優先株式の残余財産優先分配権と普通株式への転換権
ベンチャーアメリカのベンチャー投資において、優先株式の権利として通常与えられている残余財産優先分配権と普通株式への転換権について、教えてください。また、残余財産優先分配権の違いによって、エグジット時の優先株主への分配額がどのように異なるのか、教えてください。
残余財産優先分配権(Liquidation Preference)とは、清算(みなし清算事由含む)時に、普通株主に先立って、優先株主が当初投資金額の倍数(1倍や2倍)の分配を受ける権利をいいます。また、優先株式はほぼ例外なく普通株式に転換する権利を有しており、任意での転換(Optional Conversion)と強制転換(Mandatory Conversion)の2パターンがあります。
非参加型優先株式の場合、Liquidation Preferenceまたは普通株式への転換後の持分比率に応じた分配額のいずれか多い額が優先株主に分配されることになります。一方、参加型優先株式の場合、Liquidation Preferenceと残余財産への参加権の両方を受け取ることになります。
解説
目次
残余財産優先分配権(Liquidation Preference)とは
アメリカのベンチャー投資で用いられる優先株式は、優先的な配当権(Dividends)を有していない場合もありますが、清算(Liquidation)時の残余財産分配権については、普通株主に対する優先権を常に有しています。
残余財産優先分配権(Liquidation Preference)とは、清算時に、普通株主に先立って、優先株主が当初投資金額の倍数(1倍や2倍)の分配を受ける権利をいいます。現在のアメリカのベンチャー投資においては、Liquidation Preferenceのスタンダードは1倍となっています(1xと表記します)。
さらに、優先株主は、清算時の参加権(Participation)として、Liquidation Preferenceの分配後に残余する財産について、普通株主と共有する権利を有することがあります。
ベンチャー投資において、“Liquidation”とは、会社を解散・清算して、資産や現金を会社の債権者や普通株主に分配する場合だけではなく、株主が有する持分に対して分配が生じる事由、すなわち重要な資産売却や合併、支配権の異動等も含みます。これらを、みなし清算事由(Deemed Liquidation Event)といいます。
ベンチャーキャピタルなどから投資を受けたアメリカのベンチャー企業の多くは、IPOではなくM&Aによる売却の形でエグジットするため、投資家が保有する優先株式が普通株式に転換されることは多くありません。その場合でも優先株主が投資のリターンを十分に享受できるように、残余財産優先分配権がM&Aなどのみなし清算事由にも適用されるようになっています。したがって、Liquidation Preferenceは、エグジットにおける売却額が株主間でいかに分配されるのかを左右する重要な要素となります。
残余財産優先分配権のパターン
タームシートにおいては、Liquidation Preferenceのパターンとして以下の3つが規定されています。
非参加型(Non-Participating)
非参加型優先株式は、Liquidation Preferenceの分配後の残余財産に対する参加権がなく、普通株主にプロラタで分配されます。
完全参加型(Full-Participating)
完全参加型優先株式は、Liquidation Preferenceの分配後に、普通株主と残余財産をプロラタで共有する権利を有しています。
キャップ付参加型(Capped-Participating)
キャップ付参加型優先株式は、完全参加型のようにプロラタで参加権を有しますが、分配額の合計が一定の倍率(当初投資金額の3倍など)までという制限があります。
この制限は、普通株主と共有する参加権による分配額のみではなく、Liquidation Preferenceを含めた優先株主に対する分配総額に対する制限である点に注意が必要です。
優先株式の転換権
タームシートに規定されている転換(Conversion)には、優先株主のオプションでいつでも転換できる場合(Optional Conversion)と、強制的に転換される場合(Mandatory Conversion)の2つのパターンがあります。
普通株式への転換請求権(Optional Conversion)
タームシートでは、優先株式は、いつでも任意に、1:1の割合で普通株式に転換することができるという規定が置かれています。転換比率は、株式併合・分割等が生じた場合のほか、希薄化防止条項(Anti-dilution Provisions)に基づく算定式に基づいて調整されます。
強制転換(Mandatory Conversion)
任意での転換請求権に加えて、タームシートでは、(i)一定の規模以上のIPO(適格IPO(Qualified Public Offering)といいます)または(ii)シリーズA優先株主の一定数が同意した場合に、強制的に普通株式に転換される旨の規定が置かれています。
エグジット時の優先株主への分配額
非参加型優先株式の場合
非参加型優先株式(以下、Liquidation Preference $5M, 持分33.3%, 転換比率1:1を前提とします)の場合、優先株主は、エグジットの際の売却額合計が$15M(M=百万)以上の場合にのみ普通株式への転換を行うものと考えます。なぜなら、エグジットの額が$15M以上の場合、5M株の普通株式に転換することで、売却額のうち3分の1(Liquidation Preferenceの$5M以上)の分配を受けることができるからです。
したがって、エグジット時の売却額に応じた優先株主への分配額は以下のグラフのようになります。
完全参加型優先株式の場合
完全参加型優先株式の場合、優先株主は普通株式への転換権を行使することはありません。なぜなら、優先株主は、普通株式に転換するよりも、優先株式のままLiquidation Preferenceの分配を受けたうえで普通株主とともに参加権を行使したほうが、常に多くの金額を受け取ることができるからです。
ここで、$75M以上の適格IPOによる強制転換が規定されているとします(その他の条件は上記4-1と同様とします)。$75M以上の適格IPOによりエグジットする場合、優先株式は強制的に普通株式に転換されるため、優先株主への分配額は以下のグラフの実線部分になります。エグジット時の売却額が$75M以上の場合、優先株式のままで保有する場合に比べて、優先株主への分配額は$3.3M減少します(Liquidation Preferenceとして優先的に分配されていた$5Mのうち、強制転換によって普通株主の持分である2/3の分を失うことになります)。
キャップ付参加型優先株式の場合
Liquidation Preference($5M)の4倍のキャップが付されている参加型優先株式の分配額は、以下のグラフの実線部分になります。
優先株主への分配額は、エグジット時の売却額が$50Mまでは上記4-2と同様ですが、$50M以上ではキャップの額($20M)で横ばいとなります。エグジット時の売却額が$60M以上の場合は、上記4-2と異なり強制転換を待たずに普通株式への転換権が行使され、優先株主は売却額の3分の1($20M以上)の分配を受けることになります。

森・濱田松本法律事務所 大阪オフィス