副業を認める場合に企業のリスクを回避するにはどうすればよいか

人事労務
山﨑 貴広弁護士 ロア・ユナイテッド法律事務所

 当社は、現在、労働者の遵守事項として「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」を就業規則で定め、副業を許可制にしていますが、近時、副業を希望する従業員の増加に伴い、同制度の見直しを検討しています。副業を認める場合に留意すべき点を教えてください。  

 企業が副業を認める場合、副業による長時間労働により企業が責任をとられることや労働者の義務違反による会社利益の毀損等のリスクが生じます。企業としては、このリスクを回避するために、以下の3点に留意すべきです。  

  1. 就業時間の把握・管理を行う体制を確保すること
  2. 労働者の職場専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を確保すること
  3. 労働者の健康管理への対応を怠らないこと

解説

目次

  1. はじめに
  2. 副業を認める場合の企業のメリット・デメリット
  3. 副業を認める場合の留意点
    1. 就業時間の把握・管理を行う体制の確保
    2. 職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務の確保
    3. 労働者の健康管理への対応
  4. 労働者が会社の規則へ違反し副業を行った場合の懲戒処分の留意点
  5. まとめ

はじめに

 現在、多くの会社の就業規則において、「会社の許可なく他人に雇い入れられること」などが禁止され、その違反が懲戒事由として定められています。現に、中小企業庁の「平成26年度 兼業・副業に係る取組み実態調査事業」報告によると、企業の85.3%が副業を認めていません。

 しかし、厚生労働省は、平成29年10月から「柔軟な働き方に関する検討会」を開催し(以下「検討会」といいます)、雇用型テレワーク、自営型(非雇用型)テレワーク、副業・兼業(以下、「副業」とのみ記載します)といった柔軟な働き方について、検討を行ってきたところ、平成30年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」とその補足資料として、Q&Aが公表されています。実務的な留意点の主な点は、拙稿で言及していますが、これらを参照することをお勧めします。

 参照:厚生労働省「副業・兼業

 このように、近時、「働き方改革」の進展の中で、副業の必要性が説かれ、企業は、副業を認める方向への見直しが求められています。

副業を認める場合の企業のメリット・デメリット

 企業が副業を認めることによるメリットとして、労働者の知識・スキルの向上、労働者の自律性・自主性の促進、人材の流出防止等があげられます。

 しかし一方で、デメリットとして、企業には就業時間の把握・管理、健康管理への対応が必要となり、労働者の職務懈怠、社内の情報漏洩、競業・利益相反リスクが生じます。

副業を認める場合の留意点

 上記デメリットを踏まえ、企業が副業を認める場合の留意点をまとめると、次のとおりとなります。

  1. 就業時間の把握・管理を行う体制を確保すること
  2. 職場専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を確保すること
  3. 労働者の健康管理への対応を怠らないこと

就業時間の把握・管理を行う体制の確保

 労働基準法38条1項は、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めており、昭和23年に出された行政通達によれば、「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合をも含むとされています(昭和23年5月14日労働基準局長通達第769号)。

 したがって、企業は、労働者の副業に係る就業時間等の把握・管理を怠ると、知らない間に、労働基準法32条違反(原則として、使用者は1日8時間・週40時間を超えて労働者を働かせてはならない)や割増賃金不払いなどの責任を負担することになりかねません。

 この点、検討会において、この労働時間通算のあり方については、通達発出時と社会の状況や労働時間法制とのギャップが存在することが指摘され、見直すべきとの提言がなされています。

 しかし、上記通達が存続し、これに従った運用がなされている現状においては、企業としては、上記リスクを回避するためにも、副業・兼業の内容等を労働者に申請・届出させることが望ましいといえます。

 実際の残業時間の算定の仕方については、前述のガイドラインQ&Aの実例を参照して下さい。

職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務の確保

 労働者は、労働契約の権利義務の最も基本的な義務として、労働契約の合意内容の枠内で、労働の内容・遂行方法・場所などに関する使用者の指揮に従った労働を誠実に遂行する誠実労働義務を負います。また、労働者には、在職中、労働契約における信義則上の義務として(労働契約法3条4項)、営業秘密の保持義務競業避止義務使用者の名誉信用を毀損しない義務が一般に認められています(菅野和夫『労働法(第11版補正版)』149頁~151頁(弘文堂、2017)、岩出誠『労働法実務大系』377頁~394頁、427頁~430頁(民事法研究会、2015)参照)。

 このように、労働者は、企業に在職中は、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務(ライドウェーブコンサルティングほか事件・東京高裁平成21年10月21日判決・労判995号39頁等)を、企業との間における労働契約の内容として当然に負っていますが、企業が副業を認めることによって、労働者がこれら義務に違反するリスクは潜在的に高まるといえます。

 企業としては、副業を認める場合には、上記リスクを回避するためにも、企業が副業を禁止または制限できる場合を定めるとともに、会社の遵守事項として上記義務に違反してはならないことが定められていることおよびこれに違反した場合には懲戒処分に課すことや、損害賠償請求もあり得ること等を労働者に対して注意喚起すべきです。

