Microsoft・弁護士ドットコム対談 リーガル領域におけるAI活用の現在地と未来予想図

IT・情報セキュリティ

目次

  1. リーガル領域でのAI技術の発展と活用の現状
  2. Microsoft法務部門の取組みと展望
  3. 弁護士ドットコムが掲げる「リーガルブレイン構想」
  4. 両社が描く法律 × AIの未来予想図

近年、生成AIへの注目度が飛躍的に高まっています。OpenAIのGPTシリーズに代表される大規模言語モデル(LLM)の登場により、AIはいよいよ社会実装の段階に入ったといえるでしょう。その波は法律業界にも確実に押し寄せており、リーガル領域におけるAI活用の可能性に大きな関心が集まっています。

今回、Microsoftでアジア法務責任者を務めるMike Yeh氏と、弁護士ドットコム 代表取締役社長兼CEOの元榮太一郎との対談が実現しました。両氏の発言からは、法律実務の変革を促すAIの力と、それを活用する側に求められるマインドセットの変化が浮き彫りになりました。

Mike Yeh氏
Microsoft Asia
Regional Vice President
Corporate External and Legal Affairs

元榮 太一郎
弁護士ドットコム
代表取締役社長兼CEO

リーガル領域でのAI技術の発展と活用の現状

LLMの登場は、法律業界に大きなインパクトを与えています。日本では2023年8月、法務省が弁護士法の解釈に関するガイドラインを公表し、AIを活用したリーガルサービスの提供範囲が明確化されました。「AIを活用したコンプライアンスチェックサービスなどが提供しやすくなり、リーガルテック企業にとっては追い風になっています」と、元榮は法整備の効果を歓迎します。

一方で、法律事務所におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の進捗状況は芳しくありません。Yeh氏は、「多くの弁護士は昔ながらのやり方で文書を作成しており、Copilot for Microsoft 365のようなAIツールを十分に活用できていません」と、現場の課題を指摘します。「法律事務所には古くからの慣習や習慣があり、弁護士にとってはそこから脱却することは非常に難しいのです。そうした古い慣習からいかに脱却していくかをこれまで考え続けてきました」と、Yeh氏は変革にはチャレンジがあることを指摘しました。

Microsoft

Microsoft AsiaRegional Vice Presiden Mike Yeh氏

法律業界のDXを推進するには、従来の働き方を変える柔軟性と、新しい技術への好奇心が欠かせません。Yeh氏は、従来型のやり方にこだわらないことで知られるある組織のグローバル法務部門責任者との会話を紹介し、「好奇心」こそが弁護士に最も求められる資質だと説明しました。

「彼は10年先を見据え、自分たちが最先端になるようなやり方を今から考えて推進していくという考え方を持っていました。そして彼は、10年後には法律の世界は完全にテクノロジーが原動力になっていると語っていました。まさに今は、彼らにとってチャンスが訪れている時代といえます」(Yeh氏)

また、MicrosoftのCEOであるサティア・ナデラ氏は、就任当初から「グロースマインドセット」の重要性を説いていたそうです。変化を好機と捉え、学び続ける姿勢を組織に根付かせる。そうした文化づくりが、DXの土台になるといえるでしょう。

Microsoft法務部門の取組みと展望

Yeh氏が率いるMicrosoftアジアの法務部門では、弁護士や企業法務部門が生成AIを利用する際に考慮すべき点に関するメッセージを “Generative AI for Lawyers” という冊子に取りまとめ、法律事務所へのCopilot for Microsoft 365の普及に注力してきました。

Microsoft “Generative AI for Lawyers”

Microsoft “Generative AI for Lawyers”


「法律家がAIについて持つ共通の懸念事項として、秘密性、正確性、データプライバシー、知的財産の4つがあげられます。このうち最も難しく、また重要なものは秘密性ですが、秘密保持のためのテクノロジーはどんどん進化しています。一番のカギとなるのは、ユーザー自身がツールをしっかり理解することです」とYeh氏は強調します。

「Copilot for Microsoft 365の重要な顧客として想定しているのは大規模組織のユーザーです。そのような組織において求められるレベルの秘密保持機能を搭載することはもちろん、ユーザーとの契約にも明確に反映するようにしています」と、Yeh氏はデータセキュリティの重要性にも言及しました。

