データ利活用の契約時にデータの返還・削除条項はどのように定めればよいか

IT・情報セキュリティ

 当社では、自社事業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるべく、データの利活用を検討しています。データの利活用に関する契約では、データの返還や削除に関する条項を作成する際に、特に注意するべき点はあるでしょうか。

 契約終了時など、一定の条件が生じた場合におけるデータの削除などの取扱いは、一般的に、廃棄・削除条項で規律されます。データの利活用に関する契約交渉では、その利用目的と廃棄・削除条項の定めが必ずしも整合しない場合があるため留意が必要です。

 また、データの記録媒体の取扱いと、データそのものの取扱いを混同している事例も少なくありませんので、意識的なドラフティングが望ましいといえます。特に、データには「返還」は観念できないため、削除義務や再開示義務等の明示が重要です。

解説

目次

  1. 廃棄・削除条項
  2. データの利用制限条件
  3. データの「返還」
    1. 有体物と無体物の取扱いの違い
    2. データの「返還」に関する裁判例
  4. 条項例
  5. おわりに

廃棄・削除条項

 契約に基づき提供されたデータについて、契約上、その使用または利用(以下「利用」といいます。)を、開示者の都度の指示、契約の終了を含む期間の満了あるいは目的の達成などの事由の発生により制限している場合、これらの事由が発生した際のデータの取扱いは、データの廃棄・削除条項で定めることが一般的です。

 実務上は、いわゆる秘密保持契約書をベースとした次のような条項に接することは珍しくありません。

【修正前】
第●条
受領者は、本契約終了後または開示者より書面による要請があった場合、遅滞なく開示者より開示された本データおよびその複製物を開示者の選択により返還または廃棄する。

 もっとも、センシングデータや学習用データセットなどを取り扱う際には、以下説明する各点について、留意することが望ましいでしょう。

データの利用制限条件

 一般的に、秘密保持契約などで、秘密情報を取り扱う場合、その情報の取扱いについて、たとえば、関連契約の終了時または開示者による要請を、データの削除などの条件とすることが少なくありません。

 もっとも、たとえば、学習済みモデルの生成のために調整された学習用データセットなどは、その後の保守や、他の事例への転用が予定されている場合には、関連契約の終了をデータの利用制限条件とすると、支障が生じる可能性があります。特に、実務上は、利用目的の範囲は意識的に議論が行われるものの、データの削除などの取扱いに関する議論が看過されている場合も少なくありませんので注意が必要です。

 また、契約期間中の継続利用が想定される場合には、開示者の指示に基づく削除が不適切なケースもあるため、必要に応じて削除をするなどの調整が必要になります。

データの「返還」

有体物と無体物の取扱いの違い

 冒頭の条項例では、「本データおよびその複製物を開示者の選択により返還するかまたは廃棄する」としています。もっとも、無体物であるデータと、有体物であるその記録媒体の取扱いが混在しており、改善の余地があると思われます

 まず、有体物である記録媒体については、所有権または契約終了などの原因に基づく「返還」請求が観念可能です。もっとも、記録媒体そのものの返還を受けることが、開示者にとって煩雑な場合であって、かつ、その媒体の「廃棄」をさせることで、そこに記録された情報(データ)の利用可能性を狭めることが、情報管理の観点からも十分な場合には、「廃棄」を求めることもあるでしょう。

 他方、無体物である情報(データ)には「返還」を観念できません。仮に有体物の「返還」と同様に、開示者のみが情報(データ)を、利用可能な状態を実現するとなれば、受領者から開示者への情報(データ)の再開示と、受領者の管理下にあるデータへのアクセス制限、より具体的には削除の2つの行為が必要になります。もっとも、たとえば、開示者が、開示後、その対象となる情報(データ)を保持しなくなった例外的な場合を除けば、開示者が、開示対象の情報(データ)の開示を受ける必要はありません。そのため、受領者の管理下にある情報(データ)の削除を求めることが基本的かつ重要な対応です。

データの「返還」に関する裁判例

 それでは、データについて「返還」を定めた契約条項は、仮に争いになった場合、どのように解釈されるのでしょうか。この点に関する近時の裁判例として、大阪地裁平成29年10月19日判決(裁判所ウェブサイト)があります。
 この事案では、株式会社である原告の従業員である被告が、その在職中に、営業秘密に該当するデータを無断で持ち出したことから、原告が、被告に対して、主位的に秘密保持義務違反に基づき、そのデータの返還を、予備的に不正競争防止法に基づき、データの削除を求めました(その他にも、そのデータの使用・開示の停止なども請求されていますが、本稿では割愛します)。被告が署名していた誓約書に基づいて、被告は、次の各義務を負っていました。

