サイトブロッキングに関する議論の問題点はどこにあったのか 反対派の先頭に立った森亮二弁護士に聞く

IT・情報セキュリティ

目次

  1. ブロッキング法制化を目指す賛成派とブロッキング以外の対策を考える反対派の間ですれ違う議論
  2. ブロッキングが導入されていない国の理由も明らかにするべきだった
  3. 今後の議論はどう進められていくべきか

2018年6月から10月、「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(以下、検討会議)」が9回にわたって開催された。違法アップロードサイト「漫画村」をはじめとする著作権侵害コンテンツへの対応策として、通信事業者(ISP)がサイトへのアクセスを制限する「ブロッキング」の是非が問われたこの会合では、ブロッキング賛成派と反対派の意見が真っ向から対立し、取りまとめができないまま閉会した。

検討会議の親会である知的財産戦略本部「検証・評価・企画委員会」コンテンツ分野会合では、同年10月30日に検討会議の報告がなされ、今後の検討を引き取る形になっていたが、政府は、本年1月、本年度通常国会での法整備を見送る方針を固めたとされている。

検討会議の場でブロッキング反対派の先頭に立った森 亮二弁護士に、あらためて検討会議での議論を振り返っていただき、今後の議論において注意すべきことを伺った。

ブロッキング法制化を目指す賛成派とブロッキング以外の対策を考える反対派の間ですれ違う議論

検討会議全体を振り返ってみていかがでしたか。

結論ありきの議論が多く、そのせいで犠牲になったものが大きかったと言えます。最ももったいなかったのは、ブロッキング以外にも広告規制やフィルタリング強化、正規版サイトの普及など海賊版サイトへの対策手段があるにも関わらず、それらの扱いが小さくなってしまったことです。

また、検討会議が開催されている最中の2018年10月には、米国のコンテンツ配信ネットワーク(CDN)大手企業であるクラウドフレアに、東京地裁が発信者情報開示を命じる仮処分決定がでています。また、米国のディスカバリーの制度を利用することで、クラウドフレア社から同社のサービスを使っていた「漫画村」運営者の情報を開示させた事例も公表されました。これらの手法をしっかり共有することも海賊版サイト対策としては重要であったはずですが、そうはなりませんでした。

賛成派の委員の方々は、ブロッキング以外の海賊版サイトへの対策手段についてどう捉えていたのでしょうか。

事務局と一部の委員の方は、他の手段には限界があるのでブロッキングしか方法がない、という結論に持っていきたいように見えました。そのため、ブロッキング以外の手法について議論が深掘りされなかったのです。ブロッキング法制化を目指す賛成派とさまざまな海賊版対策を考えている反対派の対立という不思議な構造になっていました。

ブロッキング議論の発端となった「漫画村」による権利者の被害額は当初約3000億円と推定されていました。この金額の算定についてはどのような議論がありましたか。

3000億円という金額はコンテンツ海外流通促進機構(CODA)が試算したものですが、電子を含むコミックス市場が年間4500億円前後の額で推移していることを考えれば明らかに金額が大きすぎます。アクセス数に定額を乗じるという算出方法は明らかにされているのですが、普通はそれを「被害額」とはいいません。「3000億円の被害額」と聞けば、売り上げが3000億円減少したかと思うでしょうし、それならば少々無理を押してでも対策をしなければいけないと思うでしょう。ちなみに、この「3000億円」は4月の犯罪対策閣僚会議の決定にも書かれていますが、一般財団法人情報法制研究所が行った情報公開請求で得られた同決定の原案では、数十億円と記載されていました。

検討会議の第9回では、著作権法114条のみなし規定を根拠に、損害額の算出方法は問題ないという意見がありましたが、114条の算出方法はダウンロード数をもとにしたものです。漫画村のようにダウンロードが伴わない、ストリーミングで閲覧する場合には適用できないのではないかと思います。

森 亮二 - 英知法律事務所 森 亮二弁護士

英知法律事務所 森 亮二弁護士

ブロッキングは憲法21条および電気通信事業法4条1項に定める通信の秘密を侵害し、憲法21条2項に定める検閲の禁止につながるおそれがあるという点についてはいかがでしょうか。

