会社と従業員の双方が訴えられた場合の対応

訴訟・争訟

 当社は建設会社ですが、先日、協力会社から訴えを提起されてしまいました。訴状を読みますと、当社だけでなく、当社の某支店の工事長が個人として被告とされています。その工事長から取引停止を匂わされ長年にわたりリベートの支払いを強要されてきたため、支払った金額につき使用者である当社も損害賠償責任を負担せよ、というのが原告会社の主張として記載されておりました。工事長は、当社の事情聴取に対し、事実無根であると述べていますが、支店の他の従業員に話を聞いてみると、工事長は妙に羽振りがよかったとか、原告会社の社長としょっちゅう飲みに行っていたなど、気になる情報も入ってきています。

 当社としては、顧問弁護士に訴訟代理人を委任し、原告会社の主張につき争う予定ですが、今般、工事長から、「弁護士を頼むつてがないので、会社の顧問弁護士に、自分の訴訟代理人にもなってもらいたい」という要請がありました。この要請に応じてもよいのでしょうか。

 顧問弁護士とは別の弁護士を紹介する程度の対応はしてもよいものと思われますが、顧問弁護士に、会社だけでなく工事長個人の訴訟代理人も務めさせることは、後に会社と工事長との利害対立が顕在化するおそれもあるため、避けるべきであると考えられます。

解説

目次

  1. 同一の弁護士を会社と従業員の双方の訴訟代理人とすることの適否
  2. 会社と従業員とで訴訟代理人弁護士を異にする場合の注意点

同一の弁護士を会社と従業員の双方の訴訟代理人とすることの適否

 ある事業のために他人を使用する者(使用者)は、従業員等の被用者がその事業の執行につき第三者に加えた損害を賠償する責任(使用者責任)を負います(民法715条1項本文)。そして、訴えを提起しようとする者は、一定の場合に、複数の被告に対して一つの訴えを提起すること(訴えの主観的併合)ができるところ、会社の従業員が会社業務を遂行する過程で第三者に損害が生じた場合に、その第三者が、従業員個人に対しては不法行為(民法709条)に基づき、また、会社に対しては使用者責任に基づき、連帯して損害を賠償するよう求める(一つの)訴えを提起することがあります。この場合、同一の弁護士が会社および従業員個人の双方の訴訟代理人を務めることは、法律上特に禁止されてはいません。もっとも、同一の弁護士を訴訟代理人とした場合、事件の内容次第では、後に不都合が生じることがある点に注意が必要です

 すなわち、たとえば設例で、訴訟の審理が進むうちに、原告会社の主張内容が事実であり、工事長がリベートの支払いを強要していたことが発覚したとします。この場合、工事長のみならず被告会社も連帯して原告会社の損害を賠償すべき旨を命じる判決が出される可能性は、相応にあるといわざるを得ません。そして、工事長が個人財産から原告会社の損害の全額を賠償すれば問題はないのですが、これをしない場合、連帯債務を負う被告会社としては、強制執行を受けないためには自ら原告会社に賠償金を支払わなければならなくなります。被告会社がこのような支払いを余儀なくされた場合、工事長の行為は明らかに被告会社の通常の業務の範囲を逸脱していますから、これによって被告会社に生じた損害について、被告会社は工事長に求償請求すべきことになるでしょうし、工事長が請求に応じなければ、(回収可能性があることを前提に)訴えを提起する等の法的手段をとることも想定されます。

