合併対価の相当性に関する質問に対する説明義務の範囲について
コーポレート・M&A合併契約の承認を行う株主総会において、合併対価の相当性について株主から質問を受けた場合、合併当事会社の役員はどの程度の内容を説明しなければならないのでしょうか。
株主が合併契約承認議案の賛否を合理的に判断するのに客観的に必要な範囲の説明が必要です。株主から求められた場合には、事前開示書面に記載された事項に留まらず、その内容を補足・敷衍する説明は行うようにするのが望ましい対応と考えます。
解説
取締役等の説明義務について
取締役、会計参与、監査役および執行役(以下「取締役等」といいます)は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合、以下の拒否事由に該当する場合を除き当該事項について必要な説明をしなければなりません(会社法314条)。
(1)株主総会の目的である事項に関しないものである場合
(2)説明をすることにより株主の共同の利益を著しく害する場合
(3)調査が必要である場合(株主が株主総会の日より相当の期間前に質問を通知していた場合、または調査が著しく容易である場合は除く)
(4)説明をすることにより会社その他の者の権利を侵害することとなる場合(5)株主が当該株主総会において実質的に同一の事項を繰り返して質問している場合
(6)正当な理由がある場合(調査に過大な費用を要する場合等)
よって、吸収合併契約または新設合併契約の承認決議を行う株主総会において、株主から合併対価の相当性に関する説明を求められた場合、取締役等は上記いずれかの事由に該当しない限り、説明義務を負うことになります。
もし、この説明義務に違反した場合、株主総会決議の方法が法令に違反することにより株主総会決議の取消事由が存在するとして(会社法831条1項1号)、合併無効事由(会社法828条1項7号)に当たる可能性があるため留意が必要です。
説明が必要になる程度について
説明義務の範囲に対する考え方
そうだとして、取締役等は、どのような内容を、どの程度説明すれば説明義務を尽くしたことになるのでしょうか。
まず、取締役等による説明義務の範囲は、株主が会議の目的事項を合理的に判断するのに客観的に必要な範囲の説明であれば足りると解されていますが(東京高裁昭和61年2月19日判決・判タ588号96頁、最高裁昭和61年9月25日判決)、個々のケースにおいてその内容は必ずしも明らかではありません。
この点、説明義務の範囲は、商法が一般的に開示を要求している事項を一応の基準と考えることができる旨判示した裁判例があり(広島高裁平成8年9月27日判決・資料版商事法務155号104頁)、株主総会の決議事項であれば株主総会参考書類の各記載事項が一応の基準であるとする見解も有力です。
会社法上、合併の事前開示書面における合併対価の相当性に関する事項は、株主総会参考書類にも記載されることになるため(会社法施行規則86条3号、4号、89条3号)、上記の考え方によれば、取締役等は、合併対価の相当性に関する事項につき、合併の事前開示書面の記載内容を超える事項については回答を行わなくても説明義務違反にはならないということになります。
もっとも、この見解に対しては異論もあります。会社法が株主総会参考書類の交付を要求したうえで、さらに取締役等に別途説明義務を認めていることを考慮すると、株主総会参考書類記載事項に含まれない事項であっても、株主総会参考書類の内容を補足・敷衍する説明は行うようにするのが望ましいと考えます。
参考となる裁判例
裁判例において争いになった具体的な事例にはどのようなものがあるのでしょうか。
以下は、完全子会社化を目的とする全部取得条項付種類株式の取得を決議した株主総会の事例になりますが、取得対価に関連する事項の説明内容として説明義務違反はないとしたものがあります(東京地裁平成22年9月6日判決・判タ1334号117頁)。あくまで説明義務の程度は、個々の事案を踏まえた判断が必要と考えますが、この裁判例は、合併対価の相当性に関する取締役等の説明義務に関しても一定の参考になると考えます。
質問事項①
Q:70円(※筆者注:株式を取得される株主に対して支払われる金額)という金額の算出方法。
会社回答内容 | 裁判所の判断(要旨) |
---|---|
会社が、株価算定のために一般的に提出すべき資料を第三者機関に提出し、ヒアリングを受けた。 第三者機関は、平成21年4月末を基準として、帳簿純資産に修正を加えた純資産法を採用した。 不透明な事業環境において、将来キャッシュフローの定量的な把握が困難なため、事業計画は利用していない。 |
具体的に説明している。 (説明義務違反なし) |
質問事項②
Q:70円という金額の算定に当たり、会社の事業の将来性、優位性等をどのように考慮したか。
会社回答内容 | 裁判所の判断(要旨) |
---|---|
これまで様々な検討、努力をしてきたが、縮小傾向にあり、マーケットのニーズがない。現在、PCにおける番号アクセスのニーズがない。従来、モバイルでの優位性はあった時期もあったが、QRコードの普及により優位性がなくなってしまい、会社の事業の先行きは不透明である。 | 具体的に説明している。 (説明義務違反なし) |
質問事項③
Q:70円という金額の算定に当たり、会社の保有する特許をどのように考慮したか。
会社回答内容 | 裁判所の判断(要旨) |
---|---|
882号特許(※筆者注:会社保有の特許)については、特許無効の審決が出ており、他の特許についても収益が出ていないので、これらの特許を評価することは難しい。 | 具体的に説明している。 (説明義務違反なし) |
質問事項④
Q:第三者機関による株価算定書および第三者機関に交付した算定の基礎資料を開示して欲しい。
会社回答内容 | 裁判所の判断(要旨) |
---|---|
評価機関より第三者に開示しないように要請されているので、開示できない。 | 対応不要。各株主に交付される普通株式1株当たり70円という金額の算出方法ないし根拠について、前記質問事項①~③への回答として具体的に説明している。平均的な株主が会議の目的たる事項を合理的に判断するのに客観的に必要な範囲に含まれないと解される。 |
※筆者注:判決原文内容における誤記と思われるものは修正して記載しております。

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