従業員に退職勧奨を行う際の留意点
人事労務従業員に対して退職勧奨を行う際には、どのようなことに留意すればいいでしょうか。
一般に、退職勧奨を行う場合、以下のリスクがあります。
(1)労働者が退職勧奨に応じていったん合意退職しても、事後的に合意退職が無効である、または、合意退職を取り消すと主張してくるおそれがあること
(2)退職勧奨の態様が退職を強要する不法行為にあたるとして損害賠償を請求されるおそれがあること
実際に従業員に退職勧奨を行う際には、こうしたリスクを回避することを意識する必要があります。
解説
以下では、上記(1)(2)それぞれについて、リスクの具体的な内容と回避するための方策・措置について説明します。
合意退職の無効または取消しを主張されることを想定した対応策
労働者が合意退職の無効または取消しを主張する根拠としては、①錯誤または②強迫が考えられます。
錯誤について
(1)労働者が錯誤により退職合意を行っていたと認定される場合
労働者が合意退職を錯誤により締結していたと認められると、合意退職は無効となります(民法95条)。
労働者が合意退職を錯誤により締結していたと認定されるのは、主に、使用者が労働者へ退職勧奨する際に「退職しなければ解雇(普通解雇または懲戒解雇)を行う」と伝え、労働者が解雇を避けるために退職勧奨に応じて退職届を提出して合意退職が成立したものの、実際には使用者が有効に解雇を行うに足りる事情が存在しなかったと判断される場合です(富士ゼロックス事件・東京地裁平成23年3月30日判決・労判1028号5頁、昭和電線電纜事件・横浜地裁平成16年5月28日判決・労判878号40頁)。
通常、退職勧奨により合意退職が成立した場合には、有効性が厳格に判断される解雇に比べて、より確実に労働者との雇用関係を終了させることができるメリットがあります。しかしながら、合意退職が成立した後で、事後的に労働者が合意退職の無効を主張して訴訟を提起し、上記のような錯誤の主張を行う場合、使用者としては錯誤を否定するために解雇を有効に行うことができる状況にあったことを裏付ける具体的な事情を主張・立証することが必要になります。そうなると、実質的には解雇の有効性を争われるのと同様の事態となり、退職勧奨の上記メリットが失われることになります。
(2)「退職勧奨に応じなければ解雇される」という誤解を与えないために
こうした事態を回避するには、「退職勧奨に応じなければ解雇される」との誤解を与えないように発言内容等を工夫するとともに、そうした誤解を与える状況でなかったことの証拠を確保しておく必要があります。
具体的には、以下のような対応を行うことが考えられます。
- 退職勧奨の際に「退職勧奨に応じない場合には解雇する予定である」といった発言を絶対に行わないこと。
- 使用者が解雇する意思を有していることを窺わせるような言動を取らないこと。
- 退職勧奨に応じるか否かの返答の期限を設けないこと(期限までに返答を行わなかった場合、解雇されるとの疑念を与える契機として主張されるおそれがあります)。
- 労働者らから「退職勧奨に応じない場合どうなるのか」と質問があったときは「引き続き現在の部署で働いてもらい、あなたに適性のある業務を検討する」と回答し、解雇を検討しているかのような印象を与える回答は絶対に避けること。
- 労働者らから「退職勧奨に応じない場合には解雇する予定なのではないか」と質問があったときは、「今はあなたに適性のある業務を模索検討しているところであり、解雇を検討しているという事実はない」ときっぱりと回答すること。
- 将来他の従業員に退職勧奨を行う場合に備えて、他の従業員の目から見ても、使用者が退職勧奨を拒否した者をただちに解雇することを予定しているわけではなかった、との印象を与えられるよう、退職勧奨を行ってから解雇するまで相当程度の期間を空けること(たとえば、人事評価の単位期間を1回以上空けることが考えられます)。
- 労働者らが解雇の予定の有無の点以外にも誤解をしておらず、使用者の説明をきちんと理解把握していることを裏付けるために、説明内容を記載した紙をあらかじめ用意したうえで、内容を理解した旨の文言の記載とともに署名・押印を求めること。
- やり取りの一部始終を録音すること。
強迫について
労働者が強迫により退職の意思表示を行ったと認められた場合、労働者は合意退職を取り消すことができます(民法96条1項)。
労働者が強迫により退職の意思表示を行ったと認められるのは、主に、使用者が退職勧奨を行う際に、「退職しなければ解雇(普通解雇または懲戒解雇)を行う」と伝え、労働者が当該発言に畏怖(恐怖)し、退職届を提出して合意退職が成立した場合です(大阪地裁昭和61年10月17日判決・判タ632号240頁)。
こうした事態を避けるためには、退職勧奨を行う際に、客観的に本件従業員らが畏怖する心理状態となるような状況にはなかったことを裏付ける必要があります。
具体的には、以下のような対応が考えられます。
- 労働者らに威圧感、圧迫感を与えるような状況を避けること。具体的には、労働者らに退職勧奨を伝える際に、使用者側で出席する人数を1~2名にとどめ、広めの会議室などを使用し、1回の面談時間を1時間程度以内に抑えること。
- 労働者らに退職勧奨について伝える際は穏やかな口調および言葉遣いに努め、説明の最中に労働者らが割って入って発言する場合でも労働者の発現を遮らず、自由に発言させ、逐一応対すること。
- 退職勧奨が終わり、労働者らがその場を離れた後の行動をできるだけ具体的に観察し、メモ等の形で記録すること。
上記③は、労働者が退職勧奨を受けて畏怖しているとしたら通常取らないような行動に出ていることについてエビデンスを確保することで、事後的に労働者が訴訟を提起した場合に、「畏怖していた」という労働者の主張を覆す根拠として活用することを想定しています。
退職勧奨が不法行為に該当するとして損害賠償を請求されることを想定した対応策
退職勧奨が一定の限度を超えて行われた場合、退職勧奨行為自体が不法行為として認定されるおそれがあります。
具体的には、①退職勧奨の回数および期間は退職に関する説明・交渉に通常必要な限度に止められたか否か、②対象者の名誉感情を害することがないよう十分に配慮されたか否か、③退職勧奨に参加する使用者側の参加者数、④優遇措置の有無等を総合的に考慮して、全体として対象者の自由な意思決定が妨げられる状況であったか否かにより判断されます(下関商業高校事件・最高裁昭和55年7月10日判決・労判345号20頁、広島高裁昭和52年1月24日判決・労判345号22頁〔原審〕、山口地裁下昭和49年9月28日判決・労判213号63頁〔第一審〕)。
これを踏まえると、退職勧奨が不法行為となることを避けるためには、上記1-2(強迫について)の留意点に加えて、以下のような対応を取ることが考えられます。
- 退職勧奨を多数回または長期間にわたって繰り返し行わないこと。
- 労働者が退職勧奨を明確に拒んだ後は、さらに退職勧奨を繰り返さないこと。
- 労働者の名誉感情を害するような発言を行わないこと。
- 労働者から親族等の同席を求められた場合は、同席を認めること(この点は必須というわけではありませんが、手続的に万全を尽くすとすればこうした対応をとることが考えられます)。
- その他、労働者らが自由に意思決定をすることができることが担保されるような状況となるように配慮すること。

祝田法律事務所