営業秘密とは何か
知的財産権・エンタメ 当社の顧客情報データは、施錠付きサーバー室内のサーバーで一元管理・保存されており、このデータへのアクセスは情報セキュリティ管理者が承認した営業本部の従業員数名に限定され、ログイン時には個別のIDとパスワードの入力が求められます。
他方で、このデータの一部は、営業本部の従業員であれば、職務上記憶しており、また、営業活動のために、プリントアウトして自宅に持ち帰るなどしています。このデータは、営業秘密に当たると理解してよいでしょうか。
営業秘密に当たるという理解で結構です。
貴社の顧客情報データは、営業秘密の要件である、営業秘密性、有用性、非公知性をいずれも満たしている営業上の情報であるといえますので、営業秘密に当たると考えられます。
解説
目次
営業秘密とは
不正競争防止法(以下「不競法」といいます)2条6項は、「この法律において『営業秘密』とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」と規定し、営業秘密を秘密管理性、有用性、非公知性を有する技術上または営業上の情報と定義しています。
したがって、営業秘密であるというためには、単に技術上または営業上の情報であれば良いわけではなく、秘密管理性、有用性、非公知性という3つの要件を満たす必要があります。これを図示すると、以下の図のようになります。
秘密管理性
秘密管理性とは
秘密管理性とは、文字どおり、情報が秘密として管理されていることという要件ですが、以前から、どの程度の秘密管理措置がなされていれば、この要件を満たすことになるのか不明確であり、予測可能性がないという指摘がなされていました。また、実際の訴訟においても、最高裁判所の判例が未だ存在しないこともあって、この要件は非常によく争われ、秘密管理性がないという理由で原告側が敗訴する事案も枚挙にいとまがありませんでした。
そこで、経済産業省は、平成27年1月28日、不競法の平成27年改正に先立って、「営業秘密管理指針」を全部改訂し、秘密管理性の要件に求められる秘密管理措置の程度を明確化する試みを行っています(以下「管理指針」といいます)。
以下では、管理指針にしたがって解説を加えますが、管理指針は、あくまで経済産業省が行政の立場から一つの考え方を示したものであり、法的拘束力を持つものではなく、必ずしも個別事案の解決が管理指針に基づいてなされるわけではないことにご留意ください。
なぜ秘密管理性という要件が必要か
秘密管理性という要件が必要とされる趣旨については、いくつかの考え方がありますが、管理指針は、情報は本来誰でも自由に取得し、使用できるものであるところ、従業員や取引先にとって、ある情報が法的に保護される他人の営業秘密であるかどうかは容易に知り得ないことから、企業が秘密として管理しようとする対象を明確化させて、従業員等の予見可能性、ひいては経済活動の安定性を確保することにあるとしています。
秘密管理措置はどの程度必要か
それでは一体どの程度の秘密管理措置を取っていれば、秘密管理性の要件が満たされることになるのかという点が問題になります。
この点、管理指針は、秘密管理性の要件が満たされるためには、営業秘密保有企業が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは不十分で、営業秘密保有企業の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる(換言すれば、認識可能性が確保される)必要があるとしています。
もっとも、具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度については、残念ながら画一的な基準はなく、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情によって異なるとされていますので、個別具体的な状況に応じた措置を講ずることが必要となります。
秘密管理措置の内容・具体例
秘密管理措置は、営業秘密となる情報を営業秘密ではない他の一般情報から合理的に区分する措置(合理的区分)と当該情報が営業秘密であることを明らかにする措置とで構成され、後者については、当該情報に合法的かつ現実的に接触する者を限定する方法などに加えて、営業秘密が記録されている媒体の違いに応じて、管理指針において、以下のような具体例が挙げられています。
媒体の種類 | 具体例 | |
---|---|---|
1 | 紙媒体の場合 |
|
2 | 電子媒体の場合 |
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3 | 物件に化体する場合 |
|
4 | 媒体がない場合 |
|
5 | 複数媒体の場合 |
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本問の事例は秘密管理性を満たすか
本問では、問題の顧客情報データは、施錠付きサーバー室内のサーバーで一元管理・保存されており、合理的区分がなされている上、当該データへのアクセスは情報セキュリティ管理者が承認した営業本部の従業員数名に限定されており、この情報に合法的かつ現実的に接触する者の限定がなされているほか、ログイン時には個別のIDとパスワードの入力が求められていて、電子媒体で保存されている場合に、当該情報が営業秘密であることを明らかにする措置が取られています。
問題の顧客情報データに含まれる情報の一部は、従業員が職務上記憶し、営業活動のためにプリントアウトされて紙媒体で保存されているようですが、上記のような秘密管理措置によって、それらの情報が営業秘密に当たることは十分に認識可能であると考えられます。
以上により、事例の顧客情報データの秘密管理性は問題なく認められるものと考えられます。
有用性とは
有用性とは、財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業活動にとって有用な情報、すなわち、広い意味での商業的価値が認められる情報であることをいいます。この有用性についても、営業秘密の保有者の主観によってではなく、客観的に認められる必要がありますが、事業活動に直接役立つ場合に限らず、間接的ないし潜在的に役立つものであればよく、また、現在のみならず将来の事業に役立つ場合も含むと解されていますので、有用性が否定される情報(秘密管理性や非公知性を満たす情報であればなおさら)は多くありません。
一般に、顧客情報データは、顧客に関する情報を一覧性のある状態で確認することを可能にし、事業活動の効率性を高める情報であること等から有用性を有する情報であるところ、本問の顧客情報データも、問題なく有用性の要件を満たすものと考えられます。
非公知性とは
非公知性とは、新聞、雑誌などの刊行物、インターネット等に記載されていない、一般には入手できない情報であることをいいます。
この点、一般に、顧客名簿に含まれる情報のうち、社名や所在地等はインターネット等で公開されている場合も少なくないことから、非公知性を争われる場合がありますが、仮に情報の一部に公知の情報が含まれていても、非公知部分の情報の非公知性は失われないとした裁判例も存在しますので、インターネット上で入手した社名や所在地を単にリストアップしただけという場合でもない限り、全体として非公知性を否定されることは稀であろうと考えます。
本問の顧客情報データも、問題なく非公知性の要件を満たすものと考えられます。
まとめ
管理指針は、とりわけ、秘密管理性の要件を理解する上で大変参考になりますので、ぜひご確認いただきたいと思いますが、秘密情報の漏えいを未然に防止するためのより高度な対策については、経済産業省が、平成28年2月8日に「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~」を公表していますので、ぜひそちらもご参照ください。

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