都庁の取組み例から学ぶ、伝統組織のデジタル活用・推進法 - デジタル化の着手はシステム環境の整備と業務をとおした実践から

IT・情報セキュリティ

目次

  1. 「シン・トセイ」の理念は、実践により職員に普及
  2. テレワーク制度を活用できるよう、すべての都庁職員へ新たなパソコンを配備
  3. ICT人材が活躍できるよう、既存職員が組織内でのコミュニケーションをサポート
  4. デジタル化に着手するうえでは、まず実践を通じた取組みを

新型コロナウイルスの感染拡大から1年以上が経過するなか、リモートワークをはじめとした働き方の変化やデジタル活用などによる、新しいビジネス環境への対応ができている組織とできていない組織の違いが顕著になりつつあります。

伝統的な体制や慣習が障害となり、変化への対応が進められていない企業や、これからの着手を考える組織では、まずどのように1歩目を踏み出すべきでしょうか。

本稿では、伝統的な行政組織である東京都において、デジタル化の推進や、ICT人材の採用に取り組む4名の担当者にインタビュー。東京都は近年、「シン・トセイ 都政の構造改革QOSアップグレード戦略」(2021年3月。以下、「シン・トセイ」)をはじめとしたデジタル化へ向けた戦略を相次いで公表し、2021年4月には、デジタルサービス局を立ち上げるなどデジタルの活用を積極的に進めています。

「システム環境の整備から着手する」「掛け声だけでなくまずは実践してみる」といったポイントをはじめ、伝統組織におけるデジタル化の進め方について東京都の取組みを例に紹介します。

※本記事の取材は2021年3月下旬に実施しました。記事内における肩書は取材当時のものです。

「シン・トセイ」の理念は、実践により職員に普及

みなさまのご担当業務について教えてください。

小野氏:
私は政策企画局の構造改革担当課長を務めております。DX(デジタルトランスフォーメーション)を梃子とした、制度や仕組みの根本にまで遡って構造改革を進めることによる都政のQOS(Quality of Service)向上に取り組んでおり、「シン・トセイ」の策定にも携わってきました。

南氏:
私も同じく政策企画局の構造改革担当課長として、「シン・トセイ」に関わる事項について各局の窓口、調整等を担当しています。

前林氏:
私がいる戦略政策情報推進本部は4月1日にデジタルサービス局に変わる本部であり、都庁内のDXに向けた取組みを支援しています。私は企画調整担当課長として局の広報の窓口も担っています。

星埜氏:
都庁の人事施策の企画立案を担う総務局 人事部に所属しています。なかでも私は人事企画担当課長として、採用や育成、研修を中心に担当しています。

2021年3月に「シン・トセイ」を公表されていますが、都庁内では現在、改革へどのように取り組まれていますか。

小野氏:
都政のQOS、都民のQOL(Quality of Life)を高めるために、「シン・トセイ」に掲げる「7つのコア・プロジェクト」や「各局リーディング・プロジェクト」など様々な取組み(エグゼクティブサマリー(図1)参照)を進めています。たとえば、「未来型オフィス」での新しい働き方や、具体の目標値を設定している「5つのレス(ペーパーレス、FAXレス、はんこレス、キャッシュレス、タッチレス)」達成に向けた取り組みなど、様々なプロジェクトの実践を通じて理念の浸透を図っており、また、こうした様々な改⾰のなかで出てきた課題を解決に繋げるべく⽇々取り組んでいます。

図1 「シン・トセイ」エグゼクティブサマリー

図1 「シン・トセイ」エグゼクティブサマリー

現場では新たにデジタル化のための業務を行うのではなく、日々の業務のなかでできるところからデジタル化に取り組んでいるんですね。

前林氏:
特別な研修などを行うわけではなく、「シン・トセイ」で定めた目標に向けて業務に取り組むことで方針の実現にあたっています。

多くの方は、公務の職場には古い組織や慣習が残っており、効率化が進んでいないことをイメージされると思いますし、私たち自身も働くなかで、そう感じる部分もあります。しかし、行政サービスを提供するうえで、業務の効率化は取り組むべき永遠の課題です。特に現在は、DXという考え方にも基づいて「どう都庁組織を変えていくのか」「効率化を図っていくのか」を検討し、「シン・トセイ」で定めた方針に対して都庁一丸で取り組んでいます。

東京都では「シン・トセイ」の公表前から、「都政の構造改革レポート ver.0 ~都政のQOS向上のために~」(2020年11月27日)を策定するなどデジタル化の推進に取り組んでいましたが、東京都のデジタル化へ向けた動きが特に加速したと感じるポイントはありましたか。

