インサイダー取引規制の適用除外取引
ファイナンス 公開 更新会社関係者等が重要事実を知った場合、株式の売買等は例外なく禁止されるのでしょうか。
金融商品取引法166条6項は、証券市場の公正性と健全性および証券市場に対する投資家の信頼を損なうおそれのない取引について、インサイダー取引規制の適用を除外しています。具体的には、新株予約権の行使による株券の取得、法令上の義務に基づく売買等が適用除外取引になります。
解説
目次
適用除外の趣旨
インサイダー取引規制が定められている理由は、一般投資家に比して重要な事実を容易に知り得る立場にある内部関係者が、重要事実を知ったうえでその公表前に取引を行うことは不公平であり、このような取引が放置されれば、証券市場の公正性と健全性が損なわれ、証券市場に対する投資家の信頼を失うこととなるからです。
そうすると、このような趣旨に鑑みて規制の必要がない場合(つまり取引を許容しても証券市場の公正性等が損なわれない場合)は、インサイダー取引規制を及ぼす必要はありません。適用除外はこのような趣旨で定められています。
インサイダー取引規制の適用除外となるのは、金融商品取引法166条6項1号~12号に列挙された行為です。以下、上場会社に関する適用除外規定について、個別に説明します。
適用除外となる取引
権利の行使または義務の履行による取引
株主が有する権利の行使や法令上の義務に基づいてなされる取引は、インサイダー取引の適用除外とされています。このような取引としては、次の取引があります。
適用除外となる場合 | 根拠条文 |
---|---|
① 株主割当てによる新株発行・自己株式の処分(会社法202条1項1号)の場合に、割当てを受ける権利を有する者が当該権利を行使することにより株券を取得する場合 |
金融商品取引法166条6項1号 |
② 新株予約権を有する者が当該新株予約権を行使することにより株券を取得する場合 |
金融商品取引法166条6項2号 |
③ オプションを取得している者が当該オプションを行使することにより特定有価証券等に係る売買等をする場合 |
金融商品取引法166条6項2号の2 |
④ 株式買取請求(会社法116条1項、182条の4第1項、469条1項、785条1項、797条1項、806条1項)または法令上の義務に基づき売買等をする場合 |
金融商品取引法166条6項3号 |
①は、株式の割当てを受ける権利の行使による株券の取得ですが、そもそも新株発行は「売買等」に含まれないと解されていることから、インサイダー取引規制に該当しないことを確認した規定といえます。これに対して、自己株式の処分は「売買等」に該当することから、適用除外とすることには意味があり、これは、「重要事実」を知っている者が株主割当ての権利を行使できないのは不合理であることから、適用除外とされたと理解されています。
同様に、②③についても、権利の行使が制限されるのは不合理であることから、インサイダー取引規制の適用除外とされています。なお、新株予約権の行使により株券を取得することはインサイダー取引の適用除外ですが、取得した株券を売却することはインサイダー取引が適用されるということに留意が必要です。
④のうち、株式買取請求権の行使が適用除外とされるのは、会社法が少数株主の保護を目的として株式買取請求権を定めたことを重視したものです。また、法令上の義務に基づく売買等としては、新株予約権の行使に伴い会社が自己株式を処分する場合(新株発行はそもそも「売買等」ではありません)、単元未満株式の買取請求に応じる場合、独占禁止法に違反して所有される株式の処分等が含まれます。
防戦買い
防戦買い、すなわち次の行為は、非常時における正当な行為であることから、インサイダー取引の適用除外取引とされています。なお、会社の取締役会等の要請に基づく場合に限られることに注意が必要です。
適用除外となる場合 | 根拠条文 |
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⑤ TOB等の買集め行為に対抗するため、上場会社の取締役会等が決定した要請に基づいて、当該上場会社の特定有価証券等または特定有価証券等の売買に係るオプションの買付けその他の有償の譲受けをする場合 |
金融商品取引法166条6項4号 |
自己株式の取得
(1)適用除外とされる自己株式取得の概要
自己株式取得がインサイダー取引規制の適用除外となるのは、以下の場合です。
適用除外となる場合 | 根拠条文 |
