コンバーティブル・エクイティが日本のスタートアップを変える
ベンチャー
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2017年6月1日、英フィナンシャル・タイムズが主催する「FT Asia-Pacific Innovative Lawyers 2017」が発表され、ベンチャー企業向けの法務案件に関連する「Protecting & Unlocking Value部門」で森・濱田松本法律事務所が1位を受賞した。ロボットベンチャーのGROOVE X株式会社における「コンバーティブル・エクイティ」と呼ばれる資金調達の革新性が評価されたことによる。
「コンバーティブル・エクイティ」とはどのような資金調達手法なのだろうか。GROOVE Xの資金調達においてもチームを率い、日本におけるオープンイノベーションの推進、スタートアップエコシステムの確立・進展を目指す、増島 雅和弁護士に、コンバーティブル・エクイティのスキームや、自身のベンチャー・スタートアップにかける想いについて話を聞いた。
コンバーティブル・エクイティはシード期に最適な資金調達手法
コンバーティブル・エクイティとは、どういう手法ですか。
コンバーティブル・エクイティは、ベンチャー企業やスタートアップ企業の資金調達手法の中で、シード期(創業直後の段階)にある企業に最適な手法です。資金調達の中でもシード期は最も難しく、企業価値もキャッシュフローもない段階で、どうやってバリュエーション(企業の利益・資産などの企業価値評価)をつけて資金調達するのかということは、常に問題になります。
これには2つの問題があります。1つは、オーバーバリュエーションリスク。創業当時に起業家が描く大きな絵は、すごく良いアイディアに見えます。投資家も一緒に盛り上がって「これはすごい」となるので評価額を高めに見積もってしまう傾向があります。盛り上がったところで高い評価額をつけると、厳しい現実が見えてきた段階で、あの時の評価額は高すぎたということで、ダウンラウンド(追加増資の株価が、前回の増資の株価を下回ること)が起こってしまう。高成長の絵を描くことを義務付けられているスタートアップにとって、ダウンラウンドは基本的にあってはならないことです。
もう1つは、日本ではこちらが強いと思いますが、シードの段階は株価がわからないので、投資家が保守的に見るということ。いかに良い会社であれ、優れた人であれ、多くの日本のベンチャーキャピタリストは、シード段階のプレマネー・バリュエーション(資金調達する前の企業価値)は1億円と主張します。本当に1億円の会社もあるかもしれませんが、最近の会社は、リーンスタートアップといって、資金調達前に試作品を作ってニーズ検証などを済ませてしまいますので、1億円以上の価値を持っている可能性が十分にあるにもかかわらず、です。
そういう中で、たとえば投資家から「2,000万円出資するから株の20%をもらう」と言われてこれを受け入れてしまう。起業家が会社経営の経験を積んでいくことで、株価というものが分かってくると、後から「これはおかしい」という話になるわけです。成功した起業家に「一番失敗したのは何か」と聞くと、真っ先に上がるのが「シード期の調達戦略」なんですね。「創業初期はよく分からず受け入れてしまったが、あんなに安く20%も株を持って行かれてしまった」と後悔する言葉をよく聞きます。
そういった問題を解決するためにコンバーティブル・エクイティが生まれたのでしょうか。
ベンチャー・スタートアップ実務を巡る課題の中に「シードの調達方法を改善する必要がある」というテーマがあって、それに応える方法として、これまでコンバーティブル・ノート(転換社債)という実務がありました。もともとはアメリカで開発された調達手法で、アメリカでは2007、8年頃から、バリュエーションをせずに、初めにお金を貸し付ける方法がありました。ノート(手形)で貸し付けて、エクイティラウンドが来たら、それを株に切り替える。ブリッジファイナンス(新しいファイナンスを行うまでの橋渡しとしての短期融資)と同じ仕組みをとって、シードでお金を出す方法です。日本では、新株予約権付社債を用いて同様のことができます。ただ、普通にノート貸し付けですると負債が立つので、特にエクイティが少ししかない場合、資金調達によって負債が多く計上され、最初から債務超過の会社になってしまいます。
