが、改めて業務の洗い出しを行うことにより、テレワークで実施しやすい業務と実施しにくい業務を整理することができます。また、テレワークの実施可能な業務と実施困難な業務とをわけて特定することは、会社において将来的にテレワークを普及拡大させる際に課題となる点を把握することにもつながり有益です。
(1)業務洗い出しのチェックポイント
対象業務の洗い出しにおけるチェックポイントとして、たとえば以下のような事項が検討できます。
- 業務に要する時間
- 使用する書類
業務で使用する書類の有無、紙媒体であるか電子データであるか、など - 使用するシステム・ツール
テレワークでも業務が実施可能なシステムやツールが用意されているか、など - セキュリティリスク
業務上取り扱う個人情報等があるか、など - コミュニケーションの内容・頻度
業務を行う際の人数、関係者間のやり取りの内容・頻度
(2)テレワークに適した業務特性
一般的にテレワークに適する業務の性質として、たとえば以下1から7などが考えられ、業務洗い出しの際の視点の1つとして有用と考えます。
- 業務の計画性
計画的に実施できる業務が適する - 物理的作業の必要性
物の移動を伴わない業務、顧客等と非対面で実施できる業務が適する - 情報共有の範囲
共有範囲が広い業務が適する - コミュニケーションの頻度と質
簡単なやり取りを高い頻度で行う業務であればテレワークによる対応が可能。他方、複雑な交渉や相談ごと等はテレワークに適さない場合あり - 集中度
高い集中度が要求される作業が適する - 業務成果の客観的評価
テレワーク下でも現実的に成果の評価が可能な方法がある業務が適する - 業務内容の創造性・専門性
創造性の高い業務、専門性の高い業務が適する
ICT環境の整備
使用端末
テレワークで使用する端末については、会社から端末を支給するか、各従業員の私物端末などの支給外端末を使用させるかの検討が必要となります。この点、別稿 2 で解説したとおり、支給外端末の利用を認める場合には、セキュリティリスク等に関して企業による調査が困難となる場面が想定されます。
また、モバイル端末の紛失時のセキュリティ対策の1つとして、使用端末にモバイルデバイス管理(MDM:Mobile Device Management)のシステムを導入し、企業側でモバイル端末の遠隔操作・制御や利用情報の収集等を行うことが考えられますが、このような対策を行うにあたっては企業が支給する端末の方が適していると考えます。
そのため、テレワークによる労務提供に必要な環境や端末については、基本的には企業側において整備するのが望ましいと考えます。
テレワーク環境におけるシステム方式 − メリット・デメリットを踏まえた選択
テレワークの作業環境を構築する主なシステム方式としては、以下の4つの方式があります。
テレワーク環境における主なシステム方式 3
(1)リモートデスクトップ方式
(2)仮想デスクトップ方式
(3)クラウド型アプリ方式
(4)会社端末の持ち帰り方式
上記(1)から(4)のシステム方式には、以下コメントするとおり、それぞれにメリットやデメリットがありますので、それら特性を踏まえて自社に適したシステム方式を採用することが重要です。
(1)リモートデスクトップ方式
オフィスに設置された端末のデスクトップ環境をオフィスの外で用いるパソコンやタブレット端末などで遠隔から閲覧および操作することができるシステムです。
- オフィスで実施していた作業を自然な形でテレワーク環境においても継続して行える。
- 手元の端末にデータが残らず、オフィスにある端末上にデータが保存されるため、(4)会社端末の持ち帰り方式と比べて、情報漏えいが発生しにくい。
- 新たなシステムの組み込みは不要であり、オフィスに設置された端末がインターネットにつながっていれば専用のアプリケーションや専用機器を介して利用可能。
- インターネット回線速度によっては動作が重くなる場合がある。
- 遠隔で見ているデスクトップの表示サイズに依存し、手元の端末から操作しづらくなる場合がある。
(2)仮想デスクトップ方式
オフィスに設置されているサーバから提供される仮想デスクトップに、手元にある端末から遠隔でログインして利用するシステムです。なお、(1)リモートデスクトップ方式ではオフィスの端末にアクセスするのに対して、(2)仮想デスクトップ方式ではVDI(仮想デスクトップ)サーバにアクセスして利用する点で異なっています。
- 手元の端末にデータが残らず、オフィスにある専用サーバにデータが保存されるため、(4)会社端末の持ち帰り方式と比べて、情報漏えいが発生しにくい。
- リモートデスクトップ方式と異なり、オフィスに端末を用意しておく必要がない。
- インターネット回線速度によっては動作が重くなる場合がある。
- オフィス内に仮想デスクトップを管理するサーバやVPN装置などを設置するため、初期コストがかかる。
- 専用サーバを複数人で共同利用するため、グラフィックを頻繁に用いるなどの高性能な端末が必要となる専門職(設計職、デザイン職など)の利用には不向きな場合が多い。
(3)クラウド型アプリ方式
インターネット上からクラウド型アプリケーションにアクセスして作業を行う方式です。
- オフィス内外や利用端末の場所を問わずどこからでも同じ環境で作業可能。
- アプリケーションに対しアクセス可能なライセンスや認証を取得するだけで利用可能となり、新たなシステムの組み込みが不要であるため、初期コストを抑えられる。