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⑥ 自己株式の取得についての株主総会・取締役会の決議(会社法156条1項各号に掲げる事項に係るものに限る。以下「株主総会決議等」という)について、公表(当該株主総会決議等の内容が業務執行決定機関の決定と同一の内容であり、かつ、当該株主総会決議等の前に当該決定について公表がされている場合を含む)がされた後、当該株主総会決議等に基づいて自己株式の買付けをする場合(当該自己株式の取得についての決定以外の重要事実について公表がされていない場合を除く) |
金融商品取引法166条6項4号の2 |
自己株式の取得は、①株主総会決議(市場取引等による自己株式取得につき定款授権がある場合は、株主総会または取締役会の決議)により、取得株式数、取得対価の内容・総額、取得期間を定め(会社法156条1項、165条2項・3項)、その後に、②取得の都度、取締役会決議により、取得予定日や取得数量等を個別に決定しなければなりません(会社法157条1項・2項)。そして、本来、①の決議、①の株主総会を招集するための取締役会決議、②の決議等がそれぞれ「重要事実」(金融商品取引法166条2項1号ニ)になることから、個々の決定がなされた場合に逐一公表しなければ、自己株式の取得ができないことになります。
上記適用除外は、①の株主総会決議(または、当該株主総会決議等の内容と同一内容の業務執行決定機関の決定)が公表されている場合には、その後の個別の決定を公表していない場合でも、自己株式の取得を可能にする趣旨です。
(2)主な留意点
自己株式取得の適用除外についての留意点の1つ目は、適用除外とされるのは買主である会社のみであって、売主である株主は適用除外とならないことです。このため、たとえば売主が②の決定を知っている場合には、売主についてはインサイダー取引規制が適用されることになります。したがって、特定の株主から自己株式を取得するような場合には、事前に個別の決定を公表したうえで、取得することになります。取得方法等については、東京証券取引所の「東証市場を利用した自己株式取得に関するQA集」のQ8以下をご参照ください。
留意点の2つ目は、自己株式の取得以外の重要事実がある場合は、その公表がなされていなければならないことです。したがって、自己株式取得を行うためには、他の重要事実がないかどうかを確認しておく必要があります。
(3)信託方式・投資一任方式による自己株式取得
上記のとおり他の重要事実がある場合は、その公表前に自己株式取得を行うことはできません。このような場合でも、自己株式取得を行うための方法として、信託方式・投資一任方式による自己株式取得が行われています。金融庁の「インサイダー取引規制に関するQ&A」問1によれば、以下のような場合には、基本的にインサイダー取引規制に違反しないとされています。
(a) 信託契約または投資一任契約の締結・変更が、当該上場会社により重要事実を知ることなく行われたものであって、
(b) ①当該上場会社が契約締結後に注文に係る指示を行わない形の契約である場合、または、②当該上場会社が契約締結後に注文に係る指示を行う場合であっても、指示を行う部署が重要事実から遮断され、かつ、当該部署が重要事実を知っている者から独立して指示を行っているなど、その時点において、重要事実に基づいて指示が行われていないと認められる場合
安定操作取引
安定操作取引は、相場の安定を目的として行われる一連の取引であり、金融商品取引法が相場操縦を禁止する中で、厳格な要件の下で例外的に許容されています。このような規制の下で行われる安定操作取引については、インサイダー取引の適用除外とされています。
適用除外となる場合 | 根拠条文 |
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⑦ 金融商品取引法159条3項の政令(金融商品取引法施行令20条)で定めるところにより売買等をする場合 |
金融商品取引法166条6項5号 |
普通社債券の売買等
次のように、普通社債券の売買等は原則としてインサイダー取引規制の適用除外とされています。
適用除外となる場合 | 根拠条文 |
---|---|
⑧ 社債券(新株予約権付社債券を除く)その他の政令で定める有価証券に係る売買等をする場合(取引規制府令58条で定める場合を除く) |
金融商品取引法166条6項6号 |