シリコンバレーでは基本的に、シードで出したコンバーティブル・ノートについて、期限が来ても投資家は「金を返せ」と言わない約束になっています。もしそんなことを言う投資家がいたら、周囲から非難されて、起業家はその投資家から投資を受けなくなるので、投資家生命が絶たれます。なので、投資家は「金を返せ」とは言わないという暗黙の了解でやっていました。
ところが、スタートアップの世界がブームになって、色々な人が入ってくるようになると、暗黙の了解だけではなかなか厳しくなってきました。たとえば、すごく良い会社があった時に、ノートで入れて満期が来たら「金を返せ」と言えば、その段階で次の資金調達直前でテクノロジーの開発ができている会社を乗っ取れるわけです。社債による会社の乗っ取り、というのは、満期社債をもって倒産をちらつかせることで、他の株主のエクイティの価値をゼロにしたうえで、社債を株式にスワップさせる手法をいいます。
そうすると、やはり仕組みに問題があるのではないかという話になります。つまるところ投資家が「金を返せ」と言うことができるような投資手段を用いていることが良くないわけです。そこで、ノートから満期と利息の概念を取り外すというコンセプトで、2014年8月にFounder Instituteの創業者のアデオ・レッシという人が、コンバーティブル・エクイティという新たな投資手法の構想を打ち出したのです。
我々の挑戦は、この発想のもとで日本で使えるシード期の資金調達手段を創り出す、というものでした。
ここに至るまでは様々な試行錯誤もされていたのですね。
コンバーティブル・エクイティのコンセプトは、コンバーティブル・ノートから満期と利息を取り除いたものだったので、我々は、これまでのシードファイナンスの実務で用いられていた新株予約権付社債をどのように改良するか、という観点からコンバーティブル・エクイティの設計を考え始めました。
社債から満期と利息を取り除くということは、ゼロクーポン型の永久債だろうと。これだけだとエクイティ性が不十分だから劣後債にする必要があるだろうということで、ゼロクーポンの無担保永久劣後債型の新株予約権付社債というおどろおどろしい設計を考えました(笑)。
永久劣後債であれば、銀行の評価的には、エクイティとして見てくれるので、これが1つのソリューションになると思いましたが、今考えるとなぜそうしたのかと思います。この手法は、対金融機関的にはアリだったわけですが、普通の決算書類では、いくら永久劣後債であっても、バランスシート上は負債に計上されてしまう。たとえば事業会社と提携するとなった時、「大幅な債務超過があるところとは組めない」という話になって、なかなかうまく行きませんでした。
やはりエクイティにしないといけないと思って、次に種類株を使う手法を考えました。コンバーティブル・エクイティ型種類株式、次のラウンドの優先株に転換する種類株式というものをつくりました。これは機能しますが、種類株式というのは定款に規定を置く必要があります。シードファイナンスは可能な限り安価に行う必要があり、定款を修正しなければならないというのは、その分事務コストがかかるということで、我々の感覚からはあまり「イケてない」方法でした。また、日本特有の事情で登録免許税として資本増加額の0.7%がかかる、という点も、シード段階の調達手法としてはまだ改良の必要があると感じさせる一因でした。
事務コストや登録免許税もスタートアップには負担がかかりますね。
開発した種類株型もあまりスタートアップにフレンドリーでないように見えましたので、何か上手い方法はないかと考えていた時、上場会社の仕事で、いわゆるライツ(新株予約権)で資金調達しようという話がありました。ライツで資金調達するという手法は日本でも知られつつあった時期ではあったものの、これは上場会社の話ですので、シードファイナンスとは全くリンクさせていなかったのですが、あるとき、これはスタートアップも同じことができるのではないかと思い付きました。
コンバーティブル・エクイティを有償の新株予約権として構成、予約権行使の対象を次の資金調達で発行される優先株式とする。そして、予約権の行使価格は次の資金調達で発行される優先株式の1株当たり価格からのディスカウント価格とする。有償新株予約権の払込金額は、純資産の部に計上されます。つまりエクイティとして評価されるんです。「ああ、これでいいんだ」と思いました(笑)。
