ベトナムにおける知的財産権に関する法令の概要

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 ベトナムの知的財産法制度の概要について教えてください。

 ベトナムでの知的財産法は、ドイモイ政策実施後、WTO加盟などもあり整備が進んできています。

 法令面においては、知的財産法として工業所有権(発明、商標、工業意匠、回路配置利用権、実用新案、地理的表示、商号および営業秘密などが保護の対象とされています)、著作権、植物品種権の3分野が1つの法令に集約されています。

解説

目次

  1. ベトナム知的財産法制度について
  2. 工業所有権
    1. 特許
    2. 実用新案
    3. 工業意匠
    4. 回路配置
    5. 商標
    6. 商号
    7. 地理的表示
    8. 営業秘密
  3. 著作権および著作者隣接権
    1. 著作権
    2. 著作者隣接権
  4. 植物品種権
  5. 侵害対応
  6. 総括

ベトナム知的財産法制度について

 ベトナムでの知的財産法(以下、「法」といいます)は、ドイモイ政策実施後、WTO加盟などもあり整備が進んできています。このようなベトナム知的財産法整備の背景にある、ベトナムが加盟する主要な条約は、ベルヌ条約、パリ条約、TRIPS協定、マドリッド協定、特許協定条約、ハーグ協定などで、近時著作権に関して新たにWCTやWPPTに加盟することが見込まれています。

 法令面においては、知的財産法として工業所有権(発明、商標、工業意匠、回路配置利用権、実用新案、地理的表示、商号および営業秘密などが保護の対象とされています)、著作権、植物品種権の3分野が1つの法令に集約されており、細部を定める政令として工業所有権につき22/2018/NĐ-CPおよび政令99/2013/NĐ-CP、著作権関係については22/2018/NĐ-CPなどがあげられます。その他、通達として01/2007/TT-BKHCNが関連しています。

工業所有権

特許

 特許として保護される発明には、新規性、進歩性そして産業利用可能性が求められています(法58条1項)。保護期間の起算点は特許登録日であり、保護期間は出願日から20年です(法93条2項)。更新等を行うことはできません
 新規性については、特許出願前等に使用されたり、書面または口頭などの方法により公然開示がなされていないことが条件となっています(法60条1項)。新規性喪失の例外が2つあり、まず、秘密保持義務を伴う限定された範囲に知られている場合に新規性が保たれることが条文上明記されている点が特徴的です(同条2項)。また、公開時から6か月以内に出願することを条件に、博覧会や学術研究などの科学的な場を借りての開示、無権利者の無断開示の場合にもただちには新規性を失わないこととされています(同条3項)。
 進歩性については、特許出願前等に既に開示されている課題解決技術に照らし、出願者の当該技術が容易に想到できないことが条件となっています(法61条)。もう少し踏み込んだ進歩性についての判断は、科学技術省の通達(01/2007/TT-BKHCN第25.6の項目)などが参考となり、出願にあたっての開示技術の要件や容易想到性を判断するにあたり、当該技術分野に属する通常人を容易想到性の判断基準とすることなどが触れられています。
 登録手続は下図のとおりですが、特許および実用新案においては、特許等申請書に対する形式審査を経たのち、実体審査請求を行い特許等が付与される構造となっています。実体審査請求が必要な点が特許、実用新案以外の実態審査を伴う知的財産権と異なります。

実用新案

 実用新案として保護される発明には、特許と異なり進歩性が求められていません(法58条2項)。これは要件上の問題であり、進歩性がないため実用新案が選択されるものではなく、高い進歩性があっても各種手続やコストの関係で実用新案が選択される場合もあることに注意が必要です。実用新案における新規性や産業利用性については、特許と同様の考え方になります。
 実用新案における審査手続も特許と同様となっていますが、特許との違いは実体審査請求が可能な期間が36か月とやや短縮されている点です(法113条)。また、保護期間の起算点は実用新案登録日であり、実用新案出願時から10年となります(法93条3項)。

