労働基準法違反が刑事事件となるまでの流れと、刑事事件になった場合の企業の不利益

人事労務 公開 更新

 労働基準法に違反した場合、どのような流れを経て刑事事件として扱われるのでしょうか。また、労働基準法違反が刑事事件となった場合、企業にはどのような不利益があるのでしょうか。

 多くの場合、労働基準監督署が実施する行政機関としての調査を契機として、その調査の過程、あるいは、調査結果に基づいて行った行政指導の遵守状況などから、重大・悪質な事案であると判断されたものが、刑事事件へと発展していきます。
 会社の労働基準法違反が刑事事件となった場合、刑罰それ自体により不利益を受け、また、公共事業の入札から排除される等の様々な付随的な不利益を受けることになります。
 この他、厚生労働省のホームページ上で公表されることや、正式裁判が開かれることによって労働基準法違反が明らかになる不利益もあります。

解説

目次

  1. 刑事事件として立件される手続
    1. 手続の大まかな流れ
    2. 労働基準監督官の権限と調査から起訴までの手続
    3. 送検から起訴・不起訴に至る判断
  2. 刑事事件となった場合の具体的な不利益
    1. 刑事罰を科されても、科されなくても不利益はある
    2. 罰金刑であっても公開の法廷で裁かれる動きに
  3. 人事労務に関わる法令遵守の徹底を

刑事事件として立件される手続

手続の大まかな流れ

 「長時間労働、賃金不払いなど刑事処分の対象となる労働基準法違反行為」で解説したような労働基準法違反の行為は、具体的にどのような手続きを経て、刑事事件として取扱われるのでしょうか。

 次に述べるとおり、多くの場合、労働基準監督署が実施する行政機関としての調査を契機として、その調査の過程、あるいは、調査結果に基づいて行った行政指導の遵守状況などから、重大・悪質な事案であると判断されたものが、刑事事件へと発展していきます。

労働基準監督官の権限と調査から起訴までの手続

 労働基準監督官には、行政機関として労働基準法違反を取り締まるため、事業者の事業場を臨検し、帳簿や書類の提出を求め、必要な尋問を行う権限がありますが(労働基準法101条1項、120条)、これに加えて、司法警察員として労働基準法違反の罪について捜査する権限が与えられています(労働基準法102条、刑事訴訟法190条)。つまり、労働基準監督官には、一般的な犯罪の場合の警察官と同じ、逮捕や捜索差押等の強制捜査の権限が認められているのです。

 労働基準監督署は、ご承知のとおり、独自の情報に基づいて特定の事業場の調査を実施したり、あるいは、従業員等の申告に基づいて労働基準法違反の有無について事業場への立入調査等を開始します。

 次に、そのような調査の過程において、労働基準法違反の事実が確認され、かつその程度が重大・悪質であることが明らかとなった場合や、是正勧告等の労働基準監督署の行政指導に事業主が従わない重大・悪質な事案については、労働基準監督官は、司法警察権限を行使して強制捜査を含む捜査を行います。捜査に協力せず、証拠隠滅の恐れがあるような場合には、労働基準監督官が、被疑者を逮捕することもあります。そして、必要な捜査を終えた後、送検、つまり記録(書類や証拠)を検察官に送致します(刑事訴訟法246条)。

 このように、労働基準監督官が行政機関としての取り締まりとして関与する過程で、重大悪質な事案については、労働基準監督官の判断で、犯罪としての捜査を開始し、刑事手続きへと移っていくのです。

 送検に至る上述のフローについては、厚生労働省のウェブサイトにある下記の図が参考になりますのでここに引用します(参照:厚生労働省「労働基準監督官の仕事」)。

労働基準監督官の権限と調査から起訴までの手続

出典:厚生労働省「労働基準監督官の仕事

送検から起訴・不起訴に至る判断

 労働基準監督官から送検された事件は、検察官において、さらに追加的な捜査が行われます。そして検察官は、当該事案の悪質性等を考慮して、当該事件を起訴するかあるいは不起訴とするかの最終的な判断をします。労働基準法違反の事件は、不起訴処分となることが多く、この場合には、実際に刑罰を科されることはありません。他方、起訴された場合には、罰金刑が科されます(長時間労働等の労働基準法違反の場合は、懲役刑が科されることはほとんどありません)。