南氏:
やはり新型コロナウイルスの流行は大きな契機でした。対面業務を減らしたり通勤を抑制したりする必要が生じるなか、デジタル化が遅れていることが浮き彫りになり、組織や業務の全体的な構造自体を見直す流れとなりました。

小野氏:
たとえば、オンラインでは行えない申請があることなどを踏まえ、ウィズコロナ、アフターコロナにおいて行政はどのようにサービスを提供していくべきなのかを検討しました。コロナ禍で明確となった課題を踏まえて選定したのが、「シン・トセイ」で掲げる7つのコア・プロジェクト(図1)です。

政策企画局計画部 構造改革担当課長 南友和氏

政策企画局計画部 構造改革担当課長 南友和氏

テレワーク制度を活用できるよう、すべての都庁職員へ新たなパソコンを配備

コロナ禍によりデジタル化への取組みを加速するなかで、特に労力を要したことはありましたか。

前林氏:
まずは機器などのインフラの整備ですね。従来から職員にはノートパソコンが配備されていましたが、かなり旧型のタイプでしたので、とにかく分厚くて重い。とても持ち出して使えるものではありませんでした。

また、公務という特殊性によって持ち出せない書類や電子データがあるなか、セキュリティを確保しながらテレワーク環境をどう実現していくかも重要な検討事項でした。

現在は持ち出しに適したサイズのノートパソコンを支給しており、シンクライアント化することで都庁の外でもセキュリティを確保しながらデータを処理できるようになっています。

まずはデジタル化や業務改善の基礎となる、システム環境面の整備を行われたのですね。

前林氏:
たとえば、テレワークのための制度を人事部で一生懸命作ってくれたとしても、対応する機器や環境がなければ、その制度を活用できません。そのため、まずはインフラ機器を急いで整備し、テレワークできる環境を整えていきました。

新たなパソコンの整備はどれくらいの規模で行われたのでしょうか。

前林氏:
この1年で都庁職員へは、新たなパソコンがすべて行き渡っており、テレワークも完全に実施できる環境となっています。

それだけ大規模な端末の配備が実現できた一番の要因はどこにあったと思われますか。

前林氏:
トップの意気込みだと思います。小池百合子知事や、都政の構造改革推進チームのリーダーである武市敬副知事、サブリーダーである宮坂学副知事が示す方針があったことで「シン・トセイ」が作られ、職員がその目標に向かって動いていたことが、こうした整備を実現できた要因だと思います。

戦略政策情報推進本部 戦略事業部 企画調整担当課長 前林一則氏

戦略政策情報推進本部 戦略事業部 企画調整担当課長 前林一則氏

システム環境面が整備され、業務においては具体的にどのような変化が生じていますか。

小野氏:
これまでは会議や打ち合わせの際に大量の資料を印刷、配布していましたが、いまは紙を配布するのではなくモニターに映すなど、ペーパーレスによる会議が多くみられるようになりました。

星埜氏:
対外的なミーティングだけでなく、庁内の会議もオンラインで開催することが増えましたね。

小野氏:
たとえばウェブ会議の開催案内が届けば、必要に駆られてやり方を覚えるようになります。声掛けだけではなく、働く環境を変えることで行動変容に繋げていく。そうした点は、いままでの一般的な行政改革と異なるアプローチだと思います

テレワークの実施やデジタルの活用については、民間企業でも実現へ向けてどこから着手すべきか悩んでいるケースも多そうです。いまのお話からは、まずはやってみること、やる人を少しずつ増やしていくことが大事なように感じました。

小野氏:
私もデジタルの分野は得意ではありませんが、頻繁に利用をしているうちにだんだん慣れてきます。利用することに慣れるとそれが普通になりますし、むしろそのほうが便利だと感じます。環境が整っているのであれば、まず使ってみることが大事だと思います。

政策企画局計画部 構造改革担当課長 小野睦之氏

政策企画局計画部 構造改革担当課長 小野睦之氏

ICT人材が活躍できるよう、既存職員が組織内でのコミュニケーションをサポート

東京都では「ICT職採用特設サイト」を設けるなど、採用にも力をいれていらっしゃいます。

星埜氏:
東京都ではICTを専門領域とする職種を新たに設けて採用をはじめており、2021年4月にはICT職として最初の人材が入都します。今後はこうして採用した人材の育成にも力を入れて取り組んでいきます。