次世代の弁護士に求められるスキルについてYeh氏は、オリジナルのAIツールをノーコードで作成できるMicrosoft Copilot Studioについて触れながら、興味深い見解を示しています。

「将来は、カスタムLLMを自在に使いこなせる弁護士が、最も優秀な弁護士とされる時代になるでしょう。自らデータセットを選択し、AIモデルを組み立て、適切なプロンプトを入力できる能力が問われるようになるのです」(Yeh氏)

つまり、AIモデルに最適なデータセットを組み込み、目的に応じて柔軟にチューニングできる能力が、これからの弁護士に不可欠だというのです。

弁護士ドットコムが掲げる「リーガルブレイン構想」

一方、日本のリーガルテック業界をリードする弁護士ドットコムでは、独自のビジョンに基づいたサービス開発を加速させています。同社が掲げる「リーガルブレイン構想」は、日本最大規模のあらゆる法律関連データを活用し、LLMと組み合わせることで、ユーザー価値の高いリーガルテックサービスを提供するという中長期ビジョンです。

弁護士ドットコムが保有するリーガルデータは、質・量ともに国内随一といえます。2万7,000人分の弁護士データベースや130万件超の無料法律相談Q&Aデータの蓄積、判例データベース「判例秘書」を提供するLICの子会社化など、多岐にわたるリーガル分野のデータを有しています。「これらの良質なデータをLLMに学習させることで、これまでにない法律サービスを実現できます」と、元榮は構想の核心について説明します。たとえば、ユーザーが自然言語で質問を投げかければ、生成AIが法令や判例、法律書籍などのリーガルデータに基づいた回答を瞬時に生成する。それを起点に、リーガルリサーチの効率化を図れるようになるというのです。

弁護士ドットコム 代表取締役社長兼CEO 元榮 太一郎

リーガルブレイン構想は、リサーチ業務の生産性向上のみにとどまりません。契約書や訴状、裁判書面のドラフティングなど、アウトプットの部分でも大きな支援が見込めます。さらに、AIによる社内の法務ヘルプデスクへの活用など、ビジネス向けのプロダクトを進化させていくことを見据えています。

さらに元榮は、弁護士ドットコムならではのデータとして、裁判官の口コミ情報をあげました。弁護士から寄せられる裁判官の評価情報を独自に収集しており、これも貴重なデータソースとなっています。将来的には、こうした情報を活用して訴訟戦略をサポートするAIの開発も視野に入れています。

リーガルブレイン構想では、企業法務、弁護士、そして一般ユーザーの3つの領域でプロダクトを展開していく考えです。「さまざまな立場のユーザーをエンパワーメントできるよう、多様なサービス展開を図っていきます」という元榮の言葉からは、リーガルブレイン構想への並々ならぬ意気込みがうかがえました。

両社が描く法律 × AIの未来予想図

法整備や社会的受容の面でも、日本の法律業界はDXの転換点を迎えています。「日本の司法や法曹界のデジタル化は、これから本格的に進んでいくでしょう。その先頭に立って、我々リーガルテック企業とMicrosoftが連携し、業界の変革を力強く後押ししていきたい」と、元榮は日本の「法律×AI」の未来へ向けた大きな希望を語ります。両社の連携が、新たなリーガルイノベーションの扉を開く鍵になるかもしれません。

「テクノロジーの変化はすでに起こっています。そして今後5年間では、弁護士や企業法務の仕事自体も変わっていくはずです」。Yeh氏のこの言葉は、AIをはじめとするテクノロジーがリーガル領域に不可欠なものとなる未来を示唆しています。「日本の皆様と、弁護士や企業法務部門におけるAIの利用促進に向けて、連携して情報発信していくことで、ぜひとも、これからの法律の世界でのリーダーシップをともに取っていきたいと考えています」(Yeh氏)

近年では、AIを活用した業務効率化や、契約書レビューの自動化など、具体的なユースケースも出てきています。法律家には、こうしたテクノロジーの潮流を的確に捉え、変革を先導するリーダーシップが求められています。

(文:周藤 瞳美、写真:岩田 伸久、取材・編集:BUSINESS LAWYERS編集部)

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