労働者の健康管理への対応

 労働契約法5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定め、企業が労働者に対して安全配慮義務を負うことを明らかにしており、企業は、これに違反した場合、労働者に対し損害賠償責任を負うこととなります。

 企業が副業を認めると、当該労働者の労働時間の増加が不可避的に伴います。そして、近時問題とされているように、長時間労働は、メンタルヘルスや過労死の原因となり得、メンタルヘルスや過労死については、本業先と副業先のいずれの業務によって生じたものであるのかの判断は困難です。

 したがって、企業が副業を認め、副業に係る健康管理を怠ると、当該労働者が長時間労働を行いメンタルヘルスに罹患した場合、企業は、上記義務に違反したとして、労働者に対し高額な損害賠償責任を負うことになりかねません。

 この点、労災保険給付の事案ではありますが、兼業中の過労自殺につき、国・新宿労基署長事件(東京地裁平成24年1月19日判決・労経速2142号21頁)が、A、B社の勤務時間の合算が、1か月300時間を超えるものであったとしても、A社での勤務時間が1か月で154時間であることからすれば、A社の業務に内在する危険であると評価することは困難で、かえって、被災者はA社に対して兼業の事実を秘匿し、B会社での業務を辞職してA社での勤務を自ら望んでおり、自らが選択して、B社とA社との兼業を始めたという各事情は、A社の業務に内在する危険が存在することを否定するもので、A社には本件災害を生じさせるだけの危険が内在していたと認めることはできないとし、兼業状態で発生した過労自殺につき、A社での業務起因性を否定したことが参考となります(国・新宿労基署長事件・東京地裁平成25年9月26日判決も、兼職状態において発生した過労自殺における起因性の帰属に関する事例として参照。岩出・前掲大系508頁)。

 企業としては、副業を認める場合には、健康管理措置を遵守するとともに、労働者との面談等のコミュニケーションを通して労働者の健康状態に配慮すべきでしょう。

労働者が会社の規則へ違反し副業を行った場合の懲戒処分の留意点

 仮に企業が副業を認める制度を整備したとしても、労働者が制度に違反し副業を行う可能性は十分に考えられます。企業が制度に違反し副業を行った労働者に対して懲戒処分を行う場合には、次の点に留意が必要です。

 裁判例の大勢は、勤務時間外の時間については、本来、使用者の支配が及ばないことを考慮して、二重就職の禁止の制約の範囲を限定的に解釈しています。具体的には、会社の職場秩序に影響せず、かつ会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様の二重就職は禁止の違反とはいえないとされています(菅野・前掲労働法671頁、岩出・前掲大系376頁~377頁)。

 裁判例としては、病気休職中に内職をしていたというケースにつき、会社の企業秩序に影響せず、会社に対する労務提供に格別の支障を生じさせないものについては、就業規則で禁止される二重就職にはあたらないから、その内職についても二重就職にはあたらず、これを懲戒解雇にすることはできないとしたもの(平仙事件・浦和地裁昭和40年12月16日判決・判時438号56頁)や、一方で、午前8時45分から午後5時15分まで本業先で勤務し、午後6時から午前0時までキャバレーで会計係などの仕事をしていたケースにつき、(兼業は、)軽労働とはいえ、深夜に及ぶ長時間の兼業であり、誠実な労務提供に何らかの支障をきたす蓋然性が高いとして、懲戒解雇を有効としたもの(東京地裁昭和57年11月19日決定・労判397号30頁)が参考となります。

  したがって、企業としては、労働者が副業に係る制度に違反した場合には、それが会社の職場秩序に影響するかどうか、会社に対する労務提供に支障を生ぜしめないかどうかを慎重に判断すべきです。

まとめ

 企業が副業を認めることについては、労働者の側からみると、複数事業者の労災保険給付額について災害が発生した就業先の賃金分のみが算定基礎とされていることや、雇用保険の複数事業者の適用の問題等、立法論として解決をしなければいけない問題は多々あります。

 しかし、企業の側としては、まずは、以上みてきたとおり、①就業時間の把握・管理を行う体制の確保、②職場専念義務等の確保、③労働者への健康管理への対応に留意しなければなりません。具体的には、副業・兼業の内容等を労働者に申請・届出させ、その実態を把握するとともに、副業に係るリスクを労働者へ注意喚起することが望ましいでしょう。

 そして、その前提として、企業としては、労働者と十分なコミュニケーションをとり、労働者が制度どおり副業の申請をしやすい環境づくりをしていくことが必要です。

 なお、すでに、副業許可をめぐっては、兼業許可申請への不許可は、恣意的な対応をうかがわせるもので、不当労働行為意思に基づくものと推認され、不合理かつ執拗なアルバイト就労の不許可により、生活の足しとすべき収入が得られなかったこと等により被った精神的苦痛に対する慰謝料額は、会社の対応の不合理性の程度、許可されるべきアルバイト就労によって得られた収入の程度、それが当該労働者の収入に占める割合等の諸事情を総合的に考慮して、30万円とするのが相当であるとされたマンナ運輸事件(京都地裁平成24年7月13日判決・労判1058号21頁)が示されていることに留意しなければなりません(岩出・前掲大系377頁)。

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