- クラウド上にデータを保存することにより、非常時や災害時にオフィス内の端末が使用できなくなった場合でも、他の端末からクラウドへのアクセスが可能。
- 回線速度による影響は、(1)・(2)の方式と比較すると限定的。
- データの保存先がクラウド上とローカル環境のいずれも選択可能であるため、テレワーク勤務者がテレワーク端末にデータを保存してしまう可能性がある。
(4)会社端末の持ち帰り方式
会社で使用している端末を社外に持ち出し、主にVPN装置等を経由して社内システムにアクセスし、業務を行う方式です。
- 端末自体に業務に使用するソフトがインストールされているなど社内システムへのアクセスが不要な場合には、インターネット回線速度が操作性に影響しないため、通信が安定しない環境でも作業することができる。
- オフィス内で使い慣れた端末で作業をすることができる。
- すでに使用しているオフィス内の端末をオフィス外で利用するため、導入コストの負担が軽くなる。
- 端末に業務データが格納された状態で社外へ持ち出すことにより、端末の盗難や紛失による情報漏えいが発生する可能性がある。
- (1)から(3)の各方式に比べて端末に対してより強度なセキュリティ対策を講じる必要があり、そのためのコスト負担がかかる。
コミュニケーションツール
テレワークを利用する従業員とオフィスで働く従業員、あるいはテレワークを利用する従業員同士をつなぐコミュニケーションツール 4 は、上長が労務管理を行ったり、従業員間の業務連携を図り円滑に業務を進めたりするために重要です。
(1)会議システムツール
従来から利用されてきた電話会議システムに加え、TV会議システム、特に近時は「Zoom」や「Teams」などのWeb会議システムが普及してきました。TV会議システムやWeb会議システムは、会話の相手や商品の実物等を確認しながら進める打ち合わせなどに有効です。
また、対面でのリアルタイムな会話が可能となることから、常時接続された状態とすることによってテレワーク中の従業員の業務遂行状況の確認にも用いることができます。ただしこの場合、運用ルールは業務上の必要性も加味して慎重に検討する必要があります。
(2)Eメール、チャット
Eメールは従来から利用されていましたが、複数人との間で簡単な声掛けや単文的な会話などの迅速なやり取りを行うという観点からは、「LINE WORKS」や「Slack」などのチャットツールを用いるのが効果的であり、積極的に取り入れている企業も見受けられます。
(3)情報共有ツール
情報共有ツールを用いることにより、従業員間の業務に関する情報のやり取りを、場所にとらわれず行うことができます。具体的には、資料の電子データなどを従業員間で共有するために用いる「データ共有ツール」や、資料の共有だけでなくEメールやスケジュール、ワークフロー管理など組織内の情報共有のために必要な機能が統合された「グループウェア」といったツールの利用が考えられます。これら情報共有ツールの利用によって、Eメール等では送付が困難な大容量の資料データ等も共有することができるなど、テレワークを行う場合であっても効率的な情報共有や業務進捗の把握などの実現が可能となります。
まとめ
今後のWithコロナ、Afterコロナの時代においても、テレワークは新しい働き方として定着していくことが見込まれています。本稿では、そのような動きを踏まえ、テレワークを恒常施策として整備するにあたり参考とすべきテレワークの導入プロセスの前半部分である「テレワークの実施範囲の検討」と「ICT環境の整備」について解説しました。次稿では、導入プロセスの後半部分として「セキュリティ対策」や「教育・研修」などについて解説します。
2021年4月9日:次稿の公開にあわせ、表題を更新しました。
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BUSINESS LAWYERS「緊急措置的に導入したテレワークの運用を見直す際のセキュリティに関する調査事項」(2020年9月8日)
BUSINESS LAWYERS「緊急措置として利用を許可した支給外(私物)端末利用(BYOD)の利用実態の調査方法とアンケート書式例」(2020年11月18日) ↩︎ -
BUSINESS LAWYERS「緊急措置として利用を許可した支給外(私物)端末利用(BYOD)の利用実態の調査方法とアンケート書式例」(2020年11月18日) ↩︎
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各システム方式のさらに詳しい内容については、総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第4版)」9頁以降において詳しく解説されています。 ↩︎
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一般社団法人日本テレワーク協会が公開している「テレワーク関連ツール一覧(第5.0版)」では、前提となるICT環境や各テレワークツールの特徴比較についてまとめられているほか、具体的な製品情報まで網羅されており、コミュニケーションツールの導入を検討する際の参考となります。 ↩︎

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