  • 「1. 秘密情報の保持 貴社の秘密情報管理規定に記載されている秘密情報については,在職中はもとより退職後も貴社の書面による許可なくして自ら使用し,あるいは第三者に開示するなど一切漏洩しないこと。」

  • 「2. 機密資料の保管・返還 貴社在職中は,私が保管を命ぜられた貴社の営業秘密情報及び個人秘密情報に関する資料類(製品,試作品,文書,データ,図面,電子媒体等一切)を責任を持って保管し,第三者に漏えいせず,また,貴社退職時にはこれら全ての資料を貴社に返還すること。」

 裁判所は、結論としては、「原告が主張の根拠とする本件誓約書2項の規定に基づき、原告が主張するような本件電子データという無形物そのものを、同規定にいう保管を命ぜられ、その返還義務を負う対象と解することはできないから、その返還請求には理由がないというべきである」と述べ、契約違反に基づく主位的な返還請求は退けましたが、不競法違反に基づく予備的な請求である本件電子データの廃棄を認めました。
 このうち、契約違反を退けた理由として、判決は、概略、次の3点をあげています。

  1. 誓約書2項の「返還」の対象は、「資料等」という用語からして、「無形物である情報そのものではなく情報が記録されたところの有形の媒体を指すものと解するのが自然である」こと(なお、2項は「データ」を含んでいますが、1項と2項やその他の規定との整合性から、「無形物としての情報ではなく、その情報が記録された媒体一般」を指すものと解釈されています。)

  2. 誓約書1項と2項は、「情報」と「資料」を使い分けており、「情報」は保持され、また、漏洩を禁止する対象であるのに対して、「資料」は、保管、返還の対象とされていることから、「有形物を前提としていると解するのが自然」であること

  3. 原告の秘密情報管理規定やその別紙、さらに関連する電子管理規定では、「書面による営業秘密情報」については、「開示された者が責任を持って保護,保管,廃棄の管理をする。廃棄する場合は,シュレッダー等で裁断または焼却して,社外へのデータ流出を防止する」とされているのに対して、「電算機内の営業秘密情報」については、「データをコピーし、」あるいは「データをプリントアウトし、意図しない目的で」社外へ持ち出すことがそれぞれ禁止されており開示を受けた者が「返還」を前提に「責任をもって保管」する事態が想定されていないこと

 この裁判所の判断は、あくまでも、問題になった誓約書の具体的な文言を前提とするものではありますが、一般的なリスクとしては、データに関する「返還」条項は、無体物に関する契約条件としては、無意味なものとして解釈される可能性があるといえます

 また、同事案では、対象となるデータの営業秘密該当性が認められたことから、結論としては、不正競争防止法に基づく廃棄(削除)請求が認容されています。もっとも、営業秘密性に該当しないデータについては、契約による定めがない場合に、廃棄(削除)義務が認められるとは限りません。そうすると、契約終了時などのデータの取扱いを定める際には、有体物たる記録媒体と、無体物であるデータのそれぞれについて、その法的な性質に応じて、意識的に、その取扱いを定めるとともに、データについてはその削除義務(必要に応じて再開示義務)を定めることが重要といえます

条項例

 以上の各留意点を踏まえると、冒頭の条項例を、次のとおり修正することが考えられます。

【修正後】
●●の場合、受領者は、関連法令に反しない限り、次の各号の対応をとる。この場合、受領者は、開示者が求めるときは、開示者に対し、各号の履践を証明する文書を提出する。
  1. 開示者の指定に従い、開示者から提供を受けた本データが記録された媒体(複製物を含む。)の返還又は破棄
  2. 自らの管理下にある本データの削除

おわりに

 以上を踏まえると、次のとおりです。

  • 契約終了時など、一定の条件が生じた場合におけるデータの削除などの取扱いは、一般的に、廃棄・削除条項で規律される。

  • データの利活用に関する契約交渉では、その利用目的と廃棄・削除条項の定めが必ずしも整合しない場合があるため留意が必要である。

  • データの記録媒体の取扱いと、データそのものの取扱いを混同している事例も少なくない。特に、データには「返還」は観念できず、むしろ削除義務(必要に応じて再開示義務)などを明示することが重要である。

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