 しかしながら、このときに、従前の原告会社との訴訟で被告会社および工事長の双方の訴訟代理人を務めた顧問弁護士を起用できるかといえば、その弁護士からは、事件の受任を拒否される可能性が高いといえます。なぜなら、日本弁護士連合会が制定する弁護士職務基本規程において、依頼者の利益と他の依頼者の利益とが相反する事件につき弁護士はその職務を行ってはならない(いわゆるコンフリクト)とされているからです。厳密にいえば、「他の依頼者」とは現に事件を受任している最中の依頼者のことを指し、過去の依頼者、終了した事件の依頼者は含まないという解釈も可能ではありますが(このように解すれば、従前の訴訟の終結後は、工事長は「他の依頼者」ではなくなります)、他方で、弁護士は事件終了後も守秘義務を負うため、やはり従前の訴訟で工事長の代理人を務めた弁護士が、後にその工事長を被告とする訴訟の代理人となることは、事実上困難であると思われます。そうなると、被告会社としては、新たな弁護士に依頼をし、紛争の経緯を一から説明しなければならなくなるわけで、これではきわめて非効率です。なお、弁護士職務基本規程には、複数の依頼者相互間に利害対立が生じるおそれのある事件を受任した弁護士は、現実に利害対立が生じた後、辞任その他の適切な措置をとらなければならないとの規定も存在するため、設例では、訴訟の途中で顧問弁護士が訴訟代理人を辞任してしまう可能性も否定できません。

 上記のことを考慮すると、会社と従業員個人の双方が訴えられた場合に、その訴えの対象となる紛争に関して会社と従業員個人との間に潜在的な利害対立があるようなときは、同一の弁護士を双方の訴訟代理人とすることは避けるべきであると考えられます。

 逆にいえば、会社と従業員個人との間に利害対立が存しない、あるいは、利害対立の顕在化が現実的に想定し難い場合は、同一の弁護士を双方の訴訟代理人とすることに支障はありません。原告の主張内容が言いがかりの類であることが明らかなときなどは、この場合にあたるでしょう。また、被告会社の従業員が会社の通常の業務の範囲内で行った行為について、原告との立場、見方、評価等の違いから、訴えを提起されてしまったようなときも、この場合にあたるといえます。たとえば、金融機関の従業員が個人投資家に対してリスク性商品を販売したところ、損失を被った個人投資家が説明義務違反等を主張して会社および従業員個人の双方に対する損害賠償請求訴訟を提起した場合などは、仮にその訴訟で金融機関が敗訴したとしても、従業員が通常の態様で(詐欺的な勧誘をする等の明らかな違法行為を行わずに)販売を行っていた限り、金融機関から従業員に対して求償請求することは現実的には考え難いように思われ、そうであるならば、同一の弁護士を双方の訴訟代理人としても、特段の問題はないでしょう。

会社と従業員とで訴訟代理人弁護士を異にする場合の注意点

 潜在的な利害対立があり、会社の訴訟代理人である弁護士が従業員個人の訴訟代理人も務めることが不適当である場合は、従業員において、別の弁護士に訴訟代理人を委任することとなります。その弁護士は、当然のことながら、従業員個人のために訴訟活動を行うこととなるのであり、会社がその弁護士に指示をして従わせるというわけにはいきません。もっとも、訴えの対象となる紛争に関し、従業員が持っていない情報を会社が保持していることもままありますので、会社と従業員、それぞれの訴訟代理人弁護士が協働して訴訟に対応するのが通常でしょう。

 ここで、実務においては、従業員の訴訟代理人弁護士が、依頼者利益を追求するあまり、会社に不利な事情まで主張しようとする、という問題が時に生じます。もちろん、会社に不利な事情であっても、それが事実なのであれば、事実に反するような主張を強いることなどできませんが、あえて主張する必要性に乏しい内容まで詳らかにしようとしたり、悪いケースでは、事実を誇張・曲解した主張を行う弁護士もいないではなく、そうなると、本来“味方”であるはずの従業員が“敵”であるかのような事態に陥ってしまいます。このような事態を避けるには、従業員個人が自ら訴訟代理人を委任するといっても、弁護士の選定を完全に従業員任せにするのではなく、たとえば会社が、顧問弁護士から信頼できる他の弁護士を教えてもらい、その弁護士を従業員に紹介するといった対応が考えられます。ただし、その弁護士に依頼するかどうかはあくまでも従業員の意思に委ねるべきですし、その弁護士の訴訟活動を会社が過度にコントロールしようとすると、後々、訴訟で良い結果が得られなかったときに、「会社の言うとおりにしたせいだ」として従業員との間でトラブルになるリスクもあるため、注意が必要です。

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