ベトナム企業が交渉に用いる常套手段と対策

国際取引・海外進出

 ベトナム企業やベトナム人相手の交渉をしていると日本ではあまり直面することがないような手法が用いられると聞くことがあります。具体的にはどのような内容なのでしょうか。また、対策があれば教えてください。

 ベトナム企業は、秘密保持契約を結んでいたとしても契約交渉の事実をメディアにリークして交渉を優位に進めようとしたり、非現実的と思われる業績予測を根拠に高額な買収価格を提示したりすることがあります。
 日本人とベトナム人の意思決定のスタイルや、重視されている価値観の違いを理解したうえで、相手に振り回されず、粘り強く交渉することがポイントです。
 買収価格についてどうしても折り合わない場合や、急ぐ事情がある場合には、株式売買契約において、いわゆる「アーンアウト」というアレンジが検討されることもあります

解説

目次

  1. 日本人とベトナム人の交渉、意思決定のスタイルの違い
  2. メディアを利用した既成事実化
    1. 契約交渉の事実が突然メディアに掲載された事例
    2. 秘密保持契約は期待できない
    3. 仮にメディアに公表されたとしても、基本的には、交渉戦略の変更は必要ない
  3. アグレッシブな価格に関する主張
    1. 非現実的な業績予測による買収価格が提示された事例
    2. 金銭が絡むとタフ・ネゴシエイターに変貌することも
    3. 折り合わない場合はアーンアウトを検討する

日本人とベトナム人の交渉、意思決定のスタイルの違い

 日本企業がベトナム企業と交渉を行う場合、両者のスタイルの違いによって交渉が決裂してしまうことも少なくありません。交渉を成功させるためには、両者の違いを十分に理解したうえで対応する必要があるでしょう。

 ここではM&A案件を例に、メディアを利用した既成事実化やアグレッシブな価格の主張というありがちな契約交渉上のエピソードを踏まえ、解説を行います。以下の事例はM&A案件に限らず、ベトナム人相手に交渉を行ううえで当てはまる要素も多くあります。

 ベトナム企業による、突然の前言撤回や条件変更といった事例については「ベトナム企業との交渉における先方企業からの前言撤回、条件変更への対策」をご参照ください。

メディアを利用した既成事実化

契約交渉の事実が突然メディアに掲載された事例

事例
日本企業J社による、ベトナム企業V社を買収するM&A案件において、価格を含む諸条件の契約交渉が大詰めを迎えていたが、買収価格で両当事者の主張の開きは大きく、J社の経営陣としては、「こちらが提案している買収価格で合意に至らなければ、破談もやむ無し」とのスタンスでV社を揺さぶり、自社に有利な買収価格を引き出す戦略であった。当該案件において、V社の筆頭株主および交渉相手はベトナム政府であり、ベトナム政府内でも複数の当局から同意を取り付けることが必要な案件であった。

しかし、ある日突然、ベトナムのメディアにJ社とV社とのM&A案件についての記事が掲載され、その記事には、最大の争点であった買収価格についても、V社が主張する価格に近い価格での合意が見込まれるとの内容が記載されていた。

J社は、何ら決定している事実はない旨のプレスリリースを公表することで事態の火消しに努めたが、V社と交渉している事実が一般に知られることになった。J社は、取引が破談となった場合に自社のレピュテーションに与える悪影響を懸念するあまり、「こちらが提案している買収価格で合意に至らなければ、破談もやむ無し」とのスタンスでの交渉戦略が、事実上とり難くなってしまった。また、交渉相手であるベトナム政府からも、メディアによって公表された価格より不利な条件での取引を行うことでは、関係部局の同意が得られないとの見解が示された。

結果、J社のバーゲニングパワーは低下し、やむなく、V社が主張する価格での合意を余儀なくされた。

秘密保持契約は期待できない

 日本企業同士のM&A契約交渉の場合には、秘密保持契約や互いの信頼関係に基づき、契約交渉している事実については互いに秘密を厳守し、合意に至ってはじめて、案件が公表されることが通常です。契約交渉している事実が公表されると、社内外の様々なステークホルダーとの調整が必要となり、合意形成が難しくなってしまう可能性が高いからです。

 これに対し、ベトナム人・ベトナム企業を相手に交渉する場合、たとえ秘密保持契約を結んでいたとしても、相手方による秘密保持の厳守はあまり期待できません。これは、日本とベトナムの間で、そもそも秘密保持に対する意識レベルにおいて大きな差があることもさることながら、ベトナム人・ベトナム企業が、「自分たちにとって、交渉上、一見有利になりそうなことは、(もたらされる結果についての深い熟慮なしに)何でもやる」という交渉スタンスをとる場合が多いこともあげられます。事例のように、自分たちにとって有利に契約交渉を運ぶためにメディアでのリークを行い、自分たちの主張を既成事実化して交渉を押し切ろうとすることもあります。