今回議論されたのは、法制度の提案ですから、憲法21条の保障する通信の秘密の侵害にあたる可能性があります。

前提として、賛成派からは通信事業者は通信を成立させるために宛先IPアドレスなどをすでに知っているので実害がないという意見もありましたが、法的にはそういう考え方はしません。ルーティングに宛先情報を使うからといって、他のことに使っていいということにはならないのです。

ブロッキング法制は、精神的自由権を制限する法律なので、違憲審査基準としてはLRAのようなものが適用されることになるはずです。検討会では、「①具体的・実質的な立法事実に裏付けられ、②重要な公共的利益の達成を目的として、③目的達成手段が実質的に合理的な関連性を有し、④他に実効的な手段が存在しないか事実上困難な場合に限られ、当該基準を満たす場合にはアクセス制限(ブロッキング)の法制化は合憲」という東京大学宍戸教授が説明された基準が使われました。普通に考えれば、本件については、①立法事実や④他の実効的な手段の不存在について疑問があることは明白だと思います。

賛成派からは、「法制度の内容を工夫することにより違憲の可能性を回避できる」という意見がありましたが、正しくないと思います。①立法事実や④他の実効的な手段の不存在の問題は、これから作ろうとする法制度の外側にあるものだからです。

違憲のおそれ以外の法的問題はどのようなものがありますか。

著作権侵害ブロッキングを制度化してしまうと、通信の秘密の相対的な価値が下がるため、違法情報はすべてブロッキングで対応すればよいという話につながります。著作権侵害か否か、名誉毀損か否か、プライバシー侵害か否か……といったように、サイトの内容をもとにアクセスさせるかどうかを判断することになります。著作権侵害でブロッキングをしていいのならば、他の権利侵害情報についても当然に許容されるべきであることになるでしょう。こうなると通信の秘密は有名無実なものになります。

取りまとめがなされなかったことについてはどのようにお考えですか。

ブロッキング法制化をいったん棚上げして、ブロッキング以外の対策を推進していくべきだと反対派は主張していましたので、そういう形でのとりまとめができなかったのは残念でした。

ただ、両論併記の報告書が提出される状況を防げたという意味では、最低限の役割は果たせたと思います。両論併記の報告書を出していたら、法制化を進める道具に使われてしまったでしょう。

森 亮二 - 英知法律事務所 森 亮二弁護士

ブロッキングが導入されていない国の理由も明らかにするべきだった

検討会議の資料にも提出されていましたが、海外ではブロッキングが導入されている国も多くあります。

会議では「世界42カ国で導入済み」とする資料が事務局から配布されました。海外で導入されているから日本でも導入を進めるべきだ、というわかりやすい立法事実にされていましたが、これはアメリカの映画協会の海外代理団体であるモーション・ピクチャー・アソシエーション(MPA)へのヒアリングを基にした情報です。

ロビイングをミッションの1つとしているMPAの資料を、事務局が議論の前提の資料として提出すること自体、疑問ですが、問題はそれだけではありません。

事務局の資料で「ブロッキング導入済み」とされている42か国のうち、28か国はEU加盟国です。EUにおけるブロッキング法制は2001年の「EU情報社会指令」に各国が対応したものとされていますが、事務局の資料ベースで28か国のうち、15か国ではブロッキングの実績がありません。EU情報社会指令以降、17年間も実績のない国が多数あるのです。

EU情報社会指令は、著作権者に対して「“intermediary”(仲介者)に対して差止めを求める地位」を保証することを求めていますが、この実態を見ると、保証されるのは「アクセスプロバイダに対してブロッキングを求める」ことではないのではないか、という疑問を抱きます。実際には、“intermediary”(仲介者)にはホスティングプロバイダも含まれていて、「ホスティングプロバイダに対して削除を求める」ことでもいいのではないでしょうか。そうであるとすれば、実績のない15か国の中には、ブロッキングを導入しているとは評価できない国もあることになります。

海外事例についてのもう一つの問題は、SOPAの話が事務局から出て来ないまま終わってしまいそうになったことです。

SOPAについて教えてください。

オンライン海賊行為防止法(Stop Online Piracy Act)の略で、海賊版の映像や音楽を載せた海外サイトへのアクセスの遮断を、ISPに対して裁判所が命令することができる、という米国で導入が検討された制度です。基本的には、検討会で議論されたブロッキング法制と同じものです。

