特許無効審判の請求人適格

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 特許無効審判はどのような人が請求できるのでしょうか。特許無効審判の請求人適格について教えてください。

 特許無効審判を請求するには、利害関係人であることが必要であり、その中でも、冒認出願と共同出願違反を理由とする場合は、特許を受ける権利を有する者に限って請求することができます。「利害関係人」とは、特許権の存在によって、法律上の利益や、その権利に対する法律的地位に直接の影響を受けるか、または受ける可能性のある者と解されており、具体的な適用については、様々な裁判例があります。

解説

目次

  1. 特許無効審判の位置付けと請求人適格をめぐる歴史的変遷
    1. 平成15年改正以前
    2. 平成15年改正法
    3. 平成23年改正法
    4. 平成26年改正法
  2. 利害関係人とは
    1. 利害関係人の意味
    2. 利害関係人の類型
  3. 「パンツ型使い捨ておむつ」事件知財高裁判決
  4. 特許無効の抗弁の主張適格との関係

特許無効審判の位置付けと請求人適格をめぐる歴史的変遷

 審判請求人となることができるための条件請求人適格といいます。特許無効審判の請求人適格は、大きく変化してきました。その背景には、特許異議申立制度の変遷や、取戻請求権の新設があります。

平成15年改正以前

 平成15年改正までは、特許無効審判の請求人適格について特許法に規定がなく、解釈に委ねられていましたが、当時の裁判所は、特許無効審判を請求するために利害関係が必要であるとの見解に立っていました。要するに、発明を実施することがあり得ないようなダミーによる審判請求は認められていませんでした。

平成15年改正法

 平成15年改正法は、それまでの裁判例の考え方を変更し、原則として何人でも特許無効審判を請求することができることとしました。この年の改正では、公衆審査を目的とし、何人も申し立てることができた特許異議申立制度を廃止するとともに、その機能を特許無効審判に担わせることで、紛争解決手続の一本化が図られていました。そのため、特許無効審判を、誰でも請求できる制度にすることが必要だったのです。ただし、平成15年改正法のもとでも、権利帰属に関する無効理由、つまり、冒認出願と共同出願違反を理由とする審判請求の請求人適格だけは利害関係人に限定されていました。

平成23年改正法

 その後、平成23年改正特許法74条により、真の発明者(特許を受ける権利を有する者)による特許権の取戻請求権が認められるようになった際に、冒認出願または共同出願違反を理由とする特許無効審判の請求人適格が、単なる利害関係人から、特許を受ける権利を有する者に限定されました。せっかく取戻請求権を新設しても、冒認や共同出願違反の特許が第三者によって無効化されると、真の発明者による取戻しができなくなってしまうからです。

平成26年改正法

 さらに、平成26年改正により、早期の特許権安定等実現のために特許異議申立制度が復活したことに伴い、公衆審査の機能は再び特許異議申立制度に委ねられることとなりました。これに伴い、特許無効審判は紛争解決手続としての性格を強めることとなったため、冒認や共同出願違反以外の無効理由による特許無効審判についても、請求人適格として利害関係が求められるようになりました。

 その結果、現在では、特許無効審判を請求するには、利害関係人であることが必要であり、その中でも、冒認出願と共同出願違反の場合については、特許を受ける権利を有する者に限って請求することができる構造になっています(特許法123条2項)。

利害関係人とは

利害関係人の意味

 利害関係人とは、「特許(商標)権などの存在によって、法律上の利益や、その権利に対する法律的地位に直接の影響を受けるか、又は受ける可能性のある者」とされ、このような意味での利害関係人に該当するか否かは、「権利内容や請求人の事業内容等との関係において個別具体的に判断され」ます(審判便覧(第17版)31-01)。

