アメリカのベンチャー企業への投資における、希薄化防止条項の種類
ベンチャーアメリカのベンチャー投資において、希薄化防止条項(Anti-Dilution Provisions)にはどのような種類がありますか。
希薄化防止条項(Anti-Dilution Provisions)とは、既発行のシリーズA優先株式の転換価額を下回る金額で新規に株式が発行された場合、当該転換価額が下方に修正されるという規定です。転換価額が下がると、転換比率が上がり、優先株式の転換後ベースの株式数は増加するので、希薄化防止の効果があります。フル・ラチェット、ブロードベース加重平均法、ナローベース加重平均法の3種類が主なものとしてあげられます。
解説
目次
転換比率・転換価額
転換比率(Conversion Ratio)とは、優先株式1株が何株の普通株式に転換されるかを表す数値で、発行当初の転換比率は通常1に設定されています。
転換比率は、転換価額(Conversion Price)の調整に応じて変化します。転換価額(Conversion Price)が下がると、転換比率(Conversion Ratio)が上がり、転換後の普通株式数は増加するという関係にあります。
希薄化防止条項(Anti-Dilution Provisions)
希薄化防止条項とは、既発行のシリーズA優先株式の転換価額を下回る金額(ダウンラウンド)で新規に株式(例:シリーズB優先株式)が発行された場合、当該転換価額が下方に修正されるという規定です。
シリーズA優先株式の転換価額が下がると、転換比率が上がり、シリーズA優先株式の転換後ベースの株式数は増加するので、希薄化防止の効果があります。なお、希薄化防止条項がトリガーされるのは、新株の発行価額がフェアバリューを下回る場合ではなく、あくまでも既発行のシリーズA優先株式の転換価額を下回る場合である点に注意が必要です。
フル・ラチェット(Full-Ratchet)
フル・ラチェット条項がトリガーされると、シリーズA優先株式の転換価額は、そのあとに発行された株式の発行価額まで下方修正されます。フル・ラチェット条項がトリガーされると、普通株主の持分比率が大幅に希薄化することがあるため、アメリカのベンチャー投資の実務ではほとんど用いられません。
加重平均法(Weighted-Average)
加重平均法は、フル・ラチェットよりも転換価額の下落幅が小さくなります。
加重平均法に基づく調整後転換価額(CP2)の算式は以下のとおりです。
※CP:Conversion Price(転換価額)
項目 | 定義 | 定義(英語) |
---|---|---|
CP1 | 調整前のシリーズA転換価額 | Series A Conversion Price in effect immediately prior to new issue |
A | 新規発行前の発行済み株式数(発行済普通株式)、優先株式(転換後ベース)、発行済オプション(行使後ベース) | Number of shares of Common Stock deemed to be outstanding immediately prior to new issue(includes all shares of outstanding Common stock, all shares of outstanding preferred stock on an as-converted basis, and all outstanding options on an as-exercised basis) |
B | 新規発行による調達額合計を、CP1で割ったもの | Aggregate consideration received by the Corporation with respect to the new issue divided by CP1 |
C | 新規発行される株式数 | Number of shares of stock issued in the subject transaction |
たとえば、創業者が普通株式を10M株、VC1がシリーズA優先株式を5M株出資しており、それぞれ1株あたりの発行価額が$1とします(CP1も$1となります)。そこで、VC2がシリーズB優先株式を1株あたり$0.5で10M株取得するとします。
シリーズAの転換価額(CP1)よりもシリーズBの発行価額の方が低い(ダウンラウンド)ため、シリーズAの希薄化防止条項がトリガーされます。
シリーズAの転換価額CP2は、以下のとおりとなります。
以下の図で示した通り、VC2のラウンド直前の企業価値(普通株主とVC1の払込額)とVC2による新規払込額の一株あたりの加重平均を新たな転換価額とすることにより、VC1の転換後ベースの株式数が増加することになります。
また、VC2のラウンドにおける発行株式数が多ければ多いほど、加重平均額はVC2の発行価額($0.5)、すなわちフル・ラチェットの場合に近づくことがわかります。
ブロードベースとナローベース(Broad-base and Narrow-base)
ブロードベース(Broad-base)の加重平均法では、上記3における「A」の定義は、潜在株式すべての完全希薄化後ベースの株数になりますが、ナローベース(Narrow-base)の加重平均法の場合は、実際に発行済みの普通株式および優先株式(転換後ベース)のみが含まれ、発行済オプション等が除外されます(優先株式も除外されることがあります)。
ナローベースのほうが、ブロードベースよりAの数が小さく、転換価額の下落幅が大きくなるので、投資家にとって有利となります。

森・濱田松本法律事務所 大阪オフィス