当時のスタートアップの実務では、新株予約権は税制適格ストックオプションとしてしか利用していませんでしたので、新株予約権を有償にして資金調達手段とするという発想は、スタートアップの実務としてコロンブスの卵でした。そもそも今の株価がよく分からない、というなかで新株予約権を、しかも有償で出すというのは、オプションの理論からは出てこない発想ですので、おそらく上場会社の実務としても反常識的な発想でしょう。でも、スタートアップの実務では、要するに資金を会社に入れる必要があり、しかも入れた資金がエクイティとして認識される必要がある、という2つの要件さえ満たせば、あとはなんとかなります。
しかも、新株予約権は、種類株式と違って定款に規定する必要はありませんので、定款変更による事務の手間もかかりません。さらに都合がよいことに、調達金額がどれだけ大きくても登録免許税が一律9万円で済みます。調達時のスタートアップの負担が大幅に減るのです。有償新株予約権型のコンバーティブル・エクイティは、日本での1つの完成形なのではないかと思っています。
投資家が出資した場合、その評価はシリーズAで行うのですか。
シリーズAまで引っ張ります。シード段階では、たとえば2,000万円を投資する場合には、2,000万円で新株予約権を1個出すわけです。その1個の新株予約権は一体いくつのどんな株になるかと言うと、それは投資の段階ではわからない。次のシリーズAファイナンスが走った時の株式になります。ただし、転換価額、つまり株式の取得価額は、シリーズAの投資家より早く投資をしているので、ディスカウントを利かせます。
あとはディスカウントをどのように決めるかの問題で、一般的には2つの決め方を持っています。1つは、現金で入れるシリーズAの投資家の株式1株当たり価額の20%ディスカウント。もう1つは、投資した段階で、次のラウンドでこれくらいの時価総額まで来ているだろうという価額、バリュエーションキャップを置いて、シリーズAのプレマネーバリューションがバリュエーションキャップよりも大きい場合にも、コンバーティブル・エクイティの株式への転換にあたって用いる転換価額は、このバリュエーションキャップをベースに計算します、という決め方です。
これまで見てきたところ、大半のディールは、キャップにあたります。キャップにあたると40~50%程度のディスカウントになって、シリーズAで普通に現金で入る人よりも、40~50%安い形で投資することができることになります。それでも、この方式で資金を調達してシリーズAまで18~24ヶ月開発に集中すれば、シリーズAの株価はそれなりに高くつきますので、先ほど挙げたような、2,000万円で20%の株を取られてしまうというひどいディールよりも、かなり起業家にとって有利な条件で、シードマネーが調達できていることになります。
スタートアップにとって、18~24ヶ月の開発期間というのは企業価値を大きく上げるために十分な期間です。開発のための資金を捻出するために、ひどく安い価格で株式を取られてしまうのと、その段階での株価算定は行わずに、開発後のバリュエーションをもとに、いわばあとから株価が決まるというのとでは、起業家にとって後者の方が望ましいですし、エコシステム全体にとっても、このような決め方のほうがフェアであるはずです。
もし会社が成長しなかった場合も転換するのですか。
転換に当たっては3つのシナリオを想定しています。1つは、グッドシナリオ。シリーズAに入って、A種の優先株が出るというシナリオで、今説明した内容です。これは会社がイニシアチブをもってトリガーを引くことができる取得条項として構成します。
もう1つは、優先株が出る前に買収されるシナリオ。このシナリオは、買収される時に算出される企業価値をベースに、ディスカウントされた分の株を受け取ることができ、その株式を買収先に売却することで、キャピタルゲインを得ます。もしくは入れた金額と同額(2倍としているケースもあります)で会社にプットできると規定することもあります。このプットの権利について、会社は買収されますので、投資家はエグジットをすることになるわけですが、会社にお金があれば、プットをして現金をもらい投資は終わりになります。もし会社にお金がない場合も、買収先は勝手にこのコンバーティブル・エクイティを消すことができませんので、プットした場合には会社から受領することができたであろう金額で、買収先はコンバーティブル・エクイティ自体を購入することになるはずです。基本的には、いずれもクロージングまでに行って、クロージングと同時に投資家がエグジットするというシナリオとしています。
