秘密計算による「攻めのセキュリティ」で企業のDXをサポート EAGLYSが考える新しいデータ活用の在り方
IT・情報セキュリティ
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データの利活用と、セキュリティ・プライバシー侵害のリスクは、これまでトレードオフの関係にあったともいえます。こうした課題に対し、データを暗号化したまま復号することなくデータ処理が可能な「秘密計算」という技術を用いたソリューションを提供するのが、EAGLYS株式会社です。同社代表取締役社長 今林広樹氏は「データ活用の“潤滑油”としてのセキュリティ」という、セキュリティの新しい在り方を提唱します。
本稿では今林氏に、データ活用フェーズにおけるセキュリティ・プライバシー保護が重要となる理由や、DX時代にIT人材・法務機能に求められるあるべき姿について聞きました。
データ連携・活用の「潤滑油」としてのセキュリティ
コロナ禍を契機として各企業がDXに取り組む動きを見せています。昨年までの状況と比較して、企業におけるデータ活用の現状をどう見られていますか。
多くの企業は、クラウドへの移行やリモートワーク環境の構築など、データ活用のための整備がようやく進みはじめたところだと思います。一方で、もともと継続的にデータ活用に取り組んでいた企業は、より規模の大きなデータ活用に取り組もうとしています。なかでも鉄道・運輸業界をはじめ、コロナ禍により既存ビジネスに大きな影響があった業種・領域では、自社基盤のデータを使って積極的にDXを起こそうという動きを感じますね。
EAGLYSの事業とその特徴について教えてください。
当社では、秘密計算を中心としたセキュアコンピューティング技術とAIアルゴリズム設計・解析技術に関する研究開発から、システム・ソフトウェア開発・販売、コンサルティングまでを手掛けています。従来はデータを活用しようとした際に、データを守ってセキュリティを高めるか、守りを妥協してデータを活用するかといった、データ活用とセキュリティの間でのトレードオフのような考え方がありましたが、我々はデータ活用のための「潤滑油」としてセキュリティがあるという考えを持っています。
秘密計算は、データを活用しながらもセキュリティを担保するという「攻めのセキュリティ」を実現できる技術です。我々の特徴は、この秘密計算の技術をベースに、セキュリティとAIという2軸を統合し、企業のデータ連携・活用やAI解析に対する一貫したサポート体制を整えていることだと考えています。
データ活用フェーズのセキュリティに対するニーズの背景にはどのような課題があるのでしょうか。
データのライフサイクルは、大きく「通信」「保管」「活用」というフェーズに分けられます。かつてクラウドはデータの保管場所としての機能がメインであり、これまでは「通信」と「保管」のセキュリティを中心に考えていればよかったのですが、昨今、ビッグデータ解析やAIが普及してきているなかでは、データのライフサイクルにおける「活用」の比重が高まってきています。そのため、たとえば、データのライフサイクルのうち、「活用」が占める割合が80%だとすると、いかに「通信」「保管」のセキュリティを完璧にしたとしても20%しかカバーしたことになりません。残りの80%をどうカバーしていくかというところが課題になりますが、それを解決する技術が、まさに秘密計算というわけです。市場としてもいままさにニーズが生まれはじめてきているところですね。
今林さんはどのようなきっかけで、データ活用フェーズのセキュリティというテーマに着目されたのですか。
企業のデータサイエンティストとして勤務していた私自身の経験がもとになっています。企業でデータを活用しようとすると、上長やセキュリティ部門などの承認に時間が掛かってしまい、実際に分析に取り掛かれるのは3〜4か月後になってしまうケースもよく見られました。しかし現状のビジネス環境では、3〜4か月という時間は大きなロスになります。データ利用の承認に時間が掛かってしまうことは重大な課題でしたし、たとえばAI開発の受託企業といった社外にデータを渡しにくいといった課題もありました。そうした課題の解消に深く関わるのが、データ活用フェーズのセキュリティだったというわけです。
研究開発型スタートアップにおける法務機能の在り方
データ活用においては企業により状況や課題が異なるうえ、関わる法律も多種多様です。EAGLYSにおいて法務が果たすべき機能についてはどう捉えられていますか。
セキュリティやプライバシー保護に関する事業を行っていることからも、法的リスクの考え方はEAGLYSの事業すべての軸になると捉えており、法務の視点をシステムやビジネスに反映していく必要性を感じています。ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)認証を取得するなど社内のガバナンスも整えているところですが、将来的には、システムで自動化して、人に依存しない方法も考えていかなければならないでしょう。そういう意味では、法務は投資を継続していかなければならない領域だと考えています。
法務はストッパーの役割を果たすと言われることもありますが、研究開発型のスタートアップとして新しい領域でのビジネスに挑戦されているなかでは、法務にどのような役割を求められますか。