 なお、このように刑事事件となる事案の多くは労働基準監督官の調査・行政指導が端緒となるものの、厚生労働省の発表によると、近年は、労働基準監督署に対する告訴・告発を端緒として捜査を開始する案件も少なくないようです(参照:厚生労働省大阪労働局「平成30年における送検状況について」(平成31年1月31日))。このような告訴・告発が端緒となる場合は、労働基準監督官は、最初から刑事事件として捜査を開始し、捜査終了後は必ず送検されます(刑事訴訟法242条)。

刑事事件となった場合の具体的な不利益

刑事罰を科されても、科されなくても不利益はある

 会社の労働基準法違反が刑事事件となった場合、具体的にどのような不利益があるのでしょうか。刑事罰を科されれば、当然のことながら刑罰それ自体により不利益を受け、また、公共事業の入札から排除される等の様々な付随的な不利益を受けることになります

 もっとも、刑罰を受けない場合においても、会社が受ける次のような不利益は決して看過できないと思われます。
 すなわち、厚生労働省は、現在、労働基準法違反により送検した事案を一覧表にして厚生労働省のホームページ上で公表しています(参照:厚生労働省「労働基準関係法令違反に係る公表事案」)。この一覧表には、会社の規模や地域を問わず多数の企業が記載されており、かつ、毎月更新されています。そして、この一覧表は、「ブラック企業リスト」などと称されて多くのメディアで取り上げられ、インターネット上でも盛んに引用されているようです。企業の人材不足が叫ばれる昨今、「ブラック企業」と評されることによる不利益は推して知るべしです。そのような評価を挽回するためには、多大な労力や時間を要するでしょう。

罰金刑であっても公開の法廷で裁かれる動きに

 また、刑事罰を科される場合においても、近年新しい動きがあります。すなわち、検察官が労働基準法違反で起訴する事案は、懲役刑ではなく、罰金刑が科される事案がほとんどであり、この場合、検察官は、裁判所に対して、略式命令請求、つまり簡易な手続きで審理して罰金刑を科すよう求めるのが通例です(刑事訴訟法461条)

 そして、検察官からそのような請求を受けた裁判所は、通常はその請求に従い、簡易な手続きで罰金刑を科す略式命令を発します(刑事訴訟規則290条)。しかしながら、最初に述べた広告代理店の事件では、検察官が略式命令を請求したにもかかわらず、裁判所は、略式命令手続きによることが不相当として、正式裁判を開く(刑事訴訟法463条)こととしたために、注目を集めました。

 裁判所のそのような措置はメディアでは「極めて異例」などと報じられることもありましたが、実は、この件以外にも、近年、こうした長時間労働が問題となった事件やその他の労働事件において、略式不相当として正式裁判が開かれた事件はいくつかあります

 裁判所が略式手続を不相当と判断した理由は明らかにされていませんが、会社にとっては、書面のみで審理が行われる非公開の略式手続よりも、正式裁判の方が通常はより負担が重くなるといえます。すなわち、正式裁判は、第三者が傍聴できる公開の法廷において行われます。また、その手続きでは、審理の対象である労働基準法違反の事実の詳細やその証拠が明らかにされ、さらには、被告人質問など、会社の代表者等が自らの口で事件についての考えを述べる必要があります。
 罰金刑であっても公開の法廷で裁かれることの重みもまた看過できないものといえます。

人事労務に関わる法令遵守の徹底を

 本稿においては労働基準法違反と刑事手続きについて説明しましたが、他にも労働災害等に関わる労働安全衛生法違反や、外国人労働者の場合の出入国管理及び難民認定法(入管法)違反など、人事労務の分野で、会社や担当者が刑事責任を問われるケースは少なくありません。企業の人事労務担当者にとっては、そうした人事労務に関わる各種法令を、決して甘く見ずに、法令順守を社内で徹底させる姿勢が問われます。

無料会員にご登録いただくことで、続きをお読みいただけます。

1分で登録完了

この実務Q&Aを見ている人はこちらも見ています

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する