シードの会社が買収されたりするのかと不思議に思うかもしれませんが、シードの会社の買収は、いわゆる「タレントバイ」と呼ばれる買収で、創業者を中心とする経営陣を自社に引き入れるという買収が、シードの段階での会社には起こります。これを見据えたシナリオということになります。
最後は、バッドシナリオ。たとえば18ヶ月、24ヶ月と一定期間を設けて、この期間内に買収も調達も起こらなかった場合です。この場合は仕方がないので、当初投資した際に決めた、将来における予想企業価値としてのバリュエーションキャップをもとに計算した転換価額で、普通株式に転換できることとしています。
コンバーティブル・エクイティは良い投資家・起業家を見分けるリトマス試験紙
有償新株予約権型のコンバーティブル・エクイティが導入された事例を教えてください。
500 Startupsがアメリカでコンバーティブル・エクイティによるシードファイナンスを主導していて、彼らが日本に進出する際に、彼らに売り込みに行きました。彼らは自らのコンバーティブル・エクイティを「J-KISS」と名付けて起業家にオープンソースで提供しています。KISSというのはKeep It Simple Securityの略です。彼らによると、朝日新聞のアクセラレーションプログラムでもJ-KISSが使われているとのことです。それ以外にも、インキュベイトファンド、イグニス、大和企業投資、YJキャピタル、East Ventures、Draper Nexus、サンブリッジコーポレーション、AS-acceleratorなどが、コンバーティブル・エクイティによる投資実績があるといわれており、徐々に認知度が高まってきているといえるでしょう。
最近では、独自の地域通貨を発行できるプラットフォーム提供を主たる事業とする株式会社Orbが、シリーズAに到達して、コンバーティブル・エクイティが設計通りに優先株に切り替わりました。有償新株予約権型のコンバーティブル・エクイティを用いた大型調達の例としては、GROOVE Xがあります。この仕組みでシードマネーを10数億円調達したのは、代表の林さんご自身の知名度があってこそだと思いますが、見事ですよね。
GROOVE Xがコンバーティブル・エクイティを導入した背景を教えてください。

GROOVE Xの林さんはソフトバンクでPepperの開発を担当した方で、Pepperの良いところと悪いところを知り尽くしていました。「自分がつくりたいのはこれじゃない」ということで、新会社を設立すると決めた時、彼は非常に緻密に調達計画を立てて、このフェーズでこれだけお金が必要になってくると、綺麗に資金調達計画を作れていました。モノづくりベンチャーですので、普通にエクイティ調達したのでは、自分のシェアがどんどん小さくなっていく。そこを克服する方法はないかと彼が熱心に調べた結果、コンバーティブル・エクイティに辿り着かれたようです。知り合いづてにお話をもらい、手伝うことになりました。
林さんは有名人ですし、その林さんの新たなロボットプロジェクトということで、「お金を出させてほしい」という投資家が大勢いたようです。その中で彼は、「この条件でよろしければ投資してください」という形で投資家にコンバーティブル・エクイティを提案して、調達に成功しています。やはり仕組みの中身を理解して、使っていただくことが大事です。
新しいことをする時の宿命ではありますが、投資家サイドにコンバーティブル・エクイティの仕組みを理解させるのは大変な苦労です。VCはまだしも、普通の事業会社に投資してもらうとなると、上を納得させないといけないわけです。その時に「これはいったい何だ」となる(笑)。彼はそこを見事にやり切っています。
我々も、事業会社が決裁に当たって使えるように、コンバーティブル・エクイティの説明資料というのを作っています。とにかく最初はみんなに理解してもらうためにできることはなんでもやらなければいけません。このインタビュー記事も、スタートアップ投資をする皆さんに仕組みを理解してもらうために活用していただけると期待しています。
実際にコンバーティブル・エクイティを導入するとどのような効果があるのでしょう。
林さんはよく「コンバーティブル・エクイティは、偽物のエンジェルと本物のエンジェルを見分けるためのリトマス試験紙」という話をしますが、その通りですね。
最初のうちは、投資家は「すごい」「いくらでも出します」と言います。しかしその中には、権利を確保しようと色々な規定を入れて契約を複雑にしようとする人、エクイティ投資なのに事業がうまくいかなかったら返金を求めることができる条項を入れようとする人など、様々な人がいます。でもコンバーティブル・エクイティは、可能な限りシンプルに、安く資金調達することが決め手なので、契約を複雑化することは趣旨に反することであり、リスクを取って起業家を応援するという建前をとっているシード投資家がすることではないという考えです。