利害関係人の類型

 審判便覧は、裁判例に基づき、利害関係人の例として、以下の類型を列挙しています(審判便覧(第17版)31-02)。

(1)当該特許発明と同一である発明を実施している/していた者
当該登録商標と同一又は類似である商標を同一又は類似の商品等に使用している/していた者

(2)当該特許発明を将来実施する可能性を有する者
当該登録商標と同一又は類似の商標を将来使用する可能性を有する者

ア 当該特許発明に類似する発明を実施している者

イ 当該特許発明の実施を準備している者(必要な機械や材料を購入したり、設備の建設や設計に着手しているなど)
当該登録商標と同一又は類似の商標の使用を準備している者

ウ 当該特許発明を実施できる設備を有する者

(3)当該特許権に係る製品・方法と同種の製品・方法の製造・販売・使用等の事業を行っている者

(4)当該登録商標により商品の出所の混同による不利益を被る可能性を有する者

(5)当該特許権の専用実施権者、通常実施権者等
当該商標権の専用使用権者、通常使用権者等

(6)当該特許権について訴訟関係にある/あった者又は警告を受けた者
当該商標権について訴訟関係にある/あった者又は警告を受けた者

(7)当該特許発明に関し、特許を受ける権利を有する者

「パンツ型使い捨ておむつ」事件知財高裁判決

 最近の裁判例で利害関係人の考え方を示したものとして、知財高裁平成29年10月23日判決・平成28年(行ケ)第10185号・「パンツ型使い捨ておむつ」事件があります。

 同判決は、事業化の一環としての特許出願、試作品の製作、既存の紙おむつ製造業者等に対するプレゼンテーション資料の作成や問い合わせ、インターネットサイトへの登録などといった原告の行為は、いずれも本件特許発明(にかかるもの)の実施準備に該当せず、無効とされるべき特許発明が誤って特許され保護されることによって原告が不利益を被るおそれがあるとはいえないから、原告は利害関係人に該当しないとした特許庁の審決を取り消したものです。

 判決は、取消しの理由として、「原告は、単なる思い付きで本件無効審判請求を行っているわけではなく、現実に本件特許発明と同じ技術分野に属する原告発明について特許出願を行い、かつ、後に出願審査の請求をも行っているところ、原告としては、将来的にライセンスや製造委託による原告発明の実施(事業化)を考えており、そのためには、あらかじめ被告の本件特許に抵触する可能性(特許権侵害の可能性)を解消しておく必要性があると考えて、本件無効審判請求を行った」という点を指摘するとともに、設備投資等の具体的な準備行為が必要であるとの被告の主張について、「(そ)のような要求をするということは、原告が製造委託先の企業等を求めようとしても、相手方となるべき企業等が、本件特許との抵触のおそれを理由に交渉を渋るというような場合には、直ちに本件特許の無効審判を請求することはできず、まずは、原告が自ら製造設備の導入等の準備行為を行わなければならないという帰結をもたらすことになりかねないが、このように、経済的リスクを回避するための無効審判請求を認めず、原告(審判請求人)が経済的なリスクを負担した後でなければ無効審判請求はできないとするのは不合理というべきである。」と述べてこれを排斥しました。

 この判決によれば、利害関係人と認められるために、現実の実施行為や、設備投資などの具体的な事業の準備行為がなされていることまでは必要なく、同一技術分野の特許出願をしているなどの事情から、将来の事業活動で抵触が生じる可能性が認められれば足りるものと考えられます。

特許無効の抗弁の主張適格との関係

 特許無効審判の主張適格に関する規定(特許法123条2項)は、侵害訴訟において特許無効の抗弁を主張する場合には適用されません(特許法104条の3第3項)。侵害訴訟の被告は特許法123条2項にいう「利害関係人」に該当するため、この規定の実質的な意図は、侵害訴訟の被告は真の権利者でなくとも冒認または共同出願違反を理由とする無効主張をすることができる、という点にあります。特許無効の抗弁については「特許無効の抗弁とは」を参照ください。

「特許無効審判」に関する参考記事:
  1. 特許無効審判の概要と無効理由
  2. 特許無効審判の請求人適格(当記事)
  3. 特許無効審判の審理と審決

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