これは、普通社債への投資は、基本的に発行会社の財務状態を信頼してなされるものであることから、財務状態に直接影響を及ぼさない重要事実を知っている場合にインサイダー取引規制を及ぼす必要がないという趣旨です。
そのため、財務状態に直接影響を及ぼす事実、たとえば、解散や倒産手続きの開始など、取引規制府令58条で定める事項については、適用除外とはされていません。
知る者同士の市場外取引(クロクロ取引)
重要事実を知っている者同士が証券市場外で取引を行う場合(「クロクロ取引」と呼ばれています)、情報の偏りを利用した投資行為が行われるわけではないため、証券市場の公正性および健全性を害する危険がなく、インサイダー取引規制の適用が除外されています。
適用除外となる場合 | 根拠条文 |
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⑨ 重要事実を知った者が当該重要事実を知っている者との間において、売買等を取引所金融商品市場または店頭売買有価証券市場によらないでする場合(当事者双方において、当該売買等に係る特定有価証券等について、インサイダー取引規制に違反して売買等が行われることとなることを知っている場合を除く) |
金融商品取引法166条6項7号 |
売買等の当事者において知っている「重要事実」が同じである必要があり、かつ、その後にインサイダー取引規制違反の売買等が行われる場合を含まないことから、実務的には、認識している重要事実を特定すること、重要事実を知らない第三者に転売しないことを書面で確認しておく必要があります。
なお、会社関係者や第1次情報受領者の間の売買等だけでなく、第2次情報受領者が売買等の当事者となる場合も上記適用除外となり得ます。
また、いわゆるToSTNeT取引等の立会外取引は、市場取引であり、かかる適用除外にはなりません。
組織再編に関連する一定の取引
合併等の組織再編に関連して、上場株式の売買等がなされる場合がありますが、次の取引は、インサイダー取引規制の適用除外とされています。
適用除外となる場合 | 根拠条文 |
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⑩ 合併、分割、事業譲渡・譲受け(以下「合併等」という)により特定有価証券等を承継させ、または承継する場合であって、当該特定有価証券等の帳簿価額の当該合併等により承継される資産の帳簿価額の合計額に占める割合が20%未満であるとき |
金融商品取引法166条6項8号、取引規制府令58条の2 |
⑪ 合併等の契約・計画の内容の決定についての取締役会の決議が、重要事実を知る前にされた場合において、当該決議に基づいて当該合併等により当該上場会社等の特定有価証券等を承継させ、または承継するとき |
金融商品取引法166条6項9号 |
⑫ 新設分割(共同新設分割を除く)により新設分割設立会社に特定有価証券等を承継させる場合 |
金融商品取引法166条6項10号 |
⑬ 合併等、株式交換または株式交付に際して当該合併等、株式交換または株式交付の当事者である上場会社等が有する当該上場会社等の特定有価証券等を交付し、または当該特定有価証券等の交付を受ける場合 |
金融商品取引法166条6項11号 |
⑩は、合併等に際して株券等を承継する場合でもインサイダー取引規制の対象となるものの、承継される株券等の帳簿価額が、承継対象の全体の20%未満である場合は、多額の費用と労力をかけてまでインサイダー情報を利用した取引を行うインセンティブに乏しいため、危険性の低い取引としてインサイダー取引規制の適用除外とされています。
⑪は、重要事実を知る前に、合併等の契約が取締役会決議を経て締結された場合は、当該合併等による株券等の承継は、重要事実とは無関係に行われることから、インサイダー取引規制の適用が除外されています。
⑫は、新設分割による承継を適用除外とするものです。新設合併は、新たな会社を設立したうえで、分割会社の事業を設立会社に承継させる組織再編手続であり、第三者との取引という性質を有しないためです。
⑬は組織再編に伴う対価の交付を、インサイダー取引規制の適用除外とするものです。
知る前契約・計画の履行・実行として行われる売買等
重要事実が未公表でも、かかる重要事実を知る前から締結されていた契約や作成された計画(「知る前契約・計画」などと呼ばれます)に基づいて行われる売買等であれば、当該重要事実とは無関係に行われる取引であるため、証券市場の公正性および健全性を害する危険がないものとして、インサイダー取引規制の適用が除外されています。
適用除外となる場合 | 根拠条文 |