次のステージへ行けると確信して資金を入れてもらわないといけません。投資家の中でもコンバーティブル・エクイティを理解して資金を入れてくれた人は、ちゃんと会社を支えてくれていますよ。
コンバーティブル・エクイティを選択する起業家に特徴はありますか。
コンバーティブル・エクイティは、まだ投資家に十分浸透していないことや、これまでの投資家有利なシードファイナンスの世界をよりフェアなものにしようとするものであることから、投資家を説得するためにそれなりにリテラシーとエネルギーが必要です。
「コンバーティブル・エクイティで調達するぞ」という起業家は、リテラシーが高く、粘り強さもあって、起業家として能力が高いように思います。今のところ一緒にやってコンバーティブル・エクイティによる調達に成功している起業家は、会社としてすごくうまく行っているケースが多いですね。
色々な起業家がいると思いますが、シードファイナンスを勉強してコンバーティブル・エクイティに辿り着き、他の手法と比較して「これでやりたい」という人は、それだけ調達に真剣だということです。そういう意味で、実は我々にとっても良い起業家を選ぶリトマス試験紙でもあります(笑)
コンバーティブル・エクイティを入れている企業があると、広まっていきそうですね。
起業家は皆ネットワークでつながっていますから、「コンバーティブル・エクイティ良いじゃないか」「シード調達はコンバーティブル・エクイティを受け入れない投資家からはやらない」という話になっていくとよいと思います。
投資家というのは、会社にお金を入れさせてもらわなければ商売が成り立ちません。起業家と投資家は、よく言われるようなニワトリと卵の関係では全くなくて、起業家がいてこそ、投資家が生きていける、という起業家ファーストの世界が、スタートアップの世界であるべきです。
だからこそ、投資家は、起業家をリスペクトしなければならない。分散できるお金と、ちょっとしたアドバイスしか提供していない投資家と、フルコミットですべての機会費用をかけて一つのプロジェクトにエネルギーを投下する起業家とでは、企業価値の上昇に与える貢献度は雲泥の差です。その意味で、「金を出したんだから俺の言うことを聞け」と言うのは、お門違いも甚だしい。スタートアップというプロジェクトに対して、より貴重なリソースを拠出しているのは起業家であることは明らかですので、「お金を出した人が偉い」という前時代的な発想は払拭されるべきですし、そのためにも起業家と投資家の正しい力関係を表現するコンバーティブル・エクイティという仕組みが定着してほしいと思っています。
逆張りのスタートアップ支援
増島先生はいつスタートアップに興味を持ったのですか。
大学時代が第一次のネットバブルで、仲の良い友人や親戚が起業していくなか、自分はこれを法務で支えられないかと考えて弁護士になりましたが、2001年に弁護士になった途端にネットバブルが弾けてしまいました。スタートアップ案件が市場から蒸発してしまったところにいわゆる不動産証券化案件が山のように出てきて、ファイナンスを身に付けるためにひたすらこれをやっていました。
2006年に念願のシリコンバレーに移って、現地の法律事務所で本場のスタートアップ案件をひたすらやりました。資金調達からM&A、IPOまで一通りの案件を経験するなかで、Yコンビネーターに代表される、リーンスタートアップの案件が出始めるのを現地でみることができました。その後日本に戻ってきて、金融庁というお役所で金融行政に携わったのですが、ここで第一級の幹部の諸先輩に、国益を追求するという姿勢とそのための精神を学びました。失われた20年といわれているなかで、リーマンショック、震災とひどい状況が続いて、政治が体たらくの状態でした。
このままでは国が沈んでしまう、日本を再び浮上させるためにはこれしかないと考え、「スタートアップやります」と宣言しました。我々コーポレート弁護士からすると、スタートアップはとにかく食えないというのが常識でしたので、みんな自分をスタートアップをやる弁護士とブランディングしないわけです。損益分岐点が低い小さな事務所では成り立つかもしれないけれども、図体のでかい法律事務所で成り立つわけがないとみんな思っていたはずです。完全な逆張りですよ。