工業意匠

 工業意匠として保護される意匠には、新規性、非容易創作性そして産業利用性が求められています(法63条)。保護期間の起算点は登録日であり、登録出願時から5年とされています。更新は2度認められているため、最大で出願から15年の保護が及ぶことになります(法93条4項)。
 新規性については工業意匠出願前等にて、使用方法や書面による説明、その他が開示されている他の工業意匠と著しく異なるかどうかが判断基準とされています(法65条1項)。また、他の工業意匠との関係で差異部分が記憶に残りにくい特徴である場合や出願意匠自体が識別性に欠ける場合は登録ができない点にも注意が必要です(法65条2項)。そのほか、新規性喪失の例外等については特許と同様の定めが置かれています(法65条3項以下)。
 非容易創作性についても特許類似の容易想到性の判断基準が規定されていますが(法66条)、既知デザインの単なる組み合わせ、周知された自然形・幾何学図形形状、既知製品の形状の模倣、他の分野の工業意匠を模倣した工業意匠(自動車を模倣した玩具など)などは科学技術省の通達により意匠として認めない方針(01/2007/TT-BKHCN号第35.8)とされています。

回路配置

 これは、いわゆるICやチップなどと呼ばれる半導体集積回路の利用権を指し(法4条14項)、独創性と商業的新規性により保護されます(法68条)。保護期間の起算点は登録日であり、以下のうちもっとも短い期間となります(法93条5項)。

  1. 出願日から10年
  2. 当該回路を実施権者またはライセンシーが国内外のいずれかで使用した日から10年
  3. 当該回路創作の日から15年

 また手続にも特徴があり、形式審査において特に問題のない場合は他の特許や意匠などとの比較において実体審査を必要とせず(法114条2項)、回路利用権登録証明書が発行されます(法109条2項)。

商標

 商標として保護される標章は、立体図形またはその組合せを含む、1つまたは複数の色彩により表現された文字、語、絵柄、図形の形態により、可視性と識別可能性が求められています(法72条)。このため、前者の要件との関係で、動き商標や色彩のみからなる商標、音商標などは範囲に含まれない点に注意が必要です。保護期間の起算点は登録日であり、出願日から10年間の保護が及ぶことになり、更新は回数の制限がなく可能で、1度の更新ごとに10年の保護期間が与えられます(法93条6項)。
 識別性については科学技術省の通達(01/2007/TT-BKHCN号の第39.3)に定めがあり、簡単な図案や幾何学的図形、文字など、標識や符号などがある言語上における一般名称であって、広範かつ頻繁に使用され、一般的に知られているものをはじめとする諸ケースに該当する場合は認められないものとされています。
 商標審査においては出願から形式審査が行われ、その後2か月以内に出願公開がなされます(法110条3項)。実体審査は公開日から9か月以内になされ、商標登録証明書の発行となります。実務運用上では概ね1年半から2年弱の期間が必要となる点に注意が必要です。

商号

 商号は、企業法(68/2014/QH13)39条により既登録商号との重複または混同や国家機関等の組織の固有名称の全部または一部、歴史伝統、文化をはじめとする公序良俗に反する用語または記号の使用が禁じられていますが、翻って、既登録商号は重複または混同を生じさせる後続商号に対して保護を受けていることとなります。

地理的表示

 地理的表示は、地理的表示を有する商品が当該地理的表示に対応する原産性と地理的表示に対応する品質等を備えていることで保護が及びます。保護期間が登録日を起算として無期限である点が特徴的です(法93条7項)。登録手続の流れは商標と基本的に同様であるものの、実体審査が6か月である点に違いがあります(法119条2項(d))。

営業秘密

 営業秘密として保護される情報は、非公知性、有用性、秘密管理性を備えた情報とされています(法84条)。審査手続を要さず、これら要件を満たす限りにおいて保護が及ぶ点に特徴があります。

【工業所有権審査に関する一覧図】

対象 形式審査期間 実体審査請求の
要否
実体審査請求 実体審査期間(法119条2項) 公開(法110条)
①発明 特許 登録出願日から1か月以内に審査
(法119条1項)
必要 出願日等から42か月以内 法113条 公開前請求については公開日、公開後請求については請求日から
18か月以内
(a)
出願日等から19か月また請求後(1項)
実用新案 出願日等から36か月以内
②工業意匠 不要 公開日から
7か月以内
(c)
形式審査後
2か月以内
③回路配置 *実体審査なし(法114条2項) 原則2か月以内
④商標 不要 公開日から
9か月以内
(b)
形式審査後
2か月以内
⑤商号
⑥地理的表示 不要 公開日から
6か月以内
(d)
形式審査後
2か月以内
⑦営業秘密