また、即戦力として、数年間の任期を定めた外部人材も活躍しています。そのほか、週1、2日勤務の会計年度任用職員をはじめ、IT業界の方々の多様な働き方にあわせた勤務形態での採用を行っています。

ICT人材の方を採用するうえではどのようなポイントをアピールしていますか。

前林氏:
都庁には伝統的で古い部分があり、デジタル領域で遅れがあることは、私たち職員も自覚しています。一方で、改善すると決めればパッと変わる側面もあります。遅れがあるからこそ、多くの改善課題も存在しますので、我こそはと考えるICT人材の方による活躍の場は広いと思います。

小野氏:
民間企業から転職してきたある職員から聞いたところでは、都庁ではデジタル化がまだ不十分なため、改善可能な領域は民間企業よりもスケールが大きい、やりがいがあると話してくれています。

ICT人材の方にスキルを発揮してもらえるよう工夫している点はありますか。

前林氏:
元々いる職員がコミュニケーションを細かくとったり、一緒にチームを組んだりするなどのサポートをしています。民間企業からきた方は、高い専門知識を備えていますが、行政組織に馴染むまでに時間がかかることがあります。行政と民間で風土や組織体系が異なるために活躍いただけないようなことは避けなければなりません。

デジタルを用いて課題を解決するうえでは、実際の業務現場の担当者の方とのコミュニケーションも重要になりますよね。

前林氏:
現場のデジタル化を支援するうえでは、高いデジタルスキルを持つ任期付きの職員に各局へ入り込んでもらい、二人三脚の形でアドバイスしてもらっています。

また都庁内に加えて、住民に近い行政を担当する市区町村のデジタル化も進めていく必要があります。各自治体の現場におけるICT知識向上のサポートがまだまだ必要な現状であると考えています。そこで、高いデジタルスキルを持つ任期付きの職員が区市町村に赴き、研修会を行ったりもしています。

星埜氏:
ICT職種として求める人材像は「都政とICTをつなぎ、課題解決を図る人材」です。デジタルスキルを持っていることは前提として、行政のなかでデジタルの知識をどのように活用していけるかを考えられる方に、ぜひ活躍していただきたいと考えています。

総務局 人事部 人事課 人事企画担当課長 星埜航氏

総務局 人事部 人事課 人事企画担当課長 星埜航氏

デジタル化に着手するうえでは、まず実践を通じた取組みを

東京都では2021年4月、デジタルサービス局の立ち上げという大きな動きがあります。東京都のデジタル化へ向けた今後の展望について伺えますか。

前林氏:
「シン・トセイ」にも書かれているとおり、デジタルサービス局には都庁のDXを進めていく旗振り役としての期待が非常に大きいと感じています。現在所属する任期付き職員のスキルを活かしながら各局を支援し、DX化に向けて大きく取り組んでいきたいです。

その1歩目としては、「シン・トセイ」に掲げている各局リーディング・プロジェクトが取り組むべき課題です。また市区町村の支援にも引き続き注力し、都庁だけが改善していくのではなく、東京都全体として行政サービスをアップデートしていきたいと考えています。

南氏:
「シン・トセイ」の実行として、担当している、契約・支出関連事務のデジタル化について、まずは事業者と都のやり取りからデジタル化を推進し、最終的には、起案から支出までのすべてのやり取りがデジタルで進む環境を作っていきたいと考えています。地道な取組みが求められますが、契約や会計の所管部門をはじめ、都庁内でもうまく連携しながら進めていければと思います。

小野氏:
この度、「シン・トセイ」を策定しましたが、作って終わりではなく、職員1人ひとりにその内容を浸透させ、実行に移してもらうことが大切です。「シン・トセイ」が掲げる「改革の5つのキーワード」である「スピード」「オープン」「デザイン思考」「アジャイル」「見える化」はもちろん、「まずは実践」というマインドを全庁に浸透させ、実際の行動変容に繋がるよう取り組んでいきたいと思います。

これからデジタル化を進めていこうと考えている民間企業の方へメッセージをいただけますか。

小野氏:
デジタル化については東京都よりも取組みが進んでいる民間企業のほうが多いでしょう。我々も引き続き、そういった先進事例を学び続けていきたいと思っています。今後着手する組織の方には、「まずはやってみる」ということをとおしてデジタル化を進めることをおすすめしたいです。掛け声だけだと、なかなかうまくいかないこともあるでしょう。実践から行動の変容に繋げていくことが大事かと思います。先に働く環境を変え、後からマインドがついてくるという進め方も、デジタル化の1つのあり方ではないでしょうか。

(写真:弘田 充、取材・文・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)

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