 リークによって、調整が必要なステークホルダーの数が増加しますので、日本企業側の意図していた交渉戦略や交渉スケジュールにも影響が及びます。日本企業側が、メディアによって公表された際の対策を事前に十分検討していない場合には、リーク時に慌ててしまい、取引が破談になることによるイメージの低下を気にするあまり、ベトナム人・ベトナム企業に対して強い交渉ポジションを失ってしまうこともあります。また、ステークホルダーとの調整が上手くいかずに、相手方の主張を受け入れざるを得なくなるケースも出てきます。

仮にメディアに公表されたとしても、基本的には、交渉戦略の変更は必要ない

 秘密保持契約の締結は一つの対策ではありますが、それによっても、リークを完全に防ぐことはできません。ベトナム側によるメディアへのリークが行われる可能性があることを想定し、事前にリーク時の対策を練っておくことが肝要です。
 仮にメディアに公表されたとしても、基本的には、交渉戦略の変更は必要ないはずです。一度明らかになった案件の破談によって経営トップのメンツが失われることを過度に懸念する向きもありますが、経済的に合理的な理由があって、それをきちんと対外的に説明ができれば、会社のレピュテーションの低下が起こる可能性もそれほど高いわけではないと言えます。

アグレッシブな価格に関する主張

非現実的な業績予測による買収価格が提示された事例

事例
日本企業J社による、ベトナム企業V社を買収するM&A案件において、J社は、V社の過去の業績を基に今後の業績予測を立て、国際標準のバリュエーションの手法とも言えるDCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法に基づき合理的といえる買収価格を提示したが、売主であるV社の株主側からは、それとはかけ離れた高額の買収価格が提示された。J社が、その根拠について説明を求めたところ、バリュエーションの根拠となっている今後の業績予測が、およそ非現実的なものであることがわかった。

J社は何度も売主側に対して、その業績予測が非現実的であることを説明して減額交渉を試みたが、V社は、実現可能な計画であるとして、自らの主張を繰り返すのみで、交渉が全く前に進まない状況となった。

金銭が絡むとタフ・ネゴシエイターに変貌することも

 一般論ではありますが、ベトナム人相手に、金銭が絡む事柄について交渉を行う場合、合意に至るのに苦労することが多いように思われます。
 普段は穏やかな人物でも、金銭が絡む事柄について交渉をすると、急にタフ・ネゴシエイターに変貌し戸惑うこともあります。

 特に、M&A案件における価格交渉では、買収対象会社の将来の業績予測をどう捉えるかによって、買収対象会社の企業価値が全く異なってくるので、売り手と買い手それぞれの主張が折り合わないことも多くあります。日本企業側は通常、合理的な根拠に基づき価格の提案が行われますが、ベトナム側は、そのような日本企業側の観点から見れば到底非現実的と思われる業績予測を根拠に、高額な買収価格を提示してくることもあります。

折り合わない場合はアーンアウトを検討する

 このような場合、焦らずに粘り強く交渉を続けることで、相手方の主張が軟化することもありますが、どうしても折り合わない場合や、こちらに急ぐ事情がある場合には、株式売買契約において、いわゆる「アーンアウト」というアレンジが検討されることがあります。

 「アーンアウト」とは、株式売買契約において、一部の対価の支払いを、一定の条件が成立したことを条件に行う手法を言います。より具体的には、買収対象事業の業績評価の鍵となる指標を特定し、M&A成立後の一定の期間(1年から3年程度が多い)において、当該指標が達成された場合には、買主が売主に対して、それに見合った支払いを行う旨が約束されます。なお、後払い分の株式譲渡代金について、ベトナム側は、「目に見えるところ」に金銭が留保されていることを強く求める傾向があるため、買主の手元ではなく、銀行に開設するエスクロー口座に預金しておくというアレンジが採られることも多いです。

 このような合意により、買主側は、買収対象会社が所定の業績を達成しなかった場合、更なる支払いを行う必要はなく、高い買い物をするリスクを避けることができますし、売主側に、「自分達の業績予測にそこまで自信があるなら、業績達成を条件とする支払であっても受け入れ可能であるはずだ」と主張することが可能です。

 なお、売主となる買収対象会社の株主が個人であって、M&A成立後も買収対象会社のマネージメントとして残る場合には、(経済的にはアーンアウトと類似しますが)売主個人の役員報酬を、業績連動型とする旨取り決めることも考えられます。

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