ビジネス側から見ると、普段のお客さまとのコミュニケーションや温度感を念頭に、法務の見解に対してもっと柔軟性を持たせられないかと考える場面もあります。ビジネス側の経験がありつつも法務に専門性を持つ人材の活用や、ビジネス的な視点を補える法務向けの研修の実施なども考えられますが、法務部門はリスクの洗い出しを担い、そのリスクを取るか取らないかはビジネス側が判断するという考え方もあり得ると思います。テクノロジーの活用により、契約リスクに関わる相手方の情報をクローリングして自動的に取得したり、契約書の条項を改訂したりするなど、法的リスクの洗い出しや対応ができれば、ビジネス側がより主体的に契約内容を検討することも可能になるのではないでしょうか。
出口を見据えてデータ活用をデザインできる人材の重要性
企業のデジタル推進が加速するなか、IT人材育成の必要性も叫ばれていますが、具体的にはどのような理念やスキルをもった人材が求められるとお考えですか。
データサイエンティストに関して言えば、データサイエンスに関するあらゆる知識を持つ百科事典のようなタイプの人材、もしくはビジネス側に寄り添いデータ活用のアイディアジェネレーションができる人材は、重宝されると思っています。特に後者のように出口を見据えた提案ができる人材がいなければ、データを使って施策を考えるうえで、データサイエンティストはただ負荷の大きい業務を処理しているだけ、という現象が起きてしまいます。
「何のために」データ分析をするのかという視点が必要ということですね。
はい。そういう意味では、自社にあるデータから、外部のデータを組み合わせることで得られる知見などを発想し、広い視点でアイディアを創出できる人や、それを実践するために事業開発部門へ働きかけるような動きができる人など、出口を見据えてデータ活用のデザインをしていける人材は今後非常に重要になってくると思います。
普段の業務のなかでそのようなスキルを得る秘訣はあるのでしょうか。
私自身は「研究マインド」を持つことを意識しています。専門性はもちろん重要ですが、そこに閉じこもっていては、現状以上の仕事をすることはできません。たとえば、ビジネス側の視点でお客さまとコミュニケーションができるようになるとか、データ活用のデザインまでできるようになるといったことでも良いですし、技術的な面でも、画像処理だけでなく自然言語処理のアルゴリズムまで理解したり、セキュリティの知識を勉強したりなど、専門性に加えて新しい価値を取り入れることで、自分が考えている以上に幅広いことができるようになります。こうした取り組みは、新しい物事への好奇心や探究心といった「研究マインド」がなければできないことだと思います。
経営者はデータ活用のビジョンを描けているか
今後、企業のAI活用やDXはどう進んでいくと考えますか。
セキュリティ・プライバシー保護の環境整備や、データ連携のためのAPI活用が進むことで、新たな市場が生まれると思います。特に、豊富なデータを持っている企業はデータの外販を考えるでしょうし、データを持っていない企業は他社との連携によりデータのリッチ化を目指すのではないでしょうか。従来の事業基盤にどう付加価値を与えていくかという視点でデータが活用されるようになっていくと考えています。
また、データもAIもオープンソース化され、シェアリングすることが当たり前になっていく時代がくるのではないでしょうか。そうすれば、一気にAIの開発・活用コストが下がっていくと思います。
そうした状況ではどのような企業が強くなっていくと思われますか。
ポイントとなるのは、データ活用のデザイン力があるかどうかだと思います。AIもデータもリソースと捉えると、ファイナンスと同様、調達できるものだといえます。自分たちが描く夢の実現のためには、お金が必要なのか、データが必要なのか、人材が必要なのか、といった発想でデータ活用や戦略の方向性をデザインできる企業が勝っていくのではないでしょうか。
デジタル化を推進するうえでは、経営トップがビジョンを指し示すことも重要だと思います。DXを進めるうえで経営者に求められる能力があれば教えてください。
大きなビジョンを具体的かつ鮮明に描けるかどうかに尽きると思います。DXの推進を宣言していても、具体的にどのようにビジネスを展開するのかがブラックボックスになっているケースは多いです。経営者だけでなく現場のデータサイエンティストも巻き込んで、データの活用方法や実現するビジネス像などを深く議論する必要があるでしょう。自社の存在意義を示しつつも、謙虚な姿勢で外部のデータを組み合わせてビジネスを構想できる力も重要です。
EAGLYSとしては今後どのように事業を展開されていきますか。
大企業同士のデータ連携のサポートや、リモートワーク環境でのクラウドアーキテクトなど、昨今の状況にフィットするようなソリューションを提供していきたいと思っています。競合同士で争うよりも、さまざまなステークホルダーを巻き込みながらオープン戦略で取り組めるような会社になっていきたいですね。
(文:周藤 瞳美、写真:弘田 充、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)