著作権および著作者隣接権

著作権

 ベトナムにおける著作物は、内容、品質、形態、手法や言語を問わないものの、模写などではなく作成者により創作的に表現されたものを指し、無方式で発生する点に特徴があります(法6条1項、14条3項)。創作性を欠く場合としては、たとえば、工程、システム、操作法、定義、原理や統計などがあげられます(法15条3項)。ただし、科学的な研究の成果として操作法や定義を行った場合は著作物として保護が及ぶ余地があります。
 著作物該当性に関する具体的判断基準は明記されていませんが、講演やプレゼンテーション、音楽や建築、美術作品(応用美術含む)などは著作物の対象となり得ると考えられます。もっとも、著作権の任意による登録制度も用意されており(法49条1項および2項)、著作権証明書発行にあわせて、著作物性の判断結果を知る契機となる点に利便性があります。なお、2019年においては7,392件の証明書が発行されています。
 著作物の創作者たる著作権者には、著作権および著作者人格権が認められることとなります。
 著作権の内容は、二次的著作物の創作、公衆への実演、複製、著作物または複製物の頒布、有線または無線の方法による技術的手段を利用した公衆への伝達、映画の著作物またはコンピューター・プログラムの原本または複製物を貸与する権利(法20条)で構成されます。
 著作者人格権は、題号指定権、氏名表示権、公表権、同一性保持権(法19条)などが認められています公表権を除けば、これら著作者人格権は無期限に保護されます。公表権および著作権については原則として著作者の死後50年保護が及びます。保護期間の例外として、映画、写真、美術、匿名の著作物については公表から75年保護が及び匿名の著作物を除くその他著作物については25年以内の公表がない場合は固定から100年保護が及びます

著作者隣接権

 著作者隣接権は、実演、録音、録画、放送番号、暗号化された番組を送信する衛星信号に係る組織または個人の権利と定義され(法4条3項)、実演者の権利(法29条)、レコード制作者の権利(法30条)、放送組織の権利(法31条)が著作者隣接権の節に定められています。このような隣接権は、これら衛星信号が著作権を害することなく固定された時点で発生するとされています(法6条2項)。
 著作者隣接権の保護期間は50年間ですが、それぞれ起算点が異なっています実演家の場合は、実演固定時を起算点とし、レコード制作者の場合はレコード公表または公表されていない場合は固定時を起算点とし、放送組織の場合は放送後を起算点としています(法34条)。

植物品種権

 植物品種権として法的保護が及ぶのは、育成され、または発見および開発された品種かつ農業地方開発省が発行する保護対象種の一覧に属する品種であって、新規性、識別性、均一性、安定性および適正名称を有するものとされています(法158条)。
 このような品種のうち、樹木およびつる植物には25年間、その他の品種には20年間の保護が登録日を起算点として与えられますが、更新は認められていません(法169条2項)。

侵害対応

 侵害への対応については、行政対応と司法対応とに大きくわかれ、行政対応においては、税関を除けば、監査機関、警察庁、市場管理局や人民委員会がこれを管轄しています。これら機関は必要に応じて保全措置を講じ、行政罰などの行政処分を行うことになります。輸出入の場面においては税関がこれを管轄し、知的財産権国境管理措置が講じられます(法200条)。司法対応においては、民事上または刑事上の責任追及を行うこととなり、民事上においては賠償請求をはじめとして侵害物の廃棄など侵害停止措置(法202条)などの請求を求めることになります。もっとも民事司法上の対応については2006年から10年間で168件が受理されたにとどまり、活発な活用実態があるとは必ずしも言い切れない点が指摘されています。

総括

 ベトナムにおける知的財産権の取扱いにおいては、一見日本知的財産法と類似する部分も見受けられるため、安易に日本国内と同様の処理を試みがちです。しかし、日本企業の実務の観点からすると、侵害対応措置が大きく行政に依存せざるを得ない状況にあるように、実態の運用を踏まえた各取扱いをしなければ容易に予期しない事態に遭遇することとなる点に留意が必要です。有効な知的財産戦略を築くためには、法制度上の理解と現地での運用という両輪を駆使していく必要があると言えるでしょう。

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