ベンチャーファイナンスの画期的な手法を模索しているのはなぜなのでしょうか。
この仕事の日本国にとっての意義がたいへん大きいからです。そもそもベンチャー自体が儲からないなかで、その中でも最も儲からないのが、お金はないけれども手間がかかるシード期のスタートアップです。シード期は開発に資金をつぎ込まないといけず、僕らが高いリーガルフィーをとったら意味がないので、それこそ声を大にして言ってもいいですが、全く儲からないです(笑)。チャージできないので、アソシエイトも使わずに、深夜とか土日とかに自分でやるしかない。僕はそれでも恵まれているわけで、大きな事務所にいて、専門である金融機関のM&Aをしながら、食ベて行ける状態はつくれるので。その状態をつくったうえで、残りの時間を使って取り組んでいます。
海外の事務所の場合、リーガルフィーはどうしているのでしょう。
彼らはスタートアップからもチャージして、スタートアップも普通に払います。投資家もそれは払う必要があると思っているので、もともとの投資予算に入っているのです。よくストックオプションをもらっている云々という話がまことしやかに流れますが、そこは本質ではないですね。
スタートアップのシードファンディングが日本の将来を左右する
日本とアメリカのスタートアップの状況を、どう見ていますか。
起業家出身で投資家側に回る人は、起業家の気持ちを理解して、起業家側に立った行動を理屈上はとるはずです。アメリカは、投資家が「起業家サイドに立つ」と宣言して投資行動をとるので、いずれ日本もそうなるはずだと思っています。
ただ日本では、投資家側に立った時に、宗旨替えをする人が結構います(笑)。特にエクイティの条件の辺りは、自分が起業家の時に投資家にされた仕打ちを次世代の起業家にし返す傾向があるように感じます。僕らとしては、起業家であった時の気持ちを持って投資をしてもらいたいと思っています。
市場の規模が違うからですか。日本のVCは少数なのでありがたく思われて、起業家が弱くなる。一方でアメリカは起業家が強いから、ベンチャーにフレンドリーなVCでないと、ディールに入って行けないのでは。
それはあると思います。今の日本は結構お金が余っていると思いますが、それでもやはり自らを起業家サイドに立つ投資家であるとして、起業家にマーケティングをするという発想を持っている人は、あまり多くない。もしくは、投資の条件以外のところはそう振舞っているのですが、投資の条件ということになるとそうでない印象を受けますね。
状況が変わっていく兆しはないでしょうか。
既存の日本のベンチャー実務に染まっていない、新しいキャピタリストはすごく頑張っていますね。自分たちなりに工夫しながら、会社を次のラウンドへ進めさせる、一番難しい立ち上がりの段階で、すごろくのコマを1個前に進めるところを、すごくよくやっています。立派だし、ありがたいことだと思います。
今後日本でもコンバーティブル・エクイティが普及していくために解決すべき課題と、起業家・投資家へのメッセージをお願いします。
「これからこの国をどうにかしましょう」「長期戦略を考えましょう」と言った時に、スタートアップが肝になるのはもう間違いない事実です。そうすると、スタートアップをどう生んで、大きくしていくのかが勝負になります。スタートアップで最も大変なのは、シードファンディングなので、このシードファンディングをいかに成功させるかというのが、肝になるでしょう。
そこで合理的な方法で安く・速く調達できる状態をつくるという意味で、コンバーティブル・エクイティはすごく意味があると思っています。こういうものは法制度云々ではなく結局プラクティスなので、定着するところまで持って行きたいですね。
定着のためにはメディアなどを通じて、起業家にコンバーティブル・エクイティの存在を知ってもらうことがまずは重要です。そのうえで起業家から投資家に対して、働きかけをしてもらうことによって実務に浸透していくはずだと思っています。
あと、弁護士も起業家支援をする際にはコンバーティブル・エクイティをお勧めしてもらえるとよいですね。
現状、シードの資金は余っていますので、この段階からキャピタリストやファンドをする人たちは、起業家に振り向いてもらうために、コンバーティブル・エクイティに振らざるを得ないと思います。すでにマーケットにその兆しは見えてきていますし、この流れがさらに進んでいくとよいと、期待しているところです。

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