組織再編の対価として定められた価格よりも、株式買取請求の結果裁判所が判断した「公正な価格」が高い場合の取締役の責任は

コーポレート・M&A

 私は、上場会社(A社)の取締役の地位にあります。A社は、間もなく上場会社であるB社との株式交換を行い、B社の完全子会社になる予定です。この株式交換に際しては、A社の株主に対して株式交換の対価として現金が交付される予定です。仮に、株式交換に反対するA社株主が株式買取請求および価格決定申立を行い、株式交換の対価よりも高額の買取価格が裁判所により決定された場合、我々取締役は、株式交換に応じたA社株主に対し、裁判所が決定した価格と株式交換の対価額との差額について任務懈怠による損害賠償義務を負うことになるのでしょうか。

 株式交換において交付される対価額に比べ裁判所の決定額の方が高額であった場合でも、ただちに取締役が任務懈怠による損害賠償義務を負うことにはならないと考えます。ただし、株式交換の条件合意に至るまでの過程において、取締役が判断の前提となる事実を認識するために必要な情報の収集や分析を誤った場合、あるいはその意思決定の過程や内容が企業経営者として不合理、不適切なものであった場合には、A社株主に対して任務懈怠による損害賠償義務を負う可能性があると考えます。

解説

目次

  1. 組織再編の条件設定に関する取締役の責任について
  2. 裁判所の株式買取価格決定による影響

組織再編の条件設定に関する取締役の責任について

 組織再編の当事会社における取締役は、公正な条件で組織再編を行うよう努める義務があると考えられています。

 この点、下級審レベルでの裁判例になりますが、独立した企業間における共同株式移転のケースで、共同株式移転完全子会社となる会社の代表取締役が、公正な株式移転比率を定めるべき任務を懈怠したとして、同社の株主から会社法429条に基づく損害賠償請求を受けた事案で、裁判所は、

「株式移転比率の合意には、将来にわたる企業経営の見通しやシナジーの予測等を踏まえた会社の経営者としての専門的かつ総合的な判断が必要となるというべきである。したがって、このような判断事項の内容や性質等に照らし、株式移転比率に関する合意の任務に当たる取締役の判断が善管注意義務に違反するというためには、その判断の前提となった事実を認識する過程における情報収集やその分析に誤りがあるか、あるいは、その意思決定の過程や内容に企業経営者として明らかに不合理な点があることを要するものというべきである。」

との判断を示したうえで、大要、

  1. 独立した第三者機関による財務デュー・ディリジェンスが行われ、かつ当該デュー・ディリジェンスは通常よりも念入りに行われたものである

  2. 株式移転比率は、独立した第三者機関が行った算定結果を参考にしながら、協議・交渉を重ねた上で合意された

  3. 株式移転比率は、かかる価値算定における評価レンジの範囲内にあるか、レンジよりも有利なものである

  4. 当該第三者機関からフェアネスオピニオンが表明されている

という事実を認定し、「判断の前提となる事実を認識するために必要な情報の収集や分析を誤ったということはできず、また、その意思決定の過程や内容が企業経営者として不合理、不適切なものであったということもできないことは明らかである」として、共同株式移転完全子会社となる会社の代表取締役に善管注意義務違反となるべき任務懈怠があるということはできないと結論付けました(東京地裁平成23年9月29日判決・判タ1375号187頁)。

 この裁判例は、いわゆる「経営判断の原則」として取締役に幅広い裁量を認める考え方に基づくものです。一般に上場会社における組織再編の事例では上記事案と同等またはこれに準じた措置が実施されていることが多く、そのような事例において組織再編の条件に関し取締役の善管注意義務違反となる任務懈怠が認められるケースは少ないように思われます。

【裁判例の考え方】

東京地裁平成23年9月29日判決・判タ1375号187頁

東京地裁平成23年9月29日判決・判タ1375号187頁

裁判所の株式買取価格決定による影響

 そうだとしても、反対株主による株式買取請求が行われ、裁判所が決定した株式買取価格が組織再編における対価額を上回っていた場合でも、取締役は責任を負わないのでしょうか。

 この点、公開買付けと全部取得条項付種類株式の取得の方法によるMBOにおける役員の損害賠償責任の有無が問題になった裁判例が参考になります(東京高裁平成25年4月17日判決・判タ1392号226頁。以下「高裁裁判例」といいます)。

 この事件は、別件である全部取得条項付種類株式の価格決定申立事件において、裁判所により公開買付価格(1株23万円)よりも高い価格(1株33万6966円)が公正な価格として決定され確定したことにより(最高裁平成21年5月29日判決・金融・商事判例1326号35頁)、株主がMBOにおける公開買付価格で株式を手放すことを余儀なくされたため、適正価格である裁判所の決定価格と公開買付価格との差額に相当する損害を被ったとして、会社役員らに対して善管注意義務違反を理由とする損害賠償を求めた事案です。

 本件高裁裁判例の事案において、裁判所は、

  1. 取締役及び監査役は、善管注意義務の一環として、MBOに際し、公正な企業価値の移転を図らなければならない義務を負うと解するのが相当であり、MBOを行うこと自体が合理的な経営判断に基づいている場合でも、企業価値を適正に反映しない買収価格により株主間の公正な企業価値の移転が損なわれたときは、取締役及び監査役に善管注意義務違反が認められる余地があるものと解される

  2. (裁判所の株式買取価格の決定は)訴訟手続における立証責任の分配に従って、公正価値移転義務違反の有無について判断したものではなく、会社法172条1項に基づく取得価格決定の制度の趣旨を踏まえた裁判所の合理的な裁量により判断したものであるから、別件高裁決定の内容が、直ちに公正価値移転義務違反の判断に結びつくものではない

旨の判断を示しました。

 MBOに関する事件でもあり、これが組織再編の事例に当てはまるかについては慎重な検討が必要といえます。ただ、の、裁判所の価格決定と役員責任の関係についての判断内容は、組織再編についても参考になると思われます。

 そうすると、裁判所による株式買取価格の決定額自体は、必ずしも取締役の善管注意義務違反を認めるものではなく、あくまで前記1の①~④の判断基準を参考に検討することになると考えられます。

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