2011年10月にSOPAの法案が米国の下院司法委員会に提案され、上院にも同内容の法案(PIPA:Protect IP Act)が提案されたのですが、インターネット企業や消費者団体が大反対しました。日本で議論されていたように、インターネットの自由を脅かすことへの懸念や、検閲につながるという意見があったようです。

結果、2012年1月に議会は法案の無期限延期を発表しています。これが米国で実際に行われた議論です。このアメリカのSOPAのケースも、私が検討会の席上で強く求めるまで、事務局は説明しようとしませんでした。

結局、中間取りまとめの案文では、海外の事例としてオーストラリア、韓国、イギリス、ドイツ、アメリカ、フランスの6か国が紹介されましたが、ブロッキングを行っていない国として取り上げられたのはアメリカのみです。導入されている国の制度だけを紹介するのではなく、ブロッキングを実施していない国についても、なぜ実施されていないのか議論するべきだったはずです。

森 亮二 - 英知法律事務所 森 亮二弁護士

通信の秘密に関する議論に際して、森先生はEUと日本ではプライバシーの強度が違うという資料も検討会議に提出されていました。この点についても伺えますか。

インターネット上で不当な監視を受けない利益を守る方法、インターネットの自由を守る方法は国によって異なります。

日本の場合、個人情報保護法の保護の対象となるものは、個人情報だけです。たとえばウェブサイトの閲覧履歴は、クッキーにのみ紐づいた状態では保護されず、氏名などと結びついてはじめて保護の対象となります。ただし、個人情報保護法の保護の対象外のものでも、通信の秘密の保護の対象にはなります。

一方でEUのGDPRでは、日本でいうところの個人情報でなくても、たとえば、クッキーにのみ紐づいた状態のウェブサイトの閲覧履歴なども保護の対象となります。

すなわち、日本の法制度は、プライバシーや表現の自由について、外国と同じ強度の制度がないので、通信の秘密に依存している面があるのです。

そのため、もし、ブロッキングが法制化され、通信の秘密を緩和することになると、現代的な憲法が保障する国民の権利や自由が損なわれる事態が生じてしまいます。 「ドイツでやっているのだから日本でもやっていい」と単純に言えないのはそのためです。

今後の議論はどう進められていくべきか

平井IT担当相が、今年度の通常国会への法案提出を見送る考えを表明しました。どう評価しますか。

検討会における議論の状況・結果を受け止めて頂いたこととして高く評価します。ただ、「ブロッキングの法制化を将来的に検討する可能性は排除していない」という報道ですので、今後も注意深く見守る必要があると思います。

リーチサイト規制、静止画ダウンロード処罰化など、他の法制化についてはいかがですか。

リーチサイト規制については、特に異論はありませんが、ダウンロード規制の範囲拡大の方向性については懸念しています。刑事罰の対象は悪質なものに絞られる見通しですが、民事で違法とされる対象は限定されておらず、国民が広く日常的に行っている行為が違法とされることになります。もともと海賊版サイト対策だったはずなのですから、当然、対象は限定されるべきです。

ダウンロード規制の範囲拡大を検討した文化審議会の小委員会の様子が報道されていますが、海賊版サイト検討会と非常に近いものを感じました。事務局は最初から結論を決めており、一部の委員がこれにひたすら迎合して、多くの反対意見を無視する構造です。

今回、違法化・罰則化の対象を著作物全般に広げる事務局の方針には、多くの反対意見が出ていたのに、昨年12月の段階で事務局が示した中間まとめ案には、こうした意見はほとんど反映されていませんでした。危機感を抱いた反対委員が、最終回に連名で意見書を提出したことにより、最終的に処罰の対象を悪質なものに限定することになったのです。私の知る限り、著作権法以外の政府の検討会で、反対委員が連名で意見書を提出することなどありえないことです。ブロッキングといい、ダウンロード処罰化といい、著作権法の検討会は特殊です。

著作権法は、著作物の保護と利用のバランスを図るものです。保護のみを重視することはもちろん問題で、前回の法改正で合理的理由なく保護期間が延長されたことはその典型です。しかしながら、問題はもはや著作権法の中に留まらず、通信の秘密や他の国民の権利を犠牲にしつつ、強引に権利者の保護を図ろうとする議論が公然と行われています。著作権法に関する政府の検討会の議論は健全な状態にあるとは言えません。今後の法改正に関する検討も、注視していく必要があるでしょう。

(文:周藤 瞳美、取材・構成:BUSINESS LAWYERS編集部)

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