DXの推進時にデータの利用条件を契約でどのように定めるべきか
IT・情報セキュリティ当社では、自社事業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるべく、データの利活用を検討しています。データの利活用に関する契約では、データの利用条件として、何をどのように書けばよいのでしょうか。
データの利用条件を契約で定める場合、その対象としては、データの「利用」および「開示」が考えられます。
「利用」については、知的財産権による保護を受けるデータは自由に利用可能な範囲を、知的財産権による保護を受けないデータは自由な利用が禁止される範囲を、それぞれ定めることが基本的な対応です。より具体的には、①利用者、②利用目的、③利用可能期間、④利用可能地域、⑤利用態様などを検討の対象にすることが考えられます。
「開示」については、①開示可能者、②開示目的、③開示先、④開示可能期間、⑤開示可能範囲、⑥開示態様などが基本的な事項として考えられます。
解説
目次
何をデータの利用条件の検討対象にするか
データを利活用する場合、これを「取得」(自ら創出するか、あるいは、契約の相手方または第三者から取得する)し、現実に使用または利用(以下「利用」といいます)するとの過程を踏むことが想定されます。また、このようなデータを第三者に対して「開示」する場合もあるでしょう。
そのため、実務上は、契約の対象データの具体的な利用範囲(以下「利用条件」といいます)を検討する際には、「取得」、「利用」、そして、「開示」を考えれば、事足りると思われます。現に、不正競争防止法でも、営業秘密や限定提供データについては、これら3つが不正競争行為による規制の対象とされています(不正競争防止法2条1項4号から16号など)。
もっとも、このうち、「取得」は、契約の対象データの利用条件との関係では、正当な権限を伴う取得の目処が立たなければ、そもそも契約を締結する意味がないため、すでに検討済みの問題として整理すれば足りると思われます(ただし、当事者間におけるデータの提供条項や保証条項など他の条項における調整が必要になる場合はあります)。そうすると、「利用」および「開示」が、利用条件の具体的な検討対象になるでしょう。
データの「利用」に関する事項
データの利用条件と知的財産権による保護との関係
データの中には、①知的財産権による保護を受けるものと、②受けないものがありますが 1、実務では、②のデータを契約上、どのように適切に取り扱うかについて、頭を悩ませることが少なくありません。
①のデータはライセンス契約で取り扱われることが多いものの、②知的財産権による保護を受けないデータは、①のデータと比較すると、取扱いの原則と例外が逆転しているためライセンス契約を出発点とする際は、注意が必要です。
より具体的には、①知的財産権による保護を受けるデータは、その権利者が法定の範囲でデータを独占排他的に利用でき、他者は、原則として、約定または法定の許諾(ライセンス)を得なければ当該データを利用できません。したがって、契約上の利用条件の設定は、このような一般的禁止の解除の範囲、すなわち、「データをどの範囲で利用できるか」の確定にその本質があります。その具体的な利用態様は法定されており、たとえば、特許法であれば、「実施」(特許法2条3項)が、著作権であれば、「複製」(著作権法21条)や「公衆送信」(著作権法23条)などが利用条件の対象になるでしょう。
他方、②知的財産権による保護を受けないデータは、たとえば、不正競争防止法の営業秘密や限定提供データなどの行為規制、あるいは、独占禁止法、個人情報保護法などに反するなどの例外的な場合を除いて、これにアクセスできる者が自由に利用可能です。そのため、契約でデータの利用可能な範囲を定めても、いわば当然のことを注意喚起する意味しか持ちません。このようなデータについては、むしろ「データをどの範囲で利用できないか」の明示が重要です。その具体的な利用態様には、法律上、特にその範囲の限定がないため、検討の対象にあわせて、当事者が柔軟に設定することができます。
もっとも、実務上、あるデータが知的財産権による保護の対象になるか否かの判断が難しい場合、あるいは、その検討に時間を割くことが事業上の観点から必ずしも適切ではない場合があります。これらの場合には、対象データの法的性質の問題を棚上げしてしまい、各当事者について、対象データを利用できる範囲とできない範囲の両方を明示するとの対応も考えられるでしょう。
利用条件で定める基本的な事項
データの利用に関連する利用条件(一般的には、目的外使用の禁止として整理されます)で定める基本的な事項としては、①利用者、②利用目的、③利用可能期間、④利用可能地域、⑤利用態様などが考えられます。ただし、これらすべてを定める必要はなく、事案に応じて適切に規律をすれば足ります。
① 利用者 | いずれの当事者の利用を制限するか。たとえば、データの独占的な開示を求める場合には、開示者も制限対象になりうる。 |
② 利用目的 | データの利用を特定の目的に限定するか。 ※単に目的を定めるだけでは足りず、目的外利用の禁止を定めることで初めて意味を有することには注意。 |
③ 利用可能期間 | データを利用可能な期間に制限を設けるか否か。 |
④ 利用可能地域 | データを利用可能な地域に制限を設けるか否か。 |
⑤ 利用態様 | データの利用態様に制限を設けるか否か。 たとえば、データの加工態様について具体的な定義を設けることが考えられる。 |
なお、②利用目的および③利用可能期間との関連では、利用条件に関する条項のみならず、対象データの契約終了時の取扱いにも目を配る必要があります。
たとえば、ある研究開発のために開示を受けたデータを、その受領者が、開示者との間のデータの利活用の取組みの終了後にも、他の研究開発に用いることを想定して、利用条件で明示的な禁止の対象としていない事案があるとします。このとき、仮に、開示者の要請があった場合、または、契約終了時の削除義務が課せられているのであれば、その利用が制限され得るリスクがあります。そのため、このような事案では、削除義務を定める条項において、「ただし、利用目的の達成に必要な場合を除く」などと追記することも一案でしょう。
データの「帰属」
実務では、たとえば、データの利用条件に関する特段の記載がなく、代わりに、「本データに関する一切の権利は●●に帰属する」とのみ定めている条項に接することは少なくありません。もっとも、この条項は、①知的財産権による保護を受けるデータに関しては、その意図は明確である反面、②知的財産権による保護を受けないデータについては、「帰属」の対象である「権利」がそもそも観念できません。これが帰属する当事者については、少なくともその利用の制限がないであろうことは読み取れるものの、これが「帰属」しない当事者については、どのような利用が具体的に制限されているか不明確であり、後の争いの原因になりうると思われます。
現実にどのような解釈がなされるかは事案によりますが、たとえば、その趣旨が、一方の当事者にのみデータの利用を許すとの趣旨であれば、このような表現は避け、各当事者のデータの利用条件を明示することが望ましいでしょう。
データの「開示」に関する事項
データの開示に関する利用条件(一般的には、第三者開示の禁止や、秘密保持義務として整理されます)については、①開示可能者、②開示目的、③開示先、④開示可能期間、⑤開示可能範囲、⑥開示態様などが基本的な事項として想定されます。
① 開示可能者 | いずれの当事者が第三者に対してデータを開示可能か。 |
② 開示目的 | データの開示目的に制限を設けるか否か。 |
③ 開示先 | 自らの役員・従業員、出資者、業務委託先に限り開示を認めるなど。 |
④ 開示可能期間 | 当事者間の開示があってから一定期間が経過した場合に開示を認めるなど。 |
⑤ 開示可能範囲 | 開示目的に必要な範囲に限り開示を認めるなど。 |
⑥ 開示態様 | 当事者が合意した態様による加工を施した場合に限り開示を認めるなど。 |
なお、実務上、データの取扱いについて、特に個別の条項を設けることなく、秘密保持契約などで取り扱う場合に、公的機関の要請による開示が行われる情報を、秘密情報の定義から除外している契約に接することがあります。
- 本契約において、「秘密情報」とは、●●である情報とする。
- 前項の規定にかかわらず、次の各号のいずれかに該当する情報は、秘密情報に含まないものとする。
① 開示者から開示を受けた際に、既に公知であった情報
② …
⑤ …
⑥ 裁判所の命令または監督官公庁もしくはその他法令、規則の定めに従った要求に応じて開示した情報 - 受領者は、秘密情報を秘密として保持し、第三者に対して、開示または漏洩してはならない。
もっとも、このように定めてしまうと、文理上は、一度開示されたデータは、以後、他の場面でも自由に利用・開示できることになりますので、むしろ、次の条項例のように、秘密保持義務が適用除外される場面として整理することが望ましいでしょう。
- 本契約において、「秘密情報」とは、●●である情報とする。
- 前項の規定にかかわらず、次の各号のいずれかに該当する情報は、秘密情報に含まないものとする。
① 開示者から開示を受けた際に、既に公知であった情報
② …
⑤ … - 受領者は、秘密情報を秘密として保持し、第三者に対して、開示または漏洩してはならない。
- 前項の規定にかかわらず、受領者は、裁判所の命令または監督官公庁もしくはその他法令、規則の定めに従った要求があるとき、これら命令または要求に応じるために必要な機関に対して、必要限度において、秘密情報を開示できる。…
おわりに
以上を踏まえると、次のとおりです。
- データを利活用する場合、「取得」、「利用」、「開示」の過程が想定されるが、契約における利用条件では、「利用」と「開示」が具体的な検討対象になる。
- 「利用」に関しては、知的財産権による保護を受けるデータは、自由に利用可能な範囲を、知的財産権による保護を受けないデータは、自由な利用が禁止される範囲をそれぞれ定めることが基本的な対応である。具体的には、①利用者、②利用目的、③利用可能期間、④利用可能地域、⑤利用態様などが検討対象として考えられる。
- 「開示」に関しては、①開示可能者、②開示目的、③開示先、④開示可能期間、⑤開示可能範囲、⑥開示態様などが検討対象として考えられる。
-
知的財産権によるデータの保護については「DX推進時におけるデータの利活用と契約の枠組み検討のポイント」も参照。 ↩︎

西村あさひ法律事務所
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