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⑭ 上場会社等に係る重要事実を知る前に締結された当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等に関する契約の履行、または上場会社等に係る重要事実を知る前に決定された当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等の計画の実行として売買等をする場合、その他これに準ずる特別の事情に基づく売買等であることが明らかな売買等をする場合(内閣府令で定める場合に限る) |
金融商品取引法166条6項12号 |
当該適用除外規定の潜脱を防止するため、取引規制府令59条1項各号において、要件や手続が厳格に定められています。取引規制府令59条1項各号で定められているものの概要は以下のとおりです(なお、上場会社に関係しない8号の2は除きます)。
1号 | 重要事実を知る前に締結された書面による契約の履行として、契約上の履行期日または履行期限の10日前から当該期限までの間において売買等を行う場合 |
2号 | 重要事実を知る前に締結された信用取引の反対売買を繰延期限の10日前から当該期限までの間に行う場合 |
3号 | 重要事実を知る前にクレジット・デリバティブ取引に関する書面による契約を締結した者が、クレジット事由が発生した場合に当該契約の履行として当事者の間において金銭を授受するとともに、当該特定有価証券等を移転する場合 |
4号・5号 | 証券会社方式・信託銀行方式の役員・従業員持株会による買付けで、当該買付けが一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(各役員または従業員の1回当たりの拠出金額が100万円に満たない場合に限る) |
6号・7号 | 証券会社方式・信託銀行方式の関係会社の従業員持株会による買付けで、当該買付けが一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(各従業員の1回当たりの拠出金額が100万円に満たない場合に限る) |
8号 | 取引先持株会による買付けで、当該買付けが一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(各取引関係者の1回当たりの拠出金額が100万円に満たない場合に限る) |
9号 | 累積投資契約による買付けで、当該買付けが一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(各顧客の1銘柄に対する払込金額が1月当たり100万円に満たない場合に限る) |
10号 | 重要事実を知る前に公開買付開始公告を行った公開買付けの計画に基づき買付け等を行う場合 |
11号 | 重要事実を知る前に公開買付届出書の提出をした発行者による公開買付けの計画に基づき買付け等を行う場合 |
12号 | 重要事実を知る前に、発行者の同意を得た特定有価証券の売出し等に係る計画に基づき当該特定有価証券の売出し等(金融商品取引業者が売出しの取扱いを行うものに限る)を行う場合 |
13号 | 重要事実を知る前に公開・公衆縦覧に供された新株予約権無償割当て(取得条項が付されたものに限る)に係る計画(金融商品取引業者に当該取得をした新株予約権証券の売付けをするものに限る)に基づき、発行者が、(i)当該計画で定められた当該取得をすべき期日または当該計画で定められた当該取得をすべき期限の10日前から当該期限までの間において当該取得をする場合、および(ii)当該計画で定められた当該売付けをすべき期日または当該計画で定められた当該売付けをすべき期限の10日前から当該期限までの間において当該売付けをする場合 |
14号 | 重要事実を知る前に締結された売買等に関する書面(金融商品取引法13条5項に規定する電磁的記録を含む)による契約・計画の履行・実行として売買等を行う場合であって、当該契約もしくは計画またはこれらの写しが第一種金融商品取引業者に対して提出され、当該提出の日付について当該金融商品取引業者による確認を受けている等の措置が講じられ、かつ、売買等の別・銘柄・総額等が当該契約・契約において特定されまたは裁量の余